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2012年9月

2012年9月30日 (日)

宇宙船のはなし

 明日から仕事で色々な委員会に出ることになるので、今日は資料に眼を通していた。しかし、せっかくの日曜日なのにずっとお仕事では、精神衛生上よろしくないので、一段落ついてから、数日前からずっとひっかかっていた保江先生の新刊に書かれていた「合気上げ=UFO操作術」について、考えてみた。

 なんかトンデモの世界に入っちまったよなぁと、先生の理論に少々あきれつつも、それについて考え、調べてしまう俺自身もナンなんだ!! と我ながらあきれてしまうが。

 調べるといっても、たいそれたUFO文献ではなく(そもそも持っていない)、夕方の入浴前にバシャールの本なら蔵書にあるので、何冊かを調べてみると、それらしきものを発見した。

 それによると、宇宙船というのは共鳴で動くらしい。宇宙船はバシャールたちの意識の拡張部分であり、意識の焦点を合わせ、長い距離を瞬時に移動する。もし、人間が彼らと同じ振動数をもっていれば、乗船することは可能らしい。

 低い振動数の人は非力、怖れ、罰といった悲観的傾向があり、一方、高い振動数の人は、バランス、自由、誠実、選択、責任に関連した信念を持ち、楽観的傾向があるという。

 高い振動数を持った人が、さらに拡大し、ポジティヴな変化を望むときは、シンクロニシティや、ミラクル、マジックのようなかたちで変化を体験する傾向があるらしい。

 バシャールの本を読んだ限りでは、UFOは乗組員の意識と密接につながっており、単なる操縦技術だけでは動かせないようだ。そう考えると保江先生の愛の意識をもって、他者を動かす武道の術が、UFO操作に繋がるというのも在り得るということになる。

 ................こう書きながら、自分自身がトンデモ系のあちらの世界に行ってしまっているような羞恥心のようなものが、生じてきているのだが、それも低い振動数ゆえなのだろうか。

 僕にとっては、バシャールが実在する宇宙人だろうと、チャネラーが創り上げた幻像だとしても、どちらでもいいのだ。宇宙人をニセモノ、まがい物というのは極めて簡単にできるし、そうなのかもしれない。

 でも、地球上の全人類が宇宙人、UFOを否定し、やがて宇宙人の存在の痕跡(書籍や、研究者たち)も消えうせ、だた単に映画やコミックで宇宙人を地球侵略する化け物としか扱わなくなった世界は、どうもパサパサとして、夢や神秘さがあったりする愉快な世界ではないようだ。

 現在、台風が本州を横断中だが、こうしてテレビでリアルタイムに鮮明なカラー映像を家庭で見ていることを、100年前の殆どの人たちは理解できなかっただろう。台風に荒れる串本の海の画を、東京まで運ぶことなく、どうして、瞬時に遠距離の家庭で再生することができるのか理解できまい。

 僕たちもあと100年した人類を想像するのは難しい。現代の科学、常識がどこまで通用して、どのような新しい発見があるのかは未知の領域だ。消えた年金問題や、尖閣諸島、自民党と民主党、熱中症対策や新しいアップル社の新製品のことなど、どうなっているのだろうか。少なくとも、現在のニュースで取り上げている内容が維持、補強されるのではなく、想定外の展開となっているはずだと、殆どの人は思うことだろう。

 世間に向けて、想定外の新たな領域を伝える者は、バカにされ、非難されることになる。UFOのことをしばらく黙っていれば余計な波風は立たないのに、敢えて本に書いてしまった保江先生の勇気と無邪気さに乾杯 ! !

    ※正直言うと、僕の方はこのブログに、UFOとか宇宙人のことを書くのは、まだ抵抗あるんだけどなぁ(-ε-)

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2012年9月29日 (土)

トイレ事件その後と、UFO

 昨日は仕事していたらS女史が僕のデスクに、ご報告がありますとやってきた。突然どうしたんだろうと思って聞いてみると、水曜日のトイレ非常ブザー事件に関連しているらしい。

 事件が起こってから、その顛末を誰かに話したい衝動に僕は駆られていた。しかし、「口は災いの元」と昔から言われているように、うっかり誰かに内緒だけどと話してしまっては、取り返しのつかないことになりかねない。しかし、誰かに無性に話したい。もう限界だぁ。....ということでその日の夕方に、同じフロアにいて信用度が高いSさんを、わざわざ事件内容が周囲に洩れないようにと廊下に連れ出して、顛末を一気に喋ったのであった。

 「今日、若い男性職員がトイレでボタン間違えて押してしまいましたと、総務に報告にきたのを目撃しました...........」。僕は、不意を突かれた様に、Sさんに返す言葉を失っていた。数日の違いで両極端な姿が露出されたのだ。事態を隠蔽、逃走して、罪のない男性を犯人に仕立てあげた中年男と、自らの間違いを素直に認めて、己の犯した罪を正直に告白した爽やかな青年....................。

  話を変えよう(汗)。一昨日発売された保江邦夫先生の「愛の宇宙方程式」を丸の内丸善でBook070購入した。ここで買うと10月にある保江先生の講演会の入場券がもらえるので、職場から合気道稽古に行く途中に寄り道したのである。われながら、この歳になっても好奇心が強く、未知の真理を知りたいという欲求は高いため、見知らぬ世界や人物だとしても、一歩踏み込んで体験し、理解したいと決断するのだ。

