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2012年5月 6日 (日)

宮城県、岩手県

  このGWは東北に行ってきた。

 宮城県と岩手県だ。

 東北地方では、昨年は震災により旅行客が激減したため、今年は東北に訪れてくださいとキャンペーンを行なったり、いろいろなメディアでPRしていた。  

 被災地に旅行ということに対して、果たしてそれはどうなのだろうかという気持ちもあったのだが、東北を訪れて、僅かだが観光費を使うことの意義や、被災状況を自分の目に焼き付けておくことや、東北の素晴らしさを味わうことも大切なのではないかと思って、3泊4日の旅に出たのだった。

 一日目は、仙台でレンタカーを借りて、昨年に世界遺産登録された平泉を訪れ、一ノ関に宿泊した。 

 二日目は、あいにくの大雨だったが、気仙沼から宮古へとクルマを走らせた。 

 瓦礫はかなり片付けられているようだが、破壊された建物や、かつて建物があった区画などには津波の痕跡が残っていた。  
 

2012_040 道路を走っていると、巨大な船が、地上に取り残されたままになっていた。

 これだけ大きな船を陸地に運んだ津波の凄さと、この船を撤去するための手間と費用と想像すると、ため息が出る。 

 そのまま、保存管理していくという選択もあるだろうが、被災された方々の気持ちを考えると、簡単な話ではないだろう。 

Headface_3 昼には、大船渡に着いたので、屋台村で食事をした。ここの家庭料理「えんがわ」は、86歳の被災されたおばあさんが、屋台村ができることをきっかけに初めて飲食業をはじめたお店だ。おばあさんは、娘さんと二人でお店をやっていて、仮設住宅に住んでいらっしゃる。

 Engawa_header_2 このお店を知ったのは、数日前にテレビ東京「 レトロ食堂2~よぼよぼシェフ 愛の一皿」を観たのがきっかけだ。おばあさんの前向きな生き方と、それを支える人たちに感動して、涙が出てきてしまい、ぜひこのおばあさんの作る「ひっつみ汁」を食べようと思ったのだ。 

 
 小さなお店は復興のために仕事にきている方や、地元の方、観光客でいっぱいであった。娘さんが常連さんと、「昨日は北海道からテレビを観て、この店にきてくれたお客さんがいた」という会話をしていたので、実は僕らも東京から同じですといったら、驚かれた。 

 あいにく混んでいて、おばあさんとゆっくり話すことはできず、挨拶だけであったが、とてもあたたかく、かつ生きるバイタリティーに溢れた空間であった。

 お店を出てから駐車場まで、50メートルほどであったが、真横から吹く暴風雨に、傘は破壊され、ずぶ濡れになってしまった。ずぶ濡れになった途端、突然大笑いしはじめた自分に驚き、唖然とした。.....なんで笑ったんだろ。.クルマの中で、濡れたズボンを脱ぎ、ジャージに履き替えた。靴は仕方がなく、そのまま履いていた。 

 2012_044

二日目の宿泊は早池峰山だったため、北上する。国道や三陸道を通ったりしていたが、コースがずれて林道のような道路に入ってしまった。数キロ走って気づいたが、大雨の中、引き返すのも抵抗があり、ワイルドに20キロ強の林道を進んだのだ。 

 この日は、全国的に大荒れの天気で、東北太平洋側の地域でも大雨洪水暴風の注意報がだされ、数時間前に通った気仙沼もその日の夜に避難勧告が出されることになった。

 宿は、山奥にあり、キャンプ場の宿舎といった感じで、釣りにきている方が多かった。翌朝にお風呂に入ると私ともう一人しかおらず、その男性客が話かけてきた。原発事故によって仮設住宅にお住まいで、複数の会社経営をなさっていたが、それも駄目になってしまったとのこと。釣りが趣味で、ここには毎年来ているそうだ。 

 入浴中の短かい時間だったが、いろいろなお話ができた。なかでも、警察が規制する以前の被災地を狙った犯罪などの話を聞くと、複雑な気持ちになってしまった。東京がもし、同様の状態になったら、犯罪やパニックなどのリスクは県の比ではなくなるだろうと思った。

 

 三日目は、くりこま高原近くで、長女と彼氏とそのご両親に会うことになっており、遠野から南下することにした。雨が降り続いているのと、時間がなかったのて゛、遠野では美味しいコーヒーを飲むことを主目的とした。 

 かといって、どこが美味しいのかわからないため、ネットで検索したら地元の人が推薦する店ランキングがあり、そこのコーヒー部門第一位の店にきめた。

 喫茶「詩季」は、遠野に着いたのになかなか見つけることが難しくて、ナビに住所を打ち込んだら、なんと駅から歩いて数十秒の真ん前にあった。ここは喫茶店というよりも、様々なかわいい小物雑貨が陳列されており、インテリアの中のカウンターでコーヒーを飲むといった感じである。

 お店には、他のお客さんがいなかったため、ママさんとゆっくりお話ができた。ここは是非見ておきなさいと薦められた博物館や桜並木を訪れた後、古川駅方面にむかって南下する。 

 待ち合わせ時間までに、少し余裕があったため、大崎市のさくらの湯に行くが、大混雑であった。短時間だが入浴、髭剃りをして、濡れた服を取り替えた。 

 ガソリンを満タンにし、レンタカーを返却してから、長女と彼氏と合流し、彼氏の実家にご挨拶に行く。立派な家であった。震災当日は相当な揺れがあり、一週間ほど電気がない生活をされて苦労されたという話などを聞く。

 その後、みんなで和風レストランに移動して、大いに飲み、食べた。楽しい時間のため、予定時間を過ぎて、午後10時40分の新幹線に乗って、仙台のホテルに向かった。  

 

 2012_072四日目は、石巻市にバスで移動し、自転車を借りて、海岸
まで行く。強風で自転車が漕ぎづらく、停めると倒れてしまう。海岸近辺もある程度は整理されてきているが、やはり津波の被害は相当なものだったことがわかる。2012_079    

 いくつかの家では、そこにお住まいの方々がいらっしゃるようだった。自転車を走らせていると、庭先でお花の手入れをしている女性と目が合った。なんだか、自転車で通り過ぎていくだけの自分が申し訳ない気がして、私は軽く会釈をした。女性も軽く会釈を返してくださった。

 
 
 

 

 自転車を返してから、仮設された石巻立町復興ふれあい商店街で、牛タン定食を注文した。ほんとうに美味しかった。テールスープも絶品だった。時間がなくて他のお店をまわれなくて残念だったが、イベントが開催されており、みんな楽しそうだった。

Fureaitop_2

 こうして、昨日までのGWの出来事を打っているが、明日から仕事で、また日常生活が繰り返される。

 その日常生活というものは、実は不変で確実な循環ではなく、多様に変化し続けていくものなのだろう。 

 この東京にも大きな自然災害が襲ってくる危険性は大きい。 

 だから、そのために備蓄や、連絡方法を徹底させることも重要だが、今回改めて思ったのは、小手先の準備だけでは、首都直下災害を乗り切ることは難しい、いや乗り切るという発想自体が、現実の恐ろしさを認識していないのだろう。 

 なんと表現したらいいのかわからないのだが、準備するのは防災グッズの用意だけではなく、自然の脅威に対する覚悟と、みんなで助け合おうという意識と、そのための勇気が必要なのではないだろうか。 

 繰り返されるようにみえる日常生活が、実は変化し続ける「自然」という土台に支えられているのだから..........。

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