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2015年10月

2015年10月27日 (火)

隣の屋上に飛ばされた洗濯物の救出作戦

 今日の東京は強風であった

 夜に帰宅してベランダの洗濯物を取り込もうとしたら、タオルや下着類を干せるハンガーが行方不明になっていた
 
 嫌な予感がして、隣のビルをみたらやはり強風で飛ばされ、無残にも壊れたハンガーと洗濯物が屋上に横たわっているではないか!
 
 まぁ、それほど高価なものはないし、あきらめようと奥さんにはいったものの、タオルや下着類をお隣の屋上にそのまま放置するのは隣人として如何なものかという心の声がした。お隣にはその無残な洗濯残骸が、我が家のものとはバレることはないのだが、人として正しい道を選ぼうと決意したのであった。 
 
 決意したが、夕飯の支度が出来たので、ジンやワイン、冷酒を飲みながらイタリアン風の食事を愉しんだ。そして、眠くなってウトウトしてテレビを観ていたのだが、それどころじゃない!!と突然立ち上がって、極細ワイヤーにS字フックを結んでみた。そして、久々に合気道の杖を取り出し、ビニール紐を巻きつけた(久々に袋から出してもらったのに、こんなことをされた杖が可哀想..)。
 そして、今回の洗濯物救出作戦は「砂漠の土佐作戦」と命名された。 
Img_0117
 
 隣のビルの洗濯物までは、我が家のベランダからはかなり遠いが、寝室の窓からは何とかなりそうに思えた。まず最初に極細ワイヤーを放ってみたが、直下5メートル、そのまま前方5メートルの位置にある洗濯物までは直下しただけで、前方移動できずに断念。
 
 次は、杖に巻きつけたビニール紐とS字フックを土佐の一本釣りの如く、投げて獲物を獲得することとした。しかし、風が強くてなかなか目的地点には届かない。失敗する度にスルスルと紐を引寄せて、再挑戦するのだが、下階(5F)の部屋の窓に風でS字フックが当たり音がする。
不審に思った階下住民が窓を開けて、頭上から吊り下げられているビニール紐とS字フックをみたら、卒倒すること間違いなしだ。 
 しかも、隣の隣のビルはマンションでやはり多くの住民がいるので、私のこの姿をみたら警察に通報される危険性も否定できないため、ヒヤヒヤものであった。 
 
 作戦開始から10分ほどで、なんとか奇跡的に第一集団を救出することができた。
 
 ハンガーは半分に割れており、悲惨なものである (-。-;) 
Img_0119
 第2作戦がなかなかうまくいかずに手こずってしまった。とにかく風が強いので、着地が難しく、着地してもすぐに流されてしまうのだ。 
 しかし、恥を忍び、自暴自棄になりながらも、なんとか残留洗濯物を救出することができた。
Img_0121
 
 約30分の救出劇であったが、多分一般的には不可能と思える状況であったたと自負する。しかし、私には、必ずやり遂げられるという確信があった。それはポジティブシンキングなどという甘いものではなく、実戦経験があるからである。 
 約3年半前に、過酷な成功体験があった。それは伝説の「奇跡!! 隣ビルに飛ばされた道着の救出作戦と呼ばれている。今回はその反対側のビルで起こった出来事である。
 
 というわけで、飲み直しながら、今回の報告を作成しております。
 いずれにせよ、強風の日の洗濯には注意しましょう!

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2015年10月12日 (月)

母の体に光の粒子が出現!!

 一昨日から奥さんが単身でロンドン旅行に行ったため、今日は母宅に寄って夕飯をご馳走になる。

 
 母の手料理をご馳走になりながら、僕はビールと日本酒を、母は缶ビールを4本近く空け、齢を重ねた母と息子の四方山話をしていたのだが、母が先日体験したというハナシにはぶっ飛んだ!
母が夜読書をしていて、眠くなったので電灯を消して寝たのだが、夜中に目覚めたら、何か光っているので、両手を上げてみたら、腕全体に光の粒子がキラキラと輝いていた。母はついにお迎えがきたのかと思ったらしいが、結局電灯をつけて確認したが何もなかったらしい。
 
 母はまもなく83歳になるが、まだ平日は早朝から仕事をしており、ボケとは無縁で週に数回馴染みのお店でビールを飲んでいて、至って元気であり、スピリチュアルには関心がなく、むしろ無神論者である。 
 その母から、カラダに光がまとわりついたという報告を聞いた僕は、これは先に逝った親父か兄、姉からの守護か、オーラによる作用といった霊的世界の物質化現象ではないかと推測したのだが、どうなんだろうか!? 
 あー、面白かった(*^-^)

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2015年10月 8日 (木)

「今」に尽くす

 今週はかなり大事な委員会があったため、準備が間に合わず、土日も出勤して資料整理した。

 こう見えても、僕にもそれなりにプレッシャーがあって、委員会当日の朝は緊張気味だったため、久しぶりに高橋佳子氏の「祈りのみち」の焦りに対してという項目を読んでみた。

 頭の中で様々な想念が堂々巡りを始め、わからなくなってしまうとき 焦りは焦りを呼び、
心は上擦り、浮き足立っているのではないでしょうか 
まずどこにでもよいから、腰を落ち
っけて心に語りかけることです

 「先」を見ず、「今」に賭けるのです 

 人生に手遅れはありません 

 人生に無意味はありません

 一瞬一瞬に全力を尽くす以上の最善はないのです

 一瞬一瞬にまことを尽くす以上の智慧はないのです

 わたくしは「今」に集中します。

 どうか全身をひらいて

 「今」を見 

 「今」を想い 

 「今」に尽くす

 集中力を与えてください

 読んでいるうちに心が開かれ、リラックスした気分となった。

 委員会本番前にはメモ用紙にの上に「全身をひらいて 「今」を見 「今」を想 「今」に尽くす 集中力」と小さな字で書いて本番に挑んだのであった。不安とともに、僕には何か新しいことが起こるような期待感も生じていた。 

 リラックスして、うまくクレバーに受け応えできるのではないかという理想像があったのだが、予想外の結果となった。

 2時間という長丁場を受け応えしていたのだが、その中には組織的に大問題となっている懸案事項への質疑があり、かなり緊迫した場面になった。普通なら過度に緊張するシーンなのだが、まったく普段家にいるような感覚で落ち着いてるいる自分に気づいて少々驚いた。そして、なんとかその課題も整理した格好にはなった。 

 しかし、予想外だったのは、かなり緊張を強いられる委員会ではあるが、2時間の間に大爆笑となる場面がかなりあったのだ。後から色々な人たちから、通常の委員会からするとかなり和んだ雰囲気になったと言われた。 

 僕は理知的に委員会審議をこなすつもりでいたのだが、たけしとか鶴瓶とかの乗りになってしまったようで、賛否の波紋を呼んだようであった。

 僕にも反省点はいろいろあるのだか、少しだけでも「今」に尽くしたことの結果が、「和み」ならば、それはそれで僕の役割だったのかもしれないと納得しているのだった......

 

 

 

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