カテゴリー「旅行・地域」の83件の記事

2017年9月 9日 (土)

おーりとーり石垣 3

 最終日である 

 ピーチでのんびりや、シュノーケリングという選択肢があったが、最近プールづいているうちの奥さん(競泳選手)が、海に入るのは嫌そうなので、石垣島に来て海に入らないで終わるということなった 
 まずはホテルに近いフサキビーチに行ってみた
 小さなお魚の群れが凄かった この中で泳いだらどうなったかなぁ
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 次にバンナ公園で島を俯瞰的に見た 実は公園内をセグウェイに乗って自然探索というコースもあったのだが、時間があわずに断念!! 
 その後、ホテル従業員おすすめのミルミル本舗
 
 アイスクリームを食べながら、素敵な風景を味わった
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 それからまだ時間があったので、石垣島鍾乳洞へ
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 お昼はビール飲みたかったので、レンタカーを返却して、空港で地魚寿司と生ビール
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 その後はミルミル本舗の空港店でハンバーガーを購入し、地ビールも!"
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歯は??
まだ本調子ではないけど、痛み止めはいらないくらいに快復したので、今夜は浅草に飲みに行ってきました
 そうそう、帰りの飛行機で図書館で借りた本を前座席の網に入れたままで、忘れてしまいました
 ANAにメールしたら、着払いで郵送していただけることになりました
 変なタイトルの本でなくてよかったぁ(゚ー゚;

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おーりとーり石垣

 やっとのことだが、やっと9月になってから、遅い夏休みが取れた 

 場所は石垣島である
 
 石垣島は僕の友人の石垣君が、飲むたびに薦めてくれたので、いつかはいこうと思っていて、今年行くことにしたのだが、台風がきて飛行機が欠航となった場合、翌週からの大事な会議に出られない危険性があり、神頼みでヒヤヒヤしつつ夫婦で羽田から旅立った 
 
 レンタカーを借りて、ますはミシュランで沖縄県で唯一最高ランクの三ツ星を獲得したという川平湾へ!
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 ホテルもコテージタイプでバリ島にいるような錯覚に陥ってしまうほど、異国ムードムンムンなのであり、夕食はホテルのビュッフェにしたが、夕陽が本当に美しかった 
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 ...とここまで書いたら、さぞやリゾート気分を満喫しやがってと思う方々も多いであろう 
 
   しかし、この旅行の前日に僕は歯か歯茎かは不明であったが、かなりの痛みが生じて、かかりつけの歯科医に駆け込んで診察してもらったら、銀歯の中の膿が歯茎を侵食しているらしく、治療後もかなりの激痛のため、1時間ほどは動くことができなかったのだ 
 
 抗生物質だけもらって、痛み止めはくれなかったので、まぁすぐ収まるだろうとタカをくくっていたら、とんでもない!!  持参したバファリンAを飲み続けた 注意書きには服用は1日2回までとあったが、4回服用する羽目になった
 
 素晴らしい夕日をみて、ぼーとしてからベッドに入った僕には、地獄の苦しみが待っていた 
 
  痛みのためになかなか寝付かれずに、午前2時になっていた 
 
 午後11時に服用したはずのバファリンも効果がなく、麻酔効果のあるデンタルクリームを大量、歯茎に塗りつけたが脈打つズキズキの痛みはひかなかった
 
  結局、以前耳鼻科でもらった頓服薬を飲んだら、やっと眠ることができたのだった
 
 
 (すいません、今夜は帰国して馴染みの店に行ってのんだら酔いがかなり廻ってしまい、誤字脱字かんべんしてね!!)
 
