« 2013年4月 | トップページ | 2013年6月 »

2013年5月

2013年5月29日 (水)

嘆きを踊りに

 「あなたは私のために、嘆きを踊りに変えてくださいました。」 詩篇 30篇11節

先日の柔術稽古にプロのダンサーがきていて、ダンス指導があり、その日の体技はダンスを介在とした稽古となった。正直言って、稽古冒頭に今日はダンスを中心にやると、言われたときには、身の毛がよだつ心境となって、そのまま帰りたかったのだが、なかなか新しい発見に満ちた一日になった。

 相手を崩すのに、力を入れることはご法度であるが、力を抜くのは簡単そうで難しい。そこで、臍下に心を静めたり、何かをイメージして力点以外に意識を合わせる方策をとることになる。

 今回は、力を入れて崩すパターンと、踊ってから崩すパターンに取り組んだ。踊るといっても、本格的ではなくお恥ずかしい素人の舞いではあるが、それでも確実に力を入れて崩すことよりも簡単に相手を崩す結果になった。

 最初は恥ずかしさがあって、僕は相手の廻りをスキップしてから崩していた。最後の方は、ジュリアナやサタデーナイトフィーバーの乗りになったのだが...。

 合気上げのときは大きな体格の方と組んだが、力ではまったく歯が立たなかった。そこで舞台に立つサミー・デービスjrになりきったら、簡単に上げるきることができたのだ。しかし、一度成功するとそこに意識が居ついてしまい、硬い動作になってしまった。

 片手取で組んだ男性とは、ダンスよりも歌舞伎のみえを切ったほうが、カラダが自由になり、相手を崩せた。

 カラダだけ踊っていても、意識が踊っていなければ、技はきかない。カタチに頼ってはいけない! ココロを使わなければ!

バレリーナのようにダンスしているイメージ、ブロードウェイの舞台で演じているイメージ、それらのイメージを実際にカラダを使って表現することによって、意識が高揚してくる。その高揚感が、力まずに相手のカラダに不思議なインパクトを与えるのかもしれない。

 ......とここまで書いてから、ある考えが湧いてきた。

 「踊る」ということに関して、それは愛や無我、求道とは離れてた存在で、まあ遊戯とかオマケのようなものというイメージがあって、武道鍛錬のときにフワリフワリと踊るなどもってのほか! と決め付けていた自分ではあるが、本当にそうなのだろうか。

 踊ることは、人間の根源的な営みであり、神話をはじめ、宗教的世界とは密接な関係がある。

 「笛吹けど踊らず」は聖書マタイ伝の中で、手を尽くして働きかけても、人がそれに応じて動き出さないことのたとえとして有名な言葉である。

 また、 聖書詩編には、「あなたは私のために、嘆きを踊りに変えてくださいました。あなたは私の荒布を解き、喜びを私に着せてくださいました」とある。

 聖書の中の「踊り」とは、ただ現世の辛さを忘れて、浮かれてカラダを動かしましょうというような浅はかなものではなく、人間本来の感情である喜びや感謝を表現しているのではないだろうか。

 踊りを踊ったときのような高揚感や、幸福感、カタルシスといった意識を持ち続けられる人のことを、神の子というのだろうか。

 マザーテレサについては、悲哀の中の愛を生きた存在というようなイメージが強かったけれど、本当はもっと高揚感をもって生きてらっしゃったのではないかと思った。

 平常心、悟り、心身一如.....これらの言葉からは、抑制され、コントロールされた逞しい精神を想像してしまい、喜び、ワクワク感からは離れた境地だと思ってもきた。

 「汝の敵を愛せよ」「右の頬をぶたれたら、左の頬を出せ」....イエスの言葉も、その意味するところは、感情的にならずに静かに耐えよ、自己犠牲でいけよというような、少々ココロに負担がかかり、辛い生き方だとも思ってきた。

 そうではないのかもしれない!