 購入した先生の新刊を一気に読んだ。殆どの内容は既刊の著作に書かれているようだが、最後の部分のUFOのくだりと、宇宙方程式は新しい内容であった。先生の本を読んだことのない人には、ダイジェスト的なところがあり、おすすめできる(しかし、UFOの部分はぶっ飛んでしまうかもしれないが)。

 一見、保江先生もとうとう、あちらの世界に行ってしまったのかと思われても、仕方ないふしもあるのだが、先生の歩まれた人生の軌跡や、探究心とユーモアに溢れた人間的魅力、そして何よりも高名な物理学者であるという客観的事実が、トンデモ系と言い切れず、むしろ真実なのかも知れないかもねと思ってしまうのだ。

 かくいう僕も、大学生の頃からアダムスキーの著作を愛読し、現在も宇宙人バシャールの本などを購入しており、宇宙人の存在をかなり信じているのである。さき程のトイレ事件を職場で唯一報告したS女史との初めての出会いも10年くらい前の飲み会で、僕が昇進面接を受けたときに、その待合室で宇宙人バシャールの質疑応答集を読んでいて、その後の面接応答に備えたという話題をしていたと記憶している(なぜかそのときも手元にバシャール本があり、実際に彼女にみせた記憶有)。

 この宇宙すべてが愛でできている。先生のおっしゃるとおりだと思う。でも、戦争や破壊、狂気に満ちた残忍な人類の歴史も愛のひとつだとは、頭でわかっても心が受け入れられない。.......と書きながら気づいた。心がわかっていても、そんなことはない!と頭が拒否し、理解できないのかも知れないと。  

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2012年9月26日 (水)

トイレ、非常ボタン間違って押して逃走!!!

今朝、私は間違いをおかしてしまった。なかなか人様には言えない間違いである。

この罪に苛まれている私は、帰宅してから酎ハイと冷酒をのんで、この苦しみと別れようとしたのだが、酔えば酔うほど自責の念が強くなってきた。

 最近はブログについては週末か休日の朝の酔っていない状態で更新することが多くなっているのだが、現在は酔ってしまいつつも、何とかこのブログで皆様に懺悔して、心の平安を得ようと思うのだ。

 さて、本題に入ろう。キーボードを打つ手が酔っていて、心もとないが一生懸命打とう。奥さんはしらふの時に書けというが、しらふでは書けない内容なのだ。だから、私は打つ。現在、キーボードと格闘しながら....(/□≦、)

 今日は大事なことを審議する委員会があった。私は関係者として呼ばれていた。しかし、昨夜も飲まないつもりが、一杯のはずのレモンサワーを数杯のんでしまった。そのせいか10時からの委員会の直前20分前に、私は大がしたくなり、トイレに入った。

Canstock0622101  トイレットペーパーが三角に折ってある、清掃したばかりの便器に座って、やるべきことをやっていた。しぱらくすると、隣の個室にも、緊迫感がある男性が用を足しに入ってきた。個室は二つである。

 私は委員会開始直前のため、慌てて事後処理をして最終段階のスボンのベルトを締めた。そして、急いで洗浄ボタンを押した。.....しかし.......押したと思ったら、そこには「非常ボタン」と書かれていた。

  すぐに何とか対処しようと自覚した1.5秒後には、大きなブザー音が鳴り響いた。フロアに鳴り響く大音響である。フロアには200人近くもの職員がいるのだ。条件反射的に私は急いで、手を0.5秒で洗い、そのまま廊下に出た。

 そのまま総務課に自首して、警備室に連絡してもらうという選択が浮かんのだが....。しかし、普段偉そうな態度でいる私が、トイレで大をして、間違って非常ボタンを押して、フロア中に響くブザーを鳴らしてしまったとなると、これは瞬く間に組織中に広まり、私が定年退職するまで噂を引きづることになるだろうと2秒ほどで判断した。

 逃げろ! そのまま逃走せよ!!   ここに留まっては皆の笑い者になるだけぞよ!!

 私は現場から逃げるようにしてトイレ前の階段を下りて、階下フロアに向かった。逃避した階下の3階の廊下を歩きながら、強迫神経症的に様々な不安妄想が生じてきた。

 「もし、誰かに目撃されていたら、ブザー鳴らして逃げた管理職としてみんなの噂になってしまう!! もう誰からもバカにされちゃう!」

  「こんなアホらしい間違いおかすなんてお前らしい。オレの人生はこれからもこんな恥ずかしい失敗に満ちていることだろうよ!! 情けない!!(泣) 」

  .................早足に歩きながら、多少の責任を感じた私は、元の4階に戻った。ブザーは相変わらず鳴り続けている。すると、警備員さんが1階から上がってきたので、これで事態は収束に向かうと期待できた。

 しかし、....................。

 なかなか音は鳴り止まない。仕方なく、トイレ側に近寄ってみると「大丈夫ですか!」「ご無事ですか!」という警備員さんの声が聞こえてきた。何と! 警備員さんは私の隣に入ってきた個室男性が非常ボタンを押したと判断したのだ。

 男性は多分、用を足しつつブザーが鳴り始めたが、まさかトイレの隣個室から発信されたとは思い浮かばなかっただろう。なんか、廊下の方で、うるさいブザーがなっているけど、どうしたんだろうかなと思いつつ、便座に座っていたことであろう。

 それが突然、個室ドアを激しく叩かれ、「無事ですかぁ!!」と大声出されれば、誰だってかなりビックリします。

 やがて、警備員は隣の空き個室からだと気づき、発報を解除したのでした。

 ......................あ-、申し訳ない。警備員さん、縁あって隣の便座にいらした男性よ..........。

 みなさんも気をつけてくださいね。多分、男性はしばらくの間、トイレから外の世界に出づらかったのではなかろうか......................(;д;)

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2012年9月22日 (土)

なぜ親戚と付き合う?

