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2015年5月31日 (日)

「機能姿勢」に思う

朝は、昨日amazonから届いたばかりの『「機能姿勢」に気づく本』をいっき読みした。

三軸修正法の池上六朗先生のご子息である池上悟朗さんが書かれた本である。

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 お父上が開発した三軸修正法を、機能姿勢として紹介なさっているのだが、機能姿勢自体は数ページで解説できてしまうために、機能姿勢をとればこんなにいいことありますといったPR的要素が強くなっている感じがした。

 しかし、それは以前に僕がお父上の講習会に出たり、著 書を読んだりしているからで、はじめて三軸修正法に触れる方にとっては、わかりやすくて良い教材なのかもしれない。

 三軸修正法は単純なようで、奥が深くて、なかなかわかりづらい部分があるため、本書を読めば、人類史上、最もカンタンな健康法をやってみたくなるだろう。そういう僕も、ここ最近はご無沙汰だった「機能姿勢」に改めて取り組んでみようと思ったのだった。

今朝は養老孟司先生の本も少し読んだのだが、株価や不動産に振り回されているよりも、解剖している肉体の方が現実的であるというようなことが書かれていた。

 確かに、消化吸収再生といった生命維持活動を黙々と行なっている肉体存在の方が、脳化した社会システムや、損得勘定に一喜一憂している集団妄想的な世界観よりも、リアルな現実のような気がした。

 今夜は、晩酌しつつテレビを観ていた。NHKでは「戦後70年ニッポンの肖像」という番組で失われた20年を放映していた。バブル期の日本人にとっては好景気、異常な株価上昇、不動産高騰がリアルな現実に思えていたはずだったけど、結果は一時的な幻影であった。

 バブル以降、低迷期を経験してきた私たちは、本当に反省し、検証して未来を生きようとしているのだろうか。

 その反省は、いかに再び高度成長していくかという視点であっていいのだろうか。経済的存在としてだけではなく、身体としての人間観をもってもいいのではないか(飛びすぎか!)。

 もちろん、その肉体を維持するためには社会システムが必要となり、それを否定するわけでは決してないのだが、肉体存在をそれより下にみていないだろうか。

 私たちは肉体に対して健康でいてね、なるべく病気をしないでねとか、カオとかスタイルよくなれよとか、要求ばかりして、肉体の声に耳を傾けることをしてこなかったのではないか。

 そんなことを今夜は思っているのだ。                 

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                          紋付袴でお仕事したりした。

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