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2012年5月

2012年5月26日 (土)

酔って候

51odevcdusl__sl500_aa300_  昨夜は合気道の稽古後に帰宅して飲み始め、逆に今日は早朝に目が覚めて眠れなくなってしまったため、昨日購入した炭粉良三氏の「合気深遠」を一気読みした。

 本の中には実際にお会いしたことのある方も登場して、興味深い。このシリーズを読みながら思うのは、炭粉氏の文章のうまさだ。合気探求、人との出会い、私生活の様々なエピソードを、ご自分の言葉で組み立てられており、読者を炭粉氏と一体化させ、一気に読ませるなど、かなりの知恵者だと伺える。

 私も合気道を稽古しているが、技そのものや、意識の活用方法にこだわりがちである。炭粉氏の探求されている合気とは、その真髄においてスポーツ化、テクニカル化した現代武道を凌駕し、愛を基調とすることによりトンデモ系と誤解されるリスクを背負いながらも、着実に理解者を増やしていっているようだ。

 ぜひとも、一度お会いして、力ではなく愛を注入した技をかけて頂き、投げ飛ばされてみたいものだ。(炭粉氏の師である保江邦夫先生の新著書はいつでるのだろうか。楽しみだ)。

 本の中で触れていた近藤孝洋氏の「極意の解明(平成4年刊)」が図書館にあったので、早速借りてきた。本の最後に参考図書として私が愛読した高橋佳子著「人間のまなざし」、高橋信次著「心の発見」があったので、びっくりした。

41vxqwu7f7l__sl75_ 今日は レンタルしてきたイキモノガカリのアルバム「ハジマリノウタ」を聴いてみた。僕の好きな映画「泣くもんか」の主題歌が入っているので、今もこうして聴きながらPCに向かっている。

その「泣くもんか」と対極にあるのが、ここんとこ寝る前に毎日のように見ているアメリカのテレビシリーズ「グッドワイフ2」だ。弁護士事務所を通して様々な葛藤する人間ドラマが展開されている。このドラマを観ていて思ったのは、何のために人はお金を沢山欲しがるのか、権力を求めるのか、他者より勝ち抜こうとするんだろうかという、素朴な、こどものような疑問だ。

 広い家に住みたいから? ゆったりと食事したり、入浴したり。騒いでも隣人を気にしない空間は魅力的である。

 外食して美味しいもの食べたり、海外旅行にも行きたいから? それの気持ちもわかる。

 将来何があるかわからないから貯蓄.......(と、ここまで書いてから、午後6時からの85歳のいとこの誕生会に出発!)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(午後11時10分に帰宅し、パソコン開始し赤ワインなう)001

  今日は85歳、79歳、74歳のご婦人と、70歳と62歳の殿方、あとは40代3人と50代の僕(先ほどまで私)の9人(親類7人)で、向島の割烹で誕生会を開催した。そこそこ飲んで食べたので、僕としてはこのまま二次会は避けて、今日ゲストで来てくれた40代の仲間だけで静かな場所に移動して、しんみりとグラスを傾けたいと願っていたが、79歳の母から014「次いく」という声が聞こえてきたのだった。

 結局、全員でスカイツリーまで歩いていって、ソラマチで少しの買い物をして、世界のビール博物館のテラスで世界のビールを注文した。外国人のギター、バイオリン、ベースの演奏があったのだが、どうも墨田区の屋上とマッチしていないような気恥ずかしさをおぼえたのだった。

 お年寄りたち(しかもデキアガッテイル)を連れての混雑状態のソラマチ見物だったため、迷子が出ないように、転んだりしないように、階段をさけるようにと気を使いすぎて酔いが冷めてしまって、こうして帰宅してワインなうなのである。

 そうそう、夕方まで書きかけたことは、財力や権力を得ようとするのは、身体の味覚や、触覚の満足だったり、他者との優位性だったり、生命維持のための蓄えなど、個人の身体的範囲に限定された狭い世界のこだわりでないかということだった。