(゚ー゚)今日はいつもに増してトリトメのない話になりますのでご注意を!

お袋がまもなく80歳になるので、その誕生パーティー準備会をやろうという僕の提案で昨夜は珍しく男だけの親戚数人が集まり、それなりにワイワイと盛り上がった。

 しかし、途中である一言によって僕のスウィッチが入ってしまい、怒りモードで声高になってしまった場面もあった。今まで、飲み屋で大きな声を出して飲む輩たちを冷淡にみてきた僕としては、自分が当事者となってしまったので、こうして土曜朝にPCに向かって反省している.............と書こうとしたのだが。

 感情的になったことは、自分の未熟さゆえということは承知しているが、カチンときたその「一言」は、その場限りではなく、かなり昔から、僕の両親やいとこたちを巻き込んできた問題を象徴する何気ない一言であったからだ。それについては、冷静に淡々と語るべき内容ではなく、感情的でもいいから実直に話すべきことだったと思う。ただ、その内容については、ここでは触れないでおく。

 今朝は親戚ということについて、ひっかかっているので、思い向くまま書いてみよう。

 最近は、親戚付き合いがなくなってきており、また人間関係も希薄になってきたと言う声をよく聞いてきた。確かに、それはあたっているだろう。

 そして、ここ数十年、飲み屋で聞いてきた範囲では、親戚付き合いをしていても、親類間の人間関係が良好で、仲良しという事例報告では稀少であり、むしろ劣悪で、人間不信に陥るようなケースが多々見受けられる。

 太古の昔、46億年前に地球が誕生し、○○万年前に人類が誕生して、種族保存の原理が動きだし、集団的な生活様式が発展し、固定化するなかで、血のつながりは絶対的基盤となり..  ..............(゚Д゚)ハァ......などと偉そうにウンチクっぽくいうまでもなく、親族というのは、人間の暮らし、人生に大きな位置を占めてきた。

 しかし、かつて親族たちは本家中心に居住エリアを構築してきたが、今日では住居も離ればなれになり、日常的に会う機会もなくなり、経済的に豊かになった今日では食べ物を分け合う必要性もない。生活困窮者が出たら、国家の社会保障制度によって救済されるシステムが出来ている。

 親戚と共生する必然性は希薄になり、特に都市部では慶弔の機会に集う程度となってきており、結婚も披露宴をせずに二人だけとか、ごく親しい人に限定されたパーティーにする傾向もみられる。

 まずいっ!  だんだん長文になってきた。しかもえらそうに! このままだとM永さんに怒られる!(゚Д゚)

 親戚と言う関係の必然性が消え、個人的に付き合いを選択できるようになってきたならば、一番身近な親族である夫婦、親子はどうなんだろう。

 夫婦である必要性を突きつめていっても、婚姻形態がないと税控除、保証人資格、財産分与などの社会制度を円滑に活用できないからだという人もいる。じゃあ、親子は? 親子関係は自由に選択できる範囲じゃないけど、親族形態をとるのは親の子供に対する扶養義務を明確化するとともに、やはり控除や教育制度、医療控除といった社会システムが絡んでくるのか。

 親戚の話題に戻る。親戚というある種の呪縛? から開放されたことが、どれだけ幸福度に寄与しているのだろう。親類が夫婦、そして親子(子が成人すると消滅傾向にあるが)といった狭い範囲で生きていくことが、面倒くさいこともあるけどそれなりに付き合っている親戚関係よりも素晴らしいのだろうか。わからない。

 自分の選択できないもの。自分の誕生日や出生地、身長、容姿とか、兄弟や親子関係、持病、過去の出来事たちと、どう付き合っていけるかっていうのが自分の人生を豊かにしていくための大切な要素なのだと思う。

 嫌な親戚たちと無理して合う必要はないけど、それをサッと断ち切ってしまっては、修復は困難になる。時間がたてばたつほどに。

 変な例えなのだけど、日本の古典芸能や、風習などをもう時代遅れだ、不必要だと判断して切り捨てる選択は存在するし、それを行使することは簡単なことかもしれない。でも、一度断ち切ってしまえば、それらの生命の息吹は蘇ることはない、数十年たってから、リバイバルさせても、継承された実体がないために、深みや熟成が失われていることだろう。

 この世に僕自身の出生から子ども時代、そして成人した現在までを知っている人間は何人い.るだろうか。現在、付き合っている友人知人たちは、圧倒的に大人になってからであり、一部は学生時代からである。僕自身の軌跡、それを知っているのは両親、兄弟以外では親戚だけである。

 自分でも憶えていない自分が赤ちゃんでハイハイしている姿を知っている人がいる。そして逆に、僕はハイハイしていて現在は偉そうに成長した人の目撃者でもある。親戚という、自分の人間としての軌跡を見てきた存在がいることの意義は大きくはないだろうか。 

 親戚の付き合い方を選択し、消去してしまえるように思えても、親族関係は存在し続ける(戸籍上でも、事実関係的にも)。実は、かつての僕も、親戚付き合いは、偽善的なまやかしだと思っており、避けていたのだが、最近は違ってきている。

