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2013年6月

2013年6月29日 (土)

武道教育

朝5時に起きて、松原隆一郎氏の「武道は教育でありうるか」を読む。

 今、話題の不祥事続きの全柔連の体制について詳しく書かれており、なかなか退任しなかった上村会長を筆頭とするこの組織体質の問題を指摘している。

 私自身も、勝者となることを目的にスポーツ化してしまった柔道を、学校教育の必修科目とすることについては疑問があったのだが、ここ最近の全柔連の事件を聞く度に胸が締め付けられるような気持ちになっている。

 武道というよりもルールで限定されたスポーツ競技となった柔道を、学校の必修科目とすることで、礼節や、思いやり、文化を尊重する心が育まれると、国も教育者の皆さんも本当に信じて、導入なさったのであろうか。

 松原氏は武道を言葉や理性だけではなく、身体を媒体にして、自分や他者、自然を理解し交流する文化伝統と定義している。まさしくその通りだと思う。

 私は、その武道感覚を年10時間程度の授業で、引き出そうとするのにはどう考えても無理があると思う。本気で稽古に取り組み、壁にぶちあたってこそ、発見と驚き、仲間との交流が生まれ、そこからはじめて武道によって学べることがあるのではないか。今朝はそんなことを思った。

 そして、朝に続けて読んだ池谷裕二氏の「脳には妙なクセがある」にも、身体感覚に関しての記述があった。

 私たちはヒトの心がどれほど身体や環境に支配されているかに、鈍感になりがちである。脳にとっての外部接点は身体感覚(入力)と身体運動(出力)の二点であり、ともに重要である。しかし、あえていうならば、感覚ではなく、運動の方が重要である。実験でも、身体運動を伴うとニューロンが10倍強く活動する結果が出ている。

  本を読み終えて、なるほどと私は頷いた。

 武道でも、ダンスでも、ただ習っているだけでは自分の身にはつかないものだ。ひたすら何度も何度も反復練習(出力)をすることによって、徹底的に脳に覚えさせ、自分自身を変化させていくのだ。

 何事も一生懸命にやりましょうというのは本当のことであり、武道必修化も、その教育的な実りを期待するならば、とりあえず学校の授業のメニューにくわえてみました的なスタンスではなく、本気モードで指導者は取り組んでいただきたいと思う。

 もちろん、体罰、暴力厳禁である!!!

 

 

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2013年6月25日 (火)

ハトホルの書など

 随分とブログ更新していないような気がしていたけど、まだ一週間たっていなかったのね。

 なるべくシラフのときに更新しようと思っていたけど、毎晩のように飲んでいるとやはり多少酔っていた状態で取り組まざるをえないということで、やはり今までと同じパターンになっちゃうのね(;ω;)。

 さて、備忘録的に.....

 金曜日は、親父が療養型病院に入院した。その夜には、企業家の方々との懇親会に参加。飲んで酔ってきて、武道関係のはなしをして、特に子どもたちに対する教育ということになっていった。

 きとんと正座して礼をした子どもの状態と、だらだらお辞儀した状態をテストしたら、前者が身体を押しても崩れない結果となるというハナシをしたら、業界の方々も、国の機関の方々もフムフムと身を乗り出して、興味をもたれた御様子であった。

 土曜日は、保江先生の新刊のタイトルの一部に「ハトホルの秘儀」とあったため、6年ほど前に購入した「ハトホルの書」というシリウスの扉を超えてやってきた、愛と音のマスター「集合意識ハトホル」とのチャネリングした本を読み直す。少し前まで、我ながら、いい歳をしてこういう類の本をよく購入したものだとあきれていたが、保江先生の本を読んでこれも予定調和かと思った。

 ハトホルの書はトンデモ本のようだが、かなりまっとうな内容であり、僕はこの類の本の中では評価している。アセンションがある種のブームとなったが、本書では

 地球外の知的存在が人類を救うという信仰や、フォトンベルトに入ると同時にまるて魔法の如く変容がおきるという信念は、人類意識の投影に過ぎないと私たちは学んできています。だれか、あるいは何かが自分たちを救ってくれるという願望や、自分自身に関しては何も変える必要がないという考えや、自分には責任がないという思いは非現実と申し上げるほかありません。

 と、はっきりと他力本願するなと注意し、

 アセンションのゴールとは、ある特定の意識のオクターブに達することではなく、自分自身を愛にゆだね、そして人生に起こりくる様々な状況に対して最高次の可能性にゆだねることなのです。アセンションという現象をまるでマラソン競技のように見なし、最初にアセンションにゴールした人が「勝者」だと考える人もいるようですが、わたしたちはそういうふうに見ていません、

  わたしたちの念頭にあるアセンションのゴールとは、日常をできうるかぎり豊かに精一杯生き、常に自分を愛と気づきという偉大な力にゆだねて生きることにほかなりません。まずはあなたが手掛けられることから変えてゆくほうが、はるかに有益であると思われます。あなたが手掛けられることというのは、あなたが世界にもたらす愛を増やすことなのです。

 と断言している。

 自分がどの次元に行くかや、はたして次元はシフトするのかなどといった点に重きを置くのはやめにして、それよりも自分自身の愛の心、赦しの心の大きさに重きを置くようにしたらいかがでしょうか。いま、あなたがいるところで精を出してください。

 しばらく前には、俺も大人だし、社会的責任もあることで、もうこの手の本は卒業だなとニヒルに思っていたが、週末に読み返してみると、かなりの箇所にアンダーラインをひくはめとなった。

 さてさて、それから日曜は早朝から夜まで仕事をして、月曜は夜に仙台で結婚した長女が親友をつれて、母宅にやってきたので、飲みすぎてしまったし........

