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2011年3月

2011年3月31日 (木)

テレビが悲惨な現実を逸らす

 テレビが震災前のような退屈なバラエティやドラマを放映するようになって、数日たってくると一ヶ月前に戻ったような錯覚を覚えてしまう。不謹慎だが、原発についても深刻性を認識しつつ、どこか慣れのようなものが生じてきてはいないだろうか。

 行方不明や亡くなった方々の数が、膨大に増え続けている。原発事故は峠を越えかと思ったら、まだまだ多様な問題が生じており、長期化する様相だ。計画停電の影響で、夏は冷房が使えなくなり、都会は熱地獄となりそうだ。

 その中にあっても、普段どおりのバラエティや、ドラマや、AC以外の商品CMを流し続けるテレビ画面をみると、世界は安泰のような錯覚に陥ってしまいそうになる。コンビにに入ると、水や納豆、ヨーグルトは品薄だが、生活に支障をきたす恐怖がおこるほどでもない。

 今月中旬に想像を絶する状況の中でおぼえた、これからの生活や生命の危険性の高まりが、今は麻痺してきて、今夏の冷房なしの通勤電車や、放射能による食材不足も、世間話しの範疇でもすまされてきているような気もするのだ。

 それって、変に不安が煽られずにいいことなのだろうか?それとも、現実から目を背けている危険なことなのだろうか。 

 もし現在もテレビが2週間前と同じ状況で、民放も震災特番だけ流し続けていれば、私たちは被災、原発ということに対して、通奏低音の如き恐怖を抱きながらの日常を過ごしていることだろう。

 だから、もうメディアに意識誘導され、生活を左右されることを超えていこう。せめて、メディアに振り回されている現実を知ろう。

 私たちの安全を保障するのは、メディアによる政府発表ではなく、お互いに助け合おうという相互扶助と、何が何でも生き抜くという精神であろう。

 私たちは必ず死ぬ。それが、ある程度の想定内での死に方が普遍的だったことから、それに基づき世間の常識や通念、人間関係が醸成された。

 親子でも、夫婦でも気に食わなければ別れたり、音信不通という選択もできた。それでも、社会では支障なく生きることができた。

 しかし、今回の震災により、人間は地球上で生きている限り、地球システムに支配され、翻弄され、人間が自分勝手にライフプランや、世間常識をもっていても、それは安定したことではなく、脆弱だと明確になった。

 大前研一氏は、この世界をビル・ゲイツを基準としたBG(ビフォーゲイツ)、AG(アフターゲイツ)と分別した。しかし、その世界観は安定した地球環境が大前提であり、今回の大地震を基準としたBE(ビフォーアースクウェイク)といった視点に変化せざるを得ないのではないか。

 私たちは、本当に今回の大震災と、それに附随する原発事故に対して、今まで生きてきた一個人としてではなく、人間存在として真剣に考えなければならない。

 もう、一ヶ月前の日本は存在していない。そして、ただ単純に一ヶ月前の日本に戻ろうとしてはいけない。日本は不運に見舞われたで済ましてはならない。 

 バラエティ番組の不自然な楽しさが、余計にさう感じさせるのだ。

 

 

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2011年3月30日 (水)

池上彰さんがマイブームかも?

 一ヶ月前の呑気な自分には、現在のこの状況が想像できるはずかなく、未だに実感がわいていない気もする。昨日のニュースでは被災された方が、崩壊した我が家と工場をみて、夢をみているような気がするとおっしゃっていたが、そんな感じだ。

 今日は夕方早々と帰宅して、ご飯を炊いて、お風呂に入って、帰宅した嫁と夕食を食べながら、お酒を飲みながら池上彰さんの「教えてmr.ニュース」という震災特番を観る。多分、世界には多くのキャスターがいるが、誠実さとクレバーなところで池上さんに匹敵する人はいないだろうなと思う。