 事実をありのままに受け入れ、動かせない関係があるのならば、この人たち(色々な方がいらっしゃるが)と、紆余曲折しながらでいいから、付き合っていこうと思った。そういう思いでいたら、随分と楽になって、むしろ付き合ってみると面白くなってきた。

 まとまりのない話で終わってしまうが、なんだこいつは!とあきれることも(逆にあきれられることも)あるけど、それが僕の属している親類なのだと割り切って付き合っていこうと思ったのだった。改めて、そう思う。

 そして、こんなことを書きながら、これからツタヤで借りた全員悪人の北野武「アウトレイジ」を観るのである。

 

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2012年9月17日 (月)

「夢売るふたり」後の攻防戦

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 ボウリングで負傷した右薬指はまだ治っておらず、グーを握れない状態である。ボウリングをバンバンやっていた10代20代の頃とは、齢を重ね全く違う身体になっていることを悟ったのである。

 さて、今日はうちの奥さんの知り合いの店が、ロケで使われたというので、 阿部サダヲ、松たか子の「夢売るふたり」を観にいった。

 場内はほぼ満員に近い状態で、年齢層はかなり高めである。

 主演の二人が熱演しており、まぁだれることはなかったが、どうもわざわざ映画館に脚を運ぶべき内容かというと、そこまでではないような気もするし、だけどテレビで観るよりはやはり劇場がいいかもしれないし...と。いろいろとたて込んで、なかなか結論が出しづらい映画なのであった。

 帰りに、デパートに靴を買いに行ったら、僕が気に入ったのがあり、なんとそのサイズだけ特別価格なので、それをとりあえず保留にして、ほかの靴はどうかしらと探していた。すると、すぐにサンダル履きのオジサンがやってきて、やはり靴を物色して、僕の靴(勝手な保留状態)を眺めてから、試し履きしているではないか!"

 しばらくして、おじさんは周囲にある他の靴も見始めたので、僕は急いで保留状態の靴を手に取り、もう一足購入するつもりで、少し離れた陳列棚に移動した。すると、おじさんはまた最初の棚に戻って、保留靴と同じタイプを探していた。まるで、さっきまであったはずなのにと、あらゆる同タイプの靴を見て探しまわっているようである。かなり、何度も何度も。

010305wear226trans  多分おじさんは違う靴を買うか、あきらめて離れるだろうと思って、気にしないでいたら、かなり念入りに靴を探している様子だった。やはり保留靴を狙っていたのかと思ったのだが、おじさんが何人もの店員を連れてきて問い合わせし始めたので、それは確信へと変わっていった。マジで保留靴を欲しいのだ。

 まずい!!  実は僕は何も悪くないのだが、あれほどまでに固執して靴を探し廻っているおじさんを見ていたら、何か自分が人を傷つけてしまっているような罪悪感が生じた。そして、すでに自分が靴を確保していることを隠そうとしている。そんな自分を小心者め! 情けない男! と責めつつ、幸い?離れた陳列棚にいる僕は、保留靴を目撃されないように棚に乗っけて、他の靴たちと並べて、自分は別タイプの靴を見ていたのであった。

 しかし、だんだん、なんだか、バカバカしくなって、小走りでフロア端の会計カウンターまで行って、店員さんをせかして保留靴を正式に購入したのでした。妙にドキドキしちゃったりして。

 購入後トイレに行ってから、靴売り場を覗くとおじさんはもういなくて、男性店員2名があの陳列棚の前にいる。、まるで神隠しのように消えた靴を探しているようであった。消えたのではなく、買われていったんだけど...。

 バカバカしい話をしてしまったが、こういうときにどうしたらよかったんだろうか?

 おじさんが熱心に探しているのをみて、「すみません私が先に手をつけてますんで、あきらめてね。ヨロシク!」と事実を伝えるべきなのか、自分は何も悪くないし、おじさんを気にかける必要など全くなし!とつけ離していればいいのか、或いはおじさんに「そこまであの靴が欲しいんですな。根気負けしましたのでお譲りしましょう」と善意の人と化すべきだったのか。

 わからない。さらに、こんな話題をブログに書いている自分がわからない。

  なんか映画の話をするつもりが、靴をめぐるおじさんたちの攻防になってしまったみたい

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2012年9月16日 (日)

ボーリング大会 その後

 金曜日に行なわれたボーリング大会に出場。先週、練習で痛めた右手をPhoto_2ダイソーで買ったひじ、手首サポーターで覆い、薬指をバンドエイドで巻いたら、重篤なケガ人のような格好になってしまった。

 怖れていた始球式はやはり決行され、貸切状態で80人が見守る中、僕はいいところを見せようと投球したら、何とファールラインを越えてしまい、大きなファールブザーが静寂のボーリング場に鳴り響いたのであった。  

 その後の成績はともかく、負傷しつつ2ゲームもってくれた右手に感謝であった。

 ゲームか終わり、会場を出ようとすると、若い女性が近づいてきて、「これ、あまったので、食べませんか」と、ビニール袋に入ったお菓子らしきものを差し出してきた。なぜ、初対面である僕に?と戸惑いつつ、貰うことにした。

 それから階段を下りて、出口にさしかかると、先ほどの女性と先輩が二人で僕を待っていた。「さきほどはすみませんでした」...........どうやら、彼女は出先の職場に勤務しており、僕を管理職と知る機会がなくて、帰り際に余ったお菓子を渡したのを先輩が目撃して注意したらしい。