 Cimg2657

 週末に読んだ本は、右のとおり。

 「真説 大山倍達」「大山倍達 強く生きる言葉」「癌が授けた奇跡の黒帯」はamazonで購入。

 こうして本を並べてみると、やはりアヤシイ人間に思えるよなぁ....

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2013年6月20日 (木)

さらば特養

今日は午前中に、関連のある業界フェアに顔を出してから、午後に休みを頂いて、親父が明日から療養型病院に転院することに伴って、9年間お世話になった特養ホームを退所することになり、その荷物の処分のため、レンタカーを借りた。

 お袋の話だと、親父の部屋の荷物はタンス1個とダンボール3箱くらいということなので、乗用車バンを借りて、僕とお袋、姪と子どもを乗せて、特養ホームに着いた。

 なっ、なんだぁ!! この荷物の量は!! !!(゚ロ゚屮)屮

 とんでもない。巨大ダンボール群と、洋服タンス、洋服ケース、テレビ.......。これはワンボックスバンでやっとの量であり、乗用車荷台ではおさまるはずがない!!!

何回か往復するしかないか...と迷ったが、お袋が持参したショピングカートにある90リットルゴミ袋に移せば、積みやすくなるかもと言ったので、せっかく特養スタッフが整理してくれたダンボールの洋服類ではあるが、再度ゴミ袋や、タンスの引き出しに収めるべく、汗だくになった。

 結果は、荷台だけでは無理だったが、後部座席も利用し、何とか荷物全部を収納できた。しかし、満杯となった車内で、姪と息子はいつ揺れて直撃してくるかわからない、ショッピングカートの車輪の横に座り、不安だったことであろう。

 雨も大分強く降ってきて、かなり疲れたが、どうにか無事に荷物整理することができた。

 この9年間、色々あったなぁと感慨深くレンタカーのアクセルを踏みしめた。

 ...................今夜は合気道稽古に行こうかと思っていたが、お袋が疲れたろうから、労をねぎらいたいというので、みず穂に行く。ここのお刺身ははずれたことがないなぁといいつつ、ビール、焼酎、冷酒で酔っ払う。

 奥さんは夜は研修の為、帰宅してから、一人で保江先生の新刊後半を一気読みする。やはりトッ、トンデモナイッ!! と混乱するのは酔いのせいなのか! 否、これはシラフであっても、この内容に大人としてどのような態度で臨むべきかとうろたえるであろう内容である。

 現在、23時10分。

 酔って帰宅したが、ごぼう茶を飲んで少々落ち着いている状態である。

 今回の新刊に対する、僕のスタンスは、

 「完全に信じるわけではないが、嘘だとも言い切れない!」

 巷の宗教、スピリチュアル系は、デタラメと思うか、信奉するかに二分されやすいが、保江先生の凄さは、嘘か本当かよくわかないけど、つきあっていこう。トンデモであっても、つきあっていけば愉しいし、そのなかで発見や驚きがあると思えることではないだろうか。

 今日も、仕事で華やかな産業フェアに出てから、ジーンズに着替えて親父の入所していた特養ホームでの荷物をヘトヘトになって整理、運搬して、80歳の母と姪と2歳の子どもと飲み食いし、酔っ払ってから、大学教授のぶっ飛ぶピラミッドと次元転移のはなしを読むという....かなりギャップの激しい一日であった。

 

  

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2013年6月18日 (火)

今日の午前中は、親父を長期的に受入れてくれる病院がみつかり訪問した。本人の口からの栄養摂取を希望してるが、それだと受入れ病院が限定されてしまうのだが、良い条件の病院がみつかり一安心。

51ngbglodul__sl500_aa300_  仕事が終わってから、自転車で遠回りして、東京スカイツリーのソラマチ紀伊国屋書店にて、保江邦夫先生の新刊「伯家神道の祝之神事を授かった僕がなぜ」を購入した。奥さんが残業の為、ひとりでソラマチで地魚寿司?とビールで食事して、帰宅。晩酌をしながら、新刊を読み進める。