 日本でも数多くの番組があり、多くのキャスター、解説者たちが震災や原発を語っているが、誰も池上さんの説得力にはかなわない。その違いは何か?。多くの人たちは情報の正確性や、主張の正しさを語っているが、池上さんは相手に伝わることを第一義としている。勿論、正確な情報や、論理的な考え方が前提とはなるが、それが相手に届かなければ意味がない。

 伝わることに喜びを感じている池上さん。その喜びが情熱となって私たちに届けられるのだろう。彼は自分の正しさや優位性を主張することなく、わかりやすく伝えることを大切にしている数少ない本当のキャスターだと思う。

 .....別に池上彰論を書くつもりはなかったが、類稀な存在感が3月で降板するということで、名残りおしい...................

 

  さて、冒頭に戻るが、震災後の日本は、それ以前とは違う様相、違う世界に突入してきている。先月、このブログでは無縁社会ではなく断縁社会だと書いたが、無縁社会だ、孤独死だと特集を組み、大問題と訴えていたメディアは、今も同様に叫び続けているのだろうか。これからも叫んでいくのだろうか。

 現在という状況を受けとめているならば、多分、それはもうできないだろう。

 テレビではACの宣伝で、思いはみえないけど思いやりは見える、日本の力を信じている、みんなでやれば大きな力に....としつこいくらいに流し続けている。社会や人間不信を訴え続けていたメディアが、震災後人格が変わったように感じられる。

 震災により亡くなった方々や、家や家族を失った人たちの避難所での共同生活、原発現場で懸命に復旧作業をしている人たちを観ていると、無縁社会自体の脆弱さとまやかしを感じずにはいられない。

 人は誰かと共にしか生きられない。はっきり言おう。一人で生きていると思っているのは錯覚であり、まやかしだ。

 集団の中でしか生きられない人間が、都市機能や、社会保障、雇用形態等により、一人で生きられる、生きていると錯覚を起こして、長い年月を経てきた。社会とは無縁に生きていると自覚している人だとしても、震災にあって、がれきの下でもがいている人を無視することはできるだろうか。それはできないだろう。特殊な状況だから、人と関わるのではない。もともと関わらなければ生きていけないのに、無縁で生きていると錯覚していただけなのだ。

 この社会システムは、天地は一定の秩序を保ち続け、多少の台風や地震が起こっても自然をコントロールできるという根拠なき自信に基づいて設計されている。

 今回の地震、津波が想定外だったという専門家がいるが、想定できると思っていたこと自体が過度な自信だったと反省できないだろうか。

 私たちが一月前まで当然のように思っていた、安定した地球環境で、当たり前のように繰り返される朝の通勤・通学や、ワイドショー、コンビ二やスーパーでの買い物、夜のニュースステーションといった終わりなき日常は、幻想だったことがはっきりした。

 震災直後に円相場が変動し、株価も動いた。この大震災を標的にして経済利益を求めて動く世界システムも、人間性から逸脱した底の浅いもののように思えてきた。

 一ヶ月前には当たり前だった、お金を稼ぐ、高価なものを購入する、人より上の立場に立つという欲求も、突然に生命や家族、地域社会を奪われる人たちを目の当たりにして、はかなく思えてきたのは私だけだろうか。

 テレビはAC宣伝゛けではなく、通常の商品CMも流し始めた。震災一色だったテレビ放送も、通常番組が復活してきた。

 けれども、もう私たちは一ヶ月前の社会にも、自分にも戻ることはできない。膨大な被災した方々と、現在も続く原発の危機的状況は、私たちに本当の現実を見よと訴えているようだ。

 この世界は、決して普遍ではなく、変動するのが当たり前だということ。そして、人は他者と共に生きていく存在であり、それは思想でも選択でもなく、必然だということ。それを決して忘れてならない。だからこそ、隣人にはあたたかく接していかなければならない。まずはそこから。

 池上さん、こんな感じでいいですか。

 

  

 

 

 

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2011年3月21日 (月)

