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2011年5月 3日 (火)

伊勢、熊野、高野山、熱田神宮

007_2 4月29日から5月2日までの3泊4日の旅を終え、昨日の夜に帰宅した。

  伊勢神宮、熊野三山、高野山、熱田神宮にそれぞれ御参りして、まさに巡礼、スピリチュアルツアーっぽいけど、名古屋からレンタカーを借り様々な道を900キロほど走行したため、少しハードなドライブという感じでもあった(それでも1回も給油しないですんだプリウスにびっくり)。

 今回の旅では長時間クルマの運転をしながら、或いは神社やお寺で手を合わせながら、なぜか自分が自分のことしか考えていないということに気づいたのだ。自分の不安や不満と50年つきあってきたが、殆どのものは自分に起因していることだった。

 自分が得たい、失いたくない、避けたい、味わいたくない...といったものたちに執着して、葛藤しつつげてきた。言葉にすれば当たり前のことだけど、この歳になって、今回の大震災があって、神聖な場所を訪れたことによって、なにか少しつかめたような気がする。

 竹内まりやの「人生の扉」の歌詞には、満開の桜や紅葉をこのさき何度みることだろうという部分がある。僕も40になってから、年賀状を何回書くのだろう、くそ暑い夏だぜと何回愚痴をいえるのだろうと思うようになっていた。

 これからも自分への過度な固執を繰り返して人生を費やしていくのは、何かが違うとこころが疼きはじめた。伊勢神宮では自分や、自分たちのことではなく、感謝の祈祷をお願いした。

 ....といいつつも、まだまだ自分に執着しているし、それは当然のことだろう。それを少しずつ、少しずつ、純化させていくことができたら、嬉しいだろうなぁ。

 昨日の夕方は、居酒屋で名古屋っぽい料理を肴にお酒を飲んだ後に、名古屋駅の本屋で緊急出版された大前研一氏「日本復興計画」を購入し、新幹線の中で読み終える。大前氏はかつて原子力発電所設計に関わっており、震災直後からの事態に対する分析と洞察はさすがである。今回の大震災から日本を復旧させるのではなく、新たな復興させる必要があるとも言っておられる。そのための施策として、氏が昔から主張している道州制を論じておられる。

 また、この本に書かれていることで印象的だったのは、日本が「20年間、所得が減り続けている唯一の先進国」ということだ。バブル崩壊以降、不況続きで閉塞状態に慣れてしまった感があるが、実は20年間の家計所得は日本はマイナス12%で、他の国も似たようなものだろうと思っていたら、フランス、イギリス、アメリカは2~2.5倍、新興国は10倍くらいになっている。ぜひともこの原因を明らかにしていかなければならない。今の日本は大震災の対策だけではなく、この国そのものについて見直す時期なのだと思った。とても大切で、ずらしてはいけない時機なのだろう。

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