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2013年8月

2013年8月26日 (月)

今日は、東北、関東、東海エリアで産業経済力の向上のために働いている若者たちとの、意見交換会があった。今回はそのホスト側であり、懇親会にも参加した。

 昨日の旅行疲れが残っており、生ビール2杯ほどで眠たくなってしまったが、レモンサワーに移ってから座席移動しつつ、色々な地方の方々と談笑した。

 その席で、「格闘技やっていらっしゃるとお聞きしましたが」と突然、聞かれた。事前に、部下が情報提供していたらしい。

 いやー○○○なんですが、○○○で、現在、キリストの活人術を稽古しています。とこたえたが、みなさんキョトンとして、それ以上の興味は示されなかった。ここは、ひとつ、隣の女性に協力頂き、実演しようかとも思ったが、セクハラ、変人、パワハ ラ...等々と呼ばれる危険度が最高レベルだった為断念!!

 それにしても、全国津々浦々(全国ではないが)、みんな、飲み方が大人しくなったなぁというのが、オジサンの感想でした。

  それに比べて、うちの高齢の親戚軍団ときたら.......ぅぉぉぉーヽ(゚ω゚ )ノ

 オヤスミナサイ!! 

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2013年8月25日 (日)

横浜同窓会

 昨日、今日と一泊二日で横浜に行ってきた。

 10年前に僕がある研修の講師をしたときの生徒たちとの旅行であった。彼ら彼女らは、僕の職場とははあまり関係のない人たちであって、普段は会おうと思わなければ会うことはまずないであろう。

Cimg2942  10年前の3日間の研修で出会っただけで、その後は年2回の懇親会を開催して、そのつながりを維持しているという珍しいグループである。今回は10周年ということで、初めて小旅行となった。 今回は、生徒たち(といってももう40代になってしまったが)以外にも、特別参加で僕の奥さんも同行した。

 当初は、学校生活のクラス会でも、めったに開催されることはないのに、なんで3日間だけの研修参加しただけで、こんなに半年毎に会っているのだろう。いつまで、続くのだろう。という疑問があったのだが、今回の旅行を通して、出会いに理屈づけをするのは無意味だとわかった。

 いいのだ。定期的にでも、会って下らないハナシばかりしていてもいいのだ。もう、親戚付き合いのようなもので、ただ会うことが大切なのだと生徒たち(もういい歳だが...再掲)に教えられた横浜なのであった。

 ※今日は横浜の日清カップヌードルミュージアムで、オリジナルのカップヌードルづくりに挑戦した。カップにはパンダがヌードル食べているイラストを描こうとしたのだが.......

  Cimg3002

 この二日間、昼~夜までずっと飲みっ放しのような気がする...........(^-^;

 

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2013年8月22日 (木)

ストリーキング事件

 今日も飲んでしまった。いつもながらなので、呆れていらっしゃるリピータ-の方も多いと思います。最近は、飲んで、寝るまでの1時間の間に酔い覚ましとして、ブログを書くことが多いです。

 今日は異業種交流会(なんか古いフレーズ)があったので、その打ち上げを行なってきた。ちょうど、ある都市大学から、インターンシップ学生がきており、彼女の送別会も兼ねての飲み会であった。

 そこで隔世の感を感じたのが、大学生であっても未成年だったら飲ましては行けないという、社会規範の徹底さである。彼女は19歳で実際はお酒も飲めるということであったが、社会人がいるような社交的?場面でお酒を飲むことはタブーらしい。本人も周囲も気遣い、罪に問われないように、未成年大学生はお酒の場でもソフトドリンクを飲み続けるのだ。

 僕が大学生の頃は、未成年であってもお酒を飲む機会を通じて、大人の世界や、社会の縮図を学んだのだった。法令順守はしなければならないが、かといって、せっかく大人たちとのフランクな出会いの場を通じて学べる瞬間を、逃してしまうのも勿体ない気がするのだ。

 今日は飲めない立場の彼女を気遣い、余計に盛り上げようとして語ったエピソードがあった。

 かつては、お酒に対して寛容な時代があった。また現在では壊滅状態の職場旅行も、20年以上前では職場の連帯感を深めるためにと存在した時代でもあった。

 僕は、職場旅行で千葉県あたりの中規模ホテルに宿泊した。宴会も盛り上がって、男だけで部屋に集まり、二次会でダラダラと飲んでいた。浴衣姿の僕は、めんどくさくなって浴衣を脱いで全裸になって酒を飲んだ。すると、みんなが裸になって、車座で飲み始めたのだが、ある先輩が度胸試しをしようと提案してきた。

 全裸の我々が、一人ずつ、この5階の部屋から一階玄関まで行って、戻ってくるというゲームである。証拠品として、最初の一人が部屋にあった歯ブラシをもって、玄関に行って置いてきて、二番手がそれをもって帰る。その繰り返しを8人の全裸男たちが行なうという、破廉恥なゲームである。僕は少々抵抗があったが、かなり酔っている多数派の勢いに根負けしてしまった。

 まず、最初の一人が部屋を全裸のまま出ていった...。その待っている間の数分間が、とてつもなく可笑しい時間であり、大した会話もしていないが、盛り上がった。二人目が出発し、数分後に歯ブラシを持って帰還すると、拍手喝采である。