希望という名の光

 三連休も終わってしまう。殆ど自宅にいてテレビで地震と津波、原発のニュースを長時間観ていたが、合間合間に録画してたまった番組やインターネットを観る。

 「アイアンマン2」これはスーパーマンや、バットマンほど己自身に対する葛藤がないヒーローで感情移入ができない。しかし、観ていて思ったのは、ヒーローでいられるのは悪い敵がいるからであって、敵がいなければ存在価値が見出せない。これは、アメリカそのものではないのかという気持ちになってくる。かっこいい存在でいたいのはわかるけど、誰かを踏み台にしたり、利用してというのは、このロハス・モッタイナイの時代にあってはいかがなものだろうか。

 「あかね空」山本一力の直木賞受賞作品を映画化した。江戸深川に上方で修業した豆腐屋が所帯をもち、店を大きくしたが、長男が博打で騙され....という人情話。こういう映画をつくる日本って国は、やはり世界が驚いた律儀で優しい国なのだ。

 「ダメージ」このアメリカの連続ドラマも凄く惹き込まれていく。12話中7話までいったが、人間不信に陥って、アメリカ人がこわくなってしまう。(まぁ、実際合気道の道友米国人たちは日本人以上に日本人らしいが)。

  そして、今日一番インパクトがあったのは、山下達郎の「希望という名の光」である。昨日の彼のラジオ番組はCM抜きで連続して被災地に贈る曲を流して、この曲が最初にかかったらしい。聴いてぶっとびました。今日も涙腺緩んでしまいました。テレビでも流してほしいなあ。この曲は被災地の方々だけではなく、僕たち日本人に勇気と希望を与えてくれます。ぜひ流してほしい。

 「希望という名の光」は、2010年G.W全国公開の映画「てぃだかんかん - 海とサンゴと小さな奇跡 -」(出演:岡村隆史、松雪泰子)の主題歌。

 画像から動画に入りたいんですけど、よくわからないので、アドレスをクリックしてね。

http://www.dailymotion.com/video/x21e4wy_%E5%B1%B1%E4%B8%8B%E9%81%94%E9%83%8E-%E5%B8%8C%E6%9C%9B%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E5%90%8D%E3%81%AE%E5%85%89-a-ray-of-hope-video-compilation_music
Default

 

 テレビや、インターネット、ツイッター等々で情報が多くて、戸惑ってしまうけど僕たちは、にわか評論家やつぶやきマニアになるのではなく、こういう状況だからこそ意識は前向きに、身体は困っている人のためにバンバン働かせる、或いはスタンバイしとくリアリストにならなくちゃ(^-^;!!

希望という名の光Kibou_2

作詞︰山下達郎
作曲︰山下達郎

この世でたったひとつ
命を削りながら
步き續けるあなたは
自由という名の風
底知れぬ闇の中から
かすかな光のきざし
探し續ける姿は
勇氣という名の船

だからどうぞ泣かないで
こんな古ぼけた言葉でも
魂で繰り返せば
あなたのため 祈りを刻める
眠れない夜のために
子守歌があるように
傷付いた心には
愛という名の絆を

A Ray Of Hope For You
A Ray Of Hope For Me
A Ray Of Hope For Life
For Everyone
A Ray Of Hope For You
A Ray Of Hope For Me
A Ray Of Hope For Life
For Everyone

運命に負けないで
たった一度だけの人生を
何度でも起き上がって
立ち向かえる 力を送ろう

どうぞ忘れないで
移ろう時代(とき)の中から
あなたを照らし續ける
希望という名の光を
あなたを照らす光を
希望という名の光を
A Ray Of Hope For You
A Ray Of Hope For Me
A Ray Of Hope For Life
For Everyone…
A Ray Of Hope For You
A Ray Of Hope For Me
A Ray Of Hope For Life
For Everyone…
A Ray Of Hope For You
A Ray Of Hope For Me
A Ray Of Hope For Life
For Everyone…

