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2012年12月

2012年12月31日 (月)

同窓会と健康

 昨日は高校時代の男どもと会って、都内の日帰り温泉で同窓会兼忘年会を行なった。 

 10年以上会っていない者もいたが、やはりみんな白髪、頭皮露出、肌の衰えが隠せなくなっている。私も頭髪危機に陥ったため、数年前からヘアースタイルをかなりの短髪に変えたので、「鶴瓶みたいになったな」と言う輩がいたが、映画「トランスボーター」シリーズのジェイソン・ステイサムに似ているという声も上がった。後者だと思う。

 若い頃読んだ本には、男たちの会話は20代までは女とクルマのこと、30、40代ともなると金や仕事の話、50代からは病気自慢、それ以降は葬式、遺言のハナシになっていくというようなことが書かれていて、そんなものかと思ったが、昨日の飲み会でも、以前はシモネタとか、バカバカしい話題が多かったが、確かに50を過ぎると、それぞれの持病を披露し、自慢げに語る傾向が出てきた。

 大晦日の今日は、午前中にさっと横尾忠則氏の「病の神様」を読んだ。横尾氏は学生時代から大好きなアーティストであり、彼の精神世界めいた話も面白かった。

 横尾氏は、大病ではないが様々な病気をしてきて、病気が芸術を進歩させ、人格を向上させてくれることだってあるのではないかと問いかけている。

 あの時のあの病気やあのケガがなければ、ぼくは暴走して命だって落としかねないような、時期もあったかも知れない。

 世の中には偶然が満ち満ちているように見えるが、実は偶然は目に入る部分の出来事で、目に見えないところで全ては必然的な作用が働いているような気がする。ふとした偶然から病気になったと思っていても、高次元のレベルから見れば、すべてが必然です、 ということになるかもしれない。人間が生まれるのも死ぬのも必然と考えれば、自然に身を任すのが一番賢い。

 僕は別に運命論者ではないが、人間または世の中はなるようにしかならないところがあると思っている。だとしたら何もしないでほっといたらいいのか反論されそうだが、そうではない。なるようになると信じてればいいのだ。 

 40代になったばかりの頃、僕は唾石という珍しい病気になった。当時はガンガンにカラダを鍛えており、極度の筋力トレーニングや、キックボクシング等のトレーニングを行なっていた。若い頃からトレーニングは好きだったが、30代になってから本格的に行い、トレーニングで筋肉を痛めつけた後、酒や肉類も大量摂取し、ブロレスラーに間違われるくらいの体格になった。しかし、そのためだろうか、体内に過剰なカルシウムが塊と化して、唾液分泌を遮断する病気を引き起こした。

  結局、唾石を取る手術をしたが、後から聞いた話だと、担当医はベッドに横たわった全身麻酔で意識を失っている僕をみて、こんなにカラダのでかい患者ははじめてだと驚いたらしい。そして、麻酔した僕をベッドから治療台に移すための作業は、通常人員では無理だったため、増員したとのことだった。

 実際、僕のカラダは言われたほど大きくはないのたが、それをきっかけに、健康管理のため、過剰な飲食を避け、朝食抜きダイエットをはじめ、体重も適正体重になってきた。 それから数年後に、合気道に入門することになるのだが、マッチョ志向のままであったら、あり得なかったであろう。

 未熟ながらも武道有段者となって、武道の凄さ、可能性を実感しているが、今こうして振り返ってみると、それも唾石という奇病のおかげだとも思える。

  病は気からというが、心身統一という言葉もあり、心とカラダは繋がっていることをついつい忘れがちであった。怒ったまま飲食するならば、毒になるらしい。食事はゆっくり、楽しくが理想らしいが、まさに心身統一で食事するとそうなるのだろう。病気をきっかけにして、健康な心とはどういうことなのか、カラダから信頼される心とはどんなものなのかを探求することになる。

 こうして、中年になると、自分のカラダが若い時ほど無茶を聞いてくれないということを実感してくる。しかし、カラダの老化は悪いことばかりではない。老化しなければ、見えなかった世界があったのだ。人生の辛苦も、生命の有限さとはかなさも、しっかりと味わうことができなかったかもしれない。

 高校時代の悪友たちよ、もっと悩め!もっとあがけ! もっともっと年老いていけ! そして、はたらけ!!