 
 

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2017年8月30日 (水)

ジャカルタで書道

昨日の朝、6時40分に羽田に到着した

そのまま帰宅して休みたかったのだが、その午後から名立たる方々(かなり著名な芸術、文化、科学)の集まる会議に出て、そのまま上野公園の料亭での懇親会にも参加した
 
一昨日のジャカルタを午後9時20分に発ったのだが、こういう場合はせめてビジネスクラスを願いたいところだが、今回は公の仕事のために色々と規制があり、可哀想に狭いエコノミーで縮こまりながら短時間の居眠りを繰り返すことになってしまった 
 
 まぁ、今日は久しぶりに我が家で晩酌しているので、愚痴は言わずに、ブログを続けましょ 
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 ジャカルタに一週間ほど滞在して、ジャカルタの東京都の産業振興セクションや、ムスリム関係企業を訪問したりしましたが、巨大なショッピングモールにて、ジャパンフェアが開催されており、そこにも関わりました 
 多くの日本企業や、自治体などが出展していましたが、その多くはノベルティグッズを配布したり、忍者や着物姿の日本人と一緒に写真をとるといったパフォーマンスが主流でした 
 
 僕はサポートする立場で参加しましたが、僕の性格から現地の人たちと直に接したいと思い、日本にいる間に案を練ったのでした 
 
 僕はプライドが高い男なので、よくありがちなバラ巻きとか、コケおどし(失礼!!)ではないことをしたいと思い、できれば文化の香りがして、インドネシア人ときちんとしたコミュニケーションをとるために打ち出したのが「漢字」でした 
 
 よく、外国人が漢字のTシャツを着ていたり、刺青にも漢字を使っているのが多く(傑作は「台所」という刺青!)そこからヒントを得て、相手の名前を聞いて漢字にしてブレゼントするといったことにしました 
 
 日本からは日本画のポストカード(裏面に名前を書く)400枚、筆ペンとカートリッジ2セット、毛筆1本、墨汁1本を持っていくことにしました 
 
 出発当日の朝4時に起きてから、印鑑もあった方がパフォーマンスとしてはいいとひらめき、早朝のローソン100に行ったらなんとハンコが売ってました
 僕の苗字はなかったけど、今回は出張しないで日本に残る担当スタッフのK田君のがあったので、早速購入しました 
 
 ジャカルタに着いてから僕の漢字プランを通訳の女の子に話したら、最初は何を言っているのこの人!!という感じでしたが、話がわかるにつれて乗ってきて、それならみんな喜ぶから書くならハガキではなくて、大きい紙がいい、そうすれば持ち帰って家に貼るようになると言われました 
 
 しかし、半紙に書くと、下手な書がバレバレになるし、手間がかかるので、ポストカードに書くことにしました(半紙は現地ダイソーにありました しかし100均ではなく250均なのです!!!) 
 
初日は試し書きもせずに、ぶっつけ直球で名前を聞いて、書き始めたのですが、予想以上に大受けして、長蛇の列となりました
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 しかし、名前の発音も独特でカタカタ表記できないのが多くて、苦心しました 
 
 最も苦心したのが、漢字の意味を尋ねられることです
 
 だだ、相手の名前を音で聞いて漢字表記すればいいと思ってました
 
 例えば「ヨロシク」を「夜露死苦」といったように 
 
しかし、現地の方々は漢字にある種のロマンを抱いていらっしゃるようで、意味や物語を知りたいのです
 (僕の休憩中に代理で書いてもらったK係長は、「この字は日本でよく使ってますと説明したら、みんな納得してくれました」とドヤ顔で言ってきたので、お前のは最低の説明で、ハートがまったくないと嫌味を言ってやりました そういう仕事ぶりの彼との日々は疲れるものでした(-。-;))
 
 例えばジャスティンのジャは「邪」とか「蛇」が浮かびましたが、これは意味としては失礼な部類になるし、「者」では意味としては物足りない 
 そういうときは「慈」と「矢」を繋げたりして、なんとか対応しました
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 だから、夜ホテルの部屋では泥酔もせずに、あいうえお順に喜びそうな漢字を列挙した表を作ってました
 
 そんなことを四苦八苦しながらも心を込めて3日間で400人のインドネシア人の名前を書き上げました(さすがに、三日目は書きながら、目眩がしてきて倒れそうになりましたが) 
 
