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2011年5月

2011年5月30日 (月)

ブラック・スワン

Photo 今日は仕事が終わってから、奥さんと待ち合わせて「ブラック・スワン」を観た。この映画はかなり評価が高く、普段辛口しかいわない映画評論家もテレビで大絶賛していたとのことだ。

 
 他人様の意見に左右されやすい自分としては、こんどの土曜も出勤だし、奥さんは今日は代休だったから、今日は平日の空いている映画館で、巷で絶賛のこの怖ろしい?映画を観ようと思ったのだった。

 内容は他のサイトに任せるとして、まず感想としてはナタリー・ポートマンが中盤から壊れて狂っていくのだけど、突然の音とか、誰かを出現させたりして驚かすのはやめてほしいということだ。 

 そうでなくても、気の弱い私としては、場面の展開から「こっ、これからきそうだなぁ....Σ(゚д゚;).」という覚悟ができないまま、突然○○がでたり、大きな音を立てられると、足元からぞ~っとしますんねん。

 物語は、中たるみなしで面白いんけど、とにかくなんか痛~ッつう感じですねん。 

 この監督は「レスラー」も撮っていたから、通じる部分はあるけど、ミッキーロークの痛さはデスマッチという必然性があったけど、この映画は無秩序に病的な痛みを味あわせてくる。 

 最近の映画って、どうしてリアルな痛さや、変な不条理さ、無秩序さを表現してくるのが多いんだろう。 

 ナタリー・ポートマンの演技には圧倒されて、芸術というのは故岡本太郎さんのいうように、心地よくあってはいけない、きれいであってはいけないというのは本当なのかもしれないと改めて思ったのでした。

 鑑賞後は、暗い気持ちから気分転換のため「牛角」によって、たらふく飲んで食べて、そして帰宅してからは、もう怖くない映画をということで「霧の中の風景」を観ました。

1294992718_2 この映画は、ギリシャ、フランス、イタリア合作で、アテネからドイツへ、会ったことのない父親を探して旅をする幼い姉弟を描いたドラマで、第45回(1988年)ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞を受賞。

 「ブラック・スワン」の幻想的なサスペンス性は皆無で、芸術的なロードムービーとして、コアな映画フアン大絶賛の古典的?作品である。物語進行はまったり感があるが、現実の不条理さや、人間のはかなさが、妙にリアルにせまってくる。

 だが、これも明るい気持ちになれる映画ではない。ラストは少しは希望がもてそうなシーンだが、それだけで前向きな気持ちになれるものではない。

 今週はツタヤで「RED」を借りてこようかしら......(;ω;)

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2011年5月29日 (日)

週末は映画

 先週は委員会や、理事会とか色々あって、慌しかったので、この土日は合気道のお稽古以外は、自宅で映画、読書していた。まぁ、天気もずっと雨だったし..。

 「ぼくのエリ」は、スウェーデン映画で、いろんな賞をとった話題作。T01710240_0171024010631050527

 ずっと12歳のままの吸血鬼の女の子といじめられっこの出会いの話だけど、女の子が吸血鬼として人間を襲うシーンよりも、学校での陰湿ないじめの方が残酷に思えた。途中の着替えシーンでボカシが入るが、調べたたらここがかなり重要なシーンであった。なにゆえにボカシを入れたんだろう。物語の重要性よりも、身体の一部分を機械的に隠蔽する処置の方が不健全だと思う。文化芸術に対して、前例主義でしか対応できない映画行政(映倫?)はなんとかならないものだろうか。

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「人生は奇跡の詩」は、『ライフ・イズ・ビューティフル』のロベルト・ベニーニが監督、脚本、主演のやはり戦争と愛をからめたほのぼのとする映画。 

 ベニーニの詩的で、自己破壊気味のキャラクターが魅力的でたまらない。大学での詩の講義シーンが特によかったなぁ。これはイタリアじゃなきゃつくれない部類の愉しい映画である。

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「再会の街で」は9.11で最愛の妻子を亡くし、PTSDとなった大学の同級生を、なんとか立ち直らせようとする歯科医の話だ。 

