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2011年10月18日 (火)

昇段....失敗!(`Д´)の学び

合気道の昇段に向けての判定会があった。

 自分としては初夏から準備をはじめており、決して十分ではないが、そこそこ通るであろうと思って受験した。

 審査のときは少し緊張したが、比較的にのびのびと技ができたと自惚れていた。 

 約2時間半の判定会最後に発表があった。今回は受験者が多く、グループにわかれて審査されており、私のグループは15人くらい受験していた。不合格は私と私のパートナーだったKさんだけであった。落ちた理由は足運びが不十分ということであった。 

 ふたりとも愕然とした。このために数ヶ月一生懸命に稽古してきたのに、しかもある程度うまくできていたのに...。失礼な言い方だが、自分たちよりも???という人たちが通っているのに、なぜなのか? 納得できない...といった葛藤が生じた。 

 帰りは合格したら祝杯をあげようと思ってたが、とてもそなん気分にはなれずに、気落ちして帰宅した。 

 こういう日は、エネルギーのある人と会うに限る。そのうってつけが、来月79歳になるうちの母親だ。奥さんと川沿いのイタリアンレストランで母と合流した。母はその歳でもかなり大量にビールを飲む豪傑だ。 

 早速、今日の合気道不合格の話をしたら、母はなにこの男?という呆れた目つきで、おまえねぇ、そんなくだらないことでおちこんでんじゃないわよ。ほんとうにおとこというのは弱い生き物なんだからと一笑にふされて終わった。 

 自分でも客観的にみると、仕事でもない合気道のことで、しかも来月に昇段審査はうけられないけど、3月には受けられる可能性もあるのに、なぜこんなに気落ちするのだろうとは感じていた。

 51歳の息子よりも、80歳近くになっても気のエネルギーがびんびんに出ている母とのコントラストの差が強烈だった。自分にとって合気道修業はなんだったんだろう。

 今回の不合格という体験を通して、気づいたことがある。落ちたからこそ、自分のなかにある栄誉、成功、優越といった欲望があり、そこから苦悩が発生したということがわかる。その葛藤の痛みがリアルであるほど、心の正体が浮き彫りとなってくる。明らかになる。

 3年前に心身ともにリフレッシュして、自分のなかの新しい可能性を発見していくために合気道に入門した。 

 それが、時を経て、道場での顔見知りが増え、友人たちも出来て、後輩たちもあらわれてくるようになってくると、自分のポジションができてくる。そのなかでは、昇級昇段することが、大きな要素でもある。それに向かって、みんなで頑張って稽古していくというのが、典型的パターンであろう。 

 私自身に対しても、周囲から「今度審査受けるんだってね、頑張ってね!」とか、「ぜったい大丈夫、受かるわよ!」といった声をかけてくださる方々もいらっしゃり、その期待に応えてしんぜよと変に意気込んでもいた。 

 しかし、判定で不合格となったために、当日はエネルギーダウンしてしまった。はたして、何のために稽古してきたのだろう。どんな場面でも気をきらずに、落ち着いていられるために日々の合気道稽古してきたはずなのに、合気道自体(組織)が自分を迷わせているとしたら本末転倒はなはだしいことだ。 

 少し冷静になって、自分をみつめてみると、このままの自分で合格判定をいただいてたら、来月の審査に向けて、頑張っただろう。しかし、その頑張りは昇段するためであり、受かるために心の落ち着き、のびのびとした技、気をきらないといったトレーニングをすることになっていたはずだ。  

 欲望が強い自分にとっては、合格はなんとしてでもやり遂げなければならないミッションだが、それが自分に刃を向けてきたのが、今回の葛藤だった。

 負け惜しみではないが、今回は自分と合気道とをみつめてみる良い機会となった。合気道修業が知らぬ間に、組織内での立ち位置や、自己の評価をあげるための材料となってきていることに唖然とした。武道により自己鍛錬するどころか、武道自体が欲望の対象となってしまっていた。 

 合気道道場の一員としての意識が強くなっていたが、まず自分ひとりとして合気道という武道にどう向き合うかをとらえなおす必要があると思った。

 ピンチはチャンスという言葉がある。今回の件を通じて、自分のなかの愚痴、不平、不満が、現実の刺激によって表出した。自分の内界意識を認めつつ、こころを建て直し、自分を新しい潮流に導いていこう。そのための合気道修業だと思う。

 人間は変化していかければ、めまぐるしく変わる世界にきちんと対応することはできない。その変化とは、自分だけではなく、周囲も、社会全体もしあわせにできる存在になっていくことがポイントだ。

 人は簡単には変わることはできない。希望や理想の生き方、目標、尊敬する人物などの光となる方向を定め、進んでいく。それでも、自分自身の長い人生で培ってきた価値観や思い込みは、根深く心に食い込んでいる。

 だから、自分という植物を育てるがごとく、希望、明るさといったポジティヴな水を与え続けながら、怒りや不満、欲望といった心の雑草を取り除く作業が大切だ。

 今回は成長を阻んでいた雑草の存在に気づくことができた。あるんじゃないかというレベルではなく、リアルに存在していることを実感している。それは稽古に中途半端ではなく、真面目に取り組んできたからこそ、反動として噴出したのだろう。

 本当の稽古がこれから始まる。

 Kさんにも話してみよう...できればお酒のみながら........

  結果はさておき、当日気持ちよく体技ができた自分を誉めてあげよう。あの緊張状況で、楽しく投げられたことに感謝。 

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