 速読、乱読、活字中毒の俺ではあるが、この本を数ページ読んだだけで、疲労感が生じた。結局半分の150ページまで進んだが、かなり満腹である。トンデモナイ本である。

 途中から、なぜか笑いが生じた。それをみた、うちの奥さんが不気味がる。

 しかし、その笑いは決して、バカにしたわけでも、滑稽だとおもったものでもない。

 自分のがんじがらめになった既成概念が、崩れていくカタルシスとしてのバカ笑いであろう。

 面白い。そして、不思議だ。

 それにしても、保江先生って凄く不思議で、吸引力のある磁石のような方である。

 今日一日、親父の入院先訪問や、仕事で色々と打ち合わせをしていた俺が、夜から神道やUFO、宇宙連合の世界に浸っているというギャップが、また堪らなく可笑しい。俺もアブナイ男である。

 でも、その可笑しさが、現状打破のブレークスルーにつながっていると実は確信している。

 後半が楽しみである。 

 ※昨日は合気道稽古後、なぜか立ち食い蕎麦が食べたくなり、珍しくお酒を飲まずに、コーラをガブ飲みした。今朝は下痢気味になってしまった、やはり、お酒をきちんと飲まないと、腸内環境が不調和になるという教訓ではないか(゚ー゚;

 ※本に書いてあったので、調べてみたら確かにロシアのメドベーチェフ首相は、UFO、地球外生命について言及しているようであった。

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2013年6月17日 (月)

ここ数日の出来事

親父の入院

前のプログを書いた翌日、父は入院した。

 母は早朝に働いているのだが、もし親父が夜中に突然入院になっても僕や奥さんは仕事があるので、午前8時には交替しなければならないと思って、いつもより早く午前4時に家を出たらしい。日本橋の仕事場まで普段は都バスを使っているが、さすがにこの時間は運行してないのでタクシーを拾おうとしたが、半端な時間帯であり空車がなかなかこなかったらしい。

 結局雨の中を、浅草から日本橋まで約3キロの距離を45分かけて歩いた。そして、朝10時頃、父の特養から入院の連絡があり、江東区の特養に向かった。近隣の病院に入院したが、白血球の異常があるので、もっと大きな病院に転院する必要ありといわれ、昼からうちの奥さんも合流して、親父と救急車で山手線圏内の大病院に向かった。

 救急車の中では、救命士3人が同乗していたが、母は奥さんに「こないだ空手の先生きたとき、○○寿司は生ビールがなくなったみたいよ」とか、飲み会の話を続けていたらしい。救命士の皆さんは終始無言だったらいが、どうお感じになられたことだろう。

 大病院ではまた、入院手続きでいろいろあって、夕方から僕も奥さんに連絡して向かうと伝えたら、もう手続きは終わったので、母がどこかで食事しようと言っているとのこと。では、みず穂にしようということで、疲れたはてた二人と30分後に合流した。

 さすが、まいっている感じの母だが、ビールを飲むにつれ、肌つやがよくなり、お喋りが続いて、元気になったようだった。

 今後のことをいろいろ話したが、ぴったりの解決策なんてありゃしない。きっと、大いなる予定調和の中にあるのだから、のんびりいこうという気持ちになったのだった。

 関税 貿易

 土曜日は、仕事のお勉強をした。貿易、関税について、よくわかっていなかったが、さすがに関連書籍8冊読めば、ある程度だが少々の理解を得ることができた。

 TPPから始まってFTP、EPAの違いがわかってきたが、なんか何処の国とどうやって手を組めば儲けられるかというゲームのようである。そういえば、外国の社会実験ゲームで、誰かと仲良くやったらいくらかもらえるが、相手が裏切ったら全部チャラみたいなルールで、最終的には○○な人が得をするというようなものがあったが、それを想起してしまった。

 国と国との連携は友情ではなく、完全にビジネスである。ワンワールド.......世界はひとつの理想郷ではなく、おおきな市場であり、国々はゲームプレイヤー。つくづく実感。

 そして、もしも中国がTPPに入ったとしたら、当初のTPP構想は崩壊してしまうのではないかと、これもつくづく実感した。

 柔術

 日曜日は親友ふたりが、僕の稽古している東京道場に見学にきて、体験もした。

 柔術とはいえ、相手を愛することを基調としているだけに、愛するキモチがいかに自分と相手の身体に作用するかを実感なさったようで、驚かれていた。

 自己満足、言葉だけの「愛する」では、技はまったくきかなかった。

 少しでも相手を愛するキモチ、相手に関心をもった途端に、技がきくようになる。しかも、投げられた相手は、痛くも嫌な気持ちもせず、笑ってしまう。

 愛する武道というと、まったくもってアヤシイ感じだが、いや、確かにあやしいのだが....。中途半端ではなく、徹底したオープンさの中で稽古していると、いろいろと教えられ、気づかされることも多い。

 ぜひとも、この道場での「愛することの凄さ、不思議さ」を柔術の応用としてだけではなく、自己啓発、社会啓蒙(まぁあまり固くならずに)といった位置づけでひろく世間に展開していけたら面白いだろうなぁと思ってしまうのだ。Cimg2651

 さて、稽古後は都バスで本所に移動して、 もんじゃとビールを堪能してから、我が家で二次会。二次会といってもバカにしないでほしい。あの、入手困難の名酒「十四代」と、神戸芦屋軒の美味しい「牛肉のつくだに」をいただきながらの、豪華飲み会なのだよ。