 

514qzg6vf9l__sl500_aa300_ ポール・ニューマンの裁判劇「評決」は30年ほどまえの作品。最近の裁判劇はもっとシニカルで、どんでん返しも派手そうだけど、この作品も少々古いながらも楽しめた。

 
 酔っ払いの弁護士ニューマンが、法廷で窮地に追い込まれつつも、逆転勝利する良い作品だが、見終わった後の爽快感はなかったなぁ。

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2011年5月26日 (木)

今日は3月末に退職した方の送別会があった。震災の関係で今日まで延びてしまったが、150人ほどの大パーティ-となった。 

 午後6時開始前に来た総務課長のネクタイを見て驚いた。 今朝の夢の中で総務課長がネクタイをしている夢をみた。クールビズのため、今月からネクタイはしていない総務課長は、今夜は送別会のため特別にネクタイを着用してきたのだった。殆どの人はノーネクタイだったけど。:

そして、今朝の夢にみた柄のネクタイを総務課長が実際にしてきたのだ!!。なぜ柄をはっきり憶えているかといえば、実はその柄のネクタイは私も持っているので、まぁ関連性はあるのだけど。それにしても不思議だった。

 ノーネクタイ期間中であること、そしてそのネクタイは10年くらい前に同じものを所有していることがわかったが、既にかなり年数がたっており、多分お互い殆ど締めることがなくなってきた...等々。それをなぜ、今朝、総務課長がそのネクタイをしてくる夢をみて、その通りの現実になったのか.....? 

 先週の藤平先生の夢の件といい、なんか不思議である。夢がかなりの現実を予知しているような気がしてきた。これはGWから続いてる神宮参りによるものなのだろうか?

今日は(も)酔ってるげと、このブログは日記も兼ねているので、備忘録として今回の夢もいちおう記録しておきますねヾ(´ε`*)ゝ

※昨夜はみた映画は「マチェーテ」。本当のおバカ映画どある。コテコテの馬鹿である。C7d9c7f156_5



 

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2011年5月22日 (日)

秘境の地からやって来た!仰天ニッポン滞在記

今日は嫁の実家に御呼ばれして、母と従兄弟、その子供たちら12人ほどで出かけた。義父は鉄道模型ファンで家の屋上にはレールが敷いてあり、電車がぐるっと走るようになっている。また、秘密の部屋には、環状の鉄道車庫の模型があり、電気でターンテーブルのように廻るのだ。小学4年生~0歳までの5人の男の子たちは大喜びであった。

 ラザニアやラタトューユ、シーフードオムレット等々をご馳走になりながら、昼間からビールやワインを飲んで酔ってしまった。帰宅後は、ボーっとしていたため、入浴し、読書にするか、映画を観るか...と迷ったが、テレビ東京の「秘境の地からやって来た!仰天ニッポン滞在記」というタイトルに魅かれて、結局2時間最後まで観てしまった。

 番組は、パプアニューギニアで水道も電気もない村で暮らす家族4人が日本にやってきて、ホームステイしながら、日本の都市生活や文化に触れるといった内容だ。 

 最初に4人の生活ぶりがでるのだが、水汲みやいも栽培、魚や鳥を取るという自給自足生活であり、文明生活からはかなり隔たりがあるような映像が流れる。やがて、その4人が初めて乗る飛行機(当然だが)で日本にやってきてラーメン屋さんを営むご家庭にホームステイするのだが、やはり日本という国は想定外の驚きに満ちた世界であるらしい。最初に高架線を走る電車を発見したお父さんが叫ぶ「空を飛んでいる!」と。お父さんは空飛ぶ物体をみれた幸運に感謝していた。また、お父さんは生まれて初めて風呂に入ったのだと思うが(祖国では水浴びはしてらっしゃいました)、熱い湯に入るとことへの恐怖と興奮が微笑ましい。そして、湯になれ気持ちよくなってから、お父さんは頭から入っていいかと訴え、何回も浴槽に頭ごと潜った。