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2011年3月20日 (日)

達磨画

003_2    

 わが師であるアニマル浜口会長より、達磨画に一筆したためていただいた。

 結婚して、まもなく1年となるが、年賀状で結婚を知った知人から、先日達磨画をプレゼンされた。達磨の上の空白部分に言葉を書くところがあり、せっかくだからと20年来のご指導をいただいている浜口会長にお願いした。

 気合と愛の込められた達磨画は、目の部分に墨を入れて完成し、棚の上に飾られた。

 先日の大地震のときは、棚が崩れて足の踏み場もなかったが、ガラスの額に入れたこの達磨画は無事であった。

 力強い達磨の顔と、気合の入った筆をみると、いやがおうでも心が前向きになっていく。

 そして、前向きな生き方の模範となる人たちが、今日のテレビで放映されていた。 

 昨日から福島原発への放水作業を行った東京消防庁のハイパーレスキュー隊の職務への献身的な姿と、隊長らの記者会見をみて、涙腺が緩んでしまう。

 今日のニュースを見ていたら、彼らから気合と愛という言葉が伝わってきたように感じた。

 消防隊のみなさん、現場の東京電力職員、警察、自衛隊等々の方々、この危機的状況に生命がけで日本を救おうと頑張っていただき、ありがとうございます。

 

 

    

 

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prayforjapan.jpのメッセージ

 早朝、メールリングリストにprayforjapan.jp 世界中から感動のメッセージが寄せられています というメールがあり、チェックしてみた。

 20歳の慶應大学生が、栃木の那須自動車学校の合宿中に地震にあって、その夜に被災地でたちあげたサイト。国内外からのツイッター等の励ましメッセージを整理。

 読んだら、涙が流れるというよりも、ポタポタと落ちていった。ぜひ、ご覧ください。

http://prayforjapan.jp/message/

家の非常袋を確認したら、父親が40年前に書いたメッセージが残ってた。「心に太陽をもて 口びるにうたをもて」― 私も新しい非常袋にメッセージを書こう。見た人が励まされるような。

 いつか自分の子供や孫に話そう。「おばあちゃんが若かった時、東日本大震災があって世界中が1つになった。皆が一つのために必死になって支えあって輝いていたんだよ」って。相手が聞き飽きるまで話そう。だから1人でも多くの人に元気になってほしい。                

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2011年3月12日 (土)

被災者、帰宅困難者への支援

  昨日発生した東北沖大地震による帰宅困難者、被災者の避難のお仕事に従事し、今日の昼に帰宅した。

 昨日の午後、打ち合わせのために乳幼児と母親が大勢いるセンターにいた。地面の微動を感じた私は地震だと叫び、数秒後には大きな揺れが生じた。

 そのまま、親子が数十組いる部屋に向かうと、泣く子や不安げな母親たちが、部屋中央に集まっていた。落下するような危険物をチェックしていると、揺れが激しくなり長引いていた。ピアノの椅子をどかして、ピアノを身体全体で押さえるように立った。部屋の揺れが、例えていうとまるで遊園地のアトラクションのように大きな横揺れとなり、昔から予想されていた大地震関東直撃が現実になったことに戦慄した。

 眼の前にいる多くの身体を寄せ合っている母子たちを見ていたら、激しい横揺れのため、眼のピントが間に合わず、きちんと焦点することが困難であった。ひたすら、揺れが収まることを祈った。外の様子を見ると、建物の上から、大量の水が落ちてきた。最初は溜まった雨水かと思ったが、その量からして屋上にあるタンクの水だろうと察した。

 少しして、激しい横揺れが一旦沈静化して、ホッとしたのもつかの間、大きな余震が続いた。男性は私ひとりだけであり、センター職員のお手伝いをしながら、自分のできることを探した。

