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2014年1月17日 (金)

宴会心得

 今日は元職場の仲間の退職祝い会があった。今年に入ってから随分と外で飲む機会が多いなと数えてみたら13回であり、殆ど毎日のように新年会等で飲んでいる。特に、現在の仕事に就いてからは、仕事絡みでの会合が多くて、色々な方々とご一緒に飲食する機会が増えた。 

 私の人生、かなり多くの宴会に参加してまいりました。そして、その中で、飲み会には成熟度や、幸福度、達成度というものがあって、そのレベルがわかるようになってきた気がします。もちろん、その度合いに大きく影響するのが、参加者の意識です。宴会はその人の人間性や、成熟度を体現する、ある意味ではシビアな場なのです (すんません、ワタクシ今夜はかなり飲んだためさらに偉そうです(゚ー゚;)。

 それは、内田樹氏の宴会心得と通ずるところがあるので、引用さぜていただく。

 武道的力量はつきつめれば「人としてよく生きた」というかたちで事後的にしか検証しえぬものであり、数値化することも比較考量して優劣を競うこともできないものなのである。

 すべての身体技法が最終的に要求している「他者との共生能力」は人間の能力のうちもっとも計測しにくいものの一つである。
なぜなら、それは属人的な能力ではないからである。
 その能力は現に所与の、偶然的な「場」において、「共生を果たした」という当の事実を通じて事後的に判定されることしかできないのである。

 宴会というのも厳しい言い方をすれば、いわばある種の「共同的身体運用」である。
そこで自分のいるべき場所を探り当て、自分のなすべき仕事を見つけ出し、「宴会する共-身体」の一部になり切ることが実は求められているのである。
知らなかったでしょ。
なんと、私は宴会しながらも、門人諸君の身体能力の開発を心がけているのである。
「自分の割り前」の仕事をそこで果たすことと「自分の取り分」の愉悦を確保することは似ているようだが質の違うふるまいである。
門人諸君もそのあたりの呼吸をよく呑み込んで「宴会道」の極意めざして、さらなる精進に励んでいただきたいと思う。

 

 私たちはなぜ、お酒の場を通して、他者と出会おうとするのか。その出会いのいのちはなんであるのか。 

 それでは、おやすみなさい!!

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