 お母さんは、初めてみるガス台に驚き、自分には難しくてできないといったが、押して廻すとサポートされて火をつけた途端、案外簡単だわと言っていた。それから、火を使わない電子レンジや掃除機にもびっくりしていた。

 実は、もっと色々なエピソードがあるのだが、このくらいにしておこうっと。

 この番組を観て面白かったのは、まさにコテコテのシンプルライフを送っている4人家族が、技術革新の頂点に属す日本という国で未知の体験をする驚きと、人種の違いを超えた人と人との交流だ。 

 最初は、ジャングルで重たい荷物を頭から後ろにしょって運ぶお母さん(祖国では重たいものは女が運ぶ風習)の顔を見て、怖いなぁと思ったけど、日本になれてきて顔つきも優しくなり、笑いも多くなった姿をみて、人間の順応能力というのは凄いものだと思った。  

 ジャングルで暮らし、電化的生活とは無縁な人でも、数日あれば都市生活にも順応してくる...ということは、日本に住んでいる自分たちが進歩的生活を送っているのは、自分たちが高度の技術革新を享受できる能力をもった人間だからではない。自分たちがたまたま日本に生まれてきただけならば、その幸運を(ひょっとしたらパプアニューギニアの方が幸せかもしれないが)自覚しなきゃ、バチが当たるのではないか。

 当たり前のように、電気と水、ガスを自由に使えて、当たり前のように電車やクルマで移動し、当たり前にヨドバシで新製品を見て買い、居酒屋に入り、スカイツリー見物をできるということが、実はたいへんな奇跡なんだということをこの番組から教えられた。

 それと、日本の食べ物がいかに美味しく、素晴らしいものかということも実感した。うなぎも鳥肉も、パプアニューギニアの密林では自分たちが捕獲するのだけど、そんな手間も危険もかけずに、様々な味付けを楽しめる日本人に生まれたことは感謝に値します。

 番組の最初のジャングル生活のシーンでは、ただ生き延びるための過酷な生活が映し出されており、毎日がただ生きるための繰り返しだといやだなぁ....やっぱし日本がいいなぁと思ったが、ジャングルのエネルギッシュな映像と、日本の特に都市部の映像を比較してみると、後者の生気が希薄なように感じられる。

 技術革新は今回の原発事故により、栄華を誇れるものではなくなってしまった。ジャングルの4人家族に堂々と胸を張って、科学技術の素晴らしさを伝えることができなくなってしまった。技術に依存している現代人の人間力は弱体化しており、大きな変化や危機に対して、察知と柔軟な対応ができなくなっている。この4人家族のように、極端に異質な世界に遭遇しても、順応していける力があるだろうか。彼らのパワーの源は、驚ける能力とユーモアだと思った。

 あと、願うのは祖国のジャングルに帰った家族たちには、日本での体験が良い影響だけであってほしいということである。

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2011年5月20日 (金)

養老先生、藤平先生とシンクロニシティ

 昨日、養老孟司先生と藤平光一先生のことを書いたが、本当に不思議な(自分だけの思い込みかもしれないけど...)シンクロニシテイが起こった。

 まず、養老先生の講演会で購入した新刊「大切なことは言葉にならない」の冒頭に、フランス映画「サン・ジャックへの道」が紹介されていたが、かなりマイナーな映画ではたしてツタヤにあるからしらと思ったいたら、何と来週にBSで放映することを発見した。すぐ予約録画にしておいた。あーラッキーと思っていたら......

 尊敬する藤平光一先生が、昨日の朝にお亡くなりになった。私は昨日の朝に先生の夢を唐突にみていたので、びっくりした。昨日の稽古後、道友に夢の話を少ししたのだが、まさかお亡くなりになられていたとは..........。

夢枕に立つというイメージではないが、夢に出てきて下さったのも大切なご縁だと思います。先生のご冥福をお祈りいたします。

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養老孟司先生講演...藤平光一先生

昨日の水曜は御茶ノ水三省堂で養老孟司先生のミニ講演会があり、就業後ダッシュして参加した。先生は海外に虫取りに行って風邪をひいたということで、鼻水グシュングシュンだったが、相変わらずエネルギッシュでべらんめい口調の歯切れのいい話がきけた。

 内容は、自己とは地図上の矢印、自己を主張するには社会がしっかり機能していなければならない、生命進化は弱肉強食ではなく共生...といったお話を伺い、とても知的スリリングな時間を過ごせました。ありがとうございます、養老先生!