 そのまま夜は、帰宅困難者や被災者の方々のための避難所の責任者のひとりとして、大きなスポーツセンターにいた。

 続々と、やってくる方々は増え続けて、最終的には約800名が武道場や体育館に集まって、暖をとり横になったり、うずくまったりしている。

 なにか食べ物をよこせと大声でクレームをつけてくる方もいたが、殆どは運営管理に協力的な方々だった。なかなか救援物資が届かず、数時間後に毛布がきたが、量的に足りず換算すると3人に1枚しかない。

 部屋の入り口に毛布を運んで積み上げると、それを求める列ができてしまった。しかし、順番に配給したら、すぐになくなってしまう。並んでいる数十人の方々に、一旦自分のいた場所に戻りお座りくださいとお願いする。苦情がくることを覚悟で、数百人の前ですみませんが毛布の量が足りず、高齢者や身体が弱い方々を中心に配布させていただくと、大声で説明する。そして、すみませんがよろしくお願いしますと頭を深く下げた。 覚悟していたクレームは皆無で(勿論ご不満はあるのが当然でも)、みなさんは困難な状況を理解してくださり、協力的であった。

 その後は、スタッフたちを交替で休憩させつつ、交通情報や地震情報の把握に努め、必要な指示をしたり、エレベーターが動かないため階段で後からきた救援物資を運んだりした。夜中でも、寒い外から訪れる方々は途絶えることがなかった。

 午前4時に1時間だけ、更衣室で横にならせてもらう。脳が興奮状態にあり、眠ることはできない。結局5分程度ウトウトしただけで、5時前になった。夜がだんだん明けてきていた。

 殆ど不眠不休状態であったが、思っているよりも身体は動くし、意識も多少の疲れはあるがはっきりしていた。午前中には殆どの方たちは、センターを出発し、昼には全員が退出なさった。

 昨夜は、我が家も嫁が帰宅すると食器棚や本棚が倒れ、足の踏み場もない状態だったらしい。余震が続いたため、嫁は近くの小学校に一人で避難していたとのことだった。

 昼過ぎに帰宅すると、マンションのエレベーターは動かず、階段で6階まで上る。昇る途中の各階で、剥がれ落ちたコンクリの壁が、地震の凄さを物語っていた。

 部屋に入ると、確かにかつての我が家とは違っていた。嫁が部屋を片付けてくれていたが、割れた食器、本の山、傷ついたドア等々が地震の傷跡を物語っている。

 昨夜はテレビでは国民に冷静な行動をと訴えていたが、夜食を買いにお店にいくと、買い溜めなどはなく、ちゃんとおにぎりとカップ麺を購入できた(通り沿いのコンビニは混雑気味ではあったけど)。避難所でも、自分勝手な行動は殆どなく、まさに冷静に状況を受けとめ行動していた。

 この日本という国ほど、個の主張ではなく、横のつながりに誠実な国はない。

 日本がこの危機的状態を乗越え、本来の底力に目覚めて、新生することを信じて、私は私のできる役割を果たしていく。

 

 この地震でお亡くなりになった多くの方々に心よりご冥福をお祈りいたします。

  

 

 

 

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2011年3月10日 (木)

面接受験と飲み会の法則

  今日は、20人ほどの採用面接を行なう。世の中は不況、就職難といわれ続けている。確かに有名大学や大学院を卒業した若者たちや、それなりのキャリアを積んだ方々が非常勤採用にもかかわらず、多く応募してくださった。あまりにも倍率が高くなったため、書類選考で残った人たちを今日面接した。

 私も、様々な面接シーンに立ち会ってきた。今まで面接した人は数百人単位であり、それなりに面接のコツやポイントがわかってきた。今日、思ったのは、最初の数秒である程度決まるということだった。面接で、いろいろと問答して、相手の考えや反応力を吟味するのが面接におけるメインストリームであるが、それは限界がある。野球選手のトレードで、実際に実力を見ぬまま、あたなはこういう球がきたらどう打つ?とか、9回裏ツーアウト満塁だったら相手バッターにどういうボールを投げる?と尋ねるようなものだ。

