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2011年4月16日 (土)

有事に臨機応変で対応するということ

 あーせっかく書いたブログを誤って消してしまったぁ(;ω;) 

 母宅に嫁と行って、焼肉食べて帰宅してからもワイン飲みつつ、今日の一日を備忘録として書いていましたが、違うキー押して消えてしまいましたぁ。

 仕方なくやりなおしますが、簡単に言うと、今日の午前からは大前研一氏の「民の見えざる手」と、北野武とミシェル・テマンの「KITANO」、そして炭粉良三氏の「合気流浪」を読みました。ちなみにみんなほぼ同額でありますが、炭粉氏のは厚みがかなり薄く感じます。しかも、内容はまとまっていなくて、結論ははっきりしないのですが、炭粉氏の人柄を醸し出す文章構成と、続出する異質の出会いと発見が、読者が炭粉氏と一緒に合気求道の旅をしているような感覚を味わいます。

 午後3時からはツタヤで借りたクリント・イーストウッド作品の「ハートブレーク リッジ(1986)」を観ました。多分かなり前に観たような気がしますが、なぜ25年前の作品をレンタルしたかというと、内田樹先生が12日のツイッターでこう書かれているからです。

西條さんが被災地で300枚毛布が届いたが、避難所に500人いるので、平等性を配慮して一枚も配らない人の話を書いていました。僕はこれは平等性への配慮ではなく、誤答することへの恐怖だと思います。300枚を500人に配る出来合いの方法はありません。

ということは、何をやっても「正解」を出すことができない。そういう場合に「秀才」たちは回答することそのものを止めて、あたかもそのような問題は存在しなかったかのように繕います。相対的に「よりましな答え」を出すことより、「誤答をしなかった」ことを喜ぶのです。

秀才たちはマニュアル通りにものごとが生起する平時においては有能で有用ですが、限られた資源、限られた情報、限られた時間の中で「相対的にましなソリューション」を計算するという訓練を受けていません。そういう人たちに有事の危機管理を任せるというのは酷です。

有事に適切にふるまうことができる人は、そのような人を育てるプログラムによって育成するものです。そんなものがあるわけないという人は「ハートブレーク リッジ」をご覧ください。臨機応変を教える効果的なシステムというものは存在します。武道も宗教も本来はそのためのものです

 

 早速嫁と観ましたが、なるほど緊急事態に通常の事務手続きマニュアルどおりに行動するというのはかなり危険で、現場サイドで状況を判断して臨機応変に対応することが大切だということが、この事例研究(これ自体がマニュアルっぽい?)でよくわかります。

 酔ったついでに「ハートブレイクリッジ・内田樹」で検索したら、12年前と思われるHPに先生の評論がありました。一部だけのっけます。http://movie.tatsuru.com/html/otoboke.rev.2.html

この映画のメッセージ(というようなものがあるとすれば)、それは「アメリカ社会はどんどん変わって行く。それは誰にも止められない。その変化の中で、ほんとうに大事なものを手放さないためには、臨機応変に、しなやかに生きて行くほかない」というものでありましょう。

 けれども、「ほんとうに大事なもの」が何か分かっている人間しか、たくみに変化することはできません。そうして変化することのできる人間だけが、生き延びることができるのです。(うう。いい教訓だなあ)

 経験的に言って、ほんとうに危険な状況を生き抜いてきた人間には、ある種の共通性があります。それは「ユーモア」の感覚と、「フレキシビリティ」です。(「根性」とか「筋力」とかいうものでは、ほんとうに危機的な状況は乗り切れないのです。)

 私も今回の震災で、危機管理について関わっていますが、全体的な指揮系統の徹底と、個別判断による対応とのバランスの難しさを実感しています。しかし、今回の危機は、社会規範下における人的なものではなく、まさに戦闘状態なのかもしれません。平常時の社会、組織システムや、業務マニュアルで対応しようとすること自体が、組織の崩壊につながっていくのでしょう。

     

 さて、もう少しワイン飲んで、NHKの「熱血おやじバトル」を観ます.....、 

 

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