 バカの壁で大ブレイクして養老先生だけど、実はアカデミックで書斎にずっといるタイプではなくて、いのちをかけて、日本中、海外の僻地にも虫取りにいっていらっしゃる身体派である。対談集も合気道家でもある内田樹先生や、古武術の甲野善紀先生との対談集を出しており、また野口体操の野口三千三先生との対談dvdも出ており、かなり昔に購入した。知的探求と身体派........養老先生の若々しさはそこにあるのかなと思いました。

 私も身体派として、いろいろと修業している身であるが、今朝は心身統一合気道の藤平光一先生の夢を見た。先生を知ったのは、約25年くらい前に気のはなしというような文庫本を読んでからだ。そして師と仰ぐ中村天風先生の愛弟子と知り、驚いた。 

 藤平先生の夢をみたのは初めてだが、こんな感じの内容だ。実在しない道場のお稽古に藤平先生が同席なさっていた。稽古後、こっそり私は藤平先生に合気道のコツは何でしょう?とチャッカリたずねたら、先生はそんなものない!!と一喝されたのだった。そして、付き人の運転する車に乗られた先生をお見送りするのであった。

 きちんと心身統一していないまま、日常の刺激に流され、居着き、だらしない自分を戒めてくださったのではないかと解釈している。

 ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

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2011年5月14日 (土)

鹿島神宮+香取神宮+美人の湯+もんじ゜ゃ

 今日は嫁と母と日帰り温泉に行くことになっており、休日ではあるが、平日同様に7時に起床する。しばらくしたら、嫁も起きて開口一番、「昨日凄いことが起こった!」と言って来たので、何事か!と思ったらビッグダディが離婚して、5人の子持ち女性と再婚したということであった.......(´~`)。

 まぁニュースといえばニュースだろうけど、大変なニュースなのだろうか.......という疑問を生じつつ、もし事実ならば清志さん(ビッグダディ)もメディアによって、自己改造しちゃったなぁという何とももいえない気持ちになった。前の奥さんとの離婚はあり得るけど、その代わりに+5人の子どもというシナリオ設定はどうなんだろう。

 清志さんはビッグダディ」というドギュメンタリーっぽい番組を通して、ジム・キャリーの「トゥルーマンショー」をリアルに演じてみせているのだろうか。ただ、家族を巻き込んでいるのだが....。ビッグダディの人気は、家族愛と貧乏でも明るくたくましく生きるエネルギーの魅力があったからだ。しかし、離婚、再婚、離婚、そして次には新たに5人の子持ち女性と再婚・・・という展開は、共感よりも失笑を買うことにならないだろうか。ビッグダディという番組に失われた日本の家族や逞しき父親像を見出し、感動した人々はこの事態をどう受け止めればいいのだろうか。まぁ、人様がご自分で選択なさったことをあれこれいうのもどうかと思うが、清志さんは半面、芸人であり、演出家でもあるようなのでついつい語ってしまいました。

006 さて、今日はレンタカーでブリウスを借りて、日帰り温泉だけでは、物足りないので、鹿島神宮、香取神宮に参拝した。武道場では武神を祀っている「鹿島大明神」「香取大明神」掛軸が対になって掲げられていることが多いそうだが、私もかなり昔に大山倍達氏の本の中で、道場に掲げてあるのが記憶に残っている。

  鹿島神宮では800円の武道お守りがあった。お守りを買って武道の精進しようする自分ははたしてどうなんだろうと思いつつも、すばやく財布から紙幣を取り出したのであった。

