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2013年2月 3日 (日)

会社の歯車で悪いか!? 「クールの誕生」

今日は、録画しておいたD-BOYSの「クールの誕生」という演劇を鑑賞した。 51infsnnwml__sl160__2

  高度経済成長期の昭和40年代を舞台に、サラリーマンたちの生き様を描いたコメディであった。

 最初は会社人間たちの哀れな姿をみて、滑稽だなと笑っていたのだが、だんだんと彼らの情熱や、悲哀、そしてそれらを俯瞰してみるクールさにのめりこんでしまった。

 かつて、会社に忠誠を尽くす人間たちは、モーレツ社員と呼ばれ日本を経済大国にしてくれたが、24時間戦えますかというリゲインのCMとともに、バブルは終焉していった。 経済の低迷、構造改革などから、会社は社員を人事考課し、効率的にリストラを行っていったが、その結果、会社は冷血な組織とみなされて、会社人間というのは化石扱いされるようになっていった。

 格差社会、非正規雇用、M&A.....。組織は自分を守ってくれない、むしろ、自分を利用しようとしているだけだという見方が社会に浸透してしまった。会社組織のためにガムシャラに働くのは、自我の損失であり、会社からは別のところに自分らしい世界が存在していると、マスコミも世論も吹聴した。

 組織の一員、歯車になることに対しての嫌悪感は、個人重視の生活や生き方を推奨することになり、個としての権利意識や、嗜好性が高まっていった。

 さて、少し、話を変えるが。

 昨日、自治体の災害対策担当の方とお話する機会があった。首都圏を襲う震災がいつくるやもしれぬ状況の中で、震災の被害を食い止める役割は大変重要である。しかし、首都圏の自治体職員たちが、勤務する自治体の地域に居住している割合が著しく低いことに対して、気になっていることを話した。交通機関が遮断されたら、自宅から勤務地域まで数時間かけて徒歩、自転車で移動しなければならない人たちが圧倒的であろう。

 今まで、何回か自治体職員と震災時の行動について話す機会があったが、意外にもすぐに勤務地に向かわずに自宅で待機して、居住地域で救助活動をするという人たちが多かった。確かに女性で子どもが小さかったりすれば、長時間の移動を控えるのは当然であろう。しかし、殆どの職員の方々は家庭をもっているはずである。もし、家族がいるからという理由だけで、職員が勤務する自治体に駆けつけなくなったら、その自治体の災害救助活動に従事する職員数は大幅に不足する事態になりかねない。

 どんなに完成度の高い防災、救助のマニュアルが作られていても、動く人間がいなければどうにもならないことは誰にでもわかる。大地震が起きて、大きな被害を被って死傷者が出ている状態では、住民を守る立場にいる職員は何がなんでも現場にかけつけなければならないと思う(乳幼児を抱えているような場合は除くが)。少なくとも、その気概をもつべきではないだろうか。自分の生命をかけて、住民たちを守るという気概を。

 かなり理想だといわれそうだが、私たちには「献身」ということが時代から求められているのではないか。子を親が守る。地域を住民が守る。住民を公務員、国が守る....。そのような国であってほしい、そうありたいとつくづく思う。万が一、大震災が起きたら、被災地では、自分の個性とか、特別性とかはどうでもよくなって、懸命に生き延び、みんなと連帯して、救援のために動くことになろう。

 まずい! 話がエラそうで、くどくなってしまった(゚ー゚;

 「クールの誕生」では、社員が会社の歯車となることがなんだと笑い飛ばしている。会社には替えがいくらでもいることは当たり前なのだ。そんなことに一喜一憂して、逆に会社を嫌悪の対象とすることなどないのだ。

  自分という存在を替えがきく組織に求めているのが、間違いのもとなのだ。自分の恋人、家族、友人たちから観た自分は、自分でしかありえない特別な存在なのだ。多くの人たちから、自分は特別な人物として存在している。

 だから、会社組織では歯車として懸命に働いて、貢献して、業績をあげて、自分の生活を維持向上していけばいいのだ。すでに自分は特別な存在であり、また組織の歯車でもあるのだという開きなおりの大切さを、このような面白い演劇から教わったような気がした。

    

 

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