 いよいよ僕の番である。全裸で部屋を出たはいいが、五階から一階まで階段で降りるよりも、短時間で行けるエレベーターに乗った。しかし、もし、途中階で人が乗ってきたらどうしようと不安であった。なにしろ、僕は全裸で身を隠すものは何一つ持っていない、完全ハダカであったからだ。言い訳のしようがない。

 玄関に到着し、スリッパの脇に置いてあった歯ブラシを手に取り、急いでエレベータ-に飛び乗り帰還する。その間約3分、本当にスリリングな時間であった。

 最後の先輩職員は途中で、ホテル従業員にみつかり「どうしたんですか!?」と驚かれたが、「これには事情がありまして.....」と言って逃げてきたらしい。

 ちなみに、この騒ぎを聞いていた女子職員は、部屋から鍵穴を通して、全裸の男子職員が出入りするのを目撃していたとのことであった。

 ............まあ、こんな破廉恥な行為は、現在では認められないでしょう。ひょっとしたら、ホテル内ストリーキングとして、マスコミ報道されていたかも知れません(-ε-)

 インターンシップ学生を笑わせようとして、このお馬鹿事件を話した結果、撃沈してしまった感もありますが.......僕には、このような馬鹿さ加減を呆れつつも受入れる社会と、断罪する社会のどちらがいいのかはわかりません。

 でも、現在、やろうといわれたら、絶対やらないだろうなぁ...(;д;)

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2013年8月21日 (水)

多くの劇団が参加する演劇イベントがあり、そのレセプションに参加する機会があった。

劇団員たちの年齢構成は、若い方々が多いが、オジサマオバサマも当然いらっしゃる。僕も劇団員と間違えられて「どこの劇団ですか?」と尋ねられたりした。 

 今回のイベントには、僕が数年前に出会った劇団が参加していた。その劇団が初めて本格的な公演を行なったときに、そのパンフレットに載せる紹介文を依頼されて、書いたことがあった。そこには、演劇をレクリエーションとして位置づけて、人生や世界観の再創造(RE-CREATION)と評した内容を書いた。

 今回、久々に会ったその劇団のキャッチフレーズを見たら、「レクリエーション=RE-CREATION 新しく生まれる」と表現されていた。原稿に書いた僕の気持ちを受け取ってくださったようで嬉しかった。

 私たちの肉体が毎瞬毎瞬、新陳代謝という再創造を行っているように、心も魂も硬直化させてはいけない。そのためのレクリエーションとして、文化芸術に触れたり、運動したり、友人たちとお酒を飲んだりするのが大切なんだよなぁと思ったのだった。

 

 

 

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2013年8月17日 (土)

終戦のエンペラー 天風先生

 親父の葬儀が終わって数日が経つが、それでもお香典がいくつか届けられており、夕方に実家の親父の祭壇にお供えした。そして、案の定、そのまま母と飲みに行く羽目となった。ずっと毎日飲み会状態である(゚Д゚)

  今日は、「終戦のエンペラー」を錦糸町まで観にいった。超満員で、窓口では最前列での鑑賞となりますと言われた。場内に入ってみると、その通り、観客の年齢層はかなり高く、客席びっしりであり、前から2列目に座った。そして、やはり場内は咳とか、菓子パンを破る音、途中トイレに立つため前扉から堂々と出入りする等々、若者層の方がモラル度は高いことを確認することができた。

200_2  内容は、マッカーサーらの占領軍が、昭和天皇の戦争責任を追及していく歴史ストーリーであるが、ラブロマンスなど多少のフィクションも織り交ぜている。

 昭和天皇の人間性と、その勇気については、かなり前から存じていたが、このアメリカ映画を通して、再認識させられた思いがある。

 それにもまして驚いたのが、この映画をプロデュースしたのが、奈良橋陽子さんだったことだ! 。彼女はゴダイゴの作詞を手がけるとともに、社会にメッセージを発していた才女であり、僕は結構注目していた存在である。しかも、映画の中の重要人物である宮内次官の関屋貞三郎(故夏八木勲が演じた)が、実は奈良橋さんの母方の祖父に当たるそうである。

 そして、映画を観ていて思い出したもう一人の人物が中村天風先生である。先生は皇族の講師を勤められており、終戦前に皇居内に居て、かげながら陛下が終戦の聖断を下されるのを助けたらしい。

 映画の中でも、陛下の玉音放送のレコードを近衛師団が奪おうとして、皇居に武力侵入する場面があったが、実際に近衛兵が宮内庁の天風先生の私室に立ち入ろうとしたときに、先生は兵士を激しく叱責した。

 何だ。それでも兵士のはしくれか。ここは私の部屋だ。見りゃ分かるだろう。無断で踏み込もうとするのは、押入りか。

 馬鹿者! 日本民族存亡の一大事に君側の佞奸に無理強いされるお方と、お上(昭和天皇)を心得ているのか。大将や重臣ごときの者の言に、左右されるお方では断じてない。

 何を振り回している、段平(幅の広い刀)か!  しまえ、日本刀は邪心を断つためにある。ここは私の部屋だ。そこに無断で踏み入ろうとするのが武士か、名を名乗れ、それでも軍人か。

 先生が将校を叱責して、終戦妨害をやめさせたときの言葉である。これで非を悟った将校は、終戦反対を叫ぶ同志の所に説得に赴き殺害されたそうである。

 また、終戦間近になり、宮中全体がとげとげしくなり、このままでは国の一大事になると思った先生は、宮内省の反対を押し切って、気分転換のため演芸や漫才を陛下にご覧頂いたそうである。さすがである。

