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2012年10月

2012年10月28日 (日)

レンタカー故障! 焦る!

今週のトピックスを備忘録的に書いておこう。

 柔術

  日曜日は柔術の稽古に行った。発見があったのは、相手を倒す技で力を入れては相手も抵抗し簡単には倒れない。相手を愛する気持ちを持って、相手を下ろすと倒れる。しかし、愛そうとしても実際にはなかなか難しいものだ。

 そこで、先生は子どもの気持ちに戻りなさい、デパートのオモチャ売り場で駄々をこねる子どものように「イヤダ、イヤダ」と叫んでから、やってみなさいとおっしゃった。僕と組んだのは巨体のおじさんで、僕を倒すことができなかったが、道場に響く大声で「イヤダ、イヤタ゛、イヤダァー!!」と叫び、僕のことを引張ったら、何の抵抗もできないままストレートに崩されてしまったのだ。驚いた。次に僕も同じように叫び(しかし、おじさんほど100%なりきることはできなかったが)、おじさんの首をおろしたら、いとも簡単に倒れた。

 子どものこころだと、相手が自然に倒れてしまう.....。これは、ひよっとすると宇城憲治氏の「子どもにできて、大人にできないこと」という本の中で、大人同士で押し合っても倒れないが、幼児が大人を押すと簡単に倒れたり、子どもを抱いて押すと倒れるというのがあったが、それに通ずる原理なのかもしれないと思った。

 また、体技では正拳で突いてきた相手の前面に入って、腕を相手の首に巻きつけ倒すという技を稽古した。相手が本気で突いてくればくるほど、ついついこちらも攻撃心が起こり、ラリアットのように直進的に力を入れて首を狙うことになってしまう。先生からは、倒そうとしないで、無抵抗(時代劇で農民が、お代官様お許し下せぇというイメージ?)の気持ちで行くようにと言われたので、おでぇかんさまおゆるしくだせぇと唱えながら、攻撃してきた相手に向かうと、劇的に自然な倒し方ができた。これも不思議であった。

 しかし(;д;)、8月に久々のベンチプレス挑戦をして痛めた左肩が、今回のラリアット攻撃数発でミシミシと唸り、痛めてしまったのであった。数日後、整形外科に行ったら骨に異常はないが、腱板損傷というものらしい。これは長引くよと医師から言われ、自重しなければと思ったのであった。

 飲み会

 火曜日には、職場の係長が入院中のため、お見舞いに行った帰りに、飯田橋で飲む。神楽坂付近の感じのいい店で、日本酒飲みくらべセット6種類を頼み、酔っ払ってしまった。翌日は浅草観音裏の最古の飲み屋といわれる「さくま」に仲の良い管理職5名で行った。3時間半ほどの飲み会であったが、内容は仕事の話は殆どなくて、くだらない会話のオンパレードで、まるで中学生の飲み会のようであった。最後は、みんな下らぬ話に笑い疲れて、虚脱状態であった。この集いは恒例行事であり、いつもは女性管理職もメンバーでいたのだが、今回は男のディープな会にしようと女人禁制にしたのが、間違いであった。もうこの5人だけで飲むことは二度となし !"と幹事の僕が宣言して、おしまいとなったのである。

 

 レンタカ-のトラブルで気系統ストップ! ETCで恥をかく!

 ここんとこ、ずっと鼻風邪をひいて、辛い。しかし、せっかくの休日を家でダラダラしているのも精神衛生上よくないと思い、母とその友人、姪とまもなく2歳の子どもと四人で、ドライブに行くことになった。

 僕は朝から鼻かぜと睡眠不足で体調が悪くて、このまま運転できるのだろうかと不安がよぎった。もし、高速道路で発熱状態となったら、誰も免許がないので、ボーッとしたまま、僕が運転するのかといった不安である。でも、なんとか調子も戻り、支障なく運転できた。しかし、2525レンタカーで借りたカローラの調子が悪く、高速道路で何度もナビが切れ、再起動をするので、ナビが壊れていると思っていたら、トンデモナイ。クルマの電計系統切れてしまい、数秒後に復活していたのだ。