 よく言われていることだが、人を評価するのに相手が何を話したかではなく、声だったり、顔つきだったり、態度だったりする要素が大きいらしい。悠然として語る失敗談と、オドオドして語る失敗談は、受けとめる印象がまったく違う。

 だからといって、無理やり虚勢を張って、失敗談を語っても、そのぎこちなさは相手に伝わっていくものだ。面接に挑む者は、小手先のハウツーや、ごまかしを駆使して面接員を欺こうにも、熟練した面接官はすべてお見通しなのだ。万が一、その小手先でうまく欺けたとしたら、それを見抜けないくらい、人材登用部門が未熟な組織であり、将来性は危ないだろう。

 ここまで書くと、じゃあどうすればいいんだよと混乱される方もいらっしゃると察する。では、どうすれば小手先に逃げないで、面接員を打破する術はあるのか?。それは......自分が本当にやりたい仕事を選ぶということであり、本当に入りたい会社、組織を受けることに尽きる。

 それは本気でやりたいことが前提であり、頭で考えて損得で選んだものは本物とはいえない。例えば、自分自身の本当の気持ちが人々を救う医療職になりたいのに、頭が損得で大変だとかもっと楽して儲けようとして、それなりの企業を受けているようでは、本来の潜在的パワーは発揮されず、不採用という悶々とした結果になり、悪循環に陥りやすい。

 本気は数秒で伝わる。本気は自分の潜在能力を燃焼させ、相手を圧倒するオーラパワーを発揮する。劇画やドラマのように瞳に炎メラメラでなくても、たとえ少しでもいいから、自分が本当にしたいこと、伝えたいこと、挑戦したいことを明らかにしてちょうだいと、今日はいえなかったけど、若い受験者たちに伝えたかったこと。

 さてさて......今日は長い文章を書いてしまっているが、このまま続ける。

 面接でヘトヘトになってから、夕方からダブルの送別会に参加。一次会は、それなりの方々と、それなりの良い雰囲気のお店で2時間半を過ごす。大抵そういう店には私の好きなレモンサワーがないのだ。サワーがこれだけ市民権を得ているのだから、ウーロン割があるなら、ただちに炭酸系を充実せよ!!。

 なんとなく興奮してきてしまったので、この辺にしておく。ふたつめは以前書いた擬似披露宴兼忘年会という尋常ではない組織の、送別会に途中参加する。そこは、カラオケビルのVIPルームを貸しきっていたが、室内に入った途端に尋常ではない雰囲気とパワーに圧迫され、たたちに廊下にエスケープして、気持ちを落ち着かせて再入室する。

 そこは擬似宝塚劇場であり星組、月組、宇宙(そら)組が、演劇をしながらカラオケに連結させるという高度な演出を競いあっていた。変な息子と母親のエッチっぽいやり取りから、息子の彼女が出てきてわけがわからなくなり、カラオケの「どうにもとまらない」がかかって歌い出した。もう、この違和感はどうにもとまらなかった。あー狂っている!!一次会のエレガントな世界から、この異常な時空間はなんなんだ!!!! Σ(゚д゚;)

 といいつつ、飲み会でこれだけ盛り上げる、盛り上がるこの組織のスタッフたちに敬意を覚えた。良い仕事をしている組織の飲み会は、盛り上がる。これは、新たに発見した飲み会の法則だ。

 一生懸命に良い仕事をしている人や組織の飲み会は、必ず愉しいものとなる。中途半端なお仕事しかしていない人や組織は、半端な飲み会にしかならない。

 これは絶対納得。だって、これだけ今日はお酒を飲んできたけど、帰宅して茶とお菓子を出してもらって、こうして長い文章を迷わず打ち込めているのは、良い時間を過ごしたからだもん。半端な飲み会だったら、半端にグダグタ酔って、こんなにはかきこめませんもの。