 012_4 参拝後は近くの公園で母のつくったおにぎりを食べて、香取市にある美人の湯に入る。ここは、茶褐色の温泉で、露天風呂ではウィンナーコーヒーみたいに白い泡が浮いていて驚いたが、温泉成分の重曹によるものらしい。なかなか良い温泉であり、母は温まった温まったと大ご満悦であった

 レンタカーを返してからは、三人で本所のもんじゃ屋さんで、安くておいしいもんじゃや、お好み焼きをたらふく食べ、私はビール、サワー、冷酒を飲んで良い気持ちになったのでした。

 

 

 

 

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2011年5月 8日 (日)

オバマがもし、日本のリーダーだったら

菅首相は浜岡原発の停止を発表した。東海地震の想定地域であるためというが、この措置に対して、賛否両論がある。

 これは国民の安心と安全のための英断なのだろうか。メディアによる批判の多くは、原発の停止そのものよりも、説明不足のまま唐突に発表されたというプロセスについてが多いように感じる。

 東海地震については、数十年前から騒がれてはいたが、今回の決断によって、地震の発生率がかなり現実的になってきたというように受け止められる。しかし、その発生率に関するデータは、最近に大きく更新されたわけではなく、データ自体は既存のものだが、今回の大震災によって、万が一東海地震も発生したら大変なことになると方針を変えたもののように思える。

 どうも付け焼刃感がある。

 東海地震にリアリティをもたせて原発停止するならば、他の原発の安全性や、電力不足化による弊害と対策、地域の理解などについても、きちんと説明できなければ、付け焼刃感は拭えない。

 また、東海地震の発生を現実的課題とするならば、地震発生直後の想定できる被害、復興策を明確にしなければ、国民の不安を煽る結果になる。そして、その不安は経済にも打撃を与えるでろうし、生活設計や、子育てなどについても影響を及ぼしていく。

 菅首相としては、一生懸命にやろうとして、今回の決断をしたのだろう。そのことは、わかる。菅首相一人が今回の批判を受けるのは気の毒といえば気の毒だ。はっきり言えば、多くの国民は菅首相というキャラクターに、この国が救済できるとは思っていないだろう。ただし、次の強力なリーダーも不在のままだ。

 この未曾有に危機にある日本に必要なのは、従来の派閥争いや、スキャンダルに煽られる政治リーダー像ではなく、新しいリーダー像だ。

 今、国のリーダーに求められるのは、様々な課題と具体策を所信表明することだけではなく、まず、この国の物語りを語れるかどうかではないか。

 この国が戦後から如何に復興し、先進国となり、そのためのエネルギー政策をどう捉えてきたか、今回の大震災で何を学び、未来に向けてどうしようとしているのか。未来に向けては、具体的取り組みとして云々の前に、国のヴィジョンを語らなければならない。その言葉で国民を励まし、奮い立たせてほしい。

 ACのがんばれニッポンのニッポン、ニッポンという弱々しいシュプレヒコールもいいが、まずは骨太のリーダーが、自分の言葉で日本再生を語らなければならない。

 オサマ・ビンラビンの暗殺を指示したオバマ大統領については(米国内の賞賛とは違い日本国民は割と冷静な見方をしているように思うのだが)、彼のスピーチは米国民の愛国心を奮い立たせ、国民の感情エネルギー量を増大させている(良い意味でも悪い意味でも)

 日本では当面、菅首相が降板することはないだろうから、彼にもオバマ大統領を支えたようなブレイン、スピーチライターの存在が望まれる。

 日本のリーダーがこの国がこれからの進むべき道を、物語りとして国民に語っていただきたい。もちろん、物語りを語っても、マスコミは詳細にわたって、あらゆる中傷、批判をしてくるだろうが、通りいっぺんの所信表明は、誰の心にも響かない。

 論理的解決を提示して解消できる危機は、それなりのレベルだ。

 しかし、今回の危機はここが大変だから分析してこうしましたとか、あれについては検討して○○を設置しますといった、従来の対処方法では乗り越えることができない、深刻で複雑な状況なのだ。