  多分.....きっと....、マザーテレサは、辛苦の中を耐えて信仰に生きたのではなく、悦びに生きて、貧しき人たちを愛したのだ。その悦びとは、踊ったときのような高揚感であったのではないだろうか。

 だから、あの年齢にもかかわらず、両脇に倒れた病人を抱え、死を待つ人の家に連れて行くことができたマザーテレサの身体運用力は凄かったのかもしれない。

 僕が持ってきた偉大な宗教家たちに対する認識が揺らいできている。

 聖書、武道、ダンス....なんかアブナク怪しい響きではあるが、そこから与えられたヒントは大きい。浅はかで瞬間的な快を超えた、悦びによる高揚感の持続を、ひとつの目標にしてみたいと思ったのだった。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年5月25日 (土)

 今日は奥さんも仕事だったため、就業後に合流して言問橋の上総屋で、お刺身とカキ炒めとビール、サワーで小一時間ほど過ごして、7時開始の「東京ホタル」をCimg2569観にいく。

 このイベントは有料席があり、ほぼ完売 したらしい。僕たちは映画の招待券をもらって8時から錦糸町で映画を観るつもりだったので、混雑覚悟で隅田川沿いを歩いてみたら、当然混んでいたが、隅田川の水面に浮かぶLEDの人工ホタル群を無事に観ることができた。

 期待していたのだが、......正直な感想は想像していたよりも、驚くほどの感動はなく、お金を払って2時間見続けるのは飽きてしまうんじゃないかと思ってしまった。

200_2  その後、缶チューハイや、お菓子を購入してから錦糸町に行って、今日公開の「くちづけ」を観た 。この映画は今年一番泣ける映画と評判らしく、題名は恋愛ものみたいだが、舞台となっているのが知的障害者グループホームである。僕は知的障害の皆さんと深いご縁があるので、この映画を観てみようと思ったのだ。

 簡単に泣くつもりはないのだが、涙が流れてしまう。しかし、あまりにも哀しく切ないラストに戸惑ってしまったが、本作はずっしりと重たい問いを投げかけてきた。一人でも多くの人にみていただきたい映画である。

 帰りは、すでに暗くなった小さな川がある公園を通って帰宅し、そこで気づいたのだ。東京ホタルに対する違和感を。ホタルは小さな川に生息しているイメージがあるが、このイベントのように川沿いに夜間照明がある隅田川のような大きな川でホタルというのはどんなものか。そして、ホタルは宙を舞いながら光るが、川面に浮かんだLED球は、ホタルというよりも電気クラゲであろうと。

 東京ホタルに幻想的なイメージを期待していたために、つい辛口批評をしてしまったが、

 東京ホタル関係の皆さん、ごめんなさい。割り切ってしまえば、都会の清涼剤となる良いイベントです。(^-^;

| | コメント (0) | トラックバック (0)

委員会質問で撃沈される!

クッ、クソぉ-!  次は絶対リベンジしてやるからな!!(`Д´)

と、威きりだって眼が覚めたのが、朝の四時であった。そして、ベッドで悶々としたまま30分が過ぎ、これではいかんと、起きてトイレをすまし、冷水シャワーをあびて、こうしてパソコンに向かっているのだ。

 何があったのか?  まぁたいしたことではないのたが..........

 昨日は、僕が産業、経営に関する新部署に就任して、はじめての委員会があった。金融関係の報告をしたが難しい分野で、これに関連する事項も複雑になっていた。

 僕が異動したのは組織の中でも最も事業が多い部署なので、金融関係について、なかなか勉強する時間がもてなかった(といいつつ、このブログでは武道稽古したり、酒飲んだりしているようですが)。しかも、委員会前日も合気道稽古にいってから、「さくら水産」で飲んでしまった。

 委員会審議では、融資に関する数字をもとめられたが、少々あがってしまい、質問とは違うデータの数字をいってしまい、場内騒然となってしまった。こういうときに、小学校からの僕のトラウマが出現するのだ。

 僕が小学4年生のときに、算数の授業で、少し難しい問題が出た。答えがわからない人が立たされて、僕を含めて数人がたった。先生がわかりやすく説明をして、何人かが席に座り、最後に残ったのは僕一人だけだった。そして、先生は理解不能な僕に嫌味をいって、同級生たちも冷たい視線と言葉を投げつけた。それ以来、僕の頭脳は数字に弱く、色々な数字を言われるとパニックを起こすという負の信念が誕生したのだ。