 通訳に頼んで僕の知りたいインドネシア語を教えてもらったのですが、一番強力だったのが「ビサ・バハギア(幸せになれます!)」でした
 
 書を渡すときに最初は「ハバナイスディ!!」とか「テリマカシ(ありがとう)」と言っていたのですが、「ビサ・バハギア」と言った途端に、相手は一瞬「ビサ・バハギア..........」と口ずさみ、笑顔になり、周囲も大笑いするのでした(ちなみに現地企業や税関でも使いましたが効果大でした!!)
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 今回は全体で1000人にはなるインドネシア人との出会いを通して、自分(日本人)の可能性を感じさせて頂きました
 
 ビサ バハギア!!!!!
 
 
 
 
 

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2017年5月 6日 (土)

石川県&福井県でのGW

 今年のGWは、石川県での歌舞伎イベントにお呼ばれした

 舞台でお話しすることになり、NHKアナウンサーだった方にインタピューをされたが、とてもあたたかい雰囲気の会場だったので、殆ど緊張しないで話すことができた
 
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 夜はとても美味しいお店を紹介して頂いた
 料理も絶品で素晴らしかったが、器にもこだわりがあり、徳田八十吉や吉田美統といった人間国宝の作品に料理が盛られていた 
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 今回は特別に、展示ケースに陳列されていた漆器作品で地酒を味わうことができた
 ろくろで挽いた漆器のぐい呑なのだが、あまりの軽さに驚いてしまった 
 そして、陶器とは違ったその感触に、地酒の旨さが際立った
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 二軒目で、お隣富山の銘酒「勝駒」「羽根屋」などを味わって、タクシーでホテルに帰ったら、ロビーに徳田八十吉の作品が展示されていた 
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 最終日は、お隣の福井県の永平寺、東尋坊などを見学して、福井出身のの友人から勧められた「一本義」という美味しいお酒を帰りの新幹線で飲みながら、帰宅したのでした

※今回の旅で、改めて驚いたのが、現在、自分が何をしたいのか、望んでいるのかという問いに対して、「仕事がしたい」という自分自身の心の声でした
今まで仕事によるストレスや、面倒臭さに辟易することも多いので、遊びたい、楽したい、自由にやりたいということよりも、仕事をしたいという自分の気もちに驚きました

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2017年1月19日 (木)

上海職場旅行

 先週末に上海に行ってきた  職場旅行である

 
 今さら職場旅行をするところなんて絶滅恐竜状態だろうと思っていたら、大間違いである
 
 我が職場は毎年の年末年始に国内外を問わず宿泊旅行に行っているのである 
 
 僕はどうも職場旅行のダラダラ感や、貴重なプライベート時間を奪われるのが嫌で、現職場に就任してから断り続けていたのたが、今回は初の中国(上海)であり、しかも15人からの大所帯であるのに管理職が同行しないとは何事か! という声もありそうだったので、夫婦同伴でいいならばと消極的姿勢で参加したのであった
 
 土曜から月曜までの3日間であったが、金曜日には花粉症のような症状が出たにもかかわらず、都庁の方が僕と飲みたいというので、本所のいな垣でかなり飲んでしまい、土曜の早朝に起きたのだが完全に二日酔状態で、奥さんから酒臭いと言われてしまった 
 昼に上海の空港につき、そこからリニアモーターカーに初乗りした
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 行きは時速300キロを体験して凄いと思ったが、帰路は430キロを体験し絶句状態となった
 (ちなみにデジカメ持参したが、バッテリーを装着し忘れていた為、3日間はkindleタブレットで撮影となった)
 
 宿泊するホテルはリッツカールトンで、素敵なお部屋であった
 チェックイン後は3時間ほど市内を歩いたのだが、体調が悪く辛かったが、途中点心の店で青島麦酒を飲んだら元気が湧いてきたのだった
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 一見、スィーツドリンクのようだが、小龍包であり、すぐに吸ったら必ず火傷する 
 なぜ、こんなストローで汁だけをちゅーちゅーしなければならないのか!!!
 
