« 2011年9月 | トップページ | 2011年11月 »

2011年10月

2011年10月30日 (日)

落ち着いていこう"! 善光寺、戸隠神社 

ここ数年毎年、善光寺に行っている。母が数十年間毎年参拝に行っており、お付き合い兼運転手で4年前に親戚、友人らとのレンタカーでの旅行にしてから、毎年行くはめになった。

 いつもは土日一泊だが、今年は金曜日に休みを取ったため、渋滞レスでのスムーズな移動ができた。 

 Cimg0429
善光寺コースは決まっていて、参拝をしてから、唐辛子屋、和菓子Cimg0437屋、酒と味噌屋によってお土産を買ってから、宿に移動する。今年は中条のやきもちやという、古くからの民家を移築した茅葺き屋根の宿。金曜のため、お客さんも僕たちを入れて3組ほどで、お風呂もほぼ貸切状態でゆっくりできた。夕食は、囲炉裏を囲んで、肉、魚、野菜を焼いて食べた。 

 部屋に戻ってから、軽く二次会をする。11ヶ月の赤ちゃんがいて、うるさくて眠れないようだったので、下駄を履いて母たちと星空を観にいく。宿の明かりがあるので、満点の星はみれなかったが、それでも東京ではみれない星空があった。

 

 朝六時前に目覚め、窓から外をみると、見事な雲海が広がっていた。そのまま露天風呂に入り、少々お酒が残っていた身体を目覚めさせるため、冷水をかぶる。冷たい。Cimg0440
 風呂から戻るとなぜか、広がっている雲海が僕を引き寄せているように感じたため、持っていた木剣を持参し、雲海を目の前にしながら、振り落とす。普段はパワー全快で、剣については力む癖があって苦労しているのだが、なぜか力が抜けた感じがした。力が抜けたというよりも、透明になったという表現が当てはまるだろう。 

 窓から、宿前で木剣を振っている不審者を目撃した奥さんがやってきて、剣を構えた僕の写真を撮ってくれた。良い記念になった。 

 

Cimg0448 朝食後は、おやき体験を申し込んだ。僕は赤ちゃんのお守り係だ。おやきづくりのため、奥さんの結婚指輪を預かり、小指にはめて、赤ちゃんをあやしたり、抱っこして散歩したりした。 おやきは、小豆、南瓜、切干大根、野沢菜の4種類で、鉄鍋で焦げ目をつけて、灰の中にいれて焼く。最後は灰を落として食べた。あつあつで美味しかった。 

 部屋に戻ってから、小指の指輪がなくなっていることに気づく。慌てて、探したがみつからない。宿も掃除中だったが、問い合わせたら、発見していないとのことだった。もし、みつかったら東京に連絡してもらうことにした。あ~せっかくの旅行がこんな結果で終わっちゃっていいんだろうかと落胆しつつ、部屋に戻る。

 ひょっとしたらと、想定していなかったが、畳んであった着用済の丹前をパラパラッと払うと、ポトンと小さな銀の輪が落ちた...............のだった.....(*v.v)。

  そのまま、東京に帰るのもなんだということで、戸隠神社に寄ることにした。土曜でかなり混雑しておりクルマは遠くの駐車場にとめ、シャトルバスでの移動となっていたが、運よく神社近くの駐車場にとめることができた。そのまま参拝。

 

 午後6時に東京に着いた。レンタカー屋さんに返すとき、抜き取ったETCカードがみつからず慌てたら、ドアのボックスにハナガミと一緒に入っていた(゚0゚) 

 ここんところ、日常生活での落ち着きが僕のテーマなのだけど、まぁいいや、てきとうにやっとこ...といった習癖が今回の旅行でも際立ったなぁ.....。空が一番暗くなるのは、夜明け前らしい(?)。 

