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2011年1月

2011年1月30日 (日)

主賓挨拶「結婚と合気道」

 職場のミエコさんの披露宴が無事に終了して帰宅、入浴して現在まどろみ状態....。

 主賓挨拶を仰せつかったが、最初は通り一遍の彼女と私の職場とか出会いについてエピソードを短めに話す。あとは、夫婦には感謝と笑いが大切ですと、小林正観、斎藤一人さんっぽい路線で行こうかと思っていたが、披露宴の冒頭初っ端から新郎からみなさん楽しんでくださいとの挨拶があったり、剣道二段の腕前との紹介があったので、後半は内田樹先生の合気道と結婚の話を使うことにした。内田先生はこのようなことをおっしゃっていると話しをする。    

スピーチを依頼されたので、「合気道家は入れ歯が合う」という話をする。
これは多田先生に本部での研修会のときに伺ったお話である。前にブログでも書いたことがある。
合気道家は義歯が「一発で合う」。
合わない人は何度作り直しても合わない。
それは別に口蓋の解剖学的形状の問題ではない。
武人というのは本質的に「ブリコルール」なので、「ありもので間に合わせる」ことを本務とする。
常在戦場のマインドとは、「ありもの」を使い回して、機に臨んで変に応じることである。
だから武人は「口に合う入れ歯はどこに行けば手にはいるか」よりも、「入れ歯に合うように口蓋を柔軟に機能させることはできないか」を先に考える。
この武人的マインドには高い汎用性があると私は考えている。
配偶者というのは「入れ歯」のようなものである。
それは「私」という自然に闖入してくる「異物」である。
本質的に「合わない」のである。
このときに「合う配偶者を求める」ことよりも、「配偶者に合わせる」ことにリソースを優先的に備給できるのが武人である。
すぐれた武人には愛妻家(というより恐妻家)が多いのは、その消息を伝えていると私は考えている。
さらに合気道修業に邁進されたい。
ピース。

 ※内田樹の研究室より 「武道的思考」(筑摩書房)にも掲載

 「入れ歯と配偶者は同じである」と話したら、会場に笑いと動揺が生じた。緊張しつつ締めの言葉を終え、自席に戻ると、多くの方々から「とても良い話だった」「これは新しい結婚スピーチ例になる」等々のお誉めの言葉を頂戴するが、これもひとえに内田先生、多田先生のおかげである。

 新郎は群馬に住み働いており、バスをチャーターして親類や同僚が東京湾のホテルまで来たとのこと。帰りのバスは飲めや歌えで楽しいだろうなあ。

お二人の幸せをお祈りいたします。

 昼の酒は効くし、夜もだらーとしてしまうのが難点だよなぁといいつつ、これから薄いレモンサワーをつくってHEROESの世界に突入するのです。(*^-^)

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2011年1月29日 (土)

坂の上の雲サントラを聴く

今朝の東京も天気が良い。冬の日々は寒さが辛いが、カラッとした晴天の日々が続くのが楽しい。

 私はほぼ毎朝、息を深く長く吐く呼吸法というのを少しの時間だが行なっている。普段はまったく静寂の中ではなくて、国道に面しているためクルマの音とか、めざましテレビの音が聞こえる中で数分間呼吸を整えている。

 今朝は、初めて音楽をかけながらやってみようと思いつき、これまた初めて聴く「坂の上の雲」のサントラCDをかけてみた。静かに呼吸をし始めて、数秒後にサラブライトマンの歌声がスピーカーから流れ出した途端に、身体が瞬時に反応し、眼からは涙が流れ出した。自分のからだが開かれ、全身が震えるような感覚だった。どう表現すればいいのか、本当に言葉にするのはむずかしい。

 この司馬遼太郎作のNHKスペシャルドラマの音楽を担当した久石譲氏はライナーノーツに、明日に向かって”凛として立つ”明治の人々の美しき姿を壮大なオーケストラの演奏だけではなく、普遍性のあるメロディの歌で伝えたいと思ったと書いてある。

 最近は、音楽を”ながら”で聴くことが殆どになっている。PCに向かいながら、本を読みながら、食事しながら.....。きっとこのサラブライトマンの歌声も、こうしてキーボードを打ちながら聴いたら、良い曲だなと感じても、身体が震えるような感動は体験できなかっただろう。

 あーびっくりした。とにかく素晴らしい体験がてきて、得したような気分です。

 ここんところ、ブログの更新がない大きな理由は、はっきり言ってHEROESのせいである。帰宅して、時間があれば観続けている。夜12時には寝る習慣も崩れてきてしまった。シーズン3はまもなく終わるのでホッとできそうだったが、またもや昨夜ツタヤでファイナルシーズンに手を染め借りるはめになった。