 初日の夜の宴会後に、皆で散歩したのだが、夜景の高層ビル郡には圧倒されてしまった
 恐るべし上海!!!Img_20170114_093626
 
 
 翌朝のモーニングは豪華で、カクテルまで出されてしまい大満足であった
 
 二日目は自由行動だったため、奥さんの希望で中心街から高速バスで1時間ほどの、朱家角という川沿いの古都に行ってみた
 
 初めての中国訪問であったが、失礼ながら思ったよりも中国の方々のマナーがちゃんとしているのに驚いたのだが、やはりそれは都市部だからなのだろうか、高速バスの中では携帯で話す輩、大声でおしゃべりしている輩がいて、騒々しかった 
 Img_20170115_124944 古都では手漕ぎ船に乗ったり、かなり狭くやかましい商店横丁が続いていて、面白かった
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  午後遅く、中心街に戻ってきたのだが、奥さんがガイドブックをみて行きたいというカフェがあるというので、地下鉄に乗って行ってみたら、なかなか見つからない 
 
 現地の人に聞いてわかったのは、2年前に閉店したということ......5年前のガイドブックを図書館で借りたのが、そもそもいけなかったのだろうか....(;_;) 
 
 さて、その夜は超辛いというので有名な店に集合して、宴会で盛り上がりました
 
 この15人のバカ集団が唯一すごいのは、その節操のなさが国際親善につながったことである 
 
 初日でも二日目でも、このわけのわからない集団は店員から怪訝な顔で応対されるのだが、バカ集団が酔うにつれて、店員をいじるようになり、途中でホワッチャネームと名を聞き出し、そこからの酒や料理の注文はゴーシェ(初日の男子っぽい女店員) ビールね! とか、ゴーシェ、料理まだ? とか大声で呼ぶのだから、ゴーシェは恥ずかしくて大変だった
 
 なんせ僕たちが行った店は、それなりの人気店で、それなりに広く、混み合っていたので、大勢いるなかで自分の名を、狂った輩たちから大声で呼ばれ続ける恥ずかしさは想像にたやすい
 
 だが、だんだんとゴーシェは軟化していき、僕らの個室に同僚と入ってなんかスマホでコソコソしてやがんなとおもったら、数分後に翻訳ソフトを使って「この店のラストオーダーはb午後9時半ですが、なにか注文はありますか」とスマホに語らせたではないか!!
 
 そして、最後はゴーシェとみんなで記念撮影をするのだが、ゴーシェも楽しそうだった
 
 二日目の典型的な中国おばちゃん店員(名前失念)も最初は愛想は非常に悪かったが、名前を聞いて「〇〇!j〇〇!」とおばちゃんの名前を皆で連呼したら、おばちゃんはとても嬉しそうだったし、他の店員も何事かと見に来ていた
 
 最後は記念撮影
 おばちゃんは、当然自分が皆の集合写真のシャッターを押す役割と思っていたのだが、そうじゃなく、こっちきて、我らの真ん中に立てと指示したら、びっくりして大喜びしてポーズもとっていた 
 他の店員たちも、嬉しそうにはしゃいでいた
 
 そして、驚いたのは、その数分後にサービスですといって、頼みもしない山盛りのデザートの西瓜が、僕たちのテーブルに数皿届けられたのだった
 
 中国では従業員と客の線引きをはっきりしていて、客が従業員に気を使ったり、ましてともだちになろうとはするまい 
 それは中国だけではなく、世界の殆どの国が、主従関係には厳しい壁があるだろうし、まぁ当然といえば当然のことだろう
 