 うちの奥さんを除いて、皆かなり酔っ払い状態になってしまったが、稽古のはなしになってkさんが興味深いことを話したので、書いておく。

 稽古の最後に、二人で組んで、一人が立ち一人が座り、手を重ねた状態から座り手が立ち上がる稽古を行なった(合気上げではない)。通常では、立つことはおろか、数十センチ脚をあげるのがやっとの状態である。しかし、立ち手が相手に愛をおくると、簡単に座り手は立ってしまうのだ。これにはびっくりした。

 意識して動かせる随意筋ではない、相手の不随意筋レベルまでに愛の作用がはたらいたためなのか!?

  kさんは、そのことから、奇跡とされるイエスが足の不自由な人を立たせたことを想起したらしい。.......なるぼと!  我々レベルでも相手に愛をおくった途端に、相手は予想外の身体動作が可能となった。ましてや、イエスほどの方だ。山の如き愛の力をもっていらしゃったはずで、そのパワーを相手に向けたとしたら..........。

 さすがに稽古した内容と聖書が、100%結びつくとは思わないが、何かのヒントにはなるのではないか。

 愛の力・・・・・ヒーラー・・・・・治癒・・・・奇跡 と連想は脈々と続くのだが、それにしてもこの柔術での学びは大きいし、驚きの連続でもある。

 

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2013年6月12日 (水)

 夕方、残業して仕事をしていたら、母からの携帯がなった。親父が熱を出して、ひょっとしたらまた救急搬送されるらしいとのこと。

 やっと一週間前に、退院したばかりなのに ........。

 母も疲れたらしく、後は僕と奥さんに任すと言った。あの気丈な母がここまで弱音を吐くとは、やっぱり疲れているんだな。

 もう少し残業してから、今日は(今日も)、何処かで一杯やりたいなぁと思っていたのだが、仕方あるまい。親父の特養の相談員に電話を入れて、親父の様子をきく。熱が下がらなければ救急車を呼ぶので、家族にも来ていただくとのこと。

 熱が出たくらいで救急車か。でも、それがマニュアル化されており、この一年そのためにどれだけ入退院を繰り返し、家族は精神的・肉体的。経済的負担を強いられたことだろう。...といいたいことは山ほどあるが、相談員のMさんを責めも仕方がないので、いつもありがとうとお礼を言ってから、突然夜中や早朝に入院だから家族も来いといわれても困るので、午後9時頃に電話してナースに確認させてもらうこととした。

 残業しながら、ひよっしたら9時に呼び出されるかもしれないと思ったので、立ち食い蕎麦屋にかき揚げ丼セットを食べに行って、また残業して9時前に帰宅する。9時に電話したら、親父の血圧は正常、熱も8度だったのが7度3分に下がったという。

 やれやれ、緊急入院は免れた。ナースに「よかった。これから一杯やって寝ます」とこたえたが、言っている意味がわからなかったらしく、沈黙が流れた。

 .....というわけで、お酒を控えるつもりであったが、9時過ぎから一気にチューハイ、日本酒を飲んで、こうしてアーカイヴしている。

 研修で9時過ぎに帰宅した奥さんを相手に、8度くらいで入院させるなんて、何なんだ! と文句をいいながら、色々なことが浮かんできた。 

 先月、親父が入院したとき、医師から胃ろうをすすめられたが、親父は意識もしっかりして食べることが楽しみなので、お断りした。やがて、医師も親父の状況がわかり、本人の意思に背いて胃ろうにして食事の楽しみを奪うのは、倫理上問題がありと判断なさるようになった。

 しかし、...だ。

 食べ物の誤飲から肺炎を繰り返す、親父のためには、口からの飲食を断ち、胃にチューブを差込み食物を流し込む胃ろう手術が妥当という考えもある。

 ん.------。どうなんだ。

 親父の健康を考えれば、完全防御ではないが、胃ろうにしてしまえば、肺炎のリスクは多少軽減できる。しかし、楽しみの食事を廃絶して、延命措置をするのが、親父のシアワセなのだろうか。その長生きした時間に、何の意味があるのであろうか。

 現在のマニュアル化された医療・介護゛現場のシステムは、事故防止や、延命措置には貢献するものであろう。しかし、あまりにも機械的に整備されたマニュアルどおりの、施設対応では、入居者本人の延命にはつなかっても、家族の負担をマニュアルには導入していないため、人間のぬくもりを感じられないものになっていないか。

 これは、親父の入居している施設を批判しているのではなく、あまりにも高度化し、システム化された医療。介護現場に対する疑問てある。

 熱が8度になったため、深夜でも早朝でも救急車を呼び、家族を呼ぶというのは、通常の家庭ではまずあり得ない対応ではなかろうか。僕には、正解はわからないが、親父の入退院の繰り返しを通して、家族が疲弊してきているのは事実である(もちろん、疲弊感に翻弄されず、前向きに愉しく生きようとしているが)。