 まぁともかく、結婚指輪みつかってよかったぁ...。丹前も最初に手探りしてたらわからず、強く振ったら発見できた。発見のためには強く揺さぶることが大切なのだ(?)。 

 と、ここに書けないこともいろいろあったけど(このブログは僕の備忘録、日記として書いてるけど、ブログに於ける公共性という制約がこういうときに壁となるんだよね)、楽しくて、驚いたり、発見したりの充実した2日間だったのでした。

21133yk9j4l__sl75__3 東京に帰ってから、母とその友達、僕ら夫婦で居酒屋に行きました。母は来月79歳ですが、大生2杯と中生一杯飲んで、アジフライをお代わりしてバクバク食べてました。僕は生ギネス2杯飲んで、生酒飲みましたが、残ったため瓶ごと持ち帰って、家で晩酌しながらBSで録画しておいた小津安二郎監督の「秋刀魚の味」を鑑賞。本当に山場がなく、ハラハラドキドキも、爆笑もなく、淡々と娘を嫁がせる父親のドラマですが、全くたるみも飽きもなく、2時間近くドラマに釘付けにされたのはなぜでしょうか。うちの奥さんも誉めていました。50年前の作品ですが色褪せていないで、日常会話の秀逸さ、人間関係の巧みさといったものが、新鮮に感じられます。

 小津監督作品は縁がなかったのですが、興味がわいてきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月22日 (土)

男一人、DVD映画数本観る休日

今日は奥さんが朝から夜まで仕事のため、一人で過ごす。ここ一ヶ月は委員会や合気道稽古等の濃厚すぎる日々を過ごしたため、久々にのんびりしようと、たいした外出もせず、人とも会わずに、ひたすらDVDを観る。 

 「D- WARS」 韓国映画だが、米国で拡大公開されたモンスター映画。かなり酷評の嵐だが、休日の昼間に中年男一人で観たが面白かった。Imagescal3q23e1
「エンジェル ウォーズ」 どうも暗い映画だな。Y部長は高い評価をつけていたが、僕はダメだなぁ。ハッピーエンドじゃないのはどうも趣味に合わない。

Photo_2

「ウォール・ストリート」 前作から20年以上もたつんだなぁ。証券業界を批判しているが、なんか中途半端な感じがした。まあ、これがアメリカなんだなといい勉強にはなりました。

 

 午前、午後、夜と三本観たけど、疲れまったくなし。ただ、夜の部はお酒飲みながらだったため、大きめのワイングラスを倒して割ってしまい、映画をポーズして掃除機かけたりして慌てました。

 13005604_1079_1_2
 今週末は仕事がらみで、谷中の「大名時計博物館」に行ってきました。江戸時代の時計職人のつくった数種類の時計の精巧さに驚きました。 

 また、展示品の中には、江戸時代の万歩計が展示されており、一体誰が何のためにという疑問を持ちました。 

 館を出て、帰りのバスのなかで、時計がなかった時代に思いを馳せてみました。 

 現代人は時間という単位に縛られ、その枠での営みをしようと学校や会社、家庭生活が慌しい気もします。江戸時代はもっとゆっくりとして、時間というのはあくまでもひとつの目安だったのでしょう。

 現代社会では「時間」は絶対の単位であり、中心軸です。それに付随して「お金」も人々の中心にあります。

 

 時間についても色々と言いたいことはあるのですが、少し酔ってるし、奥さんも帰宅したので今日はここまで...............

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月21日 (金)

ヤング@ハートの小さなシンクロニシティ

 今日は部下が主任昇進となる発表があり、急遽お祝い会を行なった。

 その飲み会で隣に座った音楽マニアの山下君が、今年の夏のフジロックフェスティバルに出たコールドプレイという外国のグループはかなり凄いので、ぜひ一度聴いてくださいと言ってきた。

 よくわからないグループではあったが、面白いネーミングだなと思い、そこまでいうのだったら機会があったら聴いてみたいと思った。 

Img01 ほろ酔いで帰宅し、BSで昨夜放映された「ヤング@ハート」を再生して観た。平均年齢80歳のおじいちゃんおばあちゃんのコーラスがロックやソウルを歌うドキュメンタリー映画である。一昨年に有楽町のロードショーで観たのだが、こうして再度観ると、また違った感覚の感動を味わった。歌に聴き入った。2回目の今日の方がストレートに、心に響いてるみたいだ。