Cimg1765  それに気づいたのは、武道の神様鹿島神宮に参拝したときであり、信号待ちしているときに何回かエンジンストップするので気づいたのだ。普通に走っている限りは影響がないので、気をつけて走るようにした。

 その後、新たなトラブルが発生した。香取神宮、日帰り温泉に行くのに、高速道路のETC入口に入ったら、バーが開かずにクルマのサイドミラーにぶつかって、直進してしまった。低速走行だったから良かったが、その際データの読み取り音もなく、これは故障しているかと不安になった。やがてETC出口にクルマを進めたときには、念のため開閉バー直前で止まれる速度にしていたが、それが正解であった。やはりバーは開かずに、スピーカーから係員の声で、読み取れないので、バーを開けるからすぐ脇に寄せなさいと指示される。

 行きの首都高速から鹿島まではETCが使えたのに、どうしたことか。夕方になって東京へ帰るため、再度ETC入口にトライしたが、やはり失敗!! 後続のクルマが数台止まってしまい、バツが悪かった。開閉パーのスピーカーからは、読み取れないのでクルマを降りて、後ろから発券するので取るように指示された。

 慌ててシートベルトをはずし、ドアを開けて、後続のクルマに向かって歩いていったら、運転席と助手席の男性二人が、驚いた顔をして僕を見ていた。あなたたちには何もしません、ただ、隣の発券機から舌を出すように垂れ下がっている通行券をとりにきたのです。

 いろいろあったが、何とか無事にレンタカー屋に辿りつくことができた。早速、店員に大変だったと苦情をいうと、責任者を呼んで来たので、また説明する。責任者は半信半疑っぽかったが、一応ETCカードを装着したりしている。そんなことをしても無駄なんだよ。カードデータは読み取っているけど、それを発信しないんだよと言っても、よくわからない様子。しばらく、点検作業をみていたが、ラチがあきそうもなく、僕はクレーマーと思われつつあると感じたので、とりあえずは無事に帰れたからいいけど、次にこのクルマに乗る人は大変だから、きちんと直すように言って、みんなの待つ居酒屋に向かっていったのであった。

 親父

 神宮参拝、日帰り温泉からの帰宅途中に親父のいる特養があるので寄ってみた。約10年程前、親父は脳出血で脳の一部を切り取り、東大病院医師からは死か寝たきりと言われ、絶望的状況にもかかわらず奇跡の復活をした男だ。母の友人とは20年ぶりくらいに会ったのたが、あった途端に「○中さん!」とわかっていたので、一同は驚き、感動したのであった。

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2012年10月20日 (土)

今週の雑記と「高倉健インタヴューズ」

 そうかぁ、善光寺参拝に行ってから一週間経ったのかぁ。今週は早かったな。葬儀や仕事がたて込んでいて、あっという間に一週間が過ぎた。

 月曜は親戚の叔父(100歳!)のお通夜だった。お坊さん二人で読経してくださったのはいいが、どうもお二人の気があっておらず、しかもお経に心がついていっていない感じがした。頭巾をかぶって、立派な袈裟を羽織っていらっしゃったが、お二人が葬儀の場を離れて、家庭や飲み屋でのどんな格好をしているか、立ち振舞いはこんな感じかもという妄想が浮かんできて、困ってしまった。

 最近は、親戚の主要メンバーも高齢化してきており、病気、身体の不調などの、比較的明るくない話題が中心となっていた。かくいう私も、親戚の中では子どもグループに属している気がしていたのだが、どうやら中堅となってきていることを自覚した。

 火曜から金曜までは仕事も大詰めで、色々と冷や汗を書く。普段はえらそうに、合気道だ、宇宙だ(余り言わないか)とブログに書いている私だが、仕事で失敗しないようにと過敏気味になっているようでは、まだまだ修業が足りないのだ。