 アフター5のボーリング大会で職層にこだわる必要などないのだが、それを別としても、なぜ彼女は今まで口を聞いたこともない僕に、突然お菓子を施そうとしたのかが摩訶不思議である。もの欲しげな人物と思われたのか?、生活困窮している風貌であったのか?は不明である。ちなみにビニール袋の中身は丸いおせんべいと、紫いもと全粒粉のパイであった。

僕はパイだけもらって、おせんべいはうちのスタッフにあげた。

 そして、場所を移動して、打ち上げを居酒屋で行う。総勢9名。わいわいと色々と飲み食いして二時間後、お開きになり、帰りの電車に乗ると若手3人がいっしょであった。もう一軒行きましょうと誘われるが、翌朝は日帰り温泉へ運転していくので断ったが、しつこい。電車の逆方向に帰るべき男が二次会やるもんたと思い、一緒に乗り込んでいる。

 仕方なく、行きつけのバーに連れて行く。店を出たら終電時間は過ぎており、終夜営業のマックでコーヒーを買って、深夜の隅田川沿いの堤防まで歩く。昔、高校生時代に友人たちと深夜の隅田公園で缶コーヒー飲んでいたら、警官に職務質問されたことがあり、それと同じような雰囲気であったので可笑しかった。

 翌日は二日酔い気味で、少し頭痛がしていた。シャワーを浴びて、大量の水分を取って、Cimg1676 レンタカー屋にいく。レンタカーはほぼ満車で、残っていたのは業務用軽四輪であった。持参したCDを聴く機材もなく、ドリンクホルダーもついておらず、道の段差がおしりにくる軽自動車で、母と奥さんを乗せて、久喜の「森のせせらぎ なごみ」へ向かった。温泉はろ過していない源泉でなかなかよろしい。女二人は砂かけ風呂にも入って、ご満悦であった。帰りに親父の特養に寄ってから、親戚二人も合流して本所の割烹で食事となる。

 軽四輪で150キロほど走ったが、高速道路とガタガタ道はとても辛いものがあったのだ。

 

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2012年9月 8日 (土)

パワーボーリングで壊れる

実を言うと、今日ブログを書くのはこれが2発目なのである。

最近は、週末とか休日にブログを更新することが多くなってきている。ブログは日記、備忘録を兼ねているので、最低一週間に一度は更新していきたい。一度にいろいろ書こうとすると、つい長めの文になってしまいがちになる。

 友人のM永さんからは、プログの文章が長いと以前から指摘を受けているので、なるべく短めにしようと思っても、ついつい色々と余計なことを書いてしまう。だから、こうして、分割して書くことにした。(つい最近の恐山やロンドンオリンピックも分割制作してるでしょ)

 さて、前置きが長くなりそうなので、話をすすめることにする。

 実は現在、右手前腕に大きなパテックスを貼っている。セロハン剥がすとすぐにぺラッとして貼りづらいパテックスだが、風呂上りの腕にはヒリヒリ感が強い。

 なぜ、このようなことになっているのか。それは、ボーリングのせいである。

 Images 来週の職員のボーリング大会に急遽ピンチヒッターで参加することになってしまったのだ。3日間で希望者300人くらい参加するらしい。最終日の始球式を僕が投げる確率が高いという情報が、ボーリング部のSちゃんから伝授されので、少々焦る。安請け合いして、参加しなければよかったかもしれないと後悔しても、後の祭りなのだ。

 ボーリングはかれこれ15年くらいやっていない。かつては、パワーボーリングで周囲の人間を圧倒したものだったんだぜ。忘れられない思い出としては、思い切り遠くに投げたボールが戻ってきたら、3分の1が欠けていて、破壊された球状の岩石のようだったことがあった。それと、思いっきりカーブボールを投げたら途中でガーターして、ボールが左のレーンに乗り越えて行ってしまい、マタマタその左レーンの左右のガーター溝を越えて、左のそのまた左のレーンまで移動してしまったハプニングもあった。

 しかし、現在は齢50を越え、武道修行者として力を抜くことを日々鍛錬している身である。

 始球式情報がもたらされたのが水曜日。これは迅速な対応をしなければと、その日の夕方にSちゃんに連絡して、ボーリングの練習に行こうと誘った。彼はボーリング場会員なので格安価格でゲームができるため、半強制的に連れていく。職場の若手部下たちにも声をかけたら、4人ほどが手を上げ、ついでにエレベーターで鉢合わせた帰宅途中の総務管理職も半強制的に連れて行くことになった。

 .その夜は勝ち負けではなく、自分の投球フォームをパワーから脱力へとチェンジさせることが目的であったが、ついつい周囲の点数に目が行って、勝負にこだわるようになり、パワー投法が復活し始めた。しかし、齢を重ね、15年ぶりの強引なボーリング投球は指と前腕を破壊した。

 本番当日まで、あとわずかだけど、どうしよう。

 とりあえず、イメージトレーニングでお茶を濁そうかと思っているのだ。

 話は変わって、今夜は、こんな情けない僕とは大違いの男である「高倉健」さんの特集をNHKのプロフェッショナルがスペシャル番組として放映していた。

 高倉健さんの真面目で優しく、ストイックな生き方には、昔からずっと魅かれるものがあったのだが、この番組でより健さんの魅力を感じることができた。

 番組途中で健さんの持っている台本と皮カバーが紹介されて、ページの最後には被災地での少年の写真や、相田みつをとかの詩が貼ってあった。そして、何と「希望という名の光」の歌詞がプリントアウトされて、はさまれていた。健さんは大震災以降、毎朝山下達郎のその歌を聴いているらしい。涙が出そうになった。

