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2011年2月19日 (土)

ポジティヴシンキング

 昨夜は、定年退職者の送別会があった(私ではない)。私はいちおう上司なので、挨拶と退職者の経歴などを紹介した。宴の後半で女性管理者のHさんが退職するにあたっての挨拶をなさり、上司である私についてスーパーポジティヴシンキングと評されたが、このブログをみればそんなもんじゃないということがわかってしまうだろう。

 ポジティヴシンキングの効用については、多くの書籍がでている。用語としても一般的につかわれるようになった。ポジティヴ思考を標榜する著者たちは、やはりお仕事でもプライベートでも充実している成功者タイプが殆どである。

 すべてを肯定的・前向きに解釈して、生きることができれば楽しいだろうけど、それは理想であり、現実はなかなかそうはいかない。すぐに、そう生きられるとしたら、簡単に変えられる生き方をしてきたということなのではなかろうか。

 以前のブログにも書いたが、阿頼耶識という潜在意識は底知れぬパワーを持っているため、表面意識でボク明るく笑って生きるんだよと思っても、阿頼耶識を揺り動かすだけの本気のパワーがなければ、ポジティヴ呪文をただ唱えているだけのようなものである。 

 前向きに生きようとしても、阿頼耶識の中にある今までの人生の蓄積が、現実はそううまくいかない、なんか失敗するのではないかという恐怖心が、漠然とした不安感となり通奏低音のように、日常の意識の中に流れているのが現実だろう。

 そのネガティヴ意識的を乗り越えるためにはどうするのか。自己啓発本には様々なテクニックが書いてあるが、その手の本を読む人は実践するよりも、また違う本を探してとそれを繰り返す傾向がある(ワ、私のコト~(`Д´))。

 啓発本などの著者がどんなにいいことを言おうと、それは他者である。私たちの阿頼耶識は異質な存在である他者に自分を譲り渡すことを拒否する傾向にある。宗教的な儀式や、言葉を唱え続けるアフォメーションは、阿頼耶識に対しての直接的な働きかけである。私の場合は合気道での心が身体を動かすという体験を通して、意識をあり方について学び、練磨しているところだ。

 さて、ポジティヴシンキングはなぜ、大事なのか?。それは、ネガティヴな思考が自分のパフォーマンスを極端に下げるのに対して、前向きで肯定的な思考が、自分が人間としての最良の状態をつくりだすからである。

 ただし、頭だけで心身が伴わない肯定思考は、底が浅く、持続性も衝撃力もない。世の中を表面的にスイスイと渡りたいだけの小意識だけでは、本当の幸せも人生の面白さもわからないのではないか。

 人生には辛いことも、避けたいことも満載だ。世界は不条理だらけで、腐敗臭が漂う場所もあるし、未来には暗いイメージがつきまとう。このどうしようもない世界(缶コーヒーBOSSのCMみたいな)だけど、悪いことばかりじゃなく、子どもの笑顔に溢れ、親しい人との抱擁や、優しい眼差し、暖かい親切がてんこ盛りでもある。

 不条理な現実を受け止め、そこにある悦びと可能性を見出して信頼した状態が本当のポジティヴ思考の姿だと私は思う。苦難の中に生き、絶望の淵にあっても、神を信じきったイエスの姿がそこに浮かんでくる。

 自分の利益が優先するポジティヴシンキングは単にテクニック程度であり、本物だったら阿頼耶識のカオス化しているエネルギーさえも、原動力として自分を高め、他者や社会に奉仕できているはずである。

 長くなってきたけど、なかなかスーパーポジティヴシンキングの持ち主への道は遠いが、すこしでも近づいてみたいと願っている。 

 

 

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