 人生の目標達成=幸せ と思い込んでいるとしたら、ほんとうに金や権威、名誉の獲得というのは自分が考えて設定したものなのだろうか。人類史上、有史以来の先祖から受け継いできた遺産として、自分も引き継いだだけではないのか。

 スカイツリーを観ながら、これを自分のものにしようとは思わないし、これで稼いでやろうとも思わない。ただ、縁ある人たちと、ちょっと酔って、ライトアップツリーを見上げることが幸せな時間なのだ。それだけでいい。

 イキモノガカリの「泣くもんか」を聴いていると、涙が出そうになる。

 これからの時代は、マテリアルの物量で幸せかどうかを判断するのではなく、頭ではなく心で幸せに感じる時間をどれだけ体験できるかが、幸福者の基準となる。

 もちろん、経済的安定は大切であって、それを無視した自堕落な快楽は、幸福とはいえず、単なるエゴ快楽である。ギリシア哲学者エピクロスのいう「快楽主義」とは享楽ではなく、精神の平安による快楽ということだ。

 幸せ=勝者或いは享楽...といった図式を、ぜひとも書き換えていきたいと思うのだ。

 そうでなければ、耳にタコフレーズである「みんなが仲良く、安心・安全な社会」などできるわけがない。政府もマスコミも念仏のように唱える「安心安全な世界」を,リアルなものにするには、真剣にエゴという怪物と向かい合い、飼い慣らす必要があるのだ。

 すみません、今日は酔っているので(まぁいつもですが)、今日はこの辺で....

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2012年5月24日 (木)

スカイツリーのプラネタリウムを観た.....

  今日はこってりとした一日であった。

 昼食は浅草で明治11年創業の老舗割烹「一直」の会席を堪能した。「一直」は以前の古風な料亭だった頃の印象しか残っていなかったが、最近、改築されて新しく清潔で由緒あるお店になっていたので驚いた。料理もとても美味しく、正真正銘の料理人の味を堪能できた。 

 夜は、奥さんと待ちあわせをして、開業三日目のスカイツリーそらまちに行った。思ったほどではないが、やはり混んでいた。プラネタリウム好きな僕としては、以前からソラマチのプラネタリウムを狙っていたのだが、今日は8時の回のチケットを購入することができた。 

 夕食は、インド料理店でカレープレートと生ビールを注文する。 

 プラネタリウムは二つのプログラムがあり、8時の回からはヒーリングっぽい「フォレスト 星明りの森(約50分間上映)」で、アロマの香りも演出されている。

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 最初の動物や、海などが出てくる大迫力のオープニングCGには圧倒されたが、本編のフォレストが始まった途端、嫌な予感を覚えた。どうも、だる-いのだ。森林や天体の動きも殆どないまま、いかにもヒーリングという音楽と、みんな疲れてるだろが森は優しく癒してくれんだぞという説教じみたナレーションに退屈してきて、殆どの上映時間を眠気との戦いに費やすことになった。 

 もう一方のプログラム「星空は時を越えて」は竹中直人ナレーションで迫力ある画面らしいので、機会があったらこちらを鑑賞してみたい。 

 そして、驚いたのは、プラネタリウムの星空を観ながら、なんか馴れてんだよなぁという感覚が生じてしまったのだが、それは1年半前に購入したセガの家庭用プラネタリウムの影響であったのだ。家庭用とはいいつつ、リアルな宇宙空間を部屋の天井に映し出し、転回し、流れ星も流れるといった、素晴らしいオモチャ?なのだ。 

 はっきりいえば、今日のプログラムは、うちのプラネタリウムを超越したものではないように感じた。僕が期待するのは迫力の躍動感の大画面であるため、「星空は時を越えて」に期待したい。 