 この映画を観て、終戦というエポックが、現在にまで脈々とした繋がりを維持している。そんなキモチになったのだ。

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2013年8月16日 (金)

靖国 G1

今日は就業後(といっても忌引き休暇中なのだが)、職場の例年メンバーで靖国参拝をした。昨日と違って参拝者も少ない状態であったが、悲惨な戦争はいたしません、日本の為に尽くしますとお誓いしてきた。その後、市谷駅前に移動し、かなり飲んできてしまった。

 話題変わって、新日本ブロレスのG1クライマクスが11日に終了したが、そのダイジェストを録画しておいたので、鑑賞した。結果は知らぬままに観ていたが、ずっとハラハラドキドキしっぱなしであった。

 ハラハラ感は、右膝前十字靭帯断裂から6月に復帰した内藤哲也選手が優勝決定戦出場に決まったときから上昇し、棚橋選手との優勝戦は心臓バクバクであった。

 Pk2013081202100004_size0_2 内藤選手の奮闘を期待し、優勝して欲しかった。こんなに祈るような想いで、ブロレスを観たのは久しぶりである。

 最後の最後に内藤選手がスターダストプレスからのエビ固めで棚橋選手を下した瞬間、録画でありながら、オジサンでありながら、「ヤッター!! おめでとう!」と画面に向かって叫んでしまった。

 僕は内藤選手と十年程前に一緒にトレーニングをしていた時期があり、彼は寡黙でボクトツとしていて、また怪我にも苦労していた印象が強かった。その彼が、負傷を乗り越えて念願のG1優勝がてきて、本当に嬉しい。

 

 

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2013年8月13日 (火)

交通違反キップ切らるる

 親父の葬儀も無事に終わり、今日は残務整理をする予定であった。

 しかし、急に、今日はひとつの節目として、疲れているはずのお袋を日帰り温泉にでも連れて行こうと思い立ち、急遽80歳のお袋と86歳の従姉妹に連絡して、実行に移し、レンタカーで常磐道を下る。

 Photo 渋滞気味のため、八潮で降りてナビの紹介するそば屋で昼食をとる。なかなか良い雰囲気の店であった。そのまま、初めて走行するルートを通ることになったが、交通量がまったくない道を走っていると、後からパトカーがサイレンを鳴らして近づいてくる。

 自分は何も悪いことはしていないと思っていたのだが、他にクルマは見当たらず、とりあえず路肩で停車する (あのウーウーというサイレンと、赤いピカピカの回転ライトで背後から迫ってこられると、自分が取り返しのつかない罪を犯した犯罪者のような気分になってしまう)。

 パトカーから警官が出てきて、僕のクルマまで来た。一時停止無視ということらしい。

 なんで、こんなに安全そのものの道に、隠れて獲物を狙っているのか!!という感情が生じそうになったが、武道修行者として感情的にならずに、万が一突進車があって自分が一時停止しなければ大惨事になったと想像し、きわめて紳士的に違反キップ手続きを受入れた。

 2点減点で7000円の違反金であった。その後、しばらくは悶々としたが、オレは7000円でココロが支配されるセコイ男だったのか!! と反省し、おおらかな気持ちで(入湯料900円だったが、7000円のゴージャスな源泉温泉に浸かっているイメージで)日帰り温泉に浸かった。気持ちよかったが、暑かった。

 ...........そんな僕を始終みていた従姉妹は、憐れに思ったか、夕方に浅草雷門の料亭を予約してご馳走してくださった。今日も飲みすぎた。

 今日の違反キップは多少痛いが、運転に関しての良い意味での「厄落とし」だったと思っている。これから、落ち着いて安全運転をこころがけます(゚ー゚)

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2013年8月12日 (月)

 昨夜の通夜、今日の告別式.....親父の葬儀を無事に終了することができた。

 今回は、葬儀社がサービスで通夜の儀式後に親戚たちの集合写真を撮ってくれるというのでお願いした。

 親戚たちからはお祝いの席でもあるまいし、なんで葬儀のときに集合写真なのかという声もチヤホヤあったが、年間を通して親戚一堂が会するのは、葬儀法要のときしかなくて(結婚しても披露宴をしないカップルが増えていることもあり)、また今回の親父は大往生であり、親父の性分としても、賑やか好きであるので、記念撮影に踏み切った (ただ、みんな揃っての集合写真なので、ついチーズと言ってしまいそうで焦ったが、どうやら僕だけではなかったようだ) Cimg2930 なかなか、良い出来上がりで、早速本日、親戚たちに配った。

 今回の葬儀は、親戚中心の家族葬としたので、僕の職場の庶務係には家族親類だけで葬儀を執り行うので、葬儀日時を皆に周知しないようにしてもらった(庶務だけには一応教えておいたが)。

 すると、親戚だけの家族葬で慎ましくやる予定であったが、御通夜の席には、予想外の同僚たちが駆けつけてくれたのだった。

 親父は大往生だから、涙など流さない。むしろ、笑って見送ってあげようと思っていたのだが、日曜の夜にわざわざ時間をかけて、葬祭場に駆けつけてくれた職場の仲間たちが、祭壇前で焼香する姿をみて、心がきゅーんとなってきた。