 今回のことを通して、僕は学ぶことが多い。かつては、僕も特養施設長を経験しているのだが、自分が当事者となって、はじめてわかることが多々あった。

 さて、システムでがんじがらめになっているのは、介護の世界だけでない。

 僕の座右の銘は、19歳のときに読んだ故糸川英夫博士の「システムをつくっても、人は動かない」である。

 今日はぶち切れそうになりつつも、保江邦夫先生や故大山倍達先生の顔が浮かんできて、これしきのことで一喜一憂してはならぬと思った。そうしたら、相談員にもナースにも優しく接することができたので、僕自身が一番救われたような気がする。

 少々、酔いつつ長文のブログを書いてしまった。

  

  

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2013年6月11日 (火)

金融機関会長と室長の師弟関係に学ぶ

 最近は、仕事関係でも飲む機会が増えている。このブログは、今日は飲み会とか、今日はこういう酒飲んで酔っ払っているという記述が多いすぎるのではないかというご指摘も多々頂いてます。

 しかし、日記がわりにブログを書くとすれば、当然日記は寝る前に書くのが普通です。だから、ブログも日記がわりならば、寝る前につけようと思うのですが、ほぼ毎日お酒を飲んでいるので、当然、酔いながらPCに向かうこととなります。

 あまりに酔いすぎているときは、さすがに微かに自制心が働いて、書くことはしませんが、今日は驚いたことがあるので、そこそこ飲んでますが(実は帰宅しても飲んでますが)、書いておきます。

 僕は今まで、酔って書いたブログでも、削除することはなかったのですが(偶に修正することはありますが)、一応、書いてみて、翌日見て、これゃあかんと判断した場合は、削除なり大幅修正しようと決意を新たにしました。

 こんなことで、前置きが長くなってすみまぜん。なんか酔っ払いの独り言を無理強いしている感じで、ごめんなさい(事実酔っ払いの独り言!)。

  今日は、ある金融機関の会合に御呼ばれ頂いた。

  役員、支店長クラスが一堂に会している、お堅い感じの会食会であり、会場はウェディンク゛もできる大きな老舗レストランであった。

 僕は、金融機関のトップであられる会長と同じテーブルとなり、甚だ恐縮しつつ、いろいろ飲んで食べてしまった。

 途中退席される要人を、お見送りすることとなり、僕も会長と御一緒にエントランスまで降りて行って、御挨拶して見送り、それから上階にある会場に戻ろうと、エレベータに乗ったときのはなしである。

 そのときは、○○室長(多分、部長級)も一緒にいたので、会長とエレベーターに乗り込んだ僕は室長にエレベーター乗ってクダサイと呼んだのだけれど、室長は頑なに辞退して階段を駆け上っていった。

 上階に着いて、エレベーターが開いた瞬間、なんと室長が深々と頭を下げ、我々をお出迎えして下さっていた!!!

  僕は驚いて、思わず「ここはカシータか!!」と失礼なことを口走ってしまった。※カシータとは有名な感動レストランで、スタッフがお客様をエレベーターで見送った後、階段をダッシュして一階で再度見送るパフォーマンスが有名。

 僕は感動してしまった。いつもは世の中を斜めにみている僕としては、室長にもなって媚び売ってんじゃねえとか、奴隷みたいでお前恥ずかしくないのかと、冷たい視線を送ったことであろう。

 しかし、今日はすがすがしかったのだ。多少の媚びもあるだろうが、会長の人格と権威を心から尊敬している部下の心意気をみせてもらった!。 僕も会長とお話して、その人間的魅力とプロ意識に感服してしまったので、室長が単なる組織の奴隷として、あのような行為をしたとは思えない。むしろ、尊敬の思いを、自分の身体を使って表現したのだろう。

 これは武道に通じる、師弟関係だと思った。

 今日は、いいものをみせていただいた。

 このことを記録しておきたかったのです。

  

 

 

 

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2013年6月 8日 (土)

空手とわたし

朝ウトウトしていたら、空手に関する僕の遍歴がグルグルと浮かび、廻る、浮かび、廻るを繰り返していたので、整理しようと思う。

 僕の年代層に多大な影響を与えたものに、まずブルース・リーという存在がある。そして、もうひとつは「空手バカ一代」という漫画である。梶原一騎原作、つのだじろう画の故大山倍達先生を描いた作品は、雑誌だけではなく、午後7時半からの30分アニメとしても放映された。その影響を受けて、中学3年生の僕は大山先生の「100万人の空手」を購入し、毎日独習していたのだが、受験勉強もしないで! と母から叱られた。

 高校一年生になってからは、池袋にある極真会館総本部に入門したのたが、その頃は極真ブームであり、一日百人位が入門していたともいわれている。僕にとっては、通うのに片道1時間かかり、稽古も厳しく、一年経たないうちに通わなくなってしまった。そのことが僕にとっての後悔としてずっと残ってきた。

 極真会館では、大山先生から直接、体重とパワー、スピードによる攻撃についてのお話を伺えたり、大道塾の東孝塾長が指導員でいらした時に、僕が稽古中に勝手に肩車しながらのスクワットをはじめたので注意されたが、自分が注意されているのかわからずにニヤッとしたら、「キミは、日本人かね!!」と大勢の前で叱られたこともあった。

  高校では部としてではないが、体育教師が空手道場の師範代をしていて、高校に空手同好会をつくったので、そこに入って、稽古に励んだ。

Cimg2649

 Cimg2650卒業のときに写真を撮っていただき、先生は立派な額にしてくださった。額の裏には...