 先ほどのプラネタリウムを観ている最中、無性にレモンサワーが飲みたくなったので、帰宅してレモンを絞って芋焼酎と炭酸で割って、今グイグイやってます。

014 僕は芋焼酎のサワーがすきなのですが、以前に焼酎専門のお店で、芋焼酎頼んで炭酸で割りたいと頼んだら、店主から炭酸はないとお叱りを受けました。

 
 今朝、気づいたのですが、毎日お酒を飲んでいるので、睡眠時間7時間、夜7時から12時まで飲んでいるとすると、覚醒時間の約3分の1が酔った状態となります(もちろん、日によって酒量は違ってきますが)。僕と言う人格は、覚醒している3分の2と、酔っている3分の1で構成されていると考えると、かなりいい加減な存在なのではないでしょうか。  

 ...と書きつつ、思ったのは。覚醒時間の多くを金儲けや、ゲーム、テレビ視聴、噂話に費やすのも、同じようなものなのかなとということです。

 スカイツリー..... 下町の逆襲です。 

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2012年5月23日 (水)

祝スカイツリーオープン

今日は職場幹部たちとの飲み会があり、先ほど帰宅した。

 帰宅中に見たスカイツリーがあまりにも美しく、重量感を増していたので、興奮してしまい、こうして酔っているけど、PCに向かっている。ちなみに奥さんは、僕が飲み会のため、ソラマチにいるらしい。

 ここ数日はスカイツリー絡みで写真を撮ったので、列記しておこう。013_2

 009_2一昨日の21日は金環日食であったため、サングラスをして薄目をして太陽を眺める(サングラスして視てはいけなかったらしいが)。想像していたよりも、あっけない感じで日食は終わっていった。その日食よりも、スカイツリーと日食を狙ったのか、歩道の真ん中に三脚を立てて、通行妨害している俄かカメラマンたちの横暴ぶりに唖然とする。 記念にしたい気持ちはわかるが、齢を重ねたアマチュアカメラマンたちよ、そこまでして、それを撮って何を残そうとするのか。僕はやるせない気持ちで自転車を漕いで、職場に向かった。

018_6 昨日22日はスカイツリーのオープン日だ。悪天候のため、残念であったが、よくよくツリーを見ると、ライトアップが雨雲にかかって幻想的なムードを醸し出していた。

 僕はスカイツリーに対して、029_9今までどちらかというと批判的な立場にいた。

 スカイツリーは東京タワーのような日本を代表する優美さがなく、傍から観ると工具のドライバーのような外観に、品格がないのではないかと、苦言を呈することも、酒席では多々あった。正直に言うと。 

 しかし、ライトアップされたツリーを観た途端、自分の浅はかな感性を反省した。ツリーはまるで、鮮麗な江戸きりこのグラスに注がれた華麗なカクテルのように輝いていた。 

 酔ったついでに自慢っぽくいうならば、僕は数年前まで東京タワーまで歩いて10分のところに住んでいて、犬の散歩コースであった(現在は墨田区住まいだか..)。散歩して真下から眺める東京タワーの勇姿に感動しており、スカイツリーを批判的にみていたが、それは大きなカン違いであった。 

 東京タワーは真っ赤の鉄骨むきだしの、総重量的なライトアップに圧倒されるが、スカイツリーには透明感と神秘性の不思議さがある。 

 まさに昭和の時代のタワーから、新時代のツリーへの転換である。メディアのスカイツリー関連番組のしつこさには辟易とするが、日本のどこの繁華街もチェーン店化して没個性となっている現代において、ツリー効果による下町復興という路線は面白い。

 奥さんがソラマチから帰宅してきたので、ここらへんでやめておく。

 

 おまけに今日のスカイツリー。

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 今日の飲み会では、人間の存在理由と有限性、プラトン、ソクラテスの時代と現議会制民主主義の関連などを問題提起しましたが、最初から酔って飛ばしすぎて、周囲はあっけにとられて、少々浮いてしまいましたご様子....