 オレは一匹狼的な傾向があるタイプだと思ってきたが、何を言っているんだ、こんなにもオレを励まし支えてくれている存在たちがこんなにいたではないかと、自省した。

 今日の朝は部下が斎場に、職場のみなさんからの香典を持ってきてくれた。なんと100人を越える人たちが、大切なお金を香典として渡して下さった。もちろん、お義理で下さった方もいらっしゃるとは思うが、予想外の人数である。

 今まで自分の個性の強さや、特異な人生体験等々、自分の枠にこだわってきていたが、それは自分勝手な自己解釈であって、自分を支えてくれている人たちの存在をきちんと正視せよといわれているような気持ちになった。

 みなさん、どうもありかどうございました。

 ※今日も、昼から精進落としとなり、酔ってしまった。夕方から、親戚数人と地元barで飲んだ。その後、ひとりで立ち食いそば屋にいってかき揚げそばを食してきた。(^-^;

 

 

  

 

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2013年8月10日 (土)

パシフイック・リムに励まされる!!

 今日は亡くなった長男の奥さん(つまり義姉)が、親父と面会したいというので、炎天下の中、母も付き合うということなので、レンタカーを借りて送迎した。

 その後、義姉を囲んで、母と奥さん、僕とで居酒屋に行った。ここでは詳しく触れられないが、久しぶりに会った義姉に対して、兄夫婦に関する様々な疑問に思っていたことを一気にぶつけてみた。

 姉は意気消沈し、怒り、最後は母に泣きながら抱きついた。店の方々もびっくりしたのではないか。でも、親父の葬儀の件がなければ、わだかまりを抱えたままであっただろう。今夜は結構、飲んでしまったが、真実とか本音を聞けてよかったよかった。

 今日の午後は数時間の自由になれる時間があり、母はゆっくり休んで、奥さんは実家に行って、僕は気分転換に映画に行った。

Imagesca0gztn4   

 親父の葬儀を明日に控えて、映画とは不謹慎ではないかとお叱りをうけそうであるが、ここ数日いろいろあって、ちょっとの休息、気分転換が必要だと思って、何と「パシフイック・リム」...怪獣映画に行ってきてしまった!!    僕の大好きな「ヘルボーイ」「パンズ・ラビリンス」のギレルモ・デル・トロ監督の作品であり、この監督は僕のここ数年のベスト3に入る「永遠の子どもたち」の製作もした。そんなお気に入りの監督の新作は日本の怪獣映画をリスペクトしてつくった「かいじゅうえいが」である。

 もうオープニングの怪獣が出てきたシーンから、僕の中の何かが弾けた。それは、潜在意識に潜んでいた小学生の自分が、小躍りして興奮しているような感じである。

 「オレは....53にもなって...........怪獣映画に興奮するのか.....すまぬオヤジよ.....!!!」

 人間というものは、平穏無事な日常生活が続くことよりも、驚くべき出来事が起こり、それに対処することに生きがいを感じるということを、怪獣映画やウルトラシリーズから、教え込まれたオジサンであった。エンディングの「故・本多猪四郎に捧げる」が泣かせる。

 このたいしたストーリーもなく、大迫力の戦闘シーンが売りモノの映画を観てから、なぜかここ数日の疲労が砕け、やる気に満ちてきた!!! すまぬオヤジよ!!!

今日、不謹慎ながらも(しかも怪獣映画で)、リレッシュした分(飲みすぎたけど...)、明日の御通夜で頑張.ります!!!!

※映画館は子どもがまったくいなくて、しかも中年男性の単独鑑賞が多かった(自分もだけど)。頑張れ!中年男!!!

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2013年8月 9日 (金)

ミステリー? 家紋が違う!、しかも本家までぇ!?

 昨夜は、母と姪夫婦と浅草のインド料理屋で飲食した。僕は残ったインドワインを持ち帰って飲みながらブログを書いた。

 母は今朝も昨日親父が逝ったばかりなのに、早朝のビル清掃の仕事に行った。そして今日は、葬儀社との打ち合わせや、お寺の住職への挨拶、葬祭場で親戚たちと親父の遺体を会わせたり、慌しかった。

 今日はホントに暑かった。レンタカーの冷房が効かずにまいった。さすがに今日は僕もグッタリして、熱中症の初期症状かしらと不安になってしまったが、夕方になって、数人の親戚たちと斎場を出てから、居酒屋に行ったら元気になった。こうして、帰宅してもビールを飲みつつ、ブログでのアーカイブ作業をしている。

 さて、本日発覚した大間違いとは.....!

  昨日、葬儀社から家紋を聞かれてわからなかったので、親戚が数年前の葬儀のときに使用するため作成したという家紋図柄をもってきてもらった。下図のような「三つ橘」という図柄らしい。しかし、墓と図柄が逆さになっていることに後から気づいて、葬儀屋が間違えて作成したと親戚は言っていた。

Dsc_0244

 そして、今日、お寺に挨拶に行ったついでに、今年1月に長男が入ったお墓に御参りをした。その墓石の家紋を見て、うちの奥さんが叫んだ。 

 「かっ、家紋が違っているべえ!!」............................

 なるほど、昨日の家紋図柄の三つ橘と比べると、うちの墓石のは非常にシンプルである。

Cimg2913 

  親戚がつくってもらったという家紋図柄が間違っているのか、うちの墓がまちがっているのか、ミステリーに包まれた。

 そこで、奥さんからの本家の墓がどうなっているかを見に行こうという提案に乗って、クルマで5分離れた本家の寺で確認した.......................。

Photo   

 若干、親戚がもってきた家紋図柄に似ているが、やはり違う.........