 「静なり澄みり 常に身が心 波立たん水どぅ 影や映る」

  当時、その言葉はよくわかったようなわからんようなものであったが、それから長い歳月が経ち、齢を重ねたおじさんには、染み入るような句だなぁとしみじみ実感するのであった。

  大学に入ってからは、縁あって障害者ボランティア組織を立ち上げることになり、そのリーダーとして多忙になったが、車椅子を押しながら筋力トレーニングを積んだ...わけではないが、毎日、腕立て連続200回、ヒンズースクワット500回をしながら鍛えていた。

 卒業後は、障害者施設で働くことになり、リハビリ室があったので、そこに武道具店で購入した空手用サンドバックを置かしてもらい、休憩時間にトレーニングした。夏のお祭りでは、盆踊りのやぐらでプロレスショーをボランティア大学生と行なった。僕がアントニオ猪木っぽくて、大学生が覆面レスラーである。彼もプロレス研究会に属していて、かなり本格的な攻防戦となり、800人の観客がかなりヒートアップしてきたのが、闘っている? 僕たちにも伝わってきた。

 クライマックスでは、場外の僕に彼がブランチャー(トップロープを飛び越え、水平に飛んで頭から相手にぶつかる技)を仕掛けたため、大きな歓声があがった。彼はその後捻挫したのだが......。

 大好況のプロレスショーだったため、打ち上げでは、劇団主宰者から、うちの劇団に入らないかとお誘いを受けた。 

 あらら、空手の話から、プロレスの話になってしまった。

 その後は小学生だった娘がいうことをきかないので、極真空手に入門させたこともあったなぁ。代々木体育館だったか、大きな大会があり、少年部も演武があったので、僕は道場の指導員や若手たち10人くらいと、山手線に乗って道場から体育館まで移動した。僕たちは極真Tシャツを着た筋肉質の男たちで、小脇にはキックミットを抱えているという怖ろしい集団であったのだが、なぜか僕は異様に興奮していたことを憶えている。これは暴走族と同じような高揚感なのであるかもしれないと後から思ったのだった。

 その後、現極真会館の松井章圭館長とも、数回だが仕事の関係やお酒の場でお会いしている。僕の自慢のひとつに、館長と初めてお会いしたときに、ゴッツイ体してますねぇと言われて嬉しかったというミーハーっぽいものがある。

 それからも、空手や武道、格闘技にまつわるエピソードはいろいろあるのだが、オジサンが酔ってベラベラ喋っているみたいなので、この辺にしておきましょ。

 最後に、なぜこんなに空手にまつわるエピソードを思い出し、書いたのかというと、一昨日お会いした空手の先生との出会いが、僕に何かを伝えてきているからなのだ。

 合気道に入門し、黒帯を許して頂いた僕にとっては、武道の中で最も攻撃的である空手には距離を置いて眺めてきた。相手との和合を求めることなく、相手を拳と蹴りで叩きのめす空手には危険な香りがして、近寄ってはならないと思っていた。

 しかし。よーく考えてみれば、合気道の本質も武道であり、殺傷能力をもつ危険な技をもっている。街の路上で呼吸投げをしたら、簡単に怪我をさせてしまう結果となろう。植芝盛平翁は「合気道は剣の理合」であるとおっしゃっていた。斬る,斬りおとすを体技として、完成させたのである。

 最近は武道を自己啓発ツールとしてPRする傾向が強くなってきている。もちろん、それも必要なことであるとは認められるが、しかし、武道をソフトなスピリチュアル系に群がる人たちの集いの場としてはならない。

 まだまだ未熟な自分であるが、偉そうに言わせていただくとしたら、武道とは、その技を通して、極限まで自分を追いつめ、鍛えぬきながら、技を超えた真理に到達していく道なのであろう。

 一昨日、空手の先生を囲んだ会では、ヨガとか瞑想の話題になり、参加者のひとりが「和尚」と口にした途端、先生は「バクワン!」とおっしゃり、僕は「シュリ・ラジネーシ!」と続けた。バクワン・シュリ。ラジネーシを知る日本人と出会うことは、普通はないはずである。

 武道家でありながら、精神世界も追求なさってきた先生と、自分も同じ世界を歩いてきたような気がして、嬉しかった。

 強くなければ(喧嘩にではない!)、真実の実に触れることは難しい。だから、修業せよ。それがどんな武道であれ、芸術であれ、宗教であれ、人付き合いであれ、懸命に生きよ!

空手(武道)のメソッドを自己啓発に利用することではなく、自己啓発の為にも空手道に励めということに、とりあえずまとまったようだ。

 

 

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2013年6月 7日 (金)

時空に委ねる 時空に任せる

 昨日は、関西から空手の指導的立場にいらっしゃる方が東京に来られた。僕とその先生とはご縁があり、ぜひともお会いして、お酒を酌み交わしたいと思っていた。しかし、僕の仕事の調整が難航しており、当日はかなり遅くなる可能性もあったため、数日前に母と飲んだときにそのことを話題にしたら、「ワタシが会ってあげるよ」とおっしゃったのだ!!