 でも、僕はあまり一緒に行きたくなかったおバカ集団と一緒に、無表情の従業員のハートを開くことができて、楽しい時間をもてたことをなぜかとても嬉しく、誇らしげに思えたのだった(それ以外は思えないが) 
 まぁ、こんなことを喜ぶのは日本人くらい、否、日本人でも変わり者なのかもしれない
 
 楽しい夜に痛飲してしまい、翌朝はグロッキー状態で、午前のフリータイムは僕はベッドで横になり、奥さんは単独ショッピングとなった 
 夕方の飛行機にはギリギリで間に合い、午後9時過ぎに羽田に着いた
 
 無事に帰国できて何よりだったのだが、そのときは翌日から体調不良が襲ってくるとは思いもよらなかったのであった...... (-。-;)

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2017年1月 1日 (日)

謹賀新年

 あけましておめでとうございます

 皆様にとりまして、本年が良き年となりますようにchick
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 12月29日から2泊3日で奥さんと仙台に行ってきました
 29日は冠光寺流の東京道場長が仙台に赴任されているので、仙台在住門人とも合流して、国分町の日本酒飲み放題のお店で、美味しい料理と地酒を堪能しました
 道場長と二人で一升以上は飲みましたが、楽しい会でしたので二日酔にはなりませんでしたあ(^_^) 
 みんなでほろ酔いで歩いたイルミネーションもえがったなあ
 

 翌30日は奮発して外車のMINI Crossoverを借りて、娘と孫と松島までドライブして、見晴らしの素晴らしいcafeに行きました
 その日はスマホの画面が真っ暗なまま反応しなくなってしまった!!
 夕方楽天モバイル店舗に行ったら、カスタマーサービスに連絡してくれとのことだった 
 以前契約していたソフトバンクなら修理受付をしてくれて、代替機も貸与してくれたのに、派手な宣伝している楽天よどうした!という気持ちになった 
 ...という気持ちになったが、スマホで電話やメールができないことに、かなり混乱を妄想し、動揺している自分が、完全なモバイル中毒患者になっているようでちょっと情けなかった 
 多分、スマホで本当に必要なやりとりはかなり少ないと思うが、ネットワーク通信技術が発達しすぎてしまった結果、伝達内容の質とは関係なく、情報発信し続けることが宿命となってしまったからなのだろうか.....
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 その夜は、婿の親御さんたちと仙台のお寿司屋で合流して、やはり先方のお父さんと一升以上は飲んでしまいました 
 それでも、二日酔にならなかったのは、前日同様に楽しい場であったこともありますが、事前にウコンドリンクを飲んでいたからでしょうか(ちなみに28日も御用納めで上野の日本酒飲み放題の店に行き、酒を大量に飲みましたがウコンドリンクの効果か二日酔にはなっていません)
 
 31日はいちご狩りをしてから、娘宅に行ってゆっくりして、夕方からは駅前の居酒屋で牛タンや、せり鍋(初体験!)などを頂き、午後10時に帰京したのでした
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 さて、今日の元旦は母の家に行って、すき焼きとお酒をご馳走になりました
 そこで、びっくりしたのは先週のクリスマスイヴに母は姪家族の家に招待されたのですが(僕は氣空術稽古日)、午後8時頃にもう一軒行こうと母は言い出し、本所のbarに行って零時まで飲んでたらしいです
 84歳の老婦人が、孫の旦那に二次会を強要し、零時まで飲み続けるとは事件ではないのか!!
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 しかも、そこで常連の高見盛(振分親方)と会って、意気投合して盛り上がって親方から「またお母さんと飲みましょう!」と言われたらしいのですが本人はまったく記憶にないらしいです (-。-;)
 なんで、そういう人の子供として生まれてきたのでしょうか...(;>_<;)
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2016年12月25日 (日)

空港閉鎖!・・・鼻血噴出!!

