« 綺麗な園まりさん | トップページ | 身体センサー »

2016年1月27日 (水)

暗殺教室

 「生存教室」という新書を読んで、そこで紹介されているコミックの「暗殺教室」の1~10巻までをこの数日間で読み、今夜はツタヤで借りた映画版を晩酌しつつ観た。

 512cyv9lizl_sx300_bo1204203200__3 正直申し上げて「生存教室」自体は、あまり面白いとは思わなかったのだが、ジャンプ連載の「暗殺教室」という僕が普段は全く関心をもたない分野にスポットを当ててくれた点は、大いに感謝する。 
 詳細は省くが、先生を暗殺するという異常な目的をもった落ちこぼれの生徒たちが、暗殺者として成長していく過程を通して、教育とは何かを考えさせる不思議なマンガなのであった。 
 
 暗殺者としての成長というと、殺傷能力の習熟というイメージになりがちだが、この物語は真の暗殺者になるためには、総合的な知力が必要だということで、落ちこぼれクラスの生徒たちに、学力テストでの高得点に挑戦させる。こうして文章で書くと、妙に教訓じみてしまい、真意が伝わりづらいが、プロになることの厳しさと意味を、このパロディ漫画はストレートに訴えてくるのだ。  
F596ab12dcc341fd3287e3b99f4837cb_2 かつて教育は、諸外国から脅威に対抗すへく、または諸国の中で少しでも優位にたつべく目的があって成り立ってきた。しかし、現在の教育は曖昧で観念的な人間形成といったベースに基づきながらも、経済競争に組み入れられているような印象がある。 
 
 どこか、手に取るような、身に沁み入るような手応えがないまま、学習システムに推し進められて人間はどこまで成長できるのだろうか。
 
 「暗殺」というのはかなり極端なコンセプトではあるが、人間は心身が没入するようなテーマ設定があってこそ、可能性が開花していく。 そのことをこの変なマンガは教えてくれているような気がする。
 
 それはきっと教育だけではなく、経営も、社会活動も、ひょっとしたら生活全体にも当てはまるように感じたのだが、どうなんだろう....。
 ※昨年、このマンガの映画ポスターを観た瞬間に、日本映画界はここまでコドモに媚びをうらなければならないほど、落ちぶれたのかと呆れた記憶があるのだが、このように物事を表面的に捉え、批判するオジサンの不甲斐のなさを笑ってほしい......
 

Photo_2

 
 

|

« 綺麗な園まりさん | トップページ | 身体センサー »

映画・テレビ」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/531400/63130836

この記事へのトラックバック一覧です: 暗殺教室:

« 綺麗な園まりさん | トップページ | 身体センサー »