 しかし、母と先生の二人だけの宴会というシチュエーションは想像しづらいので、僕の奥さんが予定していた研修をキャンセルして参加してくれることになった。それから先生の魅力を理解するであろう親友にも声をかけた。そして、合気道の道友数人にもメールしたら参加すると返事が来た。そして母は、親戚二人にも声をかけていたのであった。

 先生のことを知っているのは唯一、僕一人だけであり、参加者同士も知らない人が半数はいる状況であった。幸い、僕は残業せずに、会場である母の行き着けの寿司屋に向かうことができた。

 空手の先生を囲んで、80歳の母、86歳の叔母、63歳の叔父、奥さん、特別養護老人ホーム施設長、差別問題に取り組んでいる女性、合気道有段者たち......。お互いのグループ以外を知らない多種多様に入り組んだ人たちが、一堂に会した。

 そして、スタート時から、先生の豊富な話題で盛り上がり、途中からの体技のデモンストレーションを行ってからは、参加者たちの身体反応が渦と化し、不思議な一体感に包まれたようであった。

 これほどまでに、愉しく、無邪気になれて、エキサイティングな飲み会はめずらしい。午後6時から11時頃まで宴会は続いていたが、寿司屋も生ビール樽がなくなってしまい焦ったらしい。今朝はみんなから、昨夜の会はとても楽しかった、先生と会えて良かったというメールが届いた。

 先生が、これから東京にいらした際には、先生を囲む会を開催することに決定した。

  .............................................

 先生からは、いろいろな気づきのキッカケを与えられ、僕の中では何かが躍動しはじめていた。今朝は、職場でふと、ある言葉が浮かんできた。

 「時空に委ねる.....」 「時空に任せる.......」

 この世界は、思いが現実をつくるともいわれている。積極的志向、ボジティヴシンキング、エンパワーメント等々、人間の意志の力を発揮すれば、世界を変えていけると信じる人は多い。

 しかし、どうも、ちがう。なにかがちがう。........

 自分を無理矢理に鼓舞して、人生に向かっていくのは、何か無理があるようだ。自分が考えた人生設計や、夢を追い求めるのもいいが、自分という枠、自分の世界観に居ついていては、どこかに無理が生じて、歪んでしまうような気がする。

 たぶん......人間は大きな運命の流れの中にあって、必要なものは時空がその人に運んでくるのではないか。

 ただし、時空に身を任せるとは、責任を放棄したり、虚無に陥ることではない。

 運命、或いは壮大なシンフォニーを司る「 時 空 」に思いを巡らせながら、自分に出来ることをココロをこめて行ない、パワフルに生きることが大切なのだ。

 自分の頭を使って、考えてもわかない悩みや、漠然とした不安に一喜一憂するよりも、時空の壮大なドラマに生かされている自分を中心に置いてみる.....その考え方が現在の僕にはしっくりいって、気持ちいいのである。

205743822_1 いま急に思いだしたことがあった! 大山倍達先生の「私の空手道人生」は、10代半ばの僕にとってのバイブルのような書であった。吾が生涯で最も読み返した本である。僕にとって最初の自己啓発の書であった。 本はもうとっくに手元にはないが、本の中で紹介されていた寝ながら自転車を漕ぐという脚の筋力トレーニング方法があったが、現在も朝起きてから実行していた僕に気づいた!!!

 

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2013年6月 5日 (水)

 長女の嫁いだ仙台のお母様に、結婚のお礼の電話をしたが、あいにく留守電となり、お礼のメッセージを吹き込んだ。しばらくしてから、携帯が鳴ったのでお母様からだと思って急いででた。

 すると、男の太い声が聴こえたので、瞬時に違和感が生じた。「おまえ、間違えただろう。俺の携帯にメッセージが入っていたぞ。なんかこどもが結婚してお礼がなんとかかんとか...」。大学時代の友人であった。彼にあやまり、久しぶりなので世間話をしてお茶をにごす。

 ............( ̄○ ̄;)!

 それから、確認のため一度電話を切って、彼の携帯番号をブッシュし送信する。そうしたら、あったこともない違う高齢者の男性が出てしまった !

こっ、これは、スマホが壊れたか、怪しいウィルスに感染したに違いないと焦って、着信履歴から友人に改めて電話して、携帯番号を聞いた。

 私のアドレスに入っていた友人の番号と同じじゃないか!? ....と、もう一度よくみると末尾が86のところを68と入力してあった。

 思えば、同窓会のときに酔いながら、アドレス登録をしたような気がする。

 それにしても、なぜだろう。仙台のお母様には数回電話したことがあるのに、大学友人の番号に変わっていた。しかも、登録されている大学友人の番号は間違っていて。未知のおじいさんのものである。(・・;)

 

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2013年6月 4日 (火)

長女結婚!

