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2011年4月 6日 (水)

田畑や海、雨と風が人間を生かしている

今日は就業後に夜の隅田公園を嫁と自転車を走らせながら、満開前の夜桜見物をしてきた。帰宅して、お風呂に入って、夕食をとりながら、またまたお酒をいっぱい飲んでしまった。

 このままだと、このブログは酔っ払いの戯言ということになり、リピーターの方々が愛想を尽かして離れてしまうかもしれないというリスクを背負いつつ、今朝感じたことを書かねばという使命感でキーボードにこうしてむかっている。

 では、今朝に何を感じてしまったのか?思い出すのにちょっと努力してしまったが...。この大震災からは学ぶことや、発見することが多いのだけれど、ちょっと変な発見があった。

 それは、「私たち人間は自然だ」ということ。

 もちろん、大地震や、大津波という自然災害から、自分たちは所詮は自然存在なんだよという結論にいたろうが....。しかし、そういう外的要因ゆえの自然存在という導きではなく、私たちの生命存在そのものが自然だという発見なのである。

 それは、今回の大震災によって、水の汚染や、農産物の汚染が大問題となっているが、なぜそれが問題かといえば、水や、農産物、魚といった自然そのものの産物が、私たち生命体をつくっているからである。

 私たちが私たちとして存在しているのは、哲学的・脳科学的理由はさておき、実体そのものを成り立たせているのは、自然である水源や農地が主たる生命供給源であるからなのだ。私たちの生命維持を支えているのは、スーパーマーケットやコンビ二、マックや居酒屋ではなく、農地や海、雨なのであった。

 渋谷のギャルたちも、新橋の会社員も、学校の生徒も、AKB48やKARAも、菅首相や東電幹部たちも....日常生活の中で歩いたり、話したり、喧嘩したりと生命活動ができるのは、社会システムが機能しているからというよりも、もっと根底の部分では雨や、農作物、海の食物連鎖等の自然摂理が働いているからなのである。
 超高層オフィスビルで偉そうにしている人間も、彼は海とか田んぼによって存在しているということなのだ。

 そんなことはも当たり前でわかりきっている! と思っていたのは誤解で、どうしても社会のシステムによって生活しているという感は拭えなかった。でも、今回の震災は気づかせてくれた。海や大地、風向きや雨、牛たちが私たちの生命活動の主軸を握っていることを........。

 だから、私たちは社会システムに依存し、束縛されてきた関係性を見直し、より根源的な自然や、本質的な人間存在について思いを馳せる、絶好の機会を与えられたのかもしれません。

 そしてはっきりしたのは、システムは人を完全には守りきれないということ。そして、人間が生きるためには、誰かの手助けや、水と食べ物と、歌や笑いが必要不可欠だということを....

 (゚▽゚*) 先ほどのパァっとした酔いが、こうして書いていたら、ジンワリとした心地よい気持ちになってきましたぁ

 いつも飲んでてごめんなさいm(_ _)m 

   

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