 明日は、結婚式でスピーチを頼まれたので、何を話すか考えなくちゃいけないけど、外は良い天気だし、HEROESのDVDも気になるし、読みたい本も積まれているし、結婚祝いに頂いた達磨の額を飾らなきゃいけないし.....。貴重な今日をどう過ごそうか迷ってしまう。とりあえずは、少しだけ仕事に出かけたみなちゃんが帰ってきたら、一緒にご飯を食べてから決めようっと(*^.^*)

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2011年1月23日 (日)

小6女子の詩に頭を垂れる!

 今朝、図書館に行ったときに入口にある掲示板に小6の女の子の絵と詩が掲示されていた。自転車の鍵を開けようとした時にふいに目にとまった。

 内容は、一日は楽しいことばかりて゜はなくて、嫌なことや、悲しいことなどたくさんのことがある。でも、それは私だけにしか体験できないことで、だからこそ一日が大切で楽しいというような内容だった。

 それを見た瞬間、自転車を開錠しようとした状態のまま思考停止におちいった。そのまま自転車に跨ろうとしても、身体がとまった。

 自己啓発本では、自分の周りの状況に感謝しましょう、ありがとうといいましょう。意味を見出しましょう、ポジティヴにとらえましょう、メッセージ、可能性を捉えましょうとアドバイスしてくる。

 それは自分の取り巻く状況を、外なるものとして捉え、そこに解釈なり、働きかけをするということである。しかし、女の子の詩は、様々な状況を自分でしか体験できない世界として、自分と外の世界の垣根を取り払っている。

 楽しいこと、嫌なことは自分の周りに存在し、点滅するように出現しているのてはなく、自分という存在ゆえに生じる自他という区別を超えた現象であるといっているように思えた。

 嫌なことを解消したいから、解釈や対応を変化させましょうというノウハウではなく、嫌なことであってもそれは自分という唯一の存在から発生している特別な贈り物だと受けとめようというメッセージのようだ。

 この日常生活を自己啓発として作為的にいじくるのではなく、純真なこころで見つめ感じることで、誠実にきちんと向き合えるのよと教わった気がした。

 ☆今日は、お酒を飲みながらHEROESを連続して観てました。ビール飲んだり、サワー、熱燗といろいろでちょっと酔っちゃいました。今、休憩中ですが、もう一話だけ観てから寝ます(^-^;

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2011年1月19日 (水)

Shouldn't have took more than you gave

 今日の新聞では青学のS先生の訃報がのっていた。色々とお仕事でお世話になっていた先生の突然の逝去に驚いた。先生のご冥福をお祈りする。

 またまたDAVE MASON師匠のことで恐縮だが、ここ数日浮かぶのは1970年のアルバムにあった名曲 Shouldn't have took more than you gave だ。 あなたが与えたものよりも、取ってはいけない。何という凄い曲名だろうか。まさに、この世の真理だ。

 みんな、自分、自分、自分と自分がお金や快楽を追い求める。それか資本主義だ。でも、自己所有欲は限りがなく、世界を混乱させる原因となる。

 自分が取得しようとしている分だけ、誰かに与えてきただろうかと内省できたら、きっと良い人生と友人たちに恵まれるんだろうなと想像してにやけている。

 今夜は、昇進がきまったO川君のお祝い会であった。夕方まではなんとなく身体の調子がイマイチで飲みたくなかったが、みんなと会ってのみ始めるととまらないとまらない。酒のせいもあるだろうけど、飲んで騒いで言いたいこと言っていると元気になるようだ。

   Shouldn't have took more than you gave  世に散在している自己啓発本よりも、ぐっと心に響いた歌詞であった。

 

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2011年1月18日 (火)

今日はお仕事の関係で上野動物園に行く。平日午前のせいか、人もまばらで寂しい感じがする。売店のお姉さんに、平日はいつもこんなに空いてるの?と尋ねると、寒くなってきたからという返事。動物園にはまもなくパンダが中国からやってくるので、それによりまた入園者はかなり増えていくことだろう。