 ということで長々とすみません。おやすみなさい。

 

 

 

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2011年3月 9日 (水)

カタログギフトが飽和状態

 残業してから帰宅すると、玄関に薄いダンボールの宅急便があった。よく見ると、職場関係でお香典を包んだお返しのカタログで選んだ、ビジネスバッグであった。

 最近、慶弔費がかなりかかっており、そのお返しの殆どがカタログ見本である。まぁ、それなりに品揃えはしているのだろうけど、現物を確認できないので、どうも按配がよくない。例えば今回のカバンのように、想像していたよりも小さいため、どう活用しようかと迷ってしまう。毎月のようにカタログ品を選んでいると、ある種の限界点に到達することになる。もう欲しいものはないのだ。お香典だと5000円を包むことが多いので、お返しが2000~3000円程度になる。カタログには調理品や、インテリア小物や、ファッション関係、ホビー等々と大体どこの会社も同じような品揃えだ。しかも、その程度の価格品なので、あまり期待はできない。腕時計なんかもあるけど、はたして大丈夫なのだろうか。

 そんなことならば、お返しなしでの慶弔費を包むことができれば、先方の手間も省け、こちらも無駄な出費を避けられるのだけど、自分ひとりで取り組むには、なかなかハードルが高い。できれば、せめて図書カードとか、商品券ならありがたいが、少ない額では見栄えがしなくて駄目なのだろうか。

 なとどお酒を飲みながら考えつつ、映画「潜水服は蝶の夢を見る」を観る。フランスのファッション誌「エル」の編集長が脳梗塞で左目のまぶた以外の自由が効かなくなってしまったが、自伝を書いたという実話だ。

 51ws12pc0al__sl500_aa300_ この映画は、意識はあるのに、話して相手に伝えられないもどかしさを実体験できる撮影をしているのがユニークだ。

 主人公は、相手にアルファベットを言ってもらい、まばたきで合図するようにして、コミュニケーションをはかり、本を書いた。

 私たちが日常的に垂れ流すように浸っている言語環境が、いかに恵まれてありがたいものかを実感できた。

 いろいろ思うところはあるのたけど、もう12時になりますのて゜、おやすみなさいませ(゚ー゚)

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2011年3月 6日 (日)

冷水シャワーを快適に浴びるには

 先週の週末は仕事をしていたため、昨日今日と自由に過ごせる土日のありがたさを実感する。やはり人間は逆境があるからこそ、普段当たり前だと思っていることに感謝の念が湧いてくるものです。ヽ(´▽`)/

 昨日読んだ登山家・栗城史多さんの『一歩を越える勇気』には、ヒマラヤやマッターホルンなどの山を単独登山するときの、かなり苦しい体験が描写されている。しかし、もうどうしようもない位に身体が動かなくなったときは、ありがとう・ありがとうと言いながら足を進めると、身体は何とか頑張ってくれるらしい。  

 ちなみに栗城さんは、肺活量と腕力・脚力が平均男性以下という診断結果がでているそうだが、酸素ボンベなしでの単独登山に挑む彼の目的意識と精神力には感服する。心が身体を動かすというのは、本当なんだな。そして、言葉も身体を動かすというのも事実だ。

 合気道の稽古でよくやる実験だけど、安定した姿勢で立ち、誰かに軽く前から押してもらう。ありがとう、しあわせ、感謝という言葉を言ってから、相手に押されてもビクともしない。しかし、バカとか、もうダメ、ふざけんなといった種類の言葉だと、身体の安定が即座に崩れ、軽く押されても後ろにひっくりかえってしまう。

 実体験として、言葉や心の持ち方が、どれだけ自分の身体や、生き方に影響を与えているか理解しているはずなのだが、どうも日常生活ではその通りにいかない。自分の否定的な思考回路や、妄想癖には懲り懲りしているはずなのに、それを選んでしまう。許してしまう。

