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2011年6月 6日 (月)

八日目の蝉等々

 武道家茂呂隆氏の「護身は護心にあり」を週末に読んで、相手をねじ伏せようとすると、相手と拮抗して姿勢が崩れてしまうだけだが、相手と自分がひとつという感覚だと簡単に相手を崩していくような実験がのっていた。

 合気道でも、相手とひとつになる感覚を教えられるが、今日は久々にジム行ったので、ラットマシーンで実験しようと試みた。プレート70kgの最大重量にして、ブレスダウンを行なう。憎きプレートを無理やり力んで、持ち上げようとしても微動だにしない。しかし、プレートが愛しき自分と合体しているというイメージだとも簡単にバーを引き下げ、ブレートが上昇するのだ。

 合気道では、ウェイトトレーニングを推奨していないため、最近は控えているが、こういう身体実験をしてみると、心が体を動かすということが証明される。しかし、いくら高重量をもちあけでも、部分的に身体を鍛えるボディビルとしては効果が期待できないはずです。あしからず。

 この一週間は「キンキーブーツ」「小説家を見つけたら」という佳作映画を観たが、週末に見たnhkドラマ「八日目の蝉」6話には圧倒された。映画でも今ヒットしているらしいが、本当に切なくて、哀しいドラマだ。こうなりそうで、観るのはためらったけどやはりこうなった。こうしてお酒飲んでpc打っているいまでも、薫の可愛さと母と娘の情愛を思い出して、胸がきゅんとしているのだ。

 なんで、人はこんなにも哀しい物語をわざわざ見るんだろう。それは、他人の不幸は蜜の味的な、せこい幼児的な嗜好ではないはずだ。

 この誘拐による親子が、普通の親子だったら、あそこまでの幸福感は味わえなかったのかもしれない。いつか、終わる出会いだという気持ちがあったからこそ、一緒にいられる時間が濃厚で輝いたのではないか。

 薫と京子(偽名)の母娘を通して、人間が出会っていることの大切さと奇跡を私たちは垣間見るのかもしれない。

 不条理なこの世に生きているからこそ、出会える愛のはかなさと強さを、この物語は語っている。たとえ、誘拐した子と接した親子の時間であったとしても.....。 

 私たちは、ふつうに出会っていること、生活できることの有り難さを忘れ、あたかも当然のもののごとく思ってはいないだろうか。失うからこそ、今あることの大切さがわかる。これはフィクションの世界からのメッセージだけではない。多分、震災で被災なさった方々も実感されているのではないかと察する。

 

 それって、生命も限りがあるから、輝き得るということか..........

 

 

 

 

 

 

 

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