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2012年6月 9日 (土)

小津安二郎「お早う」

小津安二郎監督の「お早う」を観た。

数日前に観てから、毎日考えている。

大人の作法と、暮らしについてを。

Imagescasonhky  昭和34年の映画で小津作品としては、コメディの部類に入るが、タイトルがちょっとダサイので、期待しないでワインをチビチビ飲みながら鑑賞した。

 約1時間半....このたわいもない昭和30年代の庶民の生活を描いた映画が、一寸もだれるこなく、あきることなく、思わず笑ってしまう場面もあり、実になんともない映画のようだが、物凄い映画であったことに驚く。

Imagesca1e5xuw 家にテレビを買って欲しくって、うるさくわめく子どもを、父親(笠智衆)が叱ると、大人だって「おはよう」「こんばんわ」「良いお天気ですね」「どちらまで」「ちょいとそこまで」とか、どうだっていいような余計なことばかり言っているじゃないかと反論する。後にその話を聞いた若い男(佐田啓二)が、「面白いことをいう子どもたちだ。でも、余計なことがあるから世の中うまくまわっているんじゃんないか。無駄だと思われることが潤滑油になっている。それがないとギスギスした世の中になってしまう」というようなことを語る。Imagescahpu0da

 震災直後にテレビCMは自粛され、AC(公共広告機構)の「挨拶の魔法ソング」や金子みすずの詩朗読がしつこいほどに繰り返し放映されていた。挨拶が大切なのは誰もが頭ではわかっているだろうけど、挨拶が本来持っていたはずの生命力が衰退してきているのは事実かもしれない。私自身を振り返っても、知っている人と会って頭は下げても、無言かボソボソ小声という傾向はある。これではきちんとした大人とはいえない。

 無駄なこと、余計なこと....。挨拶だけではない.....。例えば、昨夜も合気道の仲間たちと稽古後に飲んだ。使ったお金と時間、家庭生活を考慮すると余計な行動かもしれない。でも、そのことによって、ギスギスしたり、ハターン化になりそうな自分の生活への潤滑油として役立ってくれている。

......いや、きっとその役立っているという発想自体が、いやらしく感じる。巷に溢れている効果的・効率的、成果主義、利潤追求、実力主義、権利、主張、ディベート....。まさに世の中や、人間関係をギスギスしたものにしてくれるものばかりだ。

 子どものころに、「アリとキリギリス」のキリギリスになっては駄目だぞ、不幸になって死ぬだけだぞと、教わってきて潜在意識に強く入っているけど、有名な「パレートの法則」ではアリも2割が働かず遊んでいるという。

 遊んで暮らせたらいいなぁというのが私のかつての口癖だったが、現実には遊んで暮らせてはいけないので、日々の暮らしの中で、仕事や遊び、学びといったことをそれぞれ一生懸命に大切にしていきたいと思う。

  そして、 映画を観ていて発見したのは、大人の男たちがみんな帽子をかぶっていることだ。飲み屋のシーンでも全員が帽子をかぶっていた。たしか、平川克美氏の「移行期的混乱―経済成長神話の終わり」には、昔の商店街には帽子屋が必ずあり、帽子は大人の男の必須アイテムであったというような記述があったように記憶している。

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 子どもと大人の境界線が消えつつある現在において、小津映画はむしろ若々しく新しい感覚で大人の身だしなみ、言葉遣い、酒の飲み方について教えてくれている。

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