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2012年5月17日 (木)

奇跡!! 隣ビルに飛ばされた道着の救出作戦

 今日は風が強かった。

 帰宅すると、朝に干したはずの合気道着が強風でハンガーごと、飛ばされベランダから消えていた。 

 我が家は6階だが、隣接ビル(3階建)の屋上に飛ばされていた。屋上といっても人が出入りできる構造ではなく、単なる屋根のようなものである。その屋上には、隣接するビルの窓も近くにはなくて、我が家のベランダからは5、6メートル程度の距離があり、物理的には飛び降りて拾うことくらいしかできないのだ。 

 ネーム入りで、気に入っている道着であり、何とか救済したいと思ったが、なかなか困難な事態であり、飛び降りる勇気ないし、もし飛び降りたとしても、そこからどこにも行けない構造で、最後は道路に飛び降りしかないのだ。

 このまま放置するという選択もあったが、長い期間を雨風埃紫外線にさらされ、汚れてボソボソになった道着をみるのも忍びなく、何とか救済すべしと決断する。

 とりあえず、棒状のものを結合させて長い竿をつり、道着を引張って道路に落下させようと思い、うちにはクルクル廻すつっかえ棒の大小3本があったので、ガムテープでくっつけながら、道着に届くか試してみた。しかしまだ、全然届かないので、部屋中の棒状のものを探すとクイックルワイパーの柄の部分を発見して、装着する。それでも、まだ道着には届かない。道のりは遠く険しいものだ。 

006 ということをしているうちに、奥さんが夕食を作ってくれたので、美味しいスパゲッティとポテトと卵料理をワインとサワーで頂き、食後再び救出活動に入った。 

 比較的に軽いと思っていた棒たちも、繋げてみるとかなり重くなり、隣のビルに向けて伸ばすと、ガムテープがみしみしと唸り、しなって恐ろしい状況である。長さを稼ぐ必要があり、それも軽量でなければならない。 

 少し太めの針金があり、ツッパリ棒の先頭にまきつけた。針金の先を曲げて、釣り針のようにした。それを、道着に向けて投げるが、まだ長さが足りない。予備の針金もないため、ビニール紐を巻きつけ延長する。

 距離的に長さは充分となったが、投げてもなかなか道着に引っかからない。引っかかっても、力を入れて上げるとすぐに解けてしまう。しばらくして、かなり良い手応えがあったので、強く引張ってみる。しかし、今度は全然持ち上げられない。 

 当然である。ビル屋上に設置してあるエアコン室外機の網の部分に引っかかってしまっていたのだ。それに気づいて009何とかしようとしたが、なかなか外れない。あきらめて、針金と紐を切り離して放置しようとしたが、物理的につっかえ棒の先をベランダに戻すことが出来ない状況にあり、放置したければ繋がった棒たちを屋上に放り投げるしかないのだ。そのような行為が社会人として許されるのか。 

 傷に塩を塗るようなまねはできないため、おじさんはひたすらミシミシいう棒を左右上下に振り回して、室外機の呪縛から解き放たれたのだった。 

 もう、これは釣堀と同じだなと思って、強風に合わせて紐の位置をずらしてみた。しばらくすると、手応えあり。袖口に引っかかったようだ。 

 ミシミシいうガムテープ音を気にしながら、棒の竿を上に上げると、竿がかなりしなってきた。何とか、道路に落下させようとしたが、ここはひとつ賭けにでようということで、そのまま3、4メートルほど持ち上げて、何とか無事にベランダの手すりまで持ってくることができた。 

 まさに、驚異と感動のこの奇跡に立ち会えて、良かったぁ。感謝です(ノ_-。)