函館からの新幹線予約がネットではできない状態であった 

 すでに23日昼までの新幹線は満員であるため、何としてでも早めにチケットを手に入れなければ、帰京時間は大幅に遅れる危険性が大であった 
 
 そのため、KくんとSちゃんはホテルを午前5時過ぎに出て、強風と雨の中をみどりの窓口に行って、午後3時ころのチケットをゲットしてくれたのである
 
 二人にはホテルに帰って再び睡眠をとってもらい、その後、午前11時に函館駅前に到着して、海鮮ブランチをとることにした  
Dsc_0094                     みんな美味しいが、特にウニが絶品
 
 
 その後、二人が行きたいという、北海道で超有名な「ラッキーピエロ」というハンバーガーショップ(というわりにはカツ丼とか、焼きそばもある)に連れて行かれた
 
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 なんだかんだ言って、無事に新幹線にも乗れて、東京に午後7時に着いた
 当然、帰宅してから手料理とお酒をガンガン飲んで、ブログをだらだらと綴ってから、ぐっすり寝たのである
 
 
 
翌朝、いつもの如く、少し体操をしてから、逆立ちし終えた途端、鼻からポタポタと血が流れ、パシャマ替りの股引を汚した!!!
まっ、またかぁ!! 僕は一ヶ月前の救急搬送の悪夢が蘇ってきた 
 鼻を押さえながらも血は流れつづけ、喉からも血の塊が流れ落ちてきた(~ω~;)))
 
 しかし、一ヶ月前と違うのは痛み止めを飲んでいないし、止血をする位置は鼻の付け根を強く押し続けると学習したため、15分ほどしてから血はとまった 
 
 奥さんが近くの耳鼻咽喉科に連絡してくれて、かなりの受診待ちだが、状況を伝えると早めにみてもらえるという  
 
  病院に行ったら、約20人待ちだったが、30分ほどしてから診察していただけた
 やはりポリープ横からの出血であった 
 
 麻酔ガーゼをつめてから、傷口を焼くこととなった 
 
  初めての体験だが、焼いた途端、痛みというよりも頭全体にガツンという衝撃波があって、ビビってしまった 
 もともと鼻が弱いので、今回は北海道での寒暖差や疲労が原因かもしれないということだった 
 
  この日は運動はNGで、夜の武道稽古収めは稽古せずに裏方に徹しようとしたのだが、フルコン空手の上位入賞者が初めて稽古参加したので、最初1時間はお相手したが、鼻は無事であった 
 
 懇親会が終わり、帰りの電車で隣に座った治療師のTさんに鼻血の話をしたら、なにやら遠隔治療のようなことをしてくれたのだが、彼が知らないはずの僕の右側の奥が腫れていると指摘されたので、少々驚いた..... 
 
 やはり年末年始から飲みすぎには注意していこうと思ったのである 
 
 
 ※23日の新千歳空港で夜を過ごした人数は、過去最高の6000人だという。もし、僕がそこにいて鼻血を出していたら、パニックったろうなと、つくづくこうして自宅で過ごせ生活できることに感謝する
 

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2016年12月23日 (金)

札幌出張... 新千歳空港閉鎖!

  今日のテレビのニュース、新聞等で取り上げられているが、札幌の積雪が90センチ超えと、12月としては半世紀ぶりの記録的な積雪となった


 新千歳空港では昨夜はおよそこれまでも最も多い3000人がターミナルビルで一夜を過ごしたが、今夜も同様となる見込みである  

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 さぁ、こうして自宅でほろ酔い気分でPCに向かって、呑気にプログを書いてる僕ではあるが、一歩間違えたら今夜は新千歳空港で一夜を過ごす羽目になっていたし、事実、僕の関係者たちはターミナルビルでの夜を耐えているのである........


