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2011年4月 3日 (日)

大震災とトゥルーグリット

 昨日は久しぶりに映画館に行った。震災による物心的影響と、自宅で録画しておいた海外ドラマシリーズが溜まったこともあり、「太平洋の奇跡」以降映画館には行っていない。7801a65fcc5edbd2707a8550757cb45b 観た映画はコーエン兄弟のつくった「トゥルー・グリット」だ。ジョン・ウェインの「勇気ある追跡」をリメイクした西部劇である。父親を殺された少女がその復讐のために、保安官を雇って犯人を追跡するのだが、少女役がとてもはまっているし、酔いどれ保安官のジェフ・ブリッジスがとにかく良い味を出している。

 この西部劇の世界は、南北戦争直後であり、まだ開拓精神に溢れて欲望と希望が渦巻いているアメリカの時代だ。暴力的な銃社会でありつつ、法廷での論理的な論争があったり、混沌したエネルギーに満ちている時代である。この映画は昔ながらの勧善懲悪の西部劇なのだが、ついつい最近の捻りに捻ったシナリオの洗礼を受けているせいか、シンプルな物語の進行が懐かしい感じがした。最後は単なるリメイクではなく、コーエン兄弟らしい終結となっていく。

 開拓精神、あきらめず信念を貫く、生命がけで誰かを守る.....。この映画がオリジナルから長い年月を経てリメイクされ、アカデミー賞にもノミネートされたのは、そのコンセプトが長い時代を経ても色あせず、私たちの心に響いてくるからだろう。

 映画を観た後、食事して、買い物をして、帰宅してから、海外ドラマ「ダメージ」を4回分観てから寝た。昨日は珍しく、震災情報に殆ど触れない一日で、不思議な感覚だった。

 今日のニュースでは、地震発生当日、現場の状況を確認するために4号機タービン建屋の地下に向かった東電社員2人の死亡が確認されたと伝えていた。

 現在も多くの人間が、危険な放射線の現場で復旧に向けて闘い続けている。

 現代人は、自分の肉体を酷使しないで済ませることのできるように機械化、システム化を強力に推し進め、その結果、自らが危険を冒すことのない傍観者的な立場を手に入れた。

 傍観者的な立場は、責任を回避し、被害者的な立場にもつながり、一般常識では通用しないクレーマーを生んだり、国や地域社会についても自己責任や義務を回避し、フリーライダーや評論家的立場に立つ人間を増やした。

 この震災について、東電や政府は当然責任を負わなければならない。そして、産業経済界やマスコミもその責任の一翼がある。では、連日の原発情報に混迷し、被災した方々の悲惨な現状をニュースでみている自分には責任はないのだろうか?と自問してみる。すると、被害者サイドにいるはずの自分が、電力供給を福島をはじめとする地方に押し付けて東京で都会生活を営んでいる姿がみえてくる。20年ほどまえには原子力発電は危険であり縮小すべきと考えていた自分が、:最近では無自覚に原発問題から眼をそむけ、忘れている自分の姿がみえてきた。そうなのだ、社会の構成員である私もこの危機的状況を背負う必要がある。  

 ある意味、平和だったはずの時代は終わってしまった。傍観者や被害者でいられたのは、天地が安定し、政治社会システムが健全であり、経済的基盤がしっかりしていたからであり、それ故他者に、自分の生命や生活を依存することが許されたのである。

 これから私たちは、この惨状をきちんと受けとめ、冷静にそして熱く対応していかなければならない。他者に依存し、責任を押し付けるだけではなく、自分自身のリソース(身体や、知識、経験、職業、人間関係等々)を使いながら生き抜き、また、誰かと連携しながらこの国を建て直す必要がある。

 トゥルー・グリット(真の勇者)は、原発現場の極限状況の中で作業している人たちだけではない。私たち日本人が自分の役割を果たしながら、力を合わせて問題に立ち向かっていく過程のなかで、トゥルー・グリットと世界から称されるようになるのだ。

 仕事を通してできる人は仕事で、家庭においてできる人は家庭で、子どもたちは子どもたちのできる範囲で、強制的な無理矢理ではなく、自然なかたちで日本人が前向きな心で危機的状況を乗り越えることができますように。

 

 

 

 

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