 ※ここんとこ、NHKで連日、いきものがかりの特番を放映していた。彼らはオリンピック期間中に、世界遺産都市のバースに訪問しており、ほぼ同時期に僕たち夫婦も行ったのでちょっとビックリ。そして、ロンドンの川沿いの市場の屋台で食事していた場面もあったが、そこで僕たちも同じように屋台で買って川沿いで食べていたので、またまたちょっとビックリ。オリンピックテーマ曲「風が吹いている」は、今聞いてもやはり良い曲たた。

 

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2012年12月29日 (土)

朝方のダラダラとした考え事 & 大腸蠕動による危機

  朝方に眼がさめると、色々なことを考えたり、思い出したりすることがよくある。

 前日のくだらない会話や、出来事だけではなく、急に過去の恥ずかしい出来事が想起され、ぁぁと唸ったり、すみませんとつぶやいたりする。何なんだろう。

 本当に意識の世界は千差万別であり、あっと言う間に数十分の時間が過ぎてしまうものだ。

 今朝は暖かい布団の中で、いつものようにダラダラとしながら、何でこんなにいろいろなことが浮かんでくるのだろうかと不思議に思い、自問自答した(50歳を過ぎた男がこんな問いかけを自分にするのもなんだが........)。

どうやら意識さん(さん付けで呼ぶことにした)は、何も考えない状態を嫌うらしい。何も考えずにいようとしても、次々とメニューを提示してくる。すると自然に、メニューの品を受け取って、そこから様々な記憶や、考えに拡がってしまうのだ。

                       (;;;´Д`)意識さん

  多分、意識さんは人間が生命維持するために必要な働きなのだ。人間は赤ちゃんとして生まれてから個体維持するために、母親から愛されるため、あるいは叱られて放り出されないため、意識さんを活用して、生きるための術を習得してきたのだ。

 人間は生き続けるため、または自己欲求を達成するため、親だけではなく、社会からの影響を受けるようになり、意識さんはそれにあわせて、成長してきた産物なのだ。

 僕の中の意識さんは、僕自身でない。親、地域、社会、友人、体験、時代からの集合体であり、複雑な存在でいらっしゃるのだ。僕のこころの中で(`Д´)ああしろ、こうしろ、これはだめだ、うまいことやれよ! とかの指示は、意識さんが発している。

 生きる術を指示してくれる意識さんのおかげで、僕はここまで生きてこられて感謝している。しかし、ちょっとうるさく、おせっかいに感じることがある。少しの間、静かにしていてねと頼んでも、意識さんは沈黙した状態に対しては、自己存在の抹消と勘違いされるために、なかなか黙ってはくれぬ。

 座禅では完全に眼を閉じずに、半眼とするが、それは瞼を閉じてしまうと意識さんが勝手に動き回り制御不能になるため、あえて半眼にして前方を見つめることて、意識さんをそこに焦点させて、静かにさせるためらしい。

 そして、意識には表面意識と深層意識があり、僕が意識さんと言っているのは表面意識のことである。禅を含めた宗教、武道といった世界では、如何に表面意識を調御し、深層意識に繋がっていくかが大きなテーマである。

 自分自身を鍛錬し、成長させようとしても、意識さんは自分存在を変えたくないため、あの手この手を使って妨害してくる。(-_-X)またどうせダメだよ、やめとけよ、失敗したらどうする、もういいじゃないの.....。時には、過去の嫌な失敗を引張りだして、ほらこんなものだよと脅してもくる。

  今朝の話に戻るが、なんでこんなに色々なことが浮かんできて考えたりするのだろうかと疑問が生じたのたが、こんな風に意識さんとダラダラと戯れながら時間を費やしながらオレは死に向かっていくのか! なんという空しいことに脳エネルギーを浪費しているのだろうと思ったのだ。

 では、どうすれば、おせっかいな意識さんに引っ込んでいていただき、覚醒した意識状態になれるのか。

 僕が最近、実感したのは昨年の3.11のときだった。僕は帰宅困難者700人をお世話する立場だったのだが、意識さんのネガティヴさは声を潜め、ひたすら救援活動に没頭した。たまに、クレームを言ってくる男性と対面したときなどに意識さんは心配な顔を出すのだが、僕の胸のうちから湧き上がってくる強いエネルギーには抵抗できずに、引っ込んでいった。

 そして、そのまま睡眠をとらずに、翌日12日の午後まで働いていたが、不思議と元気だった。もちろん、かなり特別な状況下にあって、普段の生活とは比較できないだろうという指摘もあろう。

 しかし、人間は自分のことばかり考えていると、意識さんと戯れっぱなし状態になり、その結果としてブレイクスルーできないが、他者のために生きようとするときは、観念遊戯から離れ、本来もっている力を発揮できるはずである。そのことは3.11以外でも体験してきた。

 普段の日々も実は、特別な一日一日なのだ。

 先ごろ、選挙も終わったが、ブロレス界、格闘技界と同様に国政も分裂している。あまりにも表面意識に翻弄されている現代社会では、政治家も自身の表面意識を酷使しているようでどうも落ち着かない。昔の大物政治家たちは表面意識の翻弄を抑え、腹を据えていたのではないか

 ビートたけしの新刊「間抜けの構造」(新潮新書)に、こんなことが書かれている。

 最近のテレビには間がなくなっており、性急になっている。視聴者も耳を傾けずに、目だけで画面を追っている。あのバカバカしてテロップがテレビから間を奪っている。

 お笑い番組で「バカなこと言うんじゃないよ(笑)」というテロップが出てきてびっくりした。「(笑)」って冷静に考えればおかしい。相当間抜けで、笑うところがわからないやつのために「ここは笑うところですよ」と教えてやっているつもりなのか。余計なお世話だ。

 テレビを見ている時に、文字で確認してからじゃないと笑えない。そんな時代になっているなんだろうけど、そうだとしたら、今の人は相当頭が悪いね。

 たしかにテレビも、政治も、日常生活にも間がなくなってきていることを痛感できるこの頃だなぁ。

 「間」は表面意識ではとらえられない。人間の芯の部分ができていなければとらえられない。人や場、時との距離をはかって、キャッチする直感的なものがなければ、的確な「間」を取ることは困難である。

 自覚せよ!!