 昨日は数字の間違いを指摘されたときに、あ-またやってしもうたぁ...という負のレコードが廻り始めた。まぁそれから、意地悪な質問が続いたが、周囲のフォローもあって、なんとか切り抜けた。

 しかし、悔しいのだ。今年の三月までは経理部門を担当して、数字のトラウマを抱えつつも、無事にこなすことができたという自負心があっただけに、数字にやられたのが悔しいのだ。その負の脳細胞が早朝に動き出して僕を悶々とさせたのだった。

 まあ、落ち着けと、シャワーを浴びてから呼吸法を行なってから、静かに瞑目する。

 すると、徐々に落ち着いてきて、オッ、悶々としてへんやないか! なんかシアワセなキモチやなぁ...と.変化し、自分を達観することができた。

 僕は、人から評価されたいのである。劣等感が強ければ強いほど、他者からの承認を得て、そこから特別扱いされることを望むようになる。

 僕は仕事をしているようでも、実は仕事を通して関係する人たちの存在を端に置いて、本当は自分が評価されることを求めている。今回は、数字に対する劣等感を誤魔化すために、こうだああだとデータを集めたが、俯瞰的な視点をもって現実的な課題と対応を整理することはなかった。

 そして、無難に委員会審議を通すことを狙っていたが、異動して2ヶ月足らずの時間でうまくやれることなど賭けのようなものだ。まるで、柔道選手が2ヶ月で空手を稽古して、乱捕りをするようなもので、打たれ蹴られることは避けられないのである。それを一発でも突きを受けたら、自分は負けた、弱いと思うこと自体が、自意識過剰なのだ。

 負けたくない! それが自分のエンパワーメントであったような気がしてきた。そのことによって、自分の可能性が伸びてきたことも事実である。でも、今までのやり方では、通用しないステージに立たされているのかもしれない。

 そうそう、昨日の夜はアニマル浜口さんとお会いした。ダウンタウンDXの収録が昨日あって、新しい歌(赤ちゃんのオナラ?)を披露したら、芸人さん、役者さんたちはドン引きした様子だったらしい。でも、それが新鮮な驚きを与えるからこそ、浜口さんには色々なオファーが続いているのだろう。

 浜口さんは、「真面目すぎても、不真面目すぎてもいけない。その間のバカにならなきゃ。 赤ちゃんのような気持ちになるのがいいんですよ」とおっしゃっていた。

 僕は真面目と不真面目をいったりきたりしているが、本当のバカにはなっていないんじゃないかなぁと今、つくづく思った。

 今日は土曜日だけど、業界の方々と出会う仕事がある。今までだったら、上辺だけの挨拶で、そつなくこなせばいいと思っていたが、これも大事なお仕事だと心を入れ替えて、キモチをこめてお会いしましよう。

 それが、本当のリベンジかもしれない。

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年5月19日 (日)

 一昨日の金曜日に親父がやっと退院したとおもったら、昨日の午前中に高熱の為、救急搬送されて再入院となった。つまり、たった一日だけ、住み慣れた特養ホームの自室に戻れたことになる。

 昨日は再検査、入院手続きで一日がかりであり、また病院側とは差額ベッド料のことで、少々険悪ムードになったり、医師からは肺炎を予防するために胃ろう手術をすすめられたり、踏んだり蹴ったりの一日であった。二週間後は、長女の結婚式も仙台であるし!!(`Д´)

 しかし、わが家系はトラブルがあっても、決して落ち込みを引きづらないのだ。夜は従姉妹も料理屋に誘って、母、奥さんともども美味しいお酒や料理を頂いて、バカ話やここだけの話シリーズなどをして、愉しく過ごした。少々不謹慎かもしれないが、そうやって前向きに過ごすことが大切なのだとつくづく思う。