 俳優という仕事に、あそこまで自分の人生を賭けて、演技に魂をこめている人間を僕は知らない。健さんは映画という世界だけではなく、人生そのものに対して、礼儀正しく、厳しく、そしてユーモアをもって向き合っているような気がしてならない。

 奥さんと食事しながら、健さんの番組を観ていたのだが、健さんと見比べると、いかに僕という男が軽率で、自分勝手で、せこい男かが、露呈されてしまうようで、落ち着かなかったのであった。

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保江邦夫「合気の道」

 本日の土曜日は量子物理学者の保江邦夫先生の「合気の道」を一気に読んだ。

 面白い。今回は合気道に関するエピソードは殆どないが、保江先生がよりいっそう予想外のトンデモもない展開の日々を送るようになったのだ。

 ベストセラー「人は死なない』の著者である矢作直樹先生(東京大学大学院医学部教授、東京大学医学部附属病院救急部部長)との出会いや、業除という治療による驚くべき体験等々、この先生の人生は、どうしてこう波乱万丈なのだろうかと不思議な気持ちになる。

 それは、弟子である炭粉良三氏の著作にも通じているが、ひとつの出来事や、誰かとの出会いがタペストリーのように新たな出会いと繋がっていって、人生の不思議な出来事をつくっていくのだ。それは彼らが修得した合気(愛魂)のなせる業だからなのか。

 私はそうだろうと思いつつ、しかし何か違うような気もしている。それはアリストテレスのA=B B=C A=Cと論理形式では割り切れない現象なのだと思う。そんな気がしてならない。合気を掴んだ特殊な人間だけが、不思議なつづれ織りの世界を旅することができるのではなく、誰もがどんな心をもっているのか、どんな行いをしてきたのかが、新しい世界を開いていくための大きな鍵を握っているようだ。

 そして、重要なのは、その人間が左脳では判断できないような、不思議な世界を信じていること。シンクロニシティを特別なことではなく、自然に起こる現象と理解していることだ。思い込みといわれる部分もあることは認める。それでも人間は本人が思うこと、無意識に念じていることを現実の世界で体験していく。神秘さを否定せず、むしろ受け入れている人間は、驚き(大なり小なりでも)に溢れた世界を垣間見ることになる。

 かくいう私も現在の仕事で、自分の幼少期や、血縁関係、大人になってからの出会い等が、様々に糸のように繋がり交差してきている現象があって、とても不思議な想いをすることが多々ある。人間とか、その人生とか、それを取り巻く世界とかは、直線的な物理現象として存在しているだけではなく、何か見えないちからのようなものが大きく深く関与していると思えてならないのだ。

 それにしても、時代の最先端をいく科学者である保江邦夫先生が、不思議な世界を信じ、体験し、常に新たな視座に立たれていくのは興味深い。

................................話は変わって、......................今日は奥さんがお仕事のため、珍Cimg1656しく料理に挑戦してみた。スタミナアップとアレルギーにも効く「大葉ニンニク味噌」である。スーパーに行 って大葉を探したがみつからず、紫蘇と同じだと解釈し紫蘇を購入してきた。ニンニクと紫蘇をみじん切りにして炒めてから、味噌、酒、みりん、蜂蜜を加えてさらに15分ほど炒めるのだ。何度も味見したため、かなり塩分過多になってしまった。

とかいっているうちに 夕方になったベランダから見る空は、夏から秋の気配になってきている。

  

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2012年9月 3日 (月)

恐山 其の三 (仏ヶ浦と原燃センター)

 恐山から佐井港まで行き、遊覧船で仏ヶ浦まで、約30分ほど乗船する。びゅうの団体客が40名くらい乗り込んできたため、かなり満席状態である。

 曇りがちな天気であったが、乗船すると快晴で日差しがきつい。のどかな海岸景色を見ながら、船は進み、途中見所ないからと、歌のテープが流れたりしていたのだが、25分を過ぎるころに仏ヶ浦が見えてきた。

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 凄い、この世のものは思えない!!  くらいの美しい海と、仏像仏具を思わせる巨岩が立ち並び、そのスケールの大きさが僕たちを圧倒した。

 それにしても、暑い。九月に入ったばかりだが、日差しが痛く、目にしみる。 

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 30分ほど仏ヶ浦に上陸していたが、ここは海水浴もできるらしくて、この澄んだ海と原始的神秘なロケーションのなかで、ぜひ一度泳いでみたいものだ。

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もっと、写真とっておけばよかった

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 船で帰港してちょうどお昼なので、観光案内館の2階食堂で大 漁丼をCimg1637食べる。ここでも、無性に生ビールが飲みたかった。夕方まで我慢しようとするのは運転がある以上、当然の義務ではあるが、生ビールにはタイミングというものがあるのだ。最高の生ビールを堪能するためには、この場所、この時間で、この雰囲気だから、といったお膳立てが揃っていることが重要なカギである。今回は三拍子揃っているだけにくやしい~ぜぇ

 さてさて、レンタカーを6時までに八戸に返して、7時前の新幹線に乗らなくちゃいけないのCimg1641で、クルマは南下していく。

  途中で六ヶ所村を通ったら、六ヶ所原燃PRセンターという標示板が道路沿いにしつこく出ていた。この時期にそれはやっていないだろうと、奥さんを賭けをして訪問してみた。すると、営業していたではないか。