  表面意識に翻弄されたままでは、やかましい日々を過ごすだけだ。

 自分の中にまだまだ可能性の宝庫がある!

 その宝庫の鍵をもっていることを自覚せよ、書を捨て街へ出よ、表面意識から離れ真理の世界に突入せよ! ! !

  どうしてなんだろう? こんな自己啓発本っぽい言葉が浮かんできた。

 こうして年の瀬を迎えて、新たな年には、自分中心ではなく、誰かのため、社会のためにお役に立てる自分に少しでもなっていけたらなぁと思う。

 

意識さん五人衆 (# ゚Д゚) ムッカー щ(゚Д゚щ)カモォォォン (・A・)イクナイ モムーリ!o(゚Д゚)っ  (゚⊿゚)イラネ

 さてさて、

 一昨日の忘年会では、ブログが長いというご指摘をTさん、Mさん、奥さんから頂いたのだが、今朝ダラダラと考えていたことを書いていたら、ずいぶんと長くなってしまった。

 しかし、このブログは僕の日記でもあるので、印象に残ったことを書いておかなければならないため、ちょっと恥ずかしい出来事を記す。

 一昨日、外出先の江東区で、昼に居酒屋の牛筋カレーとラーメンを食べた。その後、忙しく動きまわっていたのだが、しばらくして腸から危険シグナルが発信された。

 こういうときはどうしたらよいか。先日読んだ脳性まひの小児科医が書いた「リハビリの夜」(熊谷晋一郎著、医学書院)には、著者が苦労された便意との付き合い方について、便意が合図してきても気づかないフリをして無視すると少し落ち着くと書いてあった。まぁ、それも繰り返すと便意に敗北してしまうことにはなるのだが。

 僕は歩きながら意識さんと共闘体制に入り、腸ちゃん(今度はちゃん付け! )がなんか蠕動運動しているようたが、まぁ気にしない気にしないとした(70%)。しかし、1分後にはさらに痛みを伴って、発信してきた(78%)。

 再び気にしない気にしない..とうそぶいていたが、もう引っ込んでくれない(82%)。周囲にはお店もなく、会社とか倉庫ばかりが並んでいる。タクシーが通った。手を上げようとして思いとどまった、タクシーに乗って運転手さんに、どこまで行ってくれというのか、どこかトイレのあるところと指示するのか? タクシーの中で極限状態に陥ったらどうするのか........。

 心臓の鼓動が激しくなり、脂汗をうっすらかき始めた(89%)。コンクリ建造物が並んだコンクリートの道を早歩きしながら、キョロキョロと目標点を探す。

 少ししたら、木が見えてきた。あっ、公園らしい。.......トイレが設置されている公園でありますように...(90%)。

 公園に近づくと、トイレらしき建物があった。早足で進みながら、意識さんが問題提起をしてくる。もし、トイレ個室が使用中だったら? トイレがかなり不潔だったら? 女子トイレをつかったら痴漢扱いされてしまうぜよ! 茂みに隠れてするつもりか! 犯罪者だよ!! (`Д´)

 この極限状態で、なぜこのように否定的な絶望的なことを言ってくるのかと情けなかったが、なんとかトイレにたどり着いた。入口のところは多目的トイレだ。もう、男子トイレまで歩く余裕もない。どうか開いてくれぇ...祈るような気持ちで多目的トイレの開閉ドアの取っ手を掴み、横にスライドさせる。動いた!! 中をのぞくとそこそこキレイなトイレであった。

 カバンとコートを放り投げ、一気に便座に座る(100%)。まにあったぁ....(;ω;)

 僕は両手を合わせるような気持ちで、ありがとうございましたとお礼を口に出した。(実際に手を合わせたかは不明)。トイレの中で、オレは天から守られている。何とついている男なのだろうと納得していた。

 昨夜の職場の忘年会では、この恥ずかしくも危機的な状況をカミングアウトし、諸君ならどのように対処なされるのかと究極の問いかけをしたのだ。白熱した議論に突入する寸前に、飲み放題ラスト時間となって、お流れになった。

 なんとなく、今日のブログは長くて、支離滅裂っぽくなってしまいました、ごめんよ。

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2012年12月24日 (月)