連日、かなり飲んでしまっている。一昨日は長女の結婚式が仙台であったのに、なかなか記録できないでいる。 今日も仕事関係の飲み会であったが、もう酔っていても仕方あるまい。これからアーカイヴを試みる。

 一昨日の日曜日に、仙台で長女が結婚式を挙げるので、前日の土曜日から80歳の母、86歳の従姉妹、63歳の叔父と前泊することになった。

 土曜日

 11時半過ぎに新幹線で仙台に到着し、レンタカーを借りた。松島に行こうとしたが、混んでいるといわれたため、石巻に向かった。

Cimg2580  被災後、整備されたとはいえ、まだ津波の傷跡はきえてはいなかった。車内でずっとお喋りしっ放しの婆二人も、さすがに津波で瓦礫と化した建物を見たときは衝撃を受けたようであった。その後昼食場所を探したが、適当な場所がなく、駅付近の食堂をみつけて中に入る。Cimg2584愛想の悪いおねえさんに石巻焼きそばを注文したが、予想通り美味しくなかった。

Cimg2581_2  帰りは松島を避けて、奥松島に行ってみた。 人も少なく、静かで、素敵な場所であった。クルマを降りて、ここでゆつくりしたかったが、婆二人は車内で、相変わらず喋り通しで、早く仙台に行こうとうるさかった。(゚ー゚;

 午後5時過ぎに、一番町のホテルに到着。婆二人はシティホテルは初めてだったらしく、子供のように喜ぶ。

 待望の仙台での夕食だが、仙台味噌の店に目星をつけて行ってみたら、あいにくの満員でお断りであった。牛タンは嫌いだという婆を引きつれ、仕方なく、何処に行こうかとアーケード街を歩いているうちにポツポツと雨が降ってきた。この喧しい婆たちをこのまま歩かせたらトンデモナイことになると思い、呼び込みをやっていた居酒屋に入った。そこは......「 魚 民 」....。大規模チエーン店であり、私たちのホームグランドの浅草にもお店がある「魚民」......であった。仙台の貴重な夜に魚民というのは、あまりにもはかない夢をみているような気分であった。

  しかし、先月新装開店したばかりでキレイなお店だったので、中身はともかく婆たちは満足Cimg2589したようであるが、メニューにあった480円くらいの牛タン鍋を頼むと、それは全国メニューであり、あえて仙台で注文すると余計に哀しく切なくなるメニューであった。

 二次会をやるというので、コンビニでビールとおつまみを買って、母の部屋に集合。私と叔父さんは途中退席し、80歳と86歳の淑女たちは11時まで盛り上がっていたらしい。

 日曜日

 朝は7時にみんなで散歩しつつ、カフェでコーヒーとサンドウィッチを頂く。集合は午後2時頃からだったので、9時にチェックアウトして、荷物だけ式場に預けてから、仙台駅で買物をしようというスケジュールであった。

 レンタカ-を山の上にある式場に向かわせたら、新郎の「T家」と張ってあるマイクロバス2台に遭遇した。なんで4時間以上も前に50人の親戚たちが会場入りするのか!"と驚きつつも、これは新婦の父である私も急ぐ必要があるということで、急いで仙台に婆たちを降ろし、レンタカー返却して、シャトルバスで式場に向かった。

 しかし、親戚紹介の3時間以上前に式場入りした私は、早めに会場入りしたせっかち「T家」が実は昼間に挙式を行なう同姓グループだと判明したため、ガクンときたのであった。

 Cimg2597 さて、結婚式はとても素晴らしい会場で、多くの方々の祝福によって、盛大に行なうことができた。バージンロードを娘と歩きつつ、実は僕も3年前に再婚して、うちの奥さんが義父と教会で同伴して歩いていたことを思い出した。ちょっと恥ずかしいような感覚を覚えた。

 娘には、たくさんの愛と思い出を与え、そして苦悩も与えてしまったかもしれない。でも、こうして、一緒にバージンロードを歩きながら、様々な喜怒哀楽に満ちた時間が走馬灯のように駆け抜けた。

 披露宴も艶やかに賑やかに時が過ぎ、無事に終了することができた。

 参列者のお見送り後は、予約した仙台発の新幹線の発車時刻がギリギリに迫っており、レンタルのモーニングを急いで脱いで、着替えたのだがシャトルバスを7分も待たせてしまった。皆さんすみませんでした。

 なんとか帰りの新幹線に間に合って、車内販売のビールを飲んで、やってホットできました。

 ブログにどこまで書いていいのか迷うけど、今回は娘の晴れ舞台でしたが、離婚してから、6年ぶりに会う前の奥さんと、お母様、兄姉に対して、少々プレッシヤーを感じていました。でも、実際にご挨拶できて少々心の荷が降りました。

 まだまだ、複雑な宿題もありますが、僕は現在の僕でよかった。これでいいのだと思っています。損得だけでは垣間見ることのできない世界に脚を踏み入れているというのが実感です。

 これからどんな風な世界が待っているのか、愉しみです。

 おやすみなさい。

 

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