 なかでも、「Fix you」という歌が、コンサートの直前に病気で亡くなった二人のメンバーに捧げるソロバラードで、心に沁みました。

Fix you

ベストを尽くしても成功が得られない時
欲しいものと必要なものそれが一致しない時
死ぬほど疲れているのに眠れない時
何かがかみ合わない
涙が頬をつたって流れる
かけがえのないものを失った時
愛を捧げてそれが報われなかった時
それ以上の苦しみはない

光が君を家に導いてくれる
そして君の骨を燃え立たせてくれる
僕が君の痛みを癒そう ............................

 http://www.youtube.com/watch?v=W_n0zvoHlVk

 とても名曲だなと思っていたら、なんと山下君の推薦していたコールドプレイの曲だったのでした。 

 フジロックというと、アンダーグラウンドっぽいロックというイメージがありましたが、まさか一昨年も映画館で聴いて感動したこの曲が、そこに出演していたグループの曲とは....。

 「ヤング@ハート」を観ると、日本人の礼儀、繊細さとは違う西洋文化のなかで、80歳を過ぎても生命力の気を出している高齢者の姿に圧倒されてしまう。 

 人間が元気に生きるためには、目標とそれに対する努力と、そして友人たちが必要なのだということがメッセージとして伝わってきます。

 「ヤング@ハート」のホームページをたみら、昨年来日していたんですね。しかも、ご近所のすみだトリフォニーホールで公演していたとは(ノ_-。)

 人はどんな高齢になっても、新しい可能性を掴み、開花していく自由と権利をもっている。そんな大上段に構えた言い方をしても、まったく不自然ではない凄いグループなのでした。 

 歌とはなんでしょう?    歌詞とメロデイとアレンジがよくて、それなりのシンガーが歌えば良い歌になるでしょう。「ヤング@ハート」のシンガーの歌は、人生や生き様がそれに加わって.....否、人生そのものが歌を演じ、遊びながら、強烈なメッセージを撃って来るのです。

 

 ※日本でも高齢者によるコーラスやダンス発表などがありますが、「ヤング@ハート」の凄いところは余暇活動というよりも、公演のためにかなり厳しい練習をしていることです。80歳をこえたおじいちゃん、おばあちゃんにそこまで徹底指導しなくてもいいのにと、同情してしまいますが、彼らはそれを乗り越えるのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月18日 (火)

昇段....失敗!(`Д´)の学び

合気道の昇段に向けての判定会があった。

 自分としては初夏から準備をはじめており、決して十分ではないが、そこそこ通るであろうと思って受験した。

 審査のときは少し緊張したが、比較的にのびのびと技ができたと自惚れていた。 

 約2時間半の判定会最後に発表があった。今回は受験者が多く、グループにわかれて審査されており、私のグループは15人くらい受験していた。不合格は私と私のパートナーだったKさんだけであった。落ちた理由は足運びが不十分ということであった。 

 ふたりとも愕然とした。このために数ヶ月一生懸命に稽古してきたのに、しかもある程度うまくできていたのに...。失礼な言い方だが、自分たちよりも???という人たちが通っているのに、なぜなのか? 納得できない...といった葛藤が生じた。 

 帰りは合格したら祝杯をあげようと思ってたが、とてもそなん気分にはなれずに、気落ちして帰宅した。 

 こういう日は、エネルギーのある人と会うに限る。そのうってつけが、来月79歳になるうちの母親だ。奥さんと川沿いのイタリアンレストランで母と合流した。母はその歳でもかなり大量にビールを飲む豪傑だ。 

 早速、今日の合気道不合格の話をしたら、母はなにこの男?という呆れた目つきで、おまえねぇ、そんなくだらないことでおちこんでんじゃないわよ。ほんとうにおとこというのは弱い生き物なんだからと一笑にふされて終わった。 