合気腕相撲...東伊豆

 昨夜は武道関係者の飲み会があった。

 皆さんは打撃系の稽古を終えられた直後であり、私は飲み会のみの参加であった。
 私にとっては殆どの方とは初対面であったが、とても楽しい時間を過ごせた。

 久しぶりに美味しい生ビールを味わった。普段は最初の一杯だけビールで、後は違う酒へと変えるのだが、今回は幹事の方が短時間の間に特大ジョッキを何度も注文なさったので、それに付き合ったが、4杯まではグイグイ飲めた。その後はレモンサワーを数杯….イカンイカンまた、酒の話に脱線していってしまう。

 今日の午前は、武道家のT先生の治療院にて、身体の中心軸による腕相撲の講習会があったのだ。そのため今朝は五時に起床し、身体から酒気を抜くために、風呂に入ってから冷水シャワーを浴びた。コーヒーとクリスマスケーキを少し食べて、電車を乗り継ぎ一時間後に治療院に到着した。

 

 T先生はいくつかの武道を体験されてきており、保江先生とも面識があるそうだ。最近、ご自分の武道会をつくられた。

 合気道の技法としての腕相撲。以前、T先生と寝た姿勢で腕相撲をしたことがあって、そのときは力の衝突だと勝てたのだが、T先生が脱力して一気に腕を振り落とした途端に、私の身体がひっくり返ったのだった。これはどのような原理なのか。ぜひ知りたいという思いがずっと欲望のようになっていたので、今日は久々にT先生に稽古をつけていただいた。

 

 腕相撲では二頭筋に力が入るが、それを脱力させ、身体の中心を保ちながら手を下げる。そのようなイメージだが、なかなか難しい。何とか今日は習得しようと意気込んでは来たが、腕相撲=オーバーザトップという図式から意識が離れず、そんなに簡単にはいかないことを悟った。

 

 負けてたまるか。ベンチプレスで130キロ、ショルダープレス90キロを上げていた俺をなめるなよ!(現在は軟弱化してますが) というような闘争心ギラギラの野獣のようなココロがある限りは、一瞬脱力したとしても、そこから相手の手の甲を床につけようとした途端、筋肉に過度な圧力をかけて膠着状態をつくってしまうのだ。

 一緒に稽古した男性二人も苦戦しており、手を握りこまずにひろげる、刀を持つ手にしてみるなどと、試してみたが、なかなかうまくいかない。これはカタチだけ変えてうまくやろうとしても出来ない技であり、腕相撲とその筋肉の使い方に対する固定された意識をはなさない限り不可能なのだろう。

 今日は腕相撲の稽古はほんの一部であり、中心軸と回転をテーマに幾つかの稽古を体験してみて、如何に自分が様々な動作について、部分的な動かし方をしており、筋肉依存になっているかがわかった。

 

 今回は、純粋な武道探求というよりも、この腕相撲の秘伝をモノにして、力自慢のアスリートたちを驚かせてやろうというヨコシマな想いを抱いていた私は、己の欲深さと、筋肉信仰を省みながら、東京駅から静岡県河津に向かって行ったのだ。

........河津ペンションなうCimg2142_2

Cimg2141   毎年、年末になると河津にある画家が建てたペンションに訪れている。

 88歳になられる画伯はご健在だが、数年前までは毎朝のように、海岸まで車を運転して朝陽の写真を撮って、宿泊客に配られていたが、運転が困難になって免許証を返却されたらしい。

 今年はラウンジで酒のグラスを傾けながら、宿泊客を眺めている画伯が外泊されており、お会いできないのは残念であったが、まだお元気でいらっしゃるとのことで安心した。

Cimg2120

 ここは、素敵なペンションで、画伯の絵が数多く飾ってあり、また義理の娘であるトンガ出身のママも大変すばらしい方で、私たち夫婦は画伯とママに会うためにこうして、毎年この宿に訪れているのだ。

 ここのラウンジにいると、なぜかお酒のグラスを脇に置きながら、こうしてのんびりとしながら、おバカなブログを書いてしまう。

 

下田・伊豆高原

Cimg2154_2   

 Cimg2147 翌日は伊豆急行の電車で下田まで行った。リゾート21という車両に初めて乗ったが、客席が海側を向いているには驚いた。これは素晴らしいアイデアだ。

Cimg2157

 下田からは寝姿山にロープウェイで昇り、下田港を一望した。黒船に向けた砲台があったが、100年以上の時間が経つと、歴史的遺産がこのように扱われてしまうのだ。すまん!