 最終日の委員会で、廊下から大声でわめく男性の声が聞こえてきた。今にも会議室に入ってきそうな勢いであった。外部から乱入?してきた人物のようである。なんとか収束てきたようだが、会議終了後に委員会担当の係長から、今後の会議では私に扉付近の席に座ってもらいたいと言われた。危機管理は若い担当たちが対応すればいいではないかと思ったし、たいして強くもないのだが、私を勝手に武闘派だと勘違いしているようであった。まぁ、実際、廊下から大声が聞こえてきてから、ある種のシュミレーションを会議中に妄想していたのは事実であるのだが。

 あとそうだ!思い出した! 職場の有志たちと打上げをしたのだが、大人しいメンバーが殆どであり、私も酔いが廻ったこともあり、盛り上げようとして、先月のトイレ非常ボタン逃亡事件をカミングアウトしてしまったのだ。それを聞いた部下たちの反応は................(;д;)

 さて、今朝は久々にゆっくりと読書三昧した。数冊読んだが、なかでも「高倉健インタヴューズ」(プレジデント社)は良かった。高倉健という人物の魅力がひしひしと伝わってきた。特に印象に残ったのは、あとがきに書いてあった、ある上場企業経営者の話だ。

 彼は大学時代にRKB毎日でADのバイトをしていた。健さんを迎えに行けと指示され、ホテルに行くとエレベーターから出てきた健さんが、そばにきて「高倉です。よろしくお願いします」と不動の姿勢(直角)でお辞儀をしてきた。

 衝撃でしたねぇ。世の中には立派な大人がいるんだと思った。だって、はたちかそこらの何にもわからないガキに対して、最敬礼して、ちゃんと尊重してくれる。そんな人いないですよ。僕らバイトは死ぬ気で働きました。バイト仲間とはあの頃、「大人になったら高倉健みたいになりたい」と話しました、いつの日か、立派な大人になるんだ、と。

 後に、彼は就職し、冷遇され苦労しながらも、怒りをコントロールすることが立派な大人になることだと思い、悪口を言わず、人と会えば最敬礼することにした、年下のバイトにも優しく接した、やがて彼は認められ、立派な経営者となった。

 現在、こうしてPCに向かっいつつ、テレビを観るとNHKで「プロフェッショナル高倉健」を放映中である。健さんの優しさと孤独、品格がテレビ電波に乗っている。私もこんな大人になりたいと思った。もうかなりの大人の年齢なのだけど.....。

 ※午前中に「高倉健インタヴューズ」を読み終えて、まどろんでいたら、私の中学卒業時の寄書きに担任だった田中先生から「君はユニークだけど、真面目に生きてください」というメッセージを書かれたことを不意に思い出したのであった。

 ※高校時代にレコードが擦り切れるほど聴いた下田逸郎の「銀の魚」が、やっとオークションで手に入った。今日、数十年ぶりに聴いてみて、涙涙涙(。>0<。)

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2012年10月15日 (月)

皆神神社の不思議 (善光寺参拝の奇跡②)

善光寺参りの疲れを残しつつも、今日も慌しい一日であった。今日は親戚の叔父さんのお通夜のため、仕事を無理矢理に早めに切り上げて、葬祭場に向かった。叔父さんは100歳の大往生のため、しんみりとした雰囲気は余りなくて、淡々とセレモニーの時間が過ぎていった印象だった。お清めをした後、帰宅して飲み直しつつ、こうしてインターネットで昨夜の続きの皆神神社を調べ、ブログの続きを書いている...................Cimg1733

  皆神神社については、昨日の朝にパッと検索して出てきた神社であり、まったく知らなかったのだが、実際に出口王仁三郎の碑を見て驚いた。そして、更なる驚きは帰宅してインターネットで調べてみて、神社が「太古に作られた世界最大のピラミッド」、「宇宙空間への航行基地として造られた」という説を発見し、腰を抜かした。(゚д゚;)