 帰宅してから、ネットで家紋である「三つ橘」を調べてみた...................。

 Photo_2  こういうことであり、わが本家の墓は、家紋を逆に刻まれているようだ!(;д;) 

 我が家系の家紋は、本家の墓石では上下さかさまに刻まれ、わが家族の墓石ではまったく違う「彦根橘」という図柄で刻まれてしまっている.......................!!

                      わが一族とは.....................

 まさにミステリーを紐解いたキモチになっている自分であった.....。この衝撃の事実を、親戚たちに言うべきか、言わないほうがよいのだろうか.............(゚-゚;)

 

 

 

  

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2013年8月 8日 (木)

親父逝く !

 今日の午前1時22分に、親父が生涯を終えた。

 12年前にクモ膜下で倒れてから、東大病院、千葉県九十九里のリハビリ病院、都内特養ホームと点々とした。特養ホームには10年近くお世話になったが、ここ最近は病院への緊急搬送を繰り返し、母と僕夫婦の負担もかなり高くなってきて、一ヶ月前に療養型病院に転院したばかりであった。

 85歳だった。一昨日は食事も全部平らげ、入浴もしたらしいが、急に逝ってしまった。僕たち家族は12年前からこの日を覚悟しており、85歳までよく生きてくれた、大往生したのだと受け止めている。

 親父の訃報を関係している方々に連絡すると、口々に母のことを言う。母が無理しないようにと気遣って下さる。

 母は80歳。20年程前からバイトで日本橋のビル清掃をしていて、母一人に任せられている。なんと80歳になっても、会社から解雇されず、元気でいる限り続けてほしいと言われており、それが母の生きがいのひとつになっている。

 昨日は母と、病院から親父の容態悪化の連絡を受けて、夜に駆けつけ、小康状態のため、一旦帰宅することになり、佐渡島居酒屋で飲食して、9時に分かれた。そして、今日の午前1時に病院から危篤との連絡があり、病院に駆けつけたら、すでに旅立っていた。そのまま一睡もせず、母は一人でビル清掃を行い、再び病院に駆けつけ親父を葬儀社と搬送した。午後はそのまま葬儀社と打ち合わせて、納棺師にも立ち会った。

 僕も不謹慎ながら、昨夜は飲みすぎてしまい、夜中に病院にかけつけて、睡眠不足状態であり、一日ボーツとしていたが、母は気が出ていた(元気であった)。

 今年の新年には、長男が亡くなったが、その葬儀の日にも、母は休まず、ビル清掃を行なってから、斎場に駆けつけた。

  親父よ、そんなに母に愛されて、支えられて、幸せな人生だったんだろうなあ。

 その分、あの世から母を見守ってくださいね。

※85歳の親父に納棺師はどうなのかと思ったが、あきらかに親父が若返り、きれいになっていった。さすがのプロだと感心した。うちの奥さんも、納棺師の方たちの技をみて、感動していた。Dsc_0242 Dsc_0251_2 

※不思議なのは、親父が療養型に入院して、入院費が高くなったこともあり、僕たちは現在の賃貸マンションよりも、年式が古い所に引っ越して、費用を浮かせ入院費用に当てようとしていた。しかし、諸事情から転居をやめる決断をしたのが昨日であり、まさにその数時間後に親父が逝ってしまった。

 そして、現在はなかなか集中的に仕事を休めない状況にあり(夏休みもとってしまったし)、丁度お盆休みで予定が殆どない、年間で一番休みが取れやすく、母と充分に付き合える時期に亡くなってくれたのも不思議である。

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2013年8月 6日 (火)

夏休み4日目 広島

 三日目まではシラフで書いたが、昼間では全部書ききれずに、こうして外で飲んできてしまい、多少酔った状態で四日目に突入っす。「あまちゃん」完全に脱皮っす(一・二日目参照)。

Cimg2843_2                                                             Cimg2834さて、午前6時半から厳島神社に入れるというので、 朝食前でしたが行ってきたんです。

イヤー、ここは年間500万人が訪れる観光地ですが、早朝のため、人がいなくてゆっくりと厳島神社を堪能することができました。

 よい場所にこれて、オラア幸せものだなぁとつくづく思ったでげす。

Cimg2874  ホテルをチェックアウトしてからは、ロープウェイで弥山に登りました。あいにく、晴れ間はあるものの、曇りがかっていて、透明感あるブルーな景色はみれませんでしたが、まぁそれも善哉善哉。

 ここ数日、小豆島、尾道に続いて、ロープウェイの連ちゃんが続いております。

 広島  平和記念公園

Cimg2887宮島口から広鉄に乗って原爆ドーム前に着いた。Cimg2892 丁度翌日は広島に原爆が落とされた日だった。

 その式典のため、会場が設営され、小学生たちの朗読のリハーサルが行なわれていた。

 それにしても物凄い炎天下である。式典当日もかなり暑かろうと察したが、本日の式典をテレビで観ていたら、やはり参列者の皆様が苦痛に歪んだ顔で、ハンカチで汗を拭ったり、扇子をあおっていらした。しかし、原爆当日を思えば、それらは耐えられる苦痛であり、不平不満を言ってはいけないのかも知れない。 Cimg2891  その後、広島平和記念資料館に入る。五年前に入ったときは気づかなかったが、今回、アメリカが原爆投下の効果を測るため、投下候補地には空襲をせず、建物をそのまま現存させていたことを知った。