そして、次は伊豆高原にある赤沢温泉だ。ここの太平洋を一望できる大パノラマの露天風呂にはビックリした。ここまでのスケールの大きい海が見える露天風呂は初めてだ。

 帰りは午後5時頃の熱海発の快速ライナーにギリギリに間に合った。グリーン車両だが、新幹線を使うよりも安くすむ。鯵寿司を食べながら、車内販売で買った缶ビールを飲む。平日の通勤時間でも車内販売をしているのだろうか。

 7時過ぎに帰宅してから、酎ハイを飲みながらマットディモンの「幸せへのキセキ」を観た。なんと濃厚な2日間であっただろう。

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2012年12月19日 (水)

映画たち

「ドラゴンタトゥーの女」

 面白かったけど、後味は良くない。スウェーデンが舞台のため、スウェーデンの性犯罪を調べてみたら、かなり高い発生率とのことである。

 かつて福祉先進国として、もてはやされた国が、このような状態でいいのかとオジサンは悲しくなったのであった。オジサンが学生の頃は、福祉関係者たちはスウェーデンは国民が平等で、国が生活を保障してくれる素晴らしい国だと言っていた。

 理想の国と犯罪の国のギャップが、人間性の善と悪を象徴しているようで興味深い。

 「EXAM」

  採用試験のため、1室に閉じ込められた男女たちが、何も書かれていない質問用紙に振り回され、混乱させられるハナシである。

 面白いイギリス映画だが、日本人のオジサンとしては、どうもあの自己主張の強い西洋人たちが鼻持ちならないのだ。この手の映画の主人公は、キャラクターが単調でどうもねぇ。

 「バーバー」

 コーエン兄弟の映画。今日、オジサンは床屋さんに行ったのだが、散髪されながら昨日観た理髪師が殺人を犯すというこの映画を思い出した。理髪師のおにいさんにそのことを話したら、ティムバートンの映画で、床屋が客の喉をかっきり、理髪台を倒すとコンベアで死体がミキサーに運ばれる映画があったといっていた。観たことあるような気もするが、題名が浮かんでこなかった。

 

 

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2012年12月15日 (土)

慌てた一日

 大慌ての一日であった。

 朝は少々二日酔いっぽかったので、入浴し冷水シャワーを浴びて、シャキッとして役所に行って期日前投票を済ませた。奥さんは仕事のため、一人で肉まんあんまんを蒸かして、サラリーマンNEO映画版を観ながら食べる。

 午後から姪親子と、母をレンタカーに乗せ、親父の特養にいってから、親戚宅経由で、入院した従姉妹の見舞いに行ってきた。

 今日はいろいろビックリしたことがあったので、書いておく。

 「消えたレンタカーカード」

 特養を出るときに、ジャンバーポケットに入れたはずのレンタカーカードがないことに気づく。タイムズプラスはこのカードがないと返却手続きができないシステムなのだ。車内や、洋服をよく調べてもないので、親父の部屋に戻って確認するが落ちていない。

 これは、レンタカーの駐車場に寄って、カードを落としてないかを確認するしかないとあきらめながら、信号待ちで再度ポケットに手を入れて確認する。ポケットにはやはりスマホしか入っていない。スマホにカードが入ってしまう隙間などないよなぁと思いつつ、何気なくディスプレイ画面を触った途端に、プラスチックの感触!!  まさか!!!    急いでポケットから取りだしてみると、ディスプレイにピタっとカードが張り付いているではないか!!  ピタッとしていてなかなか剥がせなかった。静電気なんかのせいだろうが、びっくりした。姪も驚いていた。

 「消えた姪親子」

 数日前に手術を終えたばかりの従姉妹の病室へは、2歳になっばかりの姪の息子を連れていくわけにはいかないし、息子も寝てしまったので、車内に姪と息子の二人を残して、病院の二層式駐車場を後にした。20分後に、駐車場に行ってみたら、クルマ(日産ノート)がない。レンタカーの「わナンバ-」を探してもみつからない。消えてしまった....。オレは頭がおかしくなって、駐車場を間違えてしまったのか.....。ひょっとして、人が乗っていたから、移動させられたのか..。いや、キーは自分がもっているので、勝手に動かすことは不可能だ....。誘拐.....まさか...

 係りのおじさんに確認すべく駐車券を渡したら、ちょっと待っててくださいという返事。今、出しますとも言った。すると、地底から二層式の下部が上がってきた。ここの二層式は地下移動で調節するものだった!  姪は突然、下に落下していき、真っ暗になったため、とても驚いたとのことだ。あ-びっくりした。

 「落下する商品」

 レンタカーを返却して、マルエツで買物中、誰も触っていないのに、突然「キムチ鍋の素」が棚から落ちた。拾い上げ、元の棚に戻してあげたのだが、先日も同じようなことがあった。

 マルエツの店内に入った途端、自動ドア前の陳列棚にあったグレープフルーツが落ちてきたのだ。誰もいないのに!!

