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2012年6月24日 (日)

言葉が力を持ちすぎた社会

生物学者の福岡伸一氏の「せいめいのはなし」を読んだ。対談集でなかなか面白かった。

特に養老先生との対話は膝を打つものか多かった。

 ・人間の意識は「止まっているもの」しか扱えない。情報は止まっているものだからニュースで「こうでした」といえるわけで、そこを忘れると話が違ってしまう。

 ・日本社会が硬直化した情報化社会があり、物事をすべて情報にしてしまうから、自分までも情報化されてしまい、それこそが自分の個性だと思い込む。自分という概念が成り立つためには、「自分はこういう人です」とい自分が不変的なものだという前提が必要になる。

・ただ、効率ばかりを追求すると効率が悪い。つまり、部分的合理性が全体的合理性にあわないということに多くの人が気づきはじめている。

・言葉に現実を合わせようとするといろいろ厄介なことが起こる。原理主義は言葉で世界を抑えてしまう。無意識に現実を押さえ込む典型的な例。.......等々

 対談では言葉が力を持ちすぎた社会になったとも言っている。言語によってあらゆる法体系が構築され、社会システムが整備されてきた。人間存在のあらゆる側面が言語によって表現され、導かれ、規制されている。また、ニュースをみれば、政治経済、芸能スポーツ界での暴言や失言を記事にしていることの多さよ。

 先週は桐生市議員がツイッターで市内の献血活動について「放射能汚染地域に住む人の血って、ほしいですか」とつぶやき、炎上しても議員失職した。

 インターネットが普及していなければ、個人のつぶやき(ピーというレベルでも)を飲み屋で囁いたぐらいでは大騒ぎにはならなかっただろうが、ツイッターというツールは、本人が気軽につぶやいた言葉を世界に発信してしまうというある意味では恐ろしく慎重になるべき媒体なのだ。

 しかし、圧倒的多数の人間たちがツイッターに発信し、情報の洪水に浸っていると、その感覚が鈍くなってきて、自分からあたかも顔見知りの知人たちに語るような気軽さで、ツブヤクことにも違和感はなくなってきている。

 市議失職には賛否両論があるようだが、市政批判に力を入れていた方のようであり、言葉によって議会で様々な批判、問題提起をなさっていたと推測する。それは言葉を介して、市政を変えようとしたことであり、言葉のよる作用や威力を存じているならば、ご自分の発信した言葉がどのような作用を生ずるのかを、特に放射能の件では自覚が足りなかったようにも思える。

 (゚ー゚) 私もこうして、気軽にブログを書いています。(まぁ飲みながらも多いのですが)。自分の日記代わりといいつつも、多くの方々の目に触れるものであり、暴言や下品な言葉使いをしないようにと思います。

 よくいろんな人から「フェイスブックはやらないのですか」と聞かれるのだが、私は「やりません」とこたえている。理由のひとつに、私自身の現実の人間関係とは違った、ネット上での人間関係がパラレルワールドとして出現し、生身の私を通り越して、勝手に動いていくイメージがあり、それが面倒くさいのだ。

フェイスブックに魅かれる部分も勿論あるけど、自分の交友関係までが、相関図のように部分的に繋ぎ合わされて情報化され、一旦固定化された状態になることに抵抗がある。それがオレの世界ではない。.....といいつつ、突然フェイスブックやったりしかねない部分もある私です。

Recreation_3 

昨日の土曜日は、銀座にある六雁 (むつかり)で会席料理を頂く。  お店の雰囲気も良いし、本当に美味しかった。  特に牛肉の「ざぶとん」という肩の稀少部位は、とろけるような絶品であった。  ただ、デザートの醤油アイスはホントに醤油とアイスとあられと海苔の味がして、なんか不思議な感じであった。  

少々奮発して美味しいものを食べた。  こんなに幸せなのに感謝を忘れて、小事に一喜一憂している自分に反省。

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