 そして、怖ろしき原子力爆弾に「リトルボーイ」というユーモラスなあだ名を付けた。そのチューインカムをかみながら、人を傷つけてしまうようなアメリカ的な発想が、現在は世界に蔓延していて、日本も自分もその洗礼を受けていることに、多少のショックを覚えた。現実に真正面に向き合わずに、歪曲して、茶化して誤魔化す感覚だ。

 今年開かれた核拡散防止条約(NPT)再検討会議で発表された「核兵器の人道的影響に関する共同声明」には80カ国が賛同したが、日本はアメリカへの配慮から署名を拒否したとのことである。

 資料館にあった日本の核廃絶への取り組みが、空虚に見えて仕方がなかったのだが...。

 酔心

 4日間最後の締めに、オラの奥さんが昔家族で新宿にある店によくいった「酔心」に行こうと言ってきた。オラは料理店は知らなかったけど、日本酒の酔心はよく知っていたんで、「いこいこ」と了解し、タクシーに乗って本店まで行った。

Cimg2898 午後4時近かったが、昼定食をまだやっていて、オラは広島産天ぷら定食、奥さんはバターホルモン定食を注文した。生ビール、酎ハイを頼んで、やはり最後は冷酒「酔心」を注文した。Photo_3

 五時過ぎに店を出ようしたら、突然の大雨が降ってきた。しばらく待っていたけど止みそうもないので、アーケード商店街まで行こうとしたら、仲居さんが巨大な傘(ゴルフ用)をオラと奥さんに手渡して、一緒にアーケードまで送ってくださった。どうもありがとうございました。

空港

 8時45分発の羽田行き最終便に乗るため、6時半に空港到着。

 奥さんが買物に行っている間、オラはレストランでお好み焼きをつまみに、ハイボールと生ビールを飲んでいた。 Cimg2909

 今回の旅は、濃厚過ぎた。もう、お腹いっぱいだぁ。オラたちは、もう一泊していたらどうなったのだろう。

 時間というのは濃淡があり、伸び縮みするということが、よ~くわかったなぁと、空港レストランでお酒を飲みながら、オラは想像していたんだ。

※イヤ~なんとか、今日一日で4日間の振り返りができました。しかし、読み返してみると、文体が支離滅裂でお恥ずかしい限りです。しかも、酔ってかくと、ですます調になっても途中から、である調も出現するという滅茶苦茶で、すみません。

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夏休み三日目 尾道厳島

やっと三日目に突入した。「あまちゃん」の影響は殆ど消滅した(一日目、二日目読んでいないとわかりませんでしょう)。今日の午後までに、ささっと4日間の思い出を記録しようとしたのだが、途中でお茶飲んだり、居眠りしたり、読書したりして、なかなか筆がすすまない。

 さぁ、あと一時間足らずで出かけるので、何とかシラフの状態で書き貫こう!!

 普段は朝一番で、トイレに入ると、おしっこがいっぱい出るのだが、三日目の朝は殆ど出ない! もちろん、その原因はわかっている。二日目は一日がかりで、炎天下でのサイクリング、ウォーキング、柔術稽古を行なったため、かなりの水分不足状態になっていたのだ。医学的には、お酒を飲んでも水分補強にはならず、むしろ逆に多めに水分を排出してしまうといわれているが、多めのお酒を飲んだにもかかわらず、排出しないとは、かなりの重症であったのだろうか。

 まぁ、そんなハナシはいいとして、午前10時頃に岡山駅を出て、尾道に向かった。尾道は5年ほど前に出張で行ったが、まったく観光はできなかったので、今回はリベンジである。

 列車の吊広告には、映画「風立ちぬ」のポスターが。 生きねば。

Cimg2747

尾道

 尾道駅に着いてから、またまた、炎天下の中、レンタサイクルCimg2750を借りて移動する。千光寺のロープウェイに乗って、展望台に行くと、瀬戸内海の穏やかな眺めが心地良かった。

 それにしても、暑い暑い。

Cimg2768  浄土寺まで、坂道を走行していったら、もう汗ダクダク。

 帰りは、アーケードのある商店街を通って、駅まで行った。

 生きねば。 

その後は普通電車で宮島口まで行った。陽射しが強かったが、カーテンを半分しか下ろさずに、1時間半ほど、子どものようにずっと外の景色を眺めていた。

宮島Cimg2784

 ホテルの温泉で、汗を流し、夕食。その後、無料で夜の厳島神社ツアーが あるというので参加する。

 約30名ほどが、五重塔や千畳敷、神社を廻り、ガイドのおじさんの説明を聞いた。30分程度の時間か。

 夜の厳島神社はライトアップされており、なかなか幻想的であった。

 Cimg2799

 Cimg2813

簡単ですが、三日目はここまで

 ※迷惑がる鹿を夜に追い回す女性

Cimg2814

 

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夏休み二日目 熱中症寸前!!

 さっき夏休み一日目を書き終えたけど、疲れた、疲れた。これは過酷な旅の疲れと、突然変な方言を使い出したせいもしんねぇ。それでも、オラは書く。こうしてシラフのときに書かなきゃ、あとからお酒飲んで書くことになってしまったら、何書くかわかんねぇからだ。

 さあ、行くべぇ!