 これはまたもやトンデモ世界のスポットかと思いきや、正式名が「熊野出速雄神社」と言って、本殿は室町時代のもので長野県指定県宝という由緒正しき神社なのだ。

 そして、調べて驚いたが、皆神山は、1965年(昭和40 年)8月3日から約5年半もの間続いた、世界的にも稀な長期間にわたる松代群発地震の震源地のほぼ中心であったこと。群発地震の際には、戦時中に掘られた皆神山付近の地下壕跡を利用して 気象庁が地震観測所を設置し、詳細な観測が行われた。現在も、松代地震センターが設置されている。

 そしてそして昨日、皆神神社に行ったときは気づかなかったが、ネットでわかったのは参拝者駐車場にこう書かれているそうだ!!!

 世界最大で最古の皆神山ピラミッド
 
◎皆神山の造山方法はエジプトのピラミッドのように人の労力ではなく初歩的な重力制御技法(部分的干渉波動の抑圧)により、当時長野盆地が遊水湖沼(最後のウルム氷期の終末期で東・南信の氷解水による)となっておりその岸のゴロタ石等堆積土砂石を浮遊させ空間移動させるといったダイナミックな方法でした。(従って現在でも皆神山山塊だけが非常に軽く負の重力異常塊となっています。)
 
Photo ◎この皆神山の盛土的山塊が自重により不均衡凝縮=ねじれ摩擦現象=起電=電流発生といったダイナモ機能山塊となり、電磁波が生じ、この磁力と重力制御(反重力)により物体(電磁反発飛昇体)が垂直に離着陸するようになったのです。古文書に出てくる<天の羅摩船>等がこの飛行体です。

さらに!!!!

 謎の皆神山ピラミッド物語

◎皆神山は,古い古墳時代や弥生時代更に遡っての縄文時代やエジプト,インダス,黄河,シュメール各文明よりずっと古い、今から2~3万年前(浅間山、焼岳ができたころ、飯代、妙高、富士は約九万年前)の超太古とのいうべき遠い旧石器の時代に造られました。(人工造山=ピラミッド,ピラミッドはギリシャ語源で三角型のパンの意。)
 
◎この皆神山を造った人間は、古事記に出てくる須左之男命(自然主義的な科学技術者の集団の総称)で現代科学とは全く異質ではるかに優れた高い知的能力をもつ人類でした。(旧人ネアンデルタール人系)
 
◎では、何のために造ったかというと,墳墓ではなく地球上の各地や,宇宙空間への航行基地として造られたのです。

......................... (;;;´Д`).Cimg1730_4

. もう皆神神社についてのコメントは差し控えるが、面白い。ホントに面白かった。

 神社のある皆神山頂も、見晴らし良くて、大変に素晴らしかったなぁ。

  まずいっ!! 飲みながら書いているので、酒量がわからなくなってきているが、あとひとつだけは書いておこう。

 皆神神社参拝後に松代地下大本営に見学に行ってきた。太平洋戦争末期、国家中枢機能移転のために長野県松代町などの山中に掘られた地下坑道跡である。その悲惨な史実については、web公開されているので、ここでは触れないでおこう。

 (地下壕で強制的に作業させられた方々の苦痛を思うと、本当に現在の自分の悩みや不満などが逆に幸せボケしているように見える。)

 Cimg1745 さて、この地下壕は暗く、寒く、足元はジャリ道のために、85歳、79Cimg1757歳、75歳のご婦人方を 引率している立場としては、万が一、転倒でもされたら大変ということで、ボランティアガイドさんの説明もきちんと聞けぬまま、安全安全と唱えながら、彼女らの脇にいた。幸い、無事に1kmの見学コースを終えられてホットしたのであった。

 

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2012年10月14日 (日)

善光寺参拝の奇跡!

