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2011年10月 2日 (日)

極限状態からみえるもの

 今、NHKスペシャル 巨大津波「その時ひとはどう動いたか」を見終えた。津波で700人の犠牲者を出した宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区。地震発生から津波到達まで1時間10分の時間があったが、人々はどう行動したのかを調査した番組だった。 

 防災上の人々の心の罠として取り上げられたのが、危機的状況でも大丈夫と思ってしまう「正常バイアス」、誰かを助けようとする「愛他行動」、みんなと同じ行動をして安心してしまう「同調バイアス」だ。 

 閖上にいた人々インタビューと、映像を交えながら、本当はもっと犠牲を食い止められたのかもしれないが、人々の意識の思い込み、偏見が被害を拡大させたことを教えてくれた番組だった。

 運転中にラジオで10メートルの高波がくると聴いて、あわてて避難者が数百人集まっている公民館の中庭に車を乗り入れ、津波がくると叫んだ男性がインタビューされたていた。その後、そのときに中庭にいた女性3人がインタビューにこたえていた。突然クルマがみんなの中に突進してきて、男性が津波がくると叫んでいたが、みんな半信半疑だったようだ。その後、そこで多くの犠牲者が出た。 

 津波が間近にきているのに、避難所の中学校に向かう道が渋滞になっていた。殆どのクルマはそのままルールを守っており、そこでも犠牲が出た。 

 平和時につくられた防災計画、マニュアルは平和な感覚でとらえたアクシデントとしての災害をイメージしているが、本気で大災害を想定しているのだろうか。いや、多分本気でその壊滅状況をイメージすることは困難であろうし、為す術は脆弱なものしか並べられないのが現実だろう。

 番組の最後で市が閖上地区に、耐震設備を備え住宅をつくることが緊急対策だと説明会を開いていたが、家族を失った住民はまた今までどおりにハード面の強化を全面に打ち出す行政に疑問を呈した。

 私も市の立場は理解できるが、半年前の壊滅した町と、多大な犠牲者を考えると、どうも唐突な印象を受けた。スピーディーな開発、復興、町づくり....。動きだすのはいいけど、この哀しみや、刹那さ、不条理さをもっと噛締め、これからの未来にどう生きるか、建て直すかを真剣に時間をかけなければ、また同じ過ちを繰り返すことにはならないだろうか。

 そして、これからのやるべき課題をハード面の増強にするのは、どうなんだろう。再び想定外の津波や自然災害が起こる可能性があることは、今回大いに学んでいるはずだし、それよりも今回の番組であったように、人々の意識を変えることがまず最優先課題ではないだろうか。 

 大きな揺れの後や、津波警報が出た直後に避難行動をとっていれば助かった人々も多いはずだ。自然への畏怖と、自分を守るのは自分という危機意識をもって生きることが必要だと感じたのは私だけはあるまい。  

 この番組を観て、普通に家族と一緒に食べたり、話したり、笑ったりすることが、いかに奇跡的なことだったんだろうと気づかされた。最近よく眼にし、耳にする「東北、ニッポン頑張れ!、元気だせ!」と叫ぶだけではなく、もっと静かに自分たちの生き方、営みをみつめることが大切なのだと思う。

 ひょっとしたら、今度は自分たちが被災者になってもおかしくない現実世界に、私たちは生きていることをはっきりと認識しなくてはならない。そして、だからこそ、絶対安全でない世界の中で、私たちは生きている現実を大事にし、他者を大切にして生きるのだと思う。

Image 
今日、錦糸町で観た韓国映画「アジョシ」は、誰かを愛し守ろうとするまさに「愛他行動」が、如何に人間にパワーを与えるか、人生に重みと意味を与えるかを残酷な現実世界で表現した。

 また、昨日放映された再婚したビッグダデイは、大家族の衣食住危機のなかで家族愛をアピールしていた。まぁどうも不自然さはあるのだけど、高視聴率とれるのは演出100%ではなく、真実の部分もあるからであろう。

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