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2013年1月 9日 (水)

兄貴

兄が亡くなった。

私には兄弟がいなくなった。

 1月4日の午後10時頃に突然、自宅で体調が悪くなり、救急搬送されたが、すでに救急車の中で心肺停止状態になっていた。私が午前12時半頃に病院の集中治療室に行ったときは、無理矢理に機械で心臓マッサージ、人工呼吸をしていたが、すでに自力で心臓を動かすことはできなくなっており、これ以上は本人が可哀想ということで機械をはずした。

 死因が特定できないということで、午前2時過ぎには警察による検死作業がはじまった。最終的には虚血性心不全という結果がでた。先月62歳になったばかりであった。

 私と兄とは10歳違いで、年齢的な隔たりがあって、一緒に遊んだり、喧嘩したりということはあまり記憶にはないが、色々なことを私に教えてくれて、その影響を受けたのは確かである。

 実家が山谷のドヤと呼ばれる簡易宿泊所であったため、数多くのいわくつきの男たちと生活していたのは、元旦のブログにも書いた。そこではひとつ屋根の下で、トイレもお風呂も男たちと一緒であり、私たちは共同生活しているようなものであった。

 当然、子どもにとっては、いわくつき男たちから受ける刺激は一般的なものとは違って、刹那、孤独、退廃、犯罪、逃避といったドロドロとしたものがあり、教育上は好ましくはない。100人からの荒くれ男どもの中で暮らす4人家族というのは、かなりのスペクタクルであるが、幸い、私の両親はしっかりしていて男たちを仕切っていたため、家族としてはある程度健全に?成立できていた。

 強面の父親と、姐御肌の母親のなかにあって、兄貴は真面目で中立的な立場にいた。私は兄貴がいてくれたおかげで、音楽や映画、読書、ギター演奏、社会のことなどを教わり、エキセントリックなドヤ世界から離れた避難所としての別世界を垣間見ることができたのだった。

 その兄貴も就職、結婚して家を出て、数年後に勤めていた食品会社をやめてからは、ずっとアルバイトとして働いていた。真面目な性格であったが、父母にも経済的な面倒をかけたり、人間関係から逃避したりして、正直言って私にとってはあまりいい印象をもてなかったのも事実だ。しかし、歳をとっても純真で真面目でいられた兄貴というのは大したものだとも思う。

 まさか、こんなに突然に兄貴か死んでしまうなんて.....。未だにリアルな実感がもてないでいる。

  真面目で、理想主義で、人当たりが良かった兄貴よ。

  突然の逝去で、本人が一番驚いているだろうけど、自分の人生はどんな人生だったと思う?

    先にあの世にいっている、妹や親戚たちのいうことをよく聞いて、ちゃんとこの世とあの世の橋を渡ってくださいよ。

 明日は兄貴のお通夜だから、家族、親戚、友人たちが兄貴のために集いますから、最後のあいさつをしてください。

 あの世の先輩方、どうぞ兄貴のことをよろしくお願いします。

 

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コメント

炭粉先生、ありがとうございます。
今日明日の葬儀で、兄貴とお別れしてまいります。

投稿: takkun | 2013年1月10日 (木) 09時50分

兄上様の御冥福を、お祈り致します。
宮本武蔵と同じ年齢でしたね。

投稿: 良三 | 2013年1月10日 (木) 08時03分

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