 自分でも客観的にみると、仕事でもない合気道のことで、しかも来月に昇段審査はうけられないけど、3月には受けられる可能性もあるのに、なぜこんなに気落ちするのだろうとは感じていた。

 51歳の息子よりも、80歳近くになっても気のエネルギーがびんびんに出ている母とのコントラストの差が強烈だった。自分にとって合気道修業はなんだったんだろう。

 今回の不合格という体験を通して、気づいたことがある。落ちたからこそ、自分のなかにある栄誉、成功、優越といった欲望があり、そこから苦悩が発生したということがわかる。その葛藤の痛みがリアルであるほど、心の正体が浮き彫りとなってくる。明らかになる。

 3年前に心身ともにリフレッシュして、自分のなかの新しい可能性を発見していくために合気道に入門した。 

 それが、時を経て、道場での顔見知りが増え、友人たちも出来て、後輩たちもあらわれてくるようになってくると、自分のポジションができてくる。そのなかでは、昇級昇段することが、大きな要素でもある。それに向かって、みんなで頑張って稽古していくというのが、典型的パターンであろう。 

 私自身に対しても、周囲から「今度審査受けるんだってね、頑張ってね!」とか、「ぜったい大丈夫、受かるわよ!」といった声をかけてくださる方々もいらっしゃり、その期待に応えてしんぜよと変に意気込んでもいた。 

 しかし、判定で不合格となったために、当日はエネルギーダウンしてしまった。はたして、何のために稽古してきたのだろう。どんな場面でも気をきらずに、落ち着いていられるために日々の合気道稽古してきたはずなのに、合気道自体(組織)が自分を迷わせているとしたら本末転倒はなはだしいことだ。 

 少し冷静になって、自分をみつめてみると、このままの自分で合格判定をいただいてたら、来月の審査に向けて、頑張っただろう。しかし、その頑張りは昇段するためであり、受かるために心の落ち着き、のびのびとした技、気をきらないといったトレーニングをすることになっていたはずだ。  

 欲望が強い自分にとっては、合格はなんとしてでもやり遂げなければならないミッションだが、それが自分に刃を向けてきたのが、今回の葛藤だった。

 負け惜しみではないが、今回は自分と合気道とをみつめてみる良い機会となった。合気道修業が知らぬ間に、組織内での立ち位置や、自己の評価をあげるための材料となってきていることに唖然とした。武道により自己鍛錬するどころか、武道自体が欲望の対象となってしまっていた。 

 合気道道場の一員としての意識が強くなっていたが、まず自分ひとりとして合気道という武道にどう向き合うかをとらえなおす必要があると思った。

 ピンチはチャンスという言葉がある。今回の件を通じて、自分のなかの愚痴、不平、不満が、現実の刺激によって表出した。自分の内界意識を認めつつ、こころを建て直し、自分を新しい潮流に導いていこう。そのための合気道修業だと思う。

 人間は変化していかければ、めまぐるしく変わる世界にきちんと対応することはできない。その変化とは、自分だけではなく、周囲も、社会全体もしあわせにできる存在になっていくことがポイントだ。

 人は簡単には変わることはできない。希望や理想の生き方、目標、尊敬する人物などの光となる方向を定め、進んでいく。それでも、自分自身の長い人生で培ってきた価値観や思い込みは、根深く心に食い込んでいる。

 だから、自分という植物を育てるがごとく、希望、明るさといったポジティヴな水を与え続けながら、怒りや不満、欲望といった心の雑草を取り除く作業が大切だ。

 今回は成長を阻んでいた雑草の存在に気づくことができた。あるんじゃないかというレベルではなく、リアルに存在していることを実感している。それは稽古に中途半端ではなく、真面目に取り組んできたからこそ、反動として噴出したのだろう。

 本当の稽古がこれから始まる。

 Kさんにも話してみよう...できればお酒のみながら........

