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2011年7月16日 (土)

採用面接に想う

今週は新規採用の面接を2日間行なう。

新卒者を中心に、20代前半が殆どの若者たち20数人に、さまざまな質問を浴びせる。

 ただし、面接では何でも聞けるわけではない。 

 厚生労働省職業安定局就労支援室の「採用のためのチェックポイント」では、人生観、生活信条に関すること、尊敬する人物に関すること、愛読書などに関することを質問しては問題ありとしている。

 確かに出身地や、家庭環境、宗教や支持政党を質問するのは、就職差別につながる怖れがあるというのは理解できるが、尊敬する人物や、好きな本などまで聞いてはならないとなると、質問範囲がかなり限定されてくる。 

 面接の時間は大抵が10~30分くらいが多いだろうが、その短い時間で相手を知るには、質問メニューは豊富であった方がよい。もちろん、限定されているとしても、その狭隘な範囲の中で知恵を使って、質問をし続ける努力をしなければならないのだが。 

 もし、学生時代に膨大な読書量があったり、かなり愛読書に没頭した経験があったり、映画をいっぱい観て、人生や世界を学んだ受験者がいたとしても、面接ではそこには十分触れられないまま、バイトに明け暮れた他の受験者と同じフィールドに立って、その範囲の質問に応対しなければならなくなる。  

 かなり昔に私が採用面接を受けたときは、子どもの頃からコンプレックスを抱いていた生まれ育った地域と家庭環境を、自分から前面に出して答えて、ルーティン化した質問をしていた面接員たちの顔が、グッと反応し、良い意味で空気が変化していった記憶がある。  

 採用面接がマニュアル化され、画一的になってしまうのは、致し方ないし、そこで努力しなければならないのはわかるが、このままでいいんだろうかという疑問もある。

 現状の面接技法では相手の受答えに対する分析、確認、査定といった側面が強く、、相手を知るということからは離れているような気がしてしまう。

 勿論、採用面接であるから、取捨選択する必要があり、そんな甘っちょろいことを言うべきではないといわれてしまいそうだが.....。 

 組織として人を採用すべき基準は、経験や資格、自己PRといったものだけではないはずだ。「○○して成果をあげました」や、「○○資格もってます」や、「私は○○できるタイプです」といった人物ばかりが集められた組織としいうのは、いかがなものだろうか。その組織はハツラツと機能することができるのだろうか。 

 「組織は人なり」とよく言われるが、その「人」とはどんなものを持っている人なんだろう。私は、単に能力や、資格といった成果主義的な要素だけではなく、人懐っこさや、面白さ、意外性をといったものを抱えた人だとも思える。 

 だから、面接の場でも、できる限り、その人のマニュアル化された応答ではなく、生身の一部分でも知りたいと強く思うのだ。

 

 面接の場で、黒澤明や小津 安二郎を熱く語る女子大学生がいたら、びっくりするだろうなぁ....

 

 

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