 今までの自分の人生を振り返ると、嫌な出来事や出会いに遭遇すると、怒ったり不安になったりしてきたのだが、最近は少しタフになったような気がする。様々な出来事や出会った人たちが、自分を磨いてくれているように思える。

 与えられた様々な課題の中で、冷静な自分を見失わずに、大いなる計らいの世界にあることに感謝しながら、人をみたら神様と思えるような度量の大きな人間になりたいなぁと思う今日この頃です。 

 

 ※最近、映画を観る時間が減ってきているけど、まぁ備忘録として記録しておこう。 4527427810594_1l

「最強のふたり」

 昨年大ヒットしたフランス映画。期待したほどの感動はないが、とにかく面白い。差別問題となるようなシーンもあって、これはフランスだからできたことで、日本では許されないだろうなと思いながら鑑賞した。愉快な映画だか、生きることや、人と人とのつながり、偽善の滑稽さを教えてくれる。 200

 「ソハの地下水道」

 ナチスが支配するポーランドでユダヤ人を地下水道にかくまっていた男の実話である。主人公は決して善人ではなかったが、彼を自己犠牲に駆り立てたものは何だったのだろう。これもいい味を出しているドラマだ。

Photo  「ドリームハウス」     

 『007』のダニエル・クレイグ主演によるスリラー。ニコールキッドマン主演の「アザーズ」と同じような作品と思って鑑賞した。面白かったが、お台場で「アザーズ」を観たときの、つま先から鳥肌がたつ怖ろしさはなかった。           

        

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年5月18日 (土)

居着きから自由へ

 合気道稽古で新人の女性と組んで、片手取を行う。対面した私が彼女の手首を掴んだ状態で、彼女がカラダを転換し、私と横並びになるという訓練である。どうしても、最初の手首を掴まれた状態で固まってしまい、初心者では特に難しい難関だ。

 偶然にも昨日はインターネットで「炭粉良三の合気閑話 その十三」を拝読し、ちょうど手首を掴まれた場合の例があり、大変参考になった。

 相手に手首を掴まれた場合、手首をなんとか動かそうとした結果、それを動かす筋肉である上腕二頭筋等を最大限に収縮させることになる。しかし、掴まれた手首がどうしても動かないとなると、無意識下で諦めてしまうことになってしまう。

 彼女は一生懸命に、掴まれた手首を自由にしようと、上腕二頭筋を最大限動員したが、まったく動かず、諦めの境地に入っていった。そういう場合は、力を抜いてとか、手首に意識を集中しないでとか、相手の気の方向に合わせてとかの打開策が色々とあるのだが、なかなかイメージして、実践できないものだ。特に、基本中の基本である「肩の力を抜きなさい」といっても、つい力んでしまうのが人間である。

 そういう場合は、掴まれた右手首を自分の左手でそっと触れながら上に引張るようにアドバイスすると、大抵はスムーズに右手を動かすことができる。しかし、いつまでも左手を添えている訳にはいかないので、どうしたら右手を自由に動かせるのか。

 そこで合気閑話からのヒントを得たので、手首を動かすのに必要な上腕筋肉を使わず、むしろ捨ててしまいなさいとアドバイスをした。そして、左手を添えたときの感覚を思いだして、それをなぞるようにイメージして、動かしてみたらどうかと付け加えた。すると、スムーズに動くことができた。その後、カラダの硬い人とも組んで、同じように試みたが、格段に動きがよくなった。

 絶対に力んではいけないとわかっていても、それを実践することの困難さは、多くの武道修行者の共通課題であろう。

 私たちがカラダを動かすためには、通常の脳から筋肉群に対する指示の流れという一連の身体運用システムが出来上がっている。コーヒーカップを掴み口元に運ぶ、ドアノブを押す、荷物を運ぶといった動作を司る身体運用システムがあるからこそ、私たちが筋肉を動かして日常生活を営むことを可能にしている。

 しかし、相手に掴まれたり、投げ飛ばしたりする場面に遭遇した時には(社会生活ではまずあり得ない場面だが)、通常の身体運用でカラダを使おうとしている限り、ただ筋肉を力ませる結果に陥って、相手の筋力と拮抗し、ガチガチな硬い動きになってしまう。