 まもなくスカイツリーがオープンということで、盛り上がっている墨田区で、夜の強風の中、ツッカエ棒3本とクイックルワイパーの柄を黒いガムテープでつなげて、その先頭にビニール紐と針金を巻きつけた竿状のものを、ベランダから隣のビルに垂らしている中年男を目撃したら、貴殿はどう思われるのだろうか。興味深いものである。

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2012年5月 6日 (日)

宮城県、岩手県

  このGWは東北に行ってきた。

 宮城県と岩手県だ。

 東北地方では、昨年は震災により旅行客が激減したため、今年は東北に訪れてくださいとキャンペーンを行なったり、いろいろなメディアでPRしていた。  

 被災地に旅行ということに対して、果たしてそれはどうなのだろうかという気持ちもあったのだが、東北を訪れて、僅かだが観光費を使うことの意義や、被災状況を自分の目に焼き付けておくことや、東北の素晴らしさを味わうことも大切なのではないかと思って、3泊4日の旅に出たのだった。

 一日目は、仙台でレンタカーを借りて、昨年に世界遺産登録された平泉を訪れ、一ノ関に宿泊した。 

 二日目は、あいにくの大雨だったが、気仙沼から宮古へとクルマを走らせた。 

 瓦礫はかなり片付けられているようだが、破壊された建物や、かつて建物があった区画などには津波の痕跡が残っていた。  
 

2012_040 道路を走っていると、巨大な船が、地上に取り残されたままになっていた。

 これだけ大きな船を陸地に運んだ津波の凄さと、この船を撤去するための手間と費用と想像すると、ため息が出る。 

 そのまま、保存管理していくという選択もあるだろうが、被災された方々の気持ちを考えると、簡単な話ではないだろう。 

Headface_3 昼には、大船渡に着いたので、屋台村で食事をした。ここの家庭料理「えんがわ」は、86歳の被災されたおばあさんが、屋台村ができることをきっかけに初めて飲食業をはじめたお店だ。おばあさんは、娘さんと二人でお店をやっていて、仮設住宅に住んでいらっしゃる。

 Engawa_header_2 このお店を知ったのは、数日前にテレビ東京「 レトロ食堂2~よぼよぼシェフ 愛の一皿」を観たのがきっかけだ。おばあさんの前向きな生き方と、それを支える人たちに感動して、涙が出てきてしまい、ぜひこのおばあさんの作る「ひっつみ汁」を食べようと思ったのだ。 

 
 小さなお店は復興のために仕事にきている方や、地元の方、観光客でいっぱいであった。娘さんが常連さんと、「昨日は北海道からテレビを観て、この店にきてくれたお客さんがいた」という会話をしていたので、実は僕らも東京から同じですといったら、驚かれた。 

 あいにく混んでいて、おばあさんとゆっくり話すことはできず、挨拶だけであったが、とてもあたたかく、かつ生きるバイタリティーに溢れた空間であった。

 お店を出てから駐車場まで、50メートルほどであったが、真横から吹く暴風雨に、傘は破壊され、ずぶ濡れになってしまった。ずぶ濡れになった途端、突然大笑いしはじめた自分に驚き、唖然とした。.....なんで笑ったんだろ。.クルマの中で、濡れたズボンを脱ぎ、ジャージに履き替えた。靴は仕方がなく、そのまま履いていた。 

 2012_044

二日目の宿泊は早池峰山だったため、北上する。国道や三陸道を通ったりしていたが、コースがずれて林道のような道路に入ってしまった。数キロ走って気づいたが、大雨の中、引き返すのも抵抗があり、ワイルドに20キロ強の林道を進んだのだ。 

 この日は、全国的に大荒れの天気で、東北太平洋側の地域でも大雨洪水暴風の注意報がだされ、数時間前に通った気仙沼もその日の夜に避難勧告が出されることになった。

 宿は、山奥にあり、キャンプ場の宿舎といった感じで、釣りにきている方が多かった。翌朝にお風呂に入ると私ともう一人しかおらず、その男性客が話かけてきた。原発事故によって仮設住宅にお住まいで、複数の会社経営をなさっていたが、それも駄目になってしまったとのこと。釣りが趣味で、ここには毎年来ているそうだ。 