これはマルエツに何かの因縁があるからだろうかと不思議に思っているのだが、実はもっと凄いのが2週間ほど前に起こった。

 中華料理屋で料理がくるのを待っていたら、突然! 隣のテーブルのラー油の瓶が倒れたのだ。もちろん、無人だし、ドアが開いて、外から入ってくる風ぐらいでは倒れる訳がないし、ほんとにその場にコロッとひっくり返ったような倒れ方をしたのだ。

 これは心霊現象なのか、マヤ暦の終わりの影響なのか、たんなる偶然なのか...よくわからない。

 わからないが、また今日も変なブログになってしまった。

  

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2012年12月14日 (金)

忘年会

 今日は職場の忘年会であった。10名強の直属の部下たちと新丸の内ビルのレストランにて開催された。

 普段は下町の居酒屋が多いのであるが、今回の会場は奮発して、なんと個室から皇居や東京駅、ライトアップされた光の道が見えて、師走としてのロケーションは最高であった。料理も接客態度もよくて、楽しいひとときを過ごせた。

 しかし、もっとも有り難かったのは、アットホームな雰囲気をつくってくれている職場の仲間たちの存在である。

 今日は参加予定の一人が急遽、家庭の事情で不参加となってしまったが、空いた分をどうするかというときに、僕の奥さんを呼べとみんなが言ってくれた。普通は、職場の飲み会に部外者、まして上司の伴侶を呼ぶなどいうのは考えにくいが、みんなは快く我が夫婦を受け入れてくれている。 わしも幸福な男だと実感する。Cimg2106人に恵まれていると感謝する。

 今夜の高級ゴージャスな雰囲気にそぐわないまま、ビンゴ大会に突入する。我が夫婦は、AKBやエヴァ ンゲリオン関係のグッズを取得したが、後に交換会となって、念願の炭酸メーカーや、ビールサーバーもどきをゲットできた。

 最初に空きっ腹でスパークリングワインや、白ワインを飲んだため、酔いがいつもより早くまわってしまった。また、料理がかなりのボリュームであり、お腹が膨らみすぎたぁ。

Dsc_0198  みんなで帰りは光の道を通って有楽町に行こうと話していたのだが、ご夫婦お二人でごゆっくりどうぞと言ってみんなは東京駅に向かっていってしまった。

 ほろ酔いというよりも、かなり酔いながら歩いた光の道はとてもきれいだった。

 良い仕事をするため、良い職場にするための極意は徹底指導とか、真逆の馴れ合いなどでなく、人間としての信頼と友情にあるということが、最近わかってきました。教えてくれた仲間に感謝です(゚ー゚)

 

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うつ病と合気道

 昨日は従業員2000人以上を対象にしている研修担当の方とお話した。

 職員の精神面での病気欠勤が増え続けており、人事担当も産業医も頭を抱えているらしい。うつ病が増大しているのは、特定の組織だけのことではなく、日本全体の問題でもある。

 実は先週、その研修担当が私に相談にきていた。うつ病対策として、医療、心理等の専門家を呼んでの研修や、相談会を開催してもなかなか効果は上がらないので、どうしようかと悩んでいたら、以前合気道による精神面への寄与について話していた私を思い出したらい。

 研修担当には、合気道から得られる要素を簡単に説明し、まずは体験してみなさいとすすめたら、実際に行ってきたのだ。

 昨日の話だと、合気道体験(エッセンス)により、意識が身体に及ぼす影響力に驚いたとのことであった。長時間にわたる体験であり、当初は疲れそうだと想像していらしいが、実際にはあっという間に時間が過ぎて、爽快感があったようだった。

 昨日、研修担当は合気道の体験についてはとても良かったが、それを精神疾患対策として用いることについてはどうかと聞いてきた。私は、すでに病欠となってしまっている人たちに対しては、ハードルが高いと思うが、一般的な予防措置としてしてなら、有効であろうとこたえた。すると研修担当は、病欠になる手前のボーダーの人たちを対象にしたいらしいので、それもありとこたえる。

 しかし、合気道の研修要素について、はたしてそれがどのようにうつ病対策として機能するのかがわからないともおっしゃる。

 私は次のようにこたえた。まずうつ病対策としての決定打などはあり得ない。その証拠に、全国的にうつ病患者は増大し、自殺者も年間3万人(原因は様々だが)といった状況がずっと続いている。国や自治体、関係団体は自殺予防対策を講じているが、残念ながら、精神疾患は広がり続けている。

 そして、対策の多くは、研修担当がやってきたような講演会、研修会、カウンセリング、PR活動がメインである。はたして、それで精神的に折れてしまった方々が、立ち直れるのであろうか。もちろん、一定の効果があることは認めるのだが、悩まない生き方講演や、自己診断チェック、面談といった他者からの働きかけが主である。そこに限界がある。

 専門家から考え込まずにリラックスすべきと聞いて、そうしようと思っても、実際にリラックスすることは困難である。

 他人の眼を気にしないようにといわれて、すぐに気にしない自分に変容できる能力の持ち主は、そもそもうつ病にはならないのではないか。

 また、そのアドバイスも混乱を与えてしまう要素がある。夜や休日はリラックスして過ごしましょうといわれても、リラックスとは何かがよくわからない。よくあるのが、ソファーにダラーとしているような気が抜けた状態、腑抜け状態だというイメージだ。