 変な例えで恐縮だが.....。風呂上りに冷水シャワーをよく浴びるのだけど、特に最近のような真冬だとびびってしまう(もう歳だから完全冷水ではなく、今年からちょっとは水温調整するようにしましたけど(゚ー゚;)。今日の夕方もシャワーを浴びる直前に、あー冷たくて死んじゃうよぉ~と思ってしまった。そのネガティヴなセリフは身体をさらに軟弱にして、苦痛を増大させることになるのだ。だから、経験的にはわぉ~冷たくて身が引き締まってカッコよくなるぅ~と唱えた方が、実際に身体も楽なのだ。

 それがわかっていながら、身体に協力し励まそうとしないで、逆に不安を掻き立てる俺の脳は、俺自身に反逆しているのかい!とシャワーを浴びつつ思ったのだ。それから、脳よ、心配してくれるのはありがたいが、俺と俺の身体と協調してくれと哀願するのだった。

 そういえば、以前、ありがとうといいながら冷水を浴びたときは、それほどの苦痛ではなかったことを思い出した。

 また話が変な方向に行ってしまった。まだ、書き足らないけど、明日から仕事なのでこの辺にしておきます。

 Hevun_asu 今夜観たのは、中井貴一がでる中国映画「ヘブン・アンド・アース 天地英雄」。まぁ、戦国歴史スペクタクルでちょっと変なCGもでてくるけど、ボクと同年代の中井貴一が頑張ったのが嬉しい。

 

 

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2011年3月 5日 (土)

南米映画の味わい

  今週も色々と忙しかったなぁ。仕事だけではなく、水曜日からみなちゃんがインフルエンザになってたりして、慌しかった。まあそういいつつ、今日は合気道のお稽古に行ったし、録画していたBS映画も週末に何本か観ることができた。

 Poster 「ウィスキー」

南米の小国ウルグアイの映画。ウルグアイでは映画誕生以来、60本の映画しか作られていない国であるらしい。この映画は2004年の東京国際映画祭でグランプリをとった。久しぶりに会う弟の手前、独身の縫製会社の経営者が、中年の女性従業員に擬似夫婦を頼むといった物語だ。たいした山場もないのだけど、淡々飄々としたストーリー展開に引き込まれてしまう。

 ウルグアイのことはよく知らないが、日本人から観てもその心情はわかるということで、よい国際勉強にもなった。

41fdxjnh35l__sl500_aa300_「セントラル・ステーション」

これはブラジル映画。主人公の仕事が代筆屋である。そういう職業があるというのが、ブラジルらしい。日本は有識字率が100%近いが、こんな国は世界には珍しく、かの西欧諸国でも識字率は予想外の低さだった記憶がある。 駅の売店で小物を万引きしただけで射殺されたり、子どもの臓器売買があったり、国民の信仰心が厚かったり、ブラジルらしい映画だ。

 主人公の代筆屋のおばちゃんに冒頭は嫌悪感を抱くが、子どもを救出し、親探しの旅に同行してからの展開は、へんな商業映画よりもスリリングかもしれない。

51tpxaqwa4l__sl500_aa300_「西の魔女が死んだ」

これはもう有名な児童文学の原作を2008年に実写化して、それなりの評判をとった日本映画。おばあちゃん役のサチ・パーカーが大変美しい日本語を話すので調べてみた。なんとシャーリー・マクレーンの娘で子ども時代に日本に住んでいたとのことで納得。

 最近よく聴いているのは、ケイティ・ペリー の「 ファイヤーワーク」。今年に入ってからビルボード1位にランクインされた名曲。MTVには入院中の子どもや、親の喧嘩に怯える子ども、肥満で塞ぐ女性、恐喝される青年などのシーンがあるが、ファイアー・ワークの歌とともに、自身の中の花火が弾け爆発していくのだけど、これがひとつひとつのドラマが想像できてよくできている。

Images

            http://www.youtube.com/watch?v=QGJuMBdaqIw

  

 

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