 入浴中の短かい時間だったが、いろいろなお話ができた。なかでも、警察が規制する以前の被災地を狙った犯罪などの話を聞くと、複雑な気持ちになってしまった。東京がもし、同様の状態になったら、犯罪やパニックなどのリスクは県の比ではなくなるだろうと思った。

 

 三日目は、くりこま高原近くで、長女と彼氏とそのご両親に会うことになっており、遠野から南下することにした。雨が降り続いているのと、時間がなかったのて゛、遠野では美味しいコーヒーを飲むことを主目的とした。 

 かといって、どこが美味しいのかわからないため、ネットで検索したら地元の人が推薦する店ランキングがあり、そこのコーヒー部門第一位の店にきめた。

 喫茶「詩季」は、遠野に着いたのになかなか見つけることが難しくて、ナビに住所を打ち込んだら、なんと駅から歩いて数十秒の真ん前にあった。ここは喫茶店というよりも、様々なかわいい小物雑貨が陳列されており、インテリアの中のカウンターでコーヒーを飲むといった感じである。

 お店には、他のお客さんがいなかったため、ママさんとゆっくりお話ができた。ここは是非見ておきなさいと薦められた博物館や桜並木を訪れた後、古川駅方面にむかって南下する。 

 待ち合わせ時間までに、少し余裕があったため、大崎市のさくらの湯に行くが、大混雑であった。短時間だが入浴、髭剃りをして、濡れた服を取り替えた。 

 ガソリンを満タンにし、レンタカーを返却してから、長女と彼氏と合流し、彼氏の実家にご挨拶に行く。立派な家であった。震災当日は相当な揺れがあり、一週間ほど電気がない生活をされて苦労されたという話などを聞く。

 その後、みんなで和風レストランに移動して、大いに飲み、食べた。楽しい時間のため、予定時間を過ぎて、午後10時40分の新幹線に乗って、仙台のホテルに向かった。  

 

 2012_072四日目は、石巻市にバスで移動し、自転車を借りて、海岸
まで行く。強風で自転車が漕ぎづらく、停めると倒れてしまう。海岸近辺もある程度は整理されてきているが、やはり津波の被害は相当なものだったことがわかる。2012_079    

 いくつかの家では、そこにお住まいの方々がいらっしゃるようだった。自転車を走らせていると、庭先でお花の手入れをしている女性と目が合った。なんだか、自転車で通り過ぎていくだけの自分が申し訳ない気がして、私は軽く会釈をした。女性も軽く会釈を返してくださった。

 
 
 

 

 自転車を返してから、仮設された石巻立町復興ふれあい商店街で、牛タン定食を注文した。ほんとうに美味しかった。テールスープも絶品だった。時間がなくて他のお店をまわれなくて残念だったが、イベントが開催されており、みんな楽しそうだった。

Fureaitop_2

 こうして、昨日までのGWの出来事を打っているが、明日から仕事で、また日常生活が繰り返される。

 その日常生活というものは、実は不変で確実な循環ではなく、多様に変化し続けていくものなのだろう。 

 この東京にも大きな自然災害が襲ってくる危険性は大きい。 

 だから、そのために備蓄や、連絡方法を徹底させることも重要だが、今回改めて思ったのは、小手先の準備だけでは、首都直下災害を乗り切ることは難しい、いや乗り切るという発想自体が、現実の恐ろしさを認識していないのだろう。 

 なんと表現したらいいのかわからないのだが、準備するのは防災グッズの用意だけではなく、自然の脅威に対する覚悟と、みんなで助け合おうという意識と、そのための勇気が必要なのではないだろうか。 

 繰り返されるようにみえる日常生活が、実は変化し続ける「自然」という土台に支えられているのだから..........。

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