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2013年7月11日 (木)

瞑想とお酒

 昨日は、部下二人と炎天下の中、打ち合わせのために外出した。一段落したので、水分補給のため喫茶店に入り、しばらく仕事の話をしてから、急に「合気道やってらっしゃるんですよね」と訊かれた。

 そうだよとこたえてから、最近は偶に柔術もやっている。それはキリストの愛をモチーフとしており、相手を愛することで身体変化が起きてくるのだよと付け加える。すると、一人は興味を持ちはじめ、一人は「(・_・)エッ....?.な~んだ、この上司は.....」.という(ような)反応であった。

 昔なら、キリストの武術とかいった途端にアブナ系と思われるであろうし、ましてや宇宙人、魂とかまでにいったら、これはもう変人扱いは免れず、社会人としての威厳を損失したことであろう。しかし、幸い、現在の世界は、そういう領域を受け入れる許容範囲が拡がってきたように思える。

 まあ、部下たちは上司は変人というよりも、ちょっと変わっているというレベルで落ち着いている様子である。

 

 今朝は6時前に起きて、短時間だが呼吸法と瞑想をする。

 目を閉じて身体は静かになっていても、相変わらず脳は暴走し、次から次へとどうでもいいことを視覚、言語中枢に仕掛けて、浮き足ださせてくる。 

 しかし、途中から、心が落ち着いて、じわーっと幸福感に浸ってくる。

 このキモチで、ずっといたい。これこそがあるがままのビーイングの世界ではないかと感じたのだった。

 しかし、

 友よ、僕は思った。

 この落ち着いた幸せ感にずっとひたっていたいならば、引っ越して大自然の中で瞑想者として生涯をおくるのが良いだろう。

 でも、僕が求めているのは、なんの葛藤も試練もない、安全な状態で幸せになっていることではない。むしろ、混沌とした世界で活きるからこそ、そのあるがままの幸せ感が光るのだ。

 友よ、酒好きの僕だから、こう発想してしまうことを許してほしい。

 美味しいお酒は本当に美味しい(当たり前!"!) 

 しかし、そのお酒をひとりで一日中、ずっと飲み続けていても、しばらくして空しくなることだろう。

 本当に美味しいお酒とは、一生懸命に何かに取り組んだ後や、人との良い出会いがあったりしての一杯のことだと思う。

 一生懸命に生きずに、酒、瞑想(酒と仲間にするな! 酒より)に浸ろうとするのは、自己満足であり逃避である。

 落ちついた幸せな意識を持ち続けたいキモチはわかるが、それは部屋でひとりで座わり続けることではない。混沌とした社会に出でよ!

 だから僕は、この複雑でごちゃごちゃした社会で頑張って生きながら、きちんとお酒を飲み、武道で鍛え、瞑想して幸福感に浸り自分を立て直して行こう。

 今朝は、そんなことを思いながら、一生懸命に仕事をして、夜は職場の暑気払いなので、美味しいお酒を飲んで盛り上がろうと思ったのでした。

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