 平日や昼間において過度に緊張し続けた人が、休日や夜間に気の抜けた状態になっていては、サザエさん症候群のように出勤するのが酷になるのは当然であろう。

 合気道は、自分の意識が如何に自分の身体に影響を及ぼすかを実感できる体験である。リラックスは合気道にとって重要なものだ。体験してみれば、よくわかる。緊張してこわばっている状態では相手に簡単に倒されてしまう。腑抜けた虚脱状態でも同じだ。今度は身体の余分な力を抜いて、身体の中心に意識をあわせると、簡単には動かされなくなる。

 初心者はその不動となった意識を憶えていくことによって、自分の心身をコントロール術を学んでいく。勿論、身体の姿勢の状態も重要な要素であるが、どんなに理想的な姿勢をとったとしても、意識をマイナス要素(嫌だ、だめだぁ)に向けた途端、相手に押されれば崩れてしまう。

 私たちは、リラックスという言葉をそれがどういうものなのかが明確に理解できないまま、共通言語として使っている。リラックスとは脳が考えるものではない。カラダを硬直させながら、本人はリラックスしていると思っていても、それは力んでいる状態でしかない。リラックスはまずカラダが柔らかにそして実直になっている状態であり、脳がそれと同化している状態のはずであろう。

 リラックスした状態が、実は強固で、自分自身の本来の力を発揮しやすいのだと実感できたとしたら、新しい世界の入口に立つことができる。

 日常では仕事に対する不安や、他者の視線・言葉等で脳をいっぱいにして、混沌としている状態でも、僅かでもリラックスした状態を隙間に入れることができたら道は開けてくる。

 研修担当には、職員たちを活き活きとさせ、そのことにより組織の明るい未来をつくっていくたいせつなお仕事をされているのたがら、誇りと情熱をもって仕事なさってくださいと申し上げた。

 大事な職員たちを精神的なプレッシャーに埋没にさせないためにも、決定打はなくても多様なメニューによる働きかけが大切であり、そのひとつとして合気道、武道を取り入れてもいいのではないか。実際、私は合気道から大切なものを学んでいるし、仕事や生活にも良い影響を与えてくれているともアドバイスした。まぁ、私の仕事、生活ぶりを見て疑問に思う御仁も多々いらっしゃるとは思うが......。

 他者からの情報の伝授では、限界がある。自分自身で動いて、発見しなければならない世界がある。

 長くなってしまったが、明け方に眼が冴えてしまって、このようなことを回想していたので、久々に早朝、こうしてPCに向かっている。

 それはそうと今日の忘年会はのみ過ぎないようにしよう。(゚ー゚)

 

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2012年12月 8日 (土)

映画たち

 今週の木曜日に2ヶ月半ぶりに合気道稽古をした。肩の負傷は大分良くなったが、一応肩サポーターをしてみた。amazonで購入したサポーターは仰々しく、アメフトか、角のないロードウォーリアーズ鎧かというような感じであり驚いたが、せっかく買ったのだからと着用して稽古してみた。やはり、周囲もその姿に驚かれたようだ。

 ここんとこ、映画(DVDなど)を以前ほど、観ていなかった(まぁ、飲む機会が多いということもあるが)。 先週は久々にTSUTAYAに行ってきたのだが、作品を探しながら、これは観たような気もするのだが...どうだったっけ...と悩むことが多くなってきたので、備忘録として映画名をきちんと列記しておこう。

200 「探偵はbarにいる」

 札幌中心のロケだが、東京中心よりもむしろ都会的な感じがした。大泉洋の明るさ、おとぼけと松田龍平の無口さが面白い。突っ込みどころはあるが、娯楽性は十分だ。

ブレイキング・ニュース」

 香港映画。警察と犯人側が実況中継するというアイデアはいい。全体的にちょっと安っぽい感じがしたが、冒頭のワンカットの銃撃戦は大したものだ。いろいろな賞をもらっている作品らしい。

その男は静かな隣人」

 狂気のなかに、ちょっとホロッとさせるシーンがあったり、面白い。ただ、妄想と現実の区別がよくわからなかった。

「5デイズ」

 お恥ずかしい話だか、2008年北京オリンピックの最中に起こったロシアとグルジアの戦争を僕は知らなかった。ジャーナリストを主役にして、戦争の悲惨さと愚かさを伝えてくる。監督があのレニーハーリンだったのでビックリ。

 今日は家で留守番のため、男ひとり鑑賞したのが以下の2作品だ!