 ここ数年、毎年善光寺参りに母と親戚とレンタカーを借りて、一泊二日で行っている。今年は大人8名、乳幼児1名の9名となり、レンタカーワゴンでは最大級のハイエースグランドキャビン10人乗りを借りて、昨日今日と行ってきた。

 そして今日いろいろあって、帰宅したのが今から2時間前の午後9時過ぎだ。帰宅後に焼酎サワーとワインを飲んでほろ酔い気分で、今日行った場所についてネットで調べていたら、吹っ飛んだ。もう、いてもたってもいられずに、こうしてPCに向かっているのだ。多少、酔っていても、一生懸命に間違えないように、頑張る私。

 まず、旅の簡単なメモから。.....

Cimg1693  昨日は、朝8時半に浅草を出発し、昼に小布施Cimg1704で栗こばんご膳を頂いた。30分ほど待ったけど、取れたての栗がとても美味しかった。

 宿の北志賀高原には、3時過ぎに着いた。露天風呂ひとり貸切状態で、自然の中で源泉につかって、贅沢な気分であった。

 露天風呂はホテル敷地内だが、本館から歩いて1分ほどの距離にある。僕と奥さんとで男女露天風呂は独占状態だったので、入浴しながら会話していた。そして露天風呂を出て、敷地内を歩いていたら、本館の窓にまもなく2歳になる甥のえい太が、3階の窓から僕たちを見ていると奥さんが言った。確かに人の頭らしきものが見えたので手を振った。しかし、反応がない。

  何度も手をふっても無反応なので、より近づいて手を振ってみた。すると頭らしきものは反転し、白くなった........。なんのことはない、白髪の男性を乳幼児のえい太と思い込み、手を振り続けていたのだった。.......おじいさん、混乱させてごめんなさい! (^-^;

 さて、夕食はバラエティーに富み、なかなかよろしかったし、二次会は85歳、79歳(来月傘寿)、76歳の三人熟女部屋に集い、ビールやら日本酒、サワーでダラダラしていた。しかし、ある親戚の悪口が中心になった途端、皆がお酒のピッチが上がり、最高年齢の親戚はもう酒はいらないと言っていたのに、スイッチが入って62歳男性親戚にビールを注げとコップを差し出し始めたのであった。やはり、飲み会にはヒールとなる存在が必要なのであろうか。

 それにしても、僕の母は来月80歳だというのに、かなりビールを朝から夜までグイグイのみ続け、二次会ではおにぎり2個を食べていた。なっ、なんなんだ!!あなたは!!

 今朝は早くから目が覚めてしまい、早朝に温泉入浴、冷水かぶりをしてから、ロビーで善光寺参り後の予定をどうしたものかとインターネットで調べてみた。「長野、パワースポット」と検索したら、皆神山神社というのが、善光寺から近いので行くことにした。

 無事に善光寺詣でを済ませ、皆神神社に向かった。ナビのとおり行ったら、かなり狭いあぜ道を通るはめになり、奥さんが道から落ちたぁ!と叫び、一同を恐怖のドン底に落としかけたので、そんなことはないとたしなめた。しかし、なんのことはないちゃんと通れる道があったのだが、ナビがいい加減な指示を出したのであった。

Cimg1732  皆神神社は驚きの神社であった。そには大本教の出口王仁三郎の碑があり、このように刻まれていた。「地質学上 世界の中心山脈の十字形せる珍の神山 天霊の聖地にも些しも違はざる 尊き神山 皆神の山」。 出口王仁三郎といえば、合気道創始者である植芝盛平の宗教的な師匠であり、多大な影響を与えた人物である。

 そして、より凄いビックリは、神社の看板に書かれている「この神社は地球上の各地や,宇宙空間への航行基地として造られたのです。」という文章である。.........