 僕は20日に部下たちと札幌出張して、21日から他地域クループと合同でプロモーションを行っていた
 
 そして21日の夜は逆手道の札幌支部の方々と、松尾ジンギスカンを食べてから、部下の女子Sちゃんが、どうしても行きたいというので、ミルク村というアイスクリームBARに行く羽目となった(本当は日本酒飲みたかった)
 そこはどう表現していいのか、占い館が社交場になったような感じである
Dsc_0078  ここはアイスクリームとお酒のセットが定番なのだが、100種類ものスピリッツを選ぶのはなかなか難しく、僕はブランデーとシードルの強発酵(ともに60度!)を注文した 
 
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そして22日、つまり昨日はプロモーション最終日で、一通りの作業は終えたので、一人でブラッとマッサージを受けにいった 
 駅から徒歩5分ということで選んだ店をスマホナビに従って歩いたら、かなり遠回りしてしまい、結局店に連絡して道順を教えてもらったのだが、なんと30分も無駄な時間がかかってしまったのだった 
 
 それでも、1時間のマッサージだったが、最初は身体がコチコチになっており激痛ばかりだったが、最後の方はかなりほぐれて血行もよくなり、顔も赤くなってきたらしい  

 楽になった身体に背広を纏い、ホケットのスマホを見るとなんと着信歴とメッセージが10件ほど入っているではないか!!
 
 大雪になりそうなので、プロモーションの終了時間を早めて最後の締めをしようとしたら、僕がいないので皆大慌てして、Sちやんは事件に巻き込まれたのではないかと心配して、東京スタッフにも連絡したらしい 
 
 あぁ!!大騒ぎになっているので、ほぐれた身体が一気に硬直してしまったではないか!!  結局僕をしばらく探したが見つからないので、あきらめて締めのセレモニーをしたらしい 
 
 伝言メッセージにあった部下たちが待つコーヒーショップに急いで行って、遅めのランチは評判の良い回転寿司に行こうとしたところ、大雪のため、飛行機が欠航になる危険があるというではないか!!
 
 安くてネタのいいと大評判の寿司を泣く泣くあきらめて、新千歳空港に向かったのであった 
 

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2016年11月26日 (土)

善光寺参拝

 昨日、今日と毎年恒例の善光寺参りに母とその友人を連れて行った来た

 正直いって僕はあまり行きたくないのだが、80歳を越えた二人のおばあちゃんだけでの旅行は心配なので、我が夫婦がお付き合いすることとなった 
 
  いつもはレンタカーを借りて行くのだが、最近はお疲れモードのため、そして経費節減も兼ねて高速バスを使うことにした
 
 普段はあまり使うことのない高速バスであるが、2列シートをひとりで独占するというほんの少しだけ料金が高いコースにしてみた 
 
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 これがこんな感じになる
 
Dsc_0016 車内では他のお客さんの迷惑にならないように、大声でのおしゃべりを慎むようにというアナウンスがあったが、後方の数列離れた席からは老婆たちの笑い声とひそひそ話が沈黙の車内に響いていたのだった
 
 夕方にホテルに着いて、さっそく大浴場にいくと、入口にはこのような掲示版が目立っていた
 Dsc_0029_2 にわかタトゥー人の僕としては、周囲の眼を気にしながらの温泉三昧となった
 
 
 翌朝(今朝)は、UFO発信基地、世界最大のピラミッドと呼ばれる皆神神社に参拝してから、黄金色ーというか、泥というか、全国有数の濃厚温泉の松代荘の日帰り温泉に立ち寄る
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僕は10分ちょっとしか浸かっていないのだが、温泉の刺激が強すぎたせいで、その後長時間ぐったりしてしまった 
 帰りの高速バスでウトウトしながら帰京し、浅草蔵前で打ち上げをしたのであった
 
※昨日、あるドクターと話をして、先週の救急搬送の件で新たな事実が発覚。僕は当日歯の治療して、痛み止めロキソニンを服用した。痛み止めを飲むのは10年ぶりだ。そのロキソニンには血の流れをよくする作用があるらしい。  
 鼻ポリープ゛からの出血とその副作用が重なり、血がぜんぜん止まらず、救急車という悪夢の連鎖が想定できるらしい。 
 偶然かもしれないが、おそろしい取り合わせであった..... 合掌
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2016年9月15日 (木)