Cimg1642  この状況下にあっても、原燃の必要性と安全性を訴えるというのは、会社はもちろんだけど、受付のきれいなお姉さまたちも複雑な心境だろうなぁと察しつつ、短時間で館内を廻ってみた。  

Cimg1643  中身は、よくありがちなキャラクターや、ゲーム、アニメを多く使ったお子ちゃま仕様の展示だが、ふと足をとめてしまったのが、原子力発電の安全性についてのパネルの前だった。ペレットをはじめとする五重の防壁で放射線を厳重に閉じ込めるという説明とイラストが描かれていた。

 多分、撤去したくてもできない事情があることはわかる。でも、このままでいいとは思わない。

 他県の小学校が大型バスで見学に来ていたが、子供たちにどう説明したのだろうか。

 クルマに戻り、玄関前を通ったら、小学生たちを見送りにきたPRセンターのお姉さまたちが、僕たちのクルマにも手を振って見送ってくれたのだった。

Cimg1653八戸駅には6時前に到着し、レンタカーを返して、駅前の居酒屋に入った。 新幹線の時間まで1時間しかないため、大急ぎで刺身や、せんべい汁を注文した。軽く飲むつもりが、悪い癖で生ビール、焼酎の後には地酒を頼んでしまった。

 結局、帰宅したのは午後10時半だった。

 今回の旅は、あの世とこの世、地獄と極楽(恐山)、浄土(仏ヶ浦)、現象界(原燃センター)とを一巡したスピリチュアルジャーニー?(。・w・。)であった....のでは....なかろうか。

  帰宅して、一杯やりながら、NHKでやっていたシーナ・アイエンガー教授の白熱教室日本版を観た。ブレスト演習として、日常の無駄の解消というテーマが設定されていた。それぞれのグループから、掃除しなくていいように剥がせるカーペットとか、洋服のコーディネートに悩まないですむソフト、ネットやり過ぎたら罰金課金等の発表がなされていた。それは番組としての極端なアイデアだけど、そこまで時間を無駄にしないで、何をしようとしているかよくわからなくなった。

 製造ラインや、営業活動だけではなく、現代人は自分の生活まで、コスト削減、成果主義を導入しようとしているのか。生活の営みが、利益主義化していくことによって、失われていくものは何か。

 恐山の地獄めぐりから、仏ヶ浦で癒され、現実世界に戻った僕には、極限まで無理無駄を省き、その時間を自己利益のために費やすという、ある種の神経症的症状は、貪り地獄に通じるように感じられたのだった。それは原燃にも通ずる部分があり、原燃の効率性、安全性は絶対という幻想に踊らされ、日本はあまりにも大きな代償を払う羽目になった。

 まぁ、いずれにせよ、人間として生きているならば、自分のことばかりに終始するような日常生活ではなくて、誰かのお役に立てられるような生き方をしなくちゃと。僕は恐山から教わったような気がしてならないのだ。

  ※一日経っても、身体に沁みついた硫黄のニオイが取れません。以前も硫黄のニオイが1週間近く臭かった覚えがあり注意です。

 

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恐山 其の二 

Cimg1558_2  恐山の宿坊は、恐れといったイメージとは全然違って、かなり広く綺麗で清潔な建物だった。部屋も広くて、洗面台もふたつあったし、宗教っぽい感じはしないモダンなつくりである。お風呂も巨大で、一人で入っていたが、何かもったいなくて、申し訳ないような気持ちになるくらい、贅沢な浴室なのだ。

 温泉は強い硫黄温泉で、宿の人から眼に入ったら痛めるので、温泉で顔を洗わないようにと注意された。確かに、濃い乳白色で、においも強い。また、境内には三つの外湯があり、そこは参拝者であれば無料で入浴できる。

Cimg1556_2  境内に、露天風呂小屋があるのには、驚Cimg1597_2 いたが、歴史的には湯治場としての機能があったらしい。ここも、風情があって最高の気分で入浴できるのだが、なんせ参拝客が興味をもって覗きにくるので、浴槽から離れるときに、つい意識してしまう。ここもかなり強い硫黄温泉である。

 Cimg1600                  (菩薩が風呂をかき回してくださるという発想は凄い!")

 なかなか、快適で素晴らしい宿坊なのだが、難点は夕食時にお酒が飲めないこと、浴衣は夕食後でなければ着衣できないことだ。せっかく、夜行バスに乗って、レンタカーも借りて、最北端まで行って、ドロドロの硫黄温泉にも入ったのに、夕食時にビールが飲めないのは辛い(でも、浴室前に自販機があり、入浴後にビール飲んじゃいましたが(^-^;)。それから、宿坊全体にテレビはなく、部屋に冷蔵庫もない。携帯電話の電波もつながらなかった。まさに下界との情報を遮断しての宿泊なのだ。

 食事は、当然に精進料理である。食事前にはお坊様がきて、皆で食前の偈を唱えてCimg1603_3いただきますをする。

 食事をしながら、わかったのは、この宿坊に泊まる人は、観光目的の人もいるが、実際に親しい人を亡くされて、その弔いのために来ている人もいる。そのため、浴衣にビールに談笑といった食事の過ごし方は、ここには適していないのではないかということだ。