 ア-しかし、もう、二日間の長距離ドライブと、ツアコンとしての疲労と、ほろ酔いのため、これ以上は書けませんので、次の機会にということでおやすみなさい.......................

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2012年10月 6日 (土)

アウトレイジ ビヨンド

 今日は奥さんが新宿に買物に行ったので、ひとりで家でボーッといると来週からの仕事の準備しなくていいのか! という自責の念にかられるので、逃げるように本日公開の「アウトレイジ ビヨンド」を観に行って来た。

Photo  今週は「キングオブキングス」を観て、キリストの「山上の垂訓」に感銘したとブログで書いたばかりだが、今日の午後は、まるっきり対極にある全員悪人、復讐、殺人、裏切りといった救いよう無しの映画を観てきてしまった。

 前作が公開されたときは、北野作品の露悪的で残虐な部分が嫌で関心を示さなかったが、少し前になぜか観たくなり、DVDを借りてきて、はまってしまった。

 「アウトレイジ ビヨンド」。これは面白い映画だ。上映中になんでオレはこんなにワクワクしてこの暗い映画を観ているのだろうと自問自答してしまった。よく観るハリウッドのアクション大作もドキドキワクワクするが、それ以上に今日の映画は身体のより深いところからのワクワク感があったのだ。

 出る役者たちは大物揃いで、スクリーンに映し出される人相の悪い彼らの演技を観ながら、みんな良い顔しているなぁと思ってしまった。みんな悪の世界に入り込んでいるのだが、奴らの貪欲なまでの生きるエネルギーが顔から、声から、全身から噴出している。

 あのエネルギーが、善い方向に使われた凄いだろうと思う。イエスキリストは罪深い人間を救うために、この世に遣わされたらしいが、そういえば、キリスト教には元ヤクザの信者や牧師が多数いるとも聞く。

 マンガチックなほどに悪を描き出したこの映画が、人間の業深さと脆さを強調することになって、逆に希望と救いについて考えさせられる結果となった。 そして浮かんできたのが、聖書にある「柔和な人達は、幸いである、彼らは地を受け継ぐであろう」というイエスの言葉である。

 僕の「柔和」に対するイメージは優しいが少し弱々しい感じがしていたが、それは誤りだと気づいた。柔和とは、縁側で日向ぼっこしてニコニコしていることだけではなく、実は力強い鋼鉄のような愛であり、誠意、優しさなのではないだろうか。力が入らぬ腑抜けた状態を柔和とはいわない。

 その柔和のモデルとなる人物をあげるとすれば、マザー・テレサであろう。インドで多くの貧しく、病気の人々に救いの手を支えた彼女は、単なる優しい慈善家ではなく、ある意味では信仰に対しての頑固さがあり、戦闘者でもあったように思える。彼女の笑顔、奉仕、祈る姿は、キリストの言われる柔和そのものではないだろうか。

 ではどうしたら柔和になれるか。なろうと思ったり、獲得しようとする意識では無理であろう。多分、それは結果である。マザー・テレサは強い信仰をもっていたからこそ、その結果として柔和に成っていったのではないか。

 ただ、愛しましょう。絆を深めましょうといっても、言葉の世界で遊ぶことになりかねない。高浜虚子に「去年今年貫く棒の如きもの」という句があるが、信仰でも、誰かに対する愛情でも、哲学でもいい。何か、時空を貫く棒の如き熱い何かが、これからの時代を生き抜くには大切なことなんだよと自分に言い聞かせる。現在のような、うわっすべりの日本と日本人、そして自分自身に対して、この映画は「あんたたち、どうなんなんだよ !」 と、刃を突きつけて問いかけてしてくるようである。

 全員悪人の「アウトレイジ ビヨンド」のことを書くつもりが、まさかこんな展開になるとは思ってもみなかったが(;゚∇゚)。

 確かにこの映画にはまともな人間は出てこない。でも、まともな人間って?自分は?...。悪人とまではいかなくても、他人から悪く思われたくないし、拒絶もされたくないし、できれば好かれていたい....そんな他人の眼や評価に踊らされているのが実状かもしれない。

