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2011年6月14日 (火)

自分でつくったおばけに怯えている人間

7時まで残業して合気道の稽古後、帰宅してシャワーを浴びて、肉味噌うどんと揚げ茄子をつまみに飲むお酒とサワーは最高!!

 飲みながら、何か気づいたことがあったのだけど、整理できていないため、こうしてキーボードを叩いて自問自答している。 

 ここんとこ、委員会続きで、胃酸過多傾向にもあるのだが、ずっと何か現実の受け止め方が違っているような気がしていたのだ。 

 今日の合気道のお稽古では、自分が無理やりに相手を何とかしようとすると、力んでしま
って動きがぎくしゃくしてしまうが、自分という枠を取り払い、リラックスして攻撃を受けると、勝手に相手が自分から動いていき、それを自然に下に下ろすと転がっていくことを体験した。 

 どうも、世の中を敵と思い、嫌だなぁとか、ふざんけんなよとつぶやきつつ、自分を守ろうとしたり、過度に相手を恐れたりして、疲れてしまうのだ。

 

 自分の対峙する世界は自分が創りあげているものだ。例えば、同じ職場にいながらもそこで持つイメージは人によって千差万別であり、人間関係の好き嫌いも複雑に交差しているはずである。世界がみんなと共通であるならば、嫌な上司はほぼ100%の人がきらっており、人気者の鈴木さんは、ほぼ全員が好いているということになるし、お互いが理解できているから摩擦は生じないはずである。 

 同じように過ごしている時空でも、人によっては苦界であり、人によっては退屈な世界だ。 

 私は、どうも世の中を敵とみる傾向があるようだ。物事はそんなにうまくいく訳がない、なにか失敗してひどい仕打ちを受けるかも...とか、なんか嫌な出来事が現れてきて自分を苦しめるのでは....とか、所詮この世は弱肉強食で、甘いこと言ってては駄目だとか.....。

 そのような冷徹で、自分を苦しめる世界に対して、自分は抵抗しようとか、プロテクトしなくちゃと、斜に構えていたり、ユニークであろうとかしてきたのかも知れない。それが、自分を支えてきたのも事実だろうけど、それが自分を硬直化させてもきたのだ。

 中村天風先生は、人間が自分の想念によって苦悩する現象に対して、「自分で勝手にお化けをつくって、自分で怖がっている」と明快な比喩をされた。

 世界とどのように接していくのかは多種多様の宗教、哲学があるように、はっきり決めることは難しい。でも、答えはそれらの教訓の中に存在しているのか。 

 子どもを可愛いと感じ、育てることや、花や動物を愛でるのも、それらが正しいことだからではない。心が、体が、そう感じるからだ。 

 こうすべきという「あるべき論」は万能ではない。世界はあるべき論の戦いから不幸な歴史をたどってきている。

 実相から離れ、自分で勝手につくった世界観があり、それに対抗して自分を硬直化させていることがわかってきた。ならば、自分という枠からはなれて、力を抜いてこの世界と争わずに対峙することが大切ではないかと、今日のお稽古を通して思った。

  怒りや恐怖は、体を硬直化し、動きを阻害する。喜びや落ち着きは、体をやわらかくし、動きをスムーズにする。だったら、どうするかわかるよねと言われたような夜でした。

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