  結果はさておき、当日気持ちよく体技ができた自分を誉めてあげよう。あの緊張状況で、楽しく投げられたことに感謝。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月10日 (月)

猿の惑星:創世記 ビッグダディ

 三連休の初日、二日目は箱根の合気道合宿に参加し、東京までの帰宅途中に小田原漁港に寄り、食事とビールで満足して昨夜午後11時にで帰宅。

 連休最終日の今日は奥さんと「猿の惑星創世記(ジェネシス)」を錦糸町に観にいく。猿のDtrzswt5uuoj惑星シリーズは小学生くらいのときに観た記憶がある。子どもながらに、大人のSFといった印象が強く、どうもダークなイメージがあったが、評判もいいので(すぐ人の意見に左右されるのが悪い癖)、インターネット座席予約した(上映時間を少し間違えたが)。 
 

 観た感想は、かつてのシリーズのなんともいえない、残虐性やお色気は消えていて、あのドロドロしたSF映画とはまったく違う世界のような印象だ。

 最初は、猿軍団の映画だから銃撃戦、大爆破といったシーンもたいしたことないだろうがと、軽い気持ちで鑑賞したのだが、観ていたら後半の戦闘シーンはもうどうでもよくなった。最初から中盤までの、人間に育てられた猿のシーザーがどうして、猿たちのリーダーとして人間を敵にして戦うようになったのかの展開がとても面白いのだ。 否、面白くもあるが、むしろとてもせつない気持ちになるのだ。 

 最近の映画で、登場人物にここまで感情移入できた作品はなかった。しかも、主人公は人間ではなく、チンパンジーなのだけど。

 今日の夕食後は、奥さんが録画していたビッグダディのパート2を観た。面白かった。大家族の子どもたちの純粋さがとても心地良い。

 ただ、主人公のリアリティはビッグダディよりも、シーザーの方に感じてしまう自分があるのだが、ちょっと変かしら.......。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月 5日 (水)

個人的(気づき)メモ

  今日から本格的な委員会審議が始まった。

  財産分野で、かなり難しい、どちらかといえば攻撃的な質問が出た。

   はっきり答えたくても、後々ひびく内容なのでしどろもどろの答えを繰り返す。

 すると委員から、またまたキツイお言葉が........

 

 合気道昇段審査をうけざせていただけるか、どうかはまだはっきりしていないが、この一ヶ月間は真面目(ある程度)に取り組んできたと思う。

 

 そこでの課題はどんな状況で゜も落ち着いていられるかということだ。

 そして、今日の出来事は、自分にとってのいい気づきになった。

 

 それは、昨日の別の委員会の報告等は、大変だったが無難にこなせたという実感と、人様からのそれなりの評価があったので、いい気になっていたのだった。 

 その想いで迎えた今日の自分は、自己保存と、自己顕示、自我拡大の塊のようになっていたにちがいない。欲望と不安に苛まれた状態だ。むろん、落ち着いた状態からはかけ離れていた。

 人のからの評価を期待したり、失敗して恥ずかしい思いをしたくないというのは人間ならば自然な感情だけど、心身統一ということからは遠のいている。

 

 質問されれば、何とかうまく答えよう。できれば評価されるようなコメントや態度をしよう。それが自分のエゴを守り満足させるためのものならば、心の安定は崩れている。気が上がり、落ち着かず、呼吸が浅くなる........