   小豆島では海をみながら朝風呂に浸かった。キモチエカッタァ。だけど、午後からの柔術稽古Cimg2702Cimg2709 を思うとカラダをダラーとさせるわけにはいがねぇから、冷水シャワーを浴びたんだ。

 それから乗船した岡山に向かうフェリーは豪華で、思わず自動販売機ではなく、スナックコーナーでおねえさんにアイスコーヒーを注文して洒落こいてみた。 

岡山

Cimg2712  岡山港についてからバスで岡山駅まで移動。地下街で白桃ジュース売っていたので、飲んでみたら美味しい! さすが岡山!!

 それから吉備線に乗って短時間だが吉備観光をすることにした。駅前で自転車を借りて、炎天下のサイCimg2721 クリングロードを走った。暑い、熱い、あつい...(;´Д`)

 吉備津神社、吉備津彦神社などを巡り、参拝してきた。それにしても、太陽の日差しがキツイ痛い。オラの首筋や、腕がヒリヒリしてきた。

 2時間ほどのサイクリングを終えてから、オラは岡山市営の武道館へ、奥さんは倉敷にそれぞれ旅立った。

 汗をかき過ぎたので、お店に入ってアイスコーヒーを飲んで休憩していたのだが、店のご主人に武道館への行き方を訊ねたら、歩いていくことが可能ということで(これがくせものだぁ)地図を描いてもらった(これもくせものだぁ)。

  最初はご主人が言葉だけで、いろいろと説明してきたんで、これに書いてけろと鉛筆と紙を渡したんだ。そしてたら、シンプルな行き方を教えてくれたんで、なんとかなるなとオラのいい加減な性格が災いし、後かCimg2911ら地獄をみる羽目になるのだった。

 念のために、道路に出てタクシーなどが走っていないか確認したが、もちろん走っていない。無線で呼ぶのも面倒くさいし、2、30分はかかるけど歩いても行ける距離だということなので、歩いていくことに決めた。

 線路をわたらずに、手前を左に進んで......と呪文のように口づさみながら歩いた。極めてシンプルな略図を頼りに、歩き続ける。炎天下、誰も歩いていない。走っているのはクーラーの効いたクルマのみだ。

 暑過ぎる。太陽光線が鋭角的に肌を直撃してくる。汗がシャワーのように流れ落ちる。しかし、教えられた左折ポイントは発見できないままだ。

 オラ、このままだと熱中症になってしまうのではねぇか。もしも、このまま進んでイって道に迷ったらどうすんべぇ。誰も道を歩いていねぇし、道さ聞く相手もいねぇ......(;;;´Д`) 万が一、行き倒れになったら、誰が助けてくれんだろうか。(;;;´Д`)

 オラは炎天下のなか、葛藤しながら歩いた距離を泣く泣く捨てて、引き返すことにした。ただ、道を尋ねる相手が誰もいねぇ。しかも、2時間もサイクリングしてっから、カラダの水分がかなり減っているに違いねえ。

 ......しばらくしたら、駐車場にテントを張って、桃や桃ジュースを売っている幼稚園のPTAっぽい若い女性たちがいた。恥ずかしながら、オラは汗で濡れた地図をみせながら、ここに行きたいだけんどと尋ねてみた。

 オラが話しかけた女性は、武道館の場所がわからなかったため、奥にいた別の女性に道を聞いてくれた。すると、わかっていたらしく、オラに説明してくれたが、この炎天下で歩いていくのは自殺行為と言う。しばらくして、「クルマで送ってあげましょう」と天使の声が聞こえてきた。

Cimg2728_2   タクシーもねぇ場所で送ってもらえるとは、まさに、砂漠でオアシスに出会ったようなものだとオラはホッとした。しかし、考えてみたら、厚意に甘えてタダというわけにはいかねぇ。いくらか包むべきかと迷った。したら、女性たちが「代わりに桃買ってください!」と言ったので、1箱4000円のはきついので、1皿4個800円を2皿買ったら、喜んで頂けた。

 冷房が故障しているという軽自動車に、運転とナビの女性たちと、オラの三人で約5分ほどの距離を走り、念願の武道館に着くことができた。走りながら、この距離を炎天下で歩くのは危険だ。しかもこの略図ではわがんねぇと思った。

 武道館前でお礼を言って、記念写真を撮らせていただいた。

 お二人とも、本当にありがとうございました。おかげさまで、無事に東京に帰ってこれました。

 さて、予定よりも早めにつき、武道館の道場の隅に座っていたのだが、汗が滝のように流れ続けた。自動販売機が1台あるのだが、コーラ以外売り切れていた。オラはコカコーラゼロを2本飲み、炭酸人間となってしまった。

 柔術は約2時間半の稽古を、冷房なしの道場で行なった。

Cimg2732  東京での稽古は参加人数が増え、初心者が多いこともあって、稽古内容がプログラム化されている感があるのだが、本部道場では体技を一通り、黙々と続けて行なっていた。また参加人数も東京の比ではなく、道場スペースをのびのびと使うことができた。まさに武道鍛錬している実感があった。色々な意味で今回の稽古はかなりの収穫があった。

夕暮れになった武道館は野山に囲まれ、素敵な雰囲気を醸し出していた。帰り際に購入した2皿の桃を皆さんにお配りして、クルマに同乗させていただき岡山駅に向かった。もう、その頃は、柔術稽古と、サイクリングと、炎天下歩行の為に、オラは虚脱状態で、フラフラだった。