 観終わってから、もう自分への変なこだわりはやめて、みんなと仲良くしていこう、ケチケチするのはやめようと思ったのだった。

 面白い映画であった。 

 ※北野武演じる大友は、静かで凄みがある主人公です。ちなみに以前のブログで書きましたが、僕はビートたけしの頭をひっぱたいたことがあって、それが唯一の自慢かもしれません(゚ー゚;

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キングオブキングス

今週は仕事が忙しく、合気道の稽古には行けていない。遅めの食事をとりつつ、一杯やりながら、保江邦夫先生のキリスト活人術のきっかけとなった映画「キングオブキングス」を数日に分けて鑑賞した。

 「キングオブキングス」.......キリストの生涯を描いた作品。。保江先生がご覧になったのは1927年のセシル・B・デミル監督のものと思えるが、あいにくツタヤには1961年のリメイクしかなかったので、それを鑑賞した。

 映画では先生が感銘を受けたというシーンが再現されていた。町で人々を殴り倒している暴漢が、キリストに襲いかかったが、キリストは優しく暴漢を抱擁すると、暴漢はそのまま膝から崩れ落ち、倒されながらも、幸せそうな赤子のように微笑みながら、キリストにキスするのだ。

 これが活人術の原点なのか...........。キリスト活人術という言葉を知ったときには、キリストの愛を基本にしながら、攻撃してくる相手を倒す体術のイメージをもっていたのだが、体術を愛で操作するというのではなく、術、技法をひとまず忘れ、相手を包み込む愛が大切で、基本なのだと気づかされた。

 そして、この映画を観て思ったのは、キリストの「山上の垂訓」の教えの素晴らしさだ。今まで、イエスの生涯や、弟子たちの姿を描いたキリスト作品を多く見てきたし、キリスト教関連の書籍はかなりの量を読んできた。

 しかし、「敵を愛し、あなた方を憎む者に親切にしなさい」という言葉を知っていたが、どうも道徳的な理解の範囲を超えることはなかった。最近、保江先生や武術を通して、愛ということがいかにリアルなパワーを持ち、現実世界に影響を与えるかが、ほんの少しだけどわかった気がした。いや、愛の力を利用しようとした時点で、それは愛ではなく、道具となってしまう。まず、愛がはじめであり、さいごでもあるのだ。

 きっとキリストの言葉は、真実を語っているのだけど、教訓的だったり、比喩だと解釈しがちになっていたようだ。それが、言葉の力を捻じ曲げ、弱くしてしまう。

 「からし種ほどの信仰があれば、山を動かすこともできる」とイエスは説かれた。信じるということは力であり、その威力は想像を絶するものなのであろう。

 敵を愛すということはなかなか難しい。自分の思いだけで、エゴ意識や性格を、愛に満ちたものへ変えていくことは至難の業であろう。

 だからこそ、相手がいて、何とその相手が自分を攻撃してくるというシチュエーションの合気道、柔術がきっかけを与えてくれるのではないか。相手に怯えず、憎まず、愛によって攻撃してきた相手と一体化し、相手が倒されながらも苦痛ではなく、悦びを感じるといった体験をして、自分自身を純化する鍛錬ができるのだ。  

  それはそうと、数日前に不思議な出来事があった。

 保江先生の「愛の宇宙方程式」を丸の内丸善で買うと、講演会チケットをもらえるので、2冊購入して、その日の夜に会った友人のTさんに1冊貸してあげた。

 その数日後にTさんからメールがきて、武道には興味のないはずの彼の奥さんが、丸の内丸善で偶然「愛の宇宙方程式」を見つけて、Tさんが興味ありそうと思ったので、買ってきたとのこと。講演会チケットも付いて。

 シンクロニシティが発動したようである。

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