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2015年6月

2015年6月26日 (金)

 最近は、酔って帰宅すると衝動的にamazonや楽天などで、書籍やDVD、趣味製品を買うことが多くなってきた。高価な物ではないのだが、いろいろと価格を比較して、安いものを探すのも愉しいものだ。

 昨日の夜は、スーパーライフルが宅急便で届いた。笑顔の配達員から「○○ゲートから」と玄関で告げられ、なにかと思ったら、梱 包されていたダンボール箱には○○ゲート・スナイパーライフルと記載されているではないか!! 配達の兄ちゃんはそれを見て、このおっさんはそういうものを購入する人物なのだと認識して、つい親近感か怖いもの見たさからか、僕に声をかけてきたのであろう (-。-;) 
 
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 実は、このライフルは撃つと薬莢が飛出るようになっており、8000円にしては、なかなかのものなのだ。
 さっそく、晩酌後に組み立てて、試射してみた。しかし、薬莢が本体とジャムってしまい、噛み合わないというか、まったく作動しないのだ。いろいろとガチャガチャと試したが、ダメであった。結局、昨夜は、販売店にメールして、そのままふて寝したのであった。
 
 そして、今朝目覚めたときには、数千円のものに何をそこまで捉われておるのだ!もっとおおらかな気持ちで人生を生きよ!と反省したのである。そして、仕事の昼休みにメールチェックすると、販売店からの返事がきていない。結局夕方になってもこないので、夜は仕事で総会に行ったので、その途中に電話をしてみた。......最終的には、製造元に問い合わせてくださいということであった。

  帰宅してから、晩酌しつつ、ライフルの正常化に1時間ほど格闘して、あきらめの境地に至る寸前に、もう一度解説書をよく読んでみたら、アダプターを取り外すのを見落としていたことが判明した。老眼傾向にあるので、細かいイラストと文字の解説文をフフン、ソンナノワカッテラと傲慢な自分が招いた結果なのだと、夜も反省した。
 
 最近は、職場のパソコンの画面には「仕事は丁寧に」と貼り付けたばかりなのに、趣味でも丁寧さに欠けていた自分を更に深く反省したのである。
 
  ※昨夜の宅急便でライフルと一緒に届いたTシャツ。早く着て街を歩きたい!!
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2015年6月23日 (火)

テロ対策

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 今日は警視庁でテロ対策、爆発物処理を担当なさっている方々のお話をお聞きする機会があった。

 現在の世界を覆っているテロの脅威を改めて実感し、また、テロに使用される爆発物の巧妙なトリッキーさに驚いた。あそこまで、狡猾に爆弾を仕掛けられたら、回避はおろか、発見することもままならぬというのが実感であった。
 
 ベランダに洗濯物のような袋が干してあったら、手にとって確認しようとしてしまう→impact
 配達された郵便物の書籍を開いてしまう→impact
 机の上に置いてある見覚えのないお菓子箱を手に取ってしまう→impact
 飛行機内で運動靴に手をかけている人がいる→impact 等など
 
 また、日本国内では、国際テロが行なわれたことがあるかという質問には答えられなかったが、実際には数件あったのである。日本の安全神話は危ういのだ。
 
 そして、少量だが実際に使用される爆発物の火薬の燃焼を体験させてもらった。わずか0.5g程度の火薬でもその威力は凄まじいものであった。黒色火薬、アルミニウムを混ぜた火薬等の爆発力を体験して、実際にそれが数百グラムで使用されて爆発した衝撃を想像すると、とても怖ろしく、脅威に感じたのである。
 
 日本国内で実際に爆発物で犠牲になった方々、また命がけで爆弾処理を行なってき方々を思うと、ただ漠然と安穏と生きている自分が少し恥ずかしくなったような気がしたのだった。
 ISの日本への声明、2020年オリンピック・パラリンピック開催のフィーバー等を考慮すると、日本にとってテロ攻撃はリアルな脅威であると改めて思うのだ。
 
 
※先週末から二日連続の武道稽古後の飲み会、昨日、今日と職場の飲み会と飲み続けている(まあ毎日のことだけど)。こうして、毎晩酔っていられることの奇跡に感謝しよう。

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2015年6月15日 (月)

武道会話術

 今日はある委員会に出席して、質疑を行なった。

 そのために、昨日の日曜も資料整理などを行い、委員会準備をしていた。
 (まあ、夜は晩酌しつつ、ベイマックスを観たりしたのだけど)
 ここんとこ、鼻づまりが酷くて、かなりの鼻声になっていたので、今日は質疑で話すのは嫌だなぁと思いつつ、約30分ほど説明することなった。
 
 本日、帰宅してハンバーグ、スパゲティ、ピザをつまみにビール、焼酎、日本酒を飲む。
 その後、PCに向かい、本日の委員会審議をネットで確認できるため、冷酒を飲みつつ鑑賞したら、如何に自分の説明がタドタドしく、弱弱しいかがわかった。
 