 しかし、それでも、オラはやる!  当日はなんと、岡山の花火大会の日だったため、ホテルでさっとシャワーで汗を流して、奥さんと合流し、駅前高島屋でパンツ2枚を購入して(パンツを東京に忘れてきた!)、そのまま路面電車で花火大会会場に向かった。Cimg2742

  正直言って、オラの住む東京の隅田川花火大会は、こないだ初の中止になったんだけど、岡山の花火さはかなうめえと思っていたんだ。でも、超満員の川沿いにやっとこさ、見える場所をみつけて、見上げた花火は、迫力あって、なかなか良かったなぁ。

 人混みを避けるため、花火後に少し遅めの食事をホテルの居酒屋で済ましたんだけど、ビール、焼酎、冷酒かなりガブガフ飲んだ。だけんじょ、全然おしっこがでなかったんだ。かなりの水分不足だったんだなぁ。

※ホテルに帰ってから、びっしょり濡れた道着を乾かすために、バックから取り出してみた。すると、下衣の臀部には大きな穴が開いており、上衣は夏用で結び帯が付帯されていたのだが、ちぎれていた。壮絶な稽古を物語っているのだろうか。下衣は仕方なく、ホテルに捨てた。今まで、どうもありがとうね。

 

 

 

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夏休み一日目 ビッグダディ再び小豆島に現る!?

かっ、からだがおもい.....(´□`。)

 オラは先週の金曜日から、昨日の月曜日まで3泊4日の夏休み旅行に行ってきた。今日まで休みをとっているので、まだ旅の疲れが残っているのだけど、こうしてPCに向かって忘れぬうちに旅を記録しようとしている。

 毎年、オラたち夫婦は、お盆休み前の8月初旬に旅行に行くことが恒例となっており、ちなみに昨年はロンドンオリンピックにレスリング応援、一昨年は五島列島団体旅行に行ってきた。今年は、GWに四国に行く予定であったが、おやじが入院したためキャンセルとなってしまった。なかでも小豆島は「八日目の蝉」やビッグダデイの島で、楽しみにしていただけに、今回そこははずせないとなった。そしてかなり有名な神社である厳島神社にも行ったことがなかったので、そこも行きたかった

 .....ということで、小豆島、厳島神社に行くとなると、真ん中には岡山をもってくるのが適当であると判断して、3泊4日で四国から北上しつつ西に向かうというコースをとることにした。

 そして、岡山はなんとオラが稽古している柔術の本部道場があって、そこは土曜日が稽古日のため、半日、奥さんと別行動して、本部で稽古することにしたんだ。

 今朝、録画しておいたNHK朝ドラ「あまちゃん」を一気に観てしまって、未だあまちゃんモードが抜けてねぇため、言葉がちょっと変になるかもしんねぇけど、ゆるしてけろ。

 1日目

 高松

Cimg2676 朝、9時半に羽田から高松まで飛んだ。

 オラたちの乗った飛行機は、夏休み向けに、機体にまんがが大きく書いてあった。

 高松空港に着いてから高松港までバスで行ったけど、少し時間がCimg2677あったんで、警備 のお兄ちゃんに聞いて地元の人が行くうどん屋を紹介してもらったんだ。地元で仕事をしているおじさんで一杯だったが、おばあちゃんたちが働いていて、なんか下町の薄汚れた飯屋みたいな雰囲気があって、オラの大好きな雰囲気だった。

 ただ、ぶっかけうどんと天ぷらの味は、いまいちだったかなぁ。

 小豆島

 午後に小豆島さ着いてから、オラたちは軽自動車を借りて島めぐりをした。

Photo_2  奥さんがビッグダディシリーズのファンだったため、町を走っていても、「あっ! 島の接骨院の跡地だべ!」「一家が柔道の稽古した民宿の武道館だべ!!」と即座に発見するので、サスガだなぁと思った。もう誰にも使われなくなった武道館前で記念撮影だ。Cimg2683地元の人にビッグダディについて聞いたら、やらせだべとか、話題なくなったから島を出ていったなどと、割と冷めたご意見があった。

  オラはビッグダディよりも、新生児の誘拐犯が母子で小豆島で暮らす「八日目の蝉」に魅せられてしまい、ラストで警察に逮捕される福田港に行きたかった。しかし、現実の福田港はまさに通常のフェリー乗り場そのものであり、あの感涙にむせた世界は何処へいってしまったのよと思った。 

 それからロープウェイに乗って「国立公園 寒霞渓」に到着。そこで、事件は起こった。

 奥さんが、「あっ、あれ!!」と指を指した先をみたら、オラもびっくらした。 じぇじぇじぇ!!!!

 Cimg2689_2ビッグダティがいるぅ!!!! ビッグダデイ は離婚後、小豆島を離れ東北に住んでいるらしく、最近は自叙伝を出版していろいろと話題となっており、いかにもビッグダディらしい生き方だなぁと思うのだが、なして、また小豆島に戻ってきたんだ。また、新しい設定にして新番組を作る気なのか!! と驚くと同時に様々な憶測が浮かんできた。

 しかし、よ-くみると、風貌、体型、ファッションが瓜二つの年配の方であった。(後姿の奥さんの前に立つのが、ビッグダディおじさん)本当によく似ていて 、一緒に記念撮影すれば良かったと後悔している。あーびっくらこいたぁ(;д;)                     

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 そうそう、ついでにオラたちの借りた軽自動車は「777」のラッキー7だったので、記念撮影。

  それから、夕日がきれいだったので、それも記念撮影したんだ。

 Cimg2697

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