 先日の柔術稽古では、立っている相手の道着の襟首を引張って倒す動作を行なった。力を入れて引張っても、同体格の相手は簡単には崩れない。しかし、相手の一部分(ホクロとか、道着のほころび等)に関心を持って意識を集中させながら、襟首を下におろすと、簡単に崩すことができた。それからはゾーンに入ってしまい、簡単に何度も何度も相手を崩し、倒すことを繰り返せた。

 その件で連想したのが、宇城憲治氏の本に書いてあった実験で、自分の左手の甲を相手に思い切り押させながら、持ち上げることは困難だが、右手で箸をもって自分の口に運ぶ動作をしながら、左手を上げると簡単に上がってしまうことだ。

 まさに、ある局所(手首、襟首、左手甲など)を意識して、通常の身体運用で相手を動かそうとすると、変に力んでしまい動かせないが、局所をなんとかしようとする意識を捨て、離れることによって自由を得るのであろう。

 それは、5キロの鉄プレートを抱えた状態と、5キロの幼子を抱いた状態との身体感覚の違いにもつながるのかもしれない。ブレートの場合は、ブレート自体の重さに意識が重なり、圧迫感や負担があるが、幼子の場合は体重よりも、可愛さや愛情に意識が向かい、身体の自由度はプレートの比ではない。

 武道は、普段の生活で使っている身体運用とは、別次元のものであると、今回改めて学んだのだ。奥は深い.............

意識と筋肉の異常収縮(=筋力を使用するという事)
無意識と筋肉の正常収縮(=ただ動くという事)
その両者による、相手の「印象」の違いにこそ、合気の糸口がある。
そして、遂にはそのもっと以前の境地へ……
                       
                    合気閑話 その十三 より

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年5月15日 (水)

披露宴ビデオ収録

 先週の金曜日に、長女が来月に結婚するため、アニマル浜口、京子さんに披露宴でのメッセージビデオ収録をお願いした。

 長女は、子どものときに京子ちゃんに可愛がってもらって、京子ちゃんの部屋に泊まったりもしていた。 

 当日の突然のお願いに快く、承諾していただき、ビデオ撮影となった。

 20年ほど前に坂東英二さんが司会をしていたスポーツフロンティアという番組があり、浜口親子の特集がシリーズ化された。三社祭で浜口さんが京子さんを肩車をする横で僕も娘を肩車し、二組でワッショイワッショイと並んでいるシーンがあった。

 披露宴のビデオ収録のときに、京子さんはそのシーンを人生の中で大切な場面であると語ってくれた。

さっそく帰宅してから、録画した肩車ビデオを押入れから探したが、あいにくみつからなかった。しかし、シリーズ最終回のビデオにダイジェストシーンがあって、一瞬だが三社祭シーンが映っていた!

 Cimg2560    Cimg2559

  僕にとっても、人生のなかで、思い出に残るシーンなのです。

  浜口さん、京子さん、ありがとうございました。

  ※撮影に同席した婿の妹のひろちゃんは、数年前に新幹線の車内販売の仕事をはじめた。その一番最初のお客さんはなんと、浜口さんでお弁当を買ってくれたそうだ!!

  ※浜口さんが最近体調が良いのは、食事をセーブしているかららしい。時間がきたから食べるのではなく、本当にお腹が空いたときに食べるという、まさに南雲式健康法を自分で考えて実践なさっている。

 ※今日、トレニーング後にシャワー浴びてタオルで体を拭いていたら、初対面の若者が「おいくつですか?」と突然聞いてきた。実年齢を言ったら「その年齢でそのカラダは凄い!」と驚かれた。最近はカラダにガタがきており、筋トレよりも小山内式腰痛予防体操をするなど、全盛時とは比べ物にならない貧弱な体型だと思っていたが、誉められるとやはり嬉しい。ちなみに格闘家を目指す彼の年齢をきいたらなんと15歳!!!