 そのため、ついつい、酒量(主に日本酒)が増えてしまい、現在かなり酔ってなう。
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 一昨日の土曜にamazonから届いた剣術作家の多田容子さんの「一発逆転の武術に学ぶ会話術」を一気読みした。内容はまぁ武術といいつつ、一般的な自己啓発的な事項が多いよのぉというのが正直な感想だった。
 
 しかし、最後の方で、 まだ、言葉になっていないものにまで思いを致して話すのが、無に近い話術だと考えられます。とあった。そのまま読み進めると
 
 ここにはいない人、好きな人、嫌いな人、仲間、敵、社会全体、亡くなった人、まだ生まれてない人、人間以外の生き物、無機的な物、自然など、すべてが、実はその場の会話に関連しているのです。そうした「大きな全体」の一部分が自分でもあります。うっすらとでも、心の中でそんなイメージを抱きながら話してみれば、わざわざ私心を消そうと頑張らなくとも、自ずと寛大で視野の広い発言が生まれてくるはずです。 

 多田女史畏るべしと思ったフレーズであった。オイラは負けたと思った。
 
  ......といいつつ、本日は、武道的な会話とはかけ離れた、自己保存、自我我欲的で話してしまった!..................猛反省っす( ̄Д ̄;;

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2015年6月12日 (金)

ムスリムの生き様

 今日は仕事関係の懇親会があり、浅草のBARで飲む。

 ワイワイガヤガヤしながら、ふと思ったのはつい最近、仕事で行った豊島区にあるイスラム教のモスクのことである。
 
 その日はモスクでの礼拝にも同席させて頂いたが、一日五回敬虔に礼拝を行なうムスリムの人たちの真摯な姿をみると、ある種のカルチャーショックというか感動を覚える。
 多分、今日の浅草での飲み会の20人近くの中には信仰がある人もいたかもしれないが、厳しい戒律を守っているムスリム級の人はいないように思える。
 
 私たちには、異次元世界であるムスリムの日常だが、彼らから見たら我々の日常もかなり異質なものなのかもしれない。
 
 信仰とは無縁に、アルコールを飲みながら仕事のはなしをしたり、ばか話をしてワイワイとしている日本人集団は、どう彼らの眼には映るんだろうかと、ふと思った。
 
 世界人口の3分の1になるというムスリム社会を、異質と捉え、疎んじようとしていたら、大変なシッペ返しを喰らう。
 
 一般的と思われる日本人は何を信仰しているのだろうか?多分、お金、財産が重要であるという漠然とした物質至上主義という信仰に陥って、自分(と家族)さえよければいいと思っているのかもしれない。
 
 だとしたら、アラーへの絶対的な忠誠を誓い、最後の審判を待ち受ける彼らのパワーには、私たちは圧倒され、凌駕されていくように思えるのだ。
 
 会社経営でも、ヴィジヨンをありありとイメージできるくらいもっていることが重要だといわれているように、目標が曖昧模糊としている状態では目標達成が困難となる。
 まさに生き様としてヴィジョンをもち、目標に向かって日々歩んでいる彼らを侮ってはならない。そう、思いながら、電気ブランを飲み干したのである。
 
 
 

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2015年6月 8日 (月)

芸妓さんの武術

 久々にこの土日には仕事がなかったため、武道練磨にいそしんだ。

 まず、土曜日は埼玉北本まで魂合気道場に行った。あいにく主宰の大野先生はいらっしゃらなかったが、別の師範に1時間ほど手ほどきを受ける。
 いかに、力を抜くことが肝なのかということを実感させられた。
 
 日曜日は冠光寺流柔術において、保江邦夫創師より京都の芸妓さんのように、シャナリシャナリとして、チントンシャンという乗りで技をかける技法を教わる。
 
 武術においては、けっして芸妓さんをバカにしてはならない。かの大山倍達総裁がおっしゃったようにダンサーと喧嘩してはならないのだ。踊りで鍛えた、からだの柔らかさと身のこなしは、過度な筋肉負担による攻撃を、受け流し、反撃できる武器となるのだ。
 
 空手家である炭粉良三氏より紹介して頂いた「琉球秘伝・女踊りと武の神髄」にも、武の本質は琉球踊りと共通していることを明記してあるのだ。
まぁ、なんとなぁ~く「チントンシャン」よりも琉球舞踊の方が、格式が高そうな感じがしないではないが、芸妓さんの脱力した感じをイメージして、技をかけるとなかなか効果的なのであった。
 
 冠光寺流柔術は相手を愛する、関心をもつ、祈るといったような意識をもつことの重要さを教え、実証している武道であるが、様々なアプローチがあって凄いと感心しつつ、その根底はひとつだと実感した稽古であった。
 
 

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