 人が本当に勇気をもって立ち上がるのは、問題解決型の話ではなく、まず将来はこうなるという力強いヴィジョンがあり、そのためにこうしていこうという物語りを感じたときだろう。

 福島原発を再び、津波が襲ったらとか、東京直下型地震が発生したらとか、さらに出生率が激減していったらとか、課題は考えればきりがない。

 それを全部、菅さんに何とかしろというのは酷だし、非現実的である。

 菅さんにはまず、日本国民の信頼を得てほしい。

 米国大統領のような強いリーダーがいなくても、何とかやってきた日本は健全で凄い国だと思ってきたが、事態は一変した。日本の従来型リーダーたちにはもし震災前の状況に戻ったときに活躍していただくとして、現在の想像を絶する状況下では、強く、自分の物語を語れるリーダーにご活躍いただく。

 オバマ大統領がもし、日本のリーダーだったらどうなっていただろう。もちろん、彼であっても被災状況について完璧な対応がてきるわけがなく、問題は山積しているだろう。

 しかし、彼ならば(或いは優秀なスピーチライターは)、通り一遍でない、力強い言葉でこの現状を語り、打開へ道筋を示したのではないかなぁ。

菅首相、頑張ってください。

応援します。

 

    

 

  

 

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2011年5月 3日 (火)

伊勢、熊野、高野山、熱田神宮

007_2 4月29日から5月2日までの3泊4日の旅を終え、昨日の夜に帰宅した。

  伊勢神宮、熊野三山、高野山、熱田神宮にそれぞれ御参りして、まさに巡礼、スピリチュアルツアーっぽいけど、名古屋からレンタカーを借り様々な道を900キロほど走行したため、少しハードなドライブという感じでもあった(それでも1回も給油しないですんだプリウスにびっくり)。

 今回の旅では長時間クルマの運転をしながら、或いは神社やお寺で手を合わせながら、なぜか自分が自分のことしか考えていないということに気づいたのだ。自分の不安や不満と50年つきあってきたが、殆どのものは自分に起因していることだった。

 自分が得たい、失いたくない、避けたい、味わいたくない...といったものたちに執着して、葛藤しつつげてきた。言葉にすれば当たり前のことだけど、この歳になって、今回の大震災があって、神聖な場所を訪れたことによって、なにか少しつかめたような気がする。

 竹内まりやの「人生の扉」の歌詞には、満開の桜や紅葉をこのさき何度みることだろうという部分がある。僕も40になってから、年賀状を何回書くのだろう、くそ暑い夏だぜと何回愚痴をいえるのだろうと思うようになっていた。

 これからも自分への過度な固執を繰り返して人生を費やしていくのは、何かが違うとこころが疼きはじめた。伊勢神宮では自分や、自分たちのことではなく、感謝の祈祷をお願いした。

 ....といいつつも、まだまだ自分に執着しているし、それは当然のことだろう。それを少しずつ、少しずつ、純化させていくことができたら、嬉しいだろうなぁ。

 昨日の夕方は、居酒屋で名古屋っぽい料理を肴にお酒を飲んだ後に、名古屋駅の本屋で緊急出版された大前研一氏「日本復興計画」を購入し、新幹線の中で読み終える。大前氏はかつて原子力発電所設計に関わっており、震災直後からの事態に対する分析と洞察はさすがである。今回の大震災から日本を復旧させるのではなく、新たな復興させる必要があるとも言っておられる。そのための施策として、氏が昔から主張している道州制を論じておられる。

 また、この本に書かれていることで印象的だったのは、日本が「20年間、所得が減り続けている唯一の先進国」ということだ。バブル崩壊以降、不況続きで閉塞状態に慣れてしまった感があるが、実は20年間の家計所得は日本はマイナス12%で、他の国も似たようなものだろうと思っていたら、フランス、イギリス、アメリカは2~2.5倍、新興国は10倍くらいになっている。ぜひともこの原因を明らかにしていかなければならない。今の日本は大震災の対策だけではなく、この国そのものについて見直す時期なのだと思った。とても大切で、ずらしてはいけない時機なのだろう。

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