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年5月 5日 (日)

飯能ハイキング

今日は友人たちと飯能にいってきた。Cimg2515

 一昨日のブログで宵越しのネタを書かないと言った手前、一応記録しておこう。

Cimg2526 昨日のテレビ東京の「アド街ック天国」で飯能を取り上げたせいか、名物のうどん屋さんとか、焼饅頭の店など混んでいた。 Cimg2538

  午後から一同は、天覧山の山頂から、多峯主山の山頂へとアップダウンを繰り返し、良い汗をかいた。

  最後は、駅前の居酒屋で慰労会を行なって、美味しいお酒をいただきました。

※まもなく午前零時になります。モウネムトウテタマリマセン。宵越しのブログは書かないと啖呵を切ったものの、なるべくそうしたいという希望ということで........m(_ _)m 

 

  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年5月 3日 (金)

富士山

 GWも後半であり、四国ミステリーツアーを予定していたが、旅行社に申し込んだ翌日に親父が入院して、キャンセル料を20%もとられてしまった。しかし、せめて連休なので少しでもどこかに行きたいし、お袋も親父のことなどで疲れたといっているので、母と奥さんと1泊の小旅行に行くことにした。

 5月2日に代休をとったので、午前中に親父の見舞いをしてから、レンタカーで富士緑の休暇村に向かった。ここは数年前に行って、お袋お気に入りのスポットである。

 一泊二日でいろいろあったのだが、東京に戻ってから鰻屋で一杯やってきて、ウトウトしてきた。なるべく宵越しのブログは書かないようにしているので、とりあえず、写真を張っておこう。

Cimg2455砂風呂は凄い。どんどん汗が出て、カラダの毒素が放Cimg2483出されるようだ。

 「御胎内神社」は いまから1000年以上も前の864(貞観6)年の富士山の噴火によって形成された洞窟である。歩行 距離は短いがハードである。

 そうそう、河口湖の大石公園で、吉田うどんを注文したら、後に並んだインド人らしきカップルが、うどんに乗せられている肉はチキンかと店員に聞いた。ビーフだったので、がっかりして注文をあきらめようとしたので、僕は牛肉を除けばいいでしょうと店員に言ったら、そうですねと頷いたので、インド女性? に牛肉除けるよと言ったら、喜んでいた。

 今日のNHKのニュース9では、麻生副総理兼財務大臣がインドに訪問しているので、「急成長続けるインドインフラ整備に日本の活路あり」と特集を組んでいた。

 経済グローバル化で、世界は狭くなり、国同士の壁がなくなってきたと言われている。経済的視点からみればそのとおりであろう。

 ただ、今日のうどんの出来事から、生まれた国や、宗教によって、食べてはいけない食材がある人種が存在している不思議さを実感したのたが、世界や国家間を経済、ようするお金儲けという見方だけで捉えようとしているマスコミや、官民機構に危惧を憶えたのだ。

 最近のニュースをみると、世界全体がどうも薄っぺらくなってきているような感じがする。

 長い歴史で培われた慣習や、戒律を理解せずに、ただお金という基準で国際社会をとらえている単純な発想でいいのだろうか。あとで、しっぺ返しを受けなければいいなと思ったのだ。、うどんの話からて゛恐縮だが....。

 最近、TPPでも、憲法改正でも、妙に単純化した世界観で騒いでいるような気がしてならない。

 さて、最後に訪れた「六角堂」は、水位が低下している河口湖で、陸続きになった浮島に位置しており、現在は歩いて渡れるので話題になっている。

  Photo

Cimg2502

 中央高速の下りはかなりの大渋滞であったが、上りはスムーズで、河口湖から東京までは1時間半程度しかかからなかった。せっかく早めに帰れたので、親父の見舞いにいったが、ぐっすり眠っていて起きなかった。 Cimg2495 今回、富士山からはビンビンに強烈なパワーを頂けた感じだ。

おやすみなさい。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年5月 1日 (水)

  Cimg2436

          今日は5月1日 朝起きたら、ハイビスカスの花が咲いていた

          そろそろ暑くなる季節だ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年4月 | トップページ | 2013年6月 »