ジャカルタ出張

 インドネシアの首都ジャカルタへの出張

 部下たちは1週間の滞在であったが、僕は重要な会議があるため、2泊4日という強行軍となった
 とにかくジャカルタは渋滞がひどいと聞いてはいたが、確かに高速道路でもまったく動かない 
 空港から市街地のホテルまで2時間ほどかかってしまった
 結局、初日は午後8時ころに日本食レストランで食事して、ホテルで寝るだけであった
 
  翌朝は現地スタッフとホテルの朝食バイキングで合流したのだが、そこで大変な間違いを犯すことなる
 バイキングということでトレーを持ちながら、サラダバーや、各種料理を物色するのだが、僕の大好物のベーコンがあった 
 まあイスラム教人口が世界最大の国なので、日本と違って豚肉ではなく、ビーフであった
 
  そのビーフベーコンを皿にとって、テーブルにもどり現地スタッフと会話をしていた
 お皿のサラダなどを食べつつ、ビーフベーコンを口に頬張ると、やけにやわらかすぎる感触であった 
 しばらくして、この柔らかさは「生」ということでないかと、会話に夢中になっている僕に、脳の海馬?がアラームサインを出してきた 
 
 我にもどった僕は、これは危険と思い、そっとナフキンに生肉を吐き出したのであったが、後のまつりで、肉の数片はすでに胃の中に入ってしまった
 
  現地スタッフにそのことをいうと、現地食材に慣れた彼でさえ、大いに驚いたご様子で、余計に僕の不安は増大した
(部下の加藤君は、生ハムみたいなものでしょうと達観していだか、再確認のため実地調査したところ、生卵を焼くオーダーメイドコーナーに鳥や羊などの生肉とベーコン生肉は並んであり、ことの重大さを理解したのであつた)
 
 これからジェトロやJNTO日本事務所をはじめ、アジア最大モスク、超VIPなイスラム指導者に会うというのに、大切な場面で吐いてしまったり、移動中の車内で強烈な便意をもよおしたらどうしようと不安になった
 、
 以前、発酵学者の小泉武夫先生の本を読んでいたら、どんなに海外の僻地で未知の食材を食べても、持参した納豆を食べているので体調は大丈夫という記述があったので、今回は納豆菌が入っている「ビオナットウ」という胃腸薬を持参していた 
 
 通常食後4錠のところを13錠飲んで、念のためバッグにはティッシュとポリ袋を多めに入れて不測の事態に備えた 
 現地スタッフのエディはしきりに、僕の体調を心配していたが、その結果は、全然平気であった 感謝 
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 さてさて、世界3番目(1、2位はメッカ)に巨大なモスクは20万人が参拝可能なすごい施設であった
 その後、お会いした若きイスラム指導者(現地の人は皆知っていた)も素晴らしいお方であった
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 翌朝、最終日はショッピングモールに行ってきた 
 
 開店前には、ヒジャブを被った大勢のムスリム女性たちと遭遇
 彼女らが、アルバイトというのが不思議で面白かった
 
 その日の夕方に空港に着いたが、ガイドもつかず、僕独りでハチャメチャな入国手続きをしたため、空港警備スタッフから失笑を買ってしまった(^^;) (その顛末を色々書きたいが酔ってきているため割愛)
 
 出発まで3時間くらいあって、時間潰しにとBARを探したが、ムスリム国のため、酒を楽しめる店はなかったのが辛かった
 
 翌朝6時40分に羽田に着いて、8時に帰宅し、そのまま数時間爆睡したのであった
 
 ジャカルタでは多くのインドネシア人とお会いしたが、僕のユーモアセンスが通用したので安心した(過度なユーモアが僕の武器であり、弱点でもあるのでちょっと心配していたのだが...) (^_^)
 笑顔とユーモアが人生にとっても、世界にとっても大切なことだと再確認した、強行出張であった
 
 
 
 

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