 

 現在に集中、拡大し、落ち着いた心で、時と場に存在すること。

 稽古のときだけの落ち着き、心の安定に気を使っていても、実生活で実践できなければ意味がないということを痛感した一日であった。 

 成功したり、出世するために心身統一を利用しようとするのは、邪道である。 

 自分のためだけではなく、社会に貢献するための心身の修養なのでありました(゚ー゚)。

 変化しようとすると、それに応じた出来事が生じ、それを受けとめるとまた次のステップへと続いていく........のだなぁ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月 2日 (日)

極限状態からみえるもの

 今、NHKスペシャル 巨大津波「その時ひとはどう動いたか」を見終えた。津波で700人の犠牲者を出した宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区。地震発生から津波到達まで1時間10分の時間があったが、人々はどう行動したのかを調査した番組だった。 

 防災上の人々の心の罠として取り上げられたのが、危機的状況でも大丈夫と思ってしまう「正常バイアス」、誰かを助けようとする「愛他行動」、みんなと同じ行動をして安心してしまう「同調バイアス」だ。 

 閖上にいた人々インタビューと、映像を交えながら、本当はもっと犠牲を食い止められたのかもしれないが、人々の意識の思い込み、偏見が被害を拡大させたことを教えてくれた番組だった。

 運転中にラジオで10メートルの高波がくると聴いて、あわてて避難者が数百人集まっている公民館の中庭に車を乗り入れ、津波がくると叫んだ男性がインタビューされたていた。その後、そのときに中庭にいた女性3人がインタビューにこたえていた。突然クルマがみんなの中に突進してきて、男性が津波がくると叫んでいたが、みんな半信半疑だったようだ。その後、そこで多くの犠牲者が出た。 

 津波が間近にきているのに、避難所の中学校に向かう道が渋滞になっていた。殆どのクルマはそのままルールを守っており、そこでも犠牲が出た。 

 平和時につくられた防災計画、マニュアルは平和な感覚でとらえたアクシデントとしての災害をイメージしているが、本気で大災害を想定しているのだろうか。いや、多分本気でその壊滅状況をイメージすることは困難であろうし、為す術は脆弱なものしか並べられないのが現実だろう。

 番組の最後で市が閖上地区に、耐震設備を備え住宅をつくることが緊急対策だと説明会を開いていたが、家族を失った住民はまた今までどおりにハード面の強化を全面に打ち出す行政に疑問を呈した。

 私も市の立場は理解できるが、半年前の壊滅した町と、多大な犠牲者を考えると、どうも唐突な印象を受けた。スピーディーな開発、復興、町づくり....。動きだすのはいいけど、この哀しみや、刹那さ、不条理さをもっと噛締め、これからの未来にどう生きるか、建て直すかを真剣に時間をかけなければ、また同じ過ちを繰り返すことにはならないだろうか。

 そして、これからのやるべき課題をハード面の増強にするのは、どうなんだろう。再び想定外の津波や自然災害が起こる可能性があることは、今回大いに学んでいるはずだし、それよりも今回の番組であったように、人々の意識を変えることがまず最優先課題ではないだろうか。 

 大きな揺れの後や、津波警報が出た直後に避難行動をとっていれば助かった人々も多いはずだ。自然への畏怖と、自分を守るのは自分という危機意識をもって生きることが必要だと感じたのは私だけはあるまい。  

 この番組を観て、普通に家族と一緒に食べたり、話したり、笑ったりすることが、いかに奇跡的なことだったんだろうと気づかされた。最近よく眼にし、耳にする「東北、ニッポン頑張れ!、元気だせ!」と叫ぶだけではなく、もっと静かに自分たちの生き方、営みをみつめることが大切なのだと思う。

 ひょっとしたら、今度は自分たちが被災者になってもおかしくない現実世界に、私たちは生きていることをはっきりと認識しなくてはならない。そして、だからこそ、絶対安全でない世界の中で、私たちは生きている現実を大事にし、他者を大切にして生きるのだと思う。

Image 
今日、錦糸町で観た韓国映画「アジョシ」は、誰かを愛し守ろうとするまさに「愛他行動」が、如何に人間にパワーを与えるか、人生に重みと意味を与えるかを残酷な現実世界で表現した。

 また、昨日放映された再婚したビッグダデイは、大家族の衣食住危機のなかで家族愛をアピールしていた。まぁどうも不自然さはあるのだけど、高視聴率とれるのは演出100%ではなく、真実の部分もあるからであろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年9月 | トップページ | 2011年11月 »