 4532318405971 「バトルオブパシフイック」

 博物館モノの古い戦艦が、宇宙人と戦うというのはまさに今年封切られた「バトルシップ」と同じ展開であるが、本作は映像、CG、脚本などが、あの「バトルシップ」よりも遥かに劣るという強烈なバカ作品であった。特に、あの縁日の景品に出てくるような宇宙人はナンなのだったのか? 土曜夜に部屋を暗くして、このような映画を一人で観ている俺ってナンなのだろうかと自問自答しながら観てしまった。

「ガタカ」

 かなり評価の高い作品であり、SFというよりもファンタジーサスペンスといった感じだ。なかなか映像もきれいで、ストーリーも良かった。できれば「バトルオブパシフイック」と一緒に観ないほうがよかった気がする。 

\(*`∧´)/ 映画を邪魔する騒音 

 「ガタカ」を鑑賞していたら、階下からヘタなカラオケが聞こえてきたので、しばらく我慢した。しかし、音が大きいので頭にきて、壁をドンドンと強く叩く、しかし、それでも止まない。鑑賞後、午後10時になってお風呂に入ったけど、浴室の中にまでおばさん?のヘタなカラオケが聞こえてきたので拷問のようだった。

 11時を過ぎても、やまないので注意しに行こうと思い、 騒音発生している部屋の前まで行ったら、多くの子どもたちの騒ぎ声も聞こえてきて、どうやらパーティーを開いているらしい。 かなり怒りが湧いてきたが「隣人トラブル」、「騒音暴行事件」といった文字が浮かんできたので、ここはやはりマンションオーナーに相談しようということで、最上階のオーナー宅に向かった。

 インターホン越しに状況を伝えたら、オーナーも騒音が聞こえていて、階下の僕のところが騒いでいると思っていたらしくて、誤解を説く意味でも話してよかった。こういうケースは委託している管理会社が対応するとのことだったが、この時間では連絡つかないだろうから、すみませんがよろしくと伝え、オーナーもなんとかしますと言ってくれた。

 それからしばらく、ヘタな古びたポップスのカラオケは続き、12時半近くにパーティー来訪者たちがザワザワと帰っていった。

 幼稚な大人たちへの怒りとともに、小学校低学年の子どもたちを12時過ぎといった非常識な時間まで、近所迷惑な喧騒パーティーにつき合わせている神経が理解できず、切なかった。あの子どもたちはこの大人たちから、何を受け取ってしまうのかと。

 現在は賃貸マンションだからいいけど、もし購入したとして、隣人が非常識だったら、かなり悩むのだろうなぁ。(-ε-)

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2012年12月 2日 (日)

なぜ、そんなに紅葉を観にいくのか

 この一週間の備忘録として、印象に残ったこと。

 月曜日の夜は歓送迎会があり、少し酔って最高幹部に対して「オレかトップに立ったら右腕になって頑張ってもらうから」と冗談でいったのだが、周囲はかなり驚いていた。翌朝、その記憶が再生され、やばかったかなと反省?する。

 水曜日はDVD「ハプニング」を鑑賞。シックスセンスの監督作品たが、どうもパッとしない。植物が自己防衛の為、人間を攻撃するというくだりがあったので、我が家の鑑賞植物に目が行ってしまった。

 木曜日は、会議で他のセクションの原稿チェック。どうも、人の一生懸命書いたものを直させるのは気が引ける。仕事だから完璧性を求めるのは当然なのたが、多少曖昧な部分があっても、ポイントが伝われば良いのではと思うのは、僕のてきとうな性格ゆえか。 

 金曜日は、管理職のグループで中華料理屋での飲み会。餃子を大量に食べてしまう。周囲から日頃の僕の言動について様々な批判が出て、窮地に追い込まれる。月曜日の飲み会でも、僕がトイレから戻ると、皆が新人職員は全員、まず僕の部下になるべきと盛り上がっていやがったなぁ(反面教師として....)。.

Cimg2040

 土曜日は、紅葉を観にいった。これで3週連続だ。我が人生でこれほど、紅葉を観に行ったことはない。

 6時半にレンタカーで、昭和記念公園に出発。天気Cimg2032は曇り。

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  7時半に着いたが、公園の開園はなんと9時半であ った。仕方なく、月曜に行った大学の紅葉が綺麗だったので、奥さんに見せようと向かうことにした。

  大学に着いて守衛さんに断って、構内に駐車させて頂く。数日たって葉が少なくなったようだし、曇った天気であったが、紅い葉と水面と樹木とのコントラストが素晴らしかった。

                  

 そして、9時45分に昭和記念公園に戻る。やはり曇ったまま。Cimg2058

 かなり広大な公園であり、いたるところに紅葉が見られる。なかでも日本庭園は趣きがあって、良い雰囲気Cimg2072だ。

 

  一瞬だけ晴れ間が出た。Cimg2065 

 しかし、すぐ本格的な雨となり、ずぶぬれになりながら、強風にあおられつつ、長い道のりを通って駐車場に向かったのであった。 Cimg2092

 なぜ、そんなに紅葉を観にいくのかと人は聞く。

 紅葉を見続けるために、この3週間の週末をレンタカーで700キロ走った。そこまでするかといわれれば、そのとおりなんだけど、僕はなぜ、紅葉の時期に家にいてテレビを観たり、近所のイオンで時間を潰すのかとたずねる。

 これまで週末は家でゆっくりして、カラダを休めるべきと思い続けてきたが、どうも違うことに気づいた。週末こそ、リフレッシュするために、いきいきとした時間を過ごすべなのだと。自然に触れろ、カラダを動かせ、感動しろ、学べ!なのだ。

 

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