 食後、10時の消灯までは時間がタップリあるので、嫌がる奥さんを誘って、真っ暗な境内を通って外湯に行くことにする。

 フロントには懐中電灯が数台置いてあったが、無視して、裸眼ノーライトで外に出る。

 確かに、暗い恐山は不気味な感じがする。妄想癖がある僕は、こういうシュチエーションだCimg1606と灯篭が霊に見えたり、突然死霊が飛び出てくるような妄想を想像してしまい、アレルギーの如く過剰な自己攻撃を仕掛けてくるパターンが多い。しかし、不思議なことに死者が身近である恐山では、夜の闇の中でもたいした恐怖心はおこらなかった。

 後でわかったけど、女性用の外湯は塔婆置き場の隣にあって、けっこう怖そうなロケーションにあったのだった。

  めずらしく午後9時半には寝てしまった。

 Cimg1610 翌朝は、5時半に起床し入浴し、長い廊下を渡って、6時半から地蔵殿にて、朝の勤行に参加する。その後、本堂にて供養に参加してから、朝食をとる。

Cimg1618  8時には仏ヶ浦に向かって出発、レンタカーで山道を下っていると恐山冷水を発見した。その冷水は不老水と呼ばれ、冷水を1杯飲めば10年、2杯飲めば20年、3杯飲め ば死ぬまで若返るという不思議な水と言われているらしい。

 とりあえず、5杯飲んだ。                   

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恐山 其の一

Cimg1554

 恐山に行ってきた。週末と月曜の3連休が取れたので、どこかに行こうということになった。ただし、先月にロンドンに行ったこともあり、なるべき節約をしなきゃということで、高速バスを使うことにした。奥さんの希望は高野山だっが、昨年行ったので今回は東北を狙うことにする。秋田あたりとグーグル検索をすると、恐山・宿坊という文字が、しきりに眼に飛び込んできた。恐山のある青森は本州最北端でありれ、遠いが夜行バスも出ているので、決めた。しかし、木曜日にバスと宿坊の予約をしたので、慌しい慌しい。

 金曜日、仕事を終えてから、9時過ぎ東京駅発の夜行バスに乗り込む。3列独立シート、トイレ付ということで期待して、缶チューハイを駅売店で購入して乗り込んだ。夜景を見ながら一杯と思っていたのたが、窓側はすべて厚いカーテンで覆われており、外が全く見ることができない。しかも、10時には消灯となってしまったのだ。前方の運転席もカーテンで遮断され。本当に真っ暗の映画館にいるようであったが、なかなか熟睡できなかった。

 途中、23時と4時の2回ほどSA休憩があり、寝たい人はそのまま寝られるのだが、僕は真ん中の席の為、蛍光灯が点灯してしまい、しかも人の行き来があって、結局は起きてSAトイレに入って、体操をした。朝になっても、窓側カーテンは閉まったままだが、運転席側は開放された。 Cimg1524 Cimg1526_2 Cimg1525 駅にはバスの到着予定よりも、2時間近くも早く着いたので、午前10時に借りる予定のレンタカーを8時に変更してもらって、下北半島を目指す。

 当初は佐井町に行って高速船に乗って仏ヶ浦に行って、大間で食事、そして恐山という予定であったが、佐井の船乗り場に着いたのが10時41分で、船が1分前に出港した後だったクヤシィー(。>0<。)。次の出航は13時であり、それから恐山ではあまりにも慌しい。Cimg1537

Cimg1533_2  仕方なく、大間に行って、大間マグロとウニとホタテ、イカの丼ぶりを食す。海を見ながらの新鮮な刺身ときたら、生ビールが必需品だが、運転のため我慢我慢。ここは本州最北端のあって、なかなか眺めもよろしかった。

                    恐山入山

Cimg1614

 恐山は比叡山、高野山と並ぶ日本三大霊場である。

 恐山の際立った特徴は、仏道修業、儀式といったことよりも、死の世界とのつながりであり、死者と出会う場ということである。

 仏教では、あの世の存在は無記といって、肯定も否定もしない。しかし、恐山は、死者への弔い、対話の場であり、生きている人間たちが死者、あの世と向き合うことになる。

 僕たちは死んでいった人たちを遠い世界に行ってしまったと想っている。死は人間存在の消滅であり、あの世などないと思っていても、親族が亡くなれば葬式をして、手を合わせる。それは、単なる儀式という見方もできるが、それだけではないはずだ。

 恐山は、死ということを自分事でなく、他人行儀に捉えている僕たちに、死は隣合わせであり、終わらない映画がないように、夜が来て眠りにつくように、死は今の僕たちのラストシーンとして必ず訪れる、それが人間の宿命なのだと迫ってくるようだ。

Cimg1563_2  東京の人口1300万人には、1300万の死が存在している。かつて家で死ぬのが当たり前で、親族や近隣者の死を間近に見てきた社会は、死を病院や葬祭センターに隔離し、死という自然現象を社会システムの外に追いやってしまった。人は自分は死なないと思い込みはじめてしまったのだろうか。     Cimg1592_4

Cimg1580 恐山には地獄めぐりがあり、僕はそこで目に する地獄風景には残 酷さと可笑しさを兼ね備えている印象をもったのだが、石がゴロゴロして、硫黄が噴出している山を歩いていると、土着宗教見物という気分ではなく、僕の中の日本人としての死に対する畏怖のDNAが騒ぎ出してきた。 

   (左写真の血の池地獄はなぜか赤ではなく、緑でした)     

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