 今日は一日、DAVE. MASON師匠のギターフレーズが頭の中に流れていた。夜は退職する方が二人いて、その送別会を中国料理店で行ない、またまたかなり飲んでしまった。テレビでは学生内定率が68%(中小企業の需要はかなりあるらしいが...)とか、学校教師が両親を訴えたとか、いろいろな「これは問題である」というニュースが流れている。これらの映像のBGMに師匠の音楽が流れていれば、印象はかなり違うなぁと、飲みなおしながら想像している。DAVE. MASON師匠は66歳だそうだが、昨夜のライブの力強いハートフルな歌声や、情念のギタープレイ、300人にサインするパワーには圧倒される。そのパワーがほしい。

 今日の最終公演はどうだったんだろう。

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2011年1月17日 (月)

DAVE MASON ライブ

 今日もいろいろあったなぁ。午前は警察絡みで調整すべきことがあった(こちらが悪いことをしたわけではないけど)。昼からは報道等の調整で慌しかった。仕事で忙しいのは仕方がないのだけど、実は今日は残業できない理由があった。それは....

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 DAVE MASONのライブが本日、中野サンプラザであったのだ。午後7時開始のライブには何としてでも行きたかったので、今日の慌しさにはかなり焦ってしまった。おかげさまで、開始前には会場について、新作CDも買えた。嫁もぎりぎりに会場入りして、なんとかオープニングには間に合った。

 DAVE MASONのファンになったのは高校3年生のときだ。なんともいえない、三連リフのギターに惹かれて、わがギター師匠として、ひたすらコピーに勤しんできた。

 手前味噌ながら自分でもギターは結構うまいと思うし、Image周囲からもそれなりの評価?はあるのだけど、それはDAVE MASON師匠のおかげてある。上の写真は1976年項だが、現在は こんな感じになっておられる。若い時から年寄り顔だったが、現在はかなり腹が出て、つるっぱげで、駐車場経営している僧侶のような感じになってしまった。

 今日のライブは素晴らしいの一言! 骨太でハートフルなロックを聴くと、日本のちゃらちゃらしたのばかり聴いている自分は何と小さな人間だったのだろうと反省してしまう。

 観客の平均年齢は50歳くらいではなかろうか。ライブ後半で若干名の方々がスタンディングなさったが、全体的には体力的な限界があり、大半の客は座ったまま手拍子したり、身体を揺すったりしていた。

007 ライブ後、CD購入した人には、師匠からサインを頂けた。かなりの行列ができて、握手、名前入り禁止となったため、自分は7番目だったが師匠には33年間あなたのファンですと声をかけたら、ずいぶん長い間だよなとおっしゃったので、高校生以来ですよとこたえ、握手をこらえつつお別れをいった。

 ほんの数十秒のdave mason師匠との会話は、関心がない方にはふーンという感じでしょうが、マイケル・ジャクソンファンがもしマイケルに長い間ファンでいてくれたんだねぇと言われたら、その感激は理解できるのではないでしょうか。(師匠とマイケルは80年にデュエットしている)。

 この1月は、dave mason師匠といい、大学同窓生といい、バシャールといい、若かりし頃の自分の集大成が、再浮上し、更なる浄化を求めているようで、摩訶不思議な月日となった。

 サンプラザの帰りに嫁と洒落た居酒屋で飲んで(1時間で7800円)、酔っちゃいました。

 あーもう翌日の日付になる。おやすみなさい。

 

 

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2011年1月16日 (日)

HEROES 虚と実の世界

 昨夜は、大学の同窓会準備会兼新年会で、10人ほど集まった。20年くらいぶりに会った人もいて、本当にお久しぶりだったけど、みんな変わっていないなと思った(多少老齢加速は個人差が生じているけど)。いろいろな話題で盛り上がり、けっこう飲んでしまったけど、愉しい飲み会は翌朝辛くないという法則を発見した自分としては、今朝もそれを確認できた。

Heroes3  昨夜は、帰宅してから「HEROES SEASON1」の最終回DVDを観た。思えば年始にSEASON2 の全編放送を観てから2週間たった。1と2のシリーズを観るのにかなりの時間を費やし、日によっては酔って眠たくなっても見続けた。ぶろぐの更新よりも終末を迎えようとしている人類についての動向確認作業を優先した。

 まあ、けっこう時間はかかるが、とにかく面白いドラマであった。毎日就寝までの2~3時間ほど見続けていると、HEROESの世界が日常的になり、現実の世界と同時並行して、時間が進んでいくような感覚になってくる。虚と実の世界が交差して、この現実世界(今、こうしてサンデーモーニングを見ながら、ぶろぐを書いているこの世界)が、虚の世界のような気もしてくる。

 以前読んだ本には、精神分裂の人は、いろいろな思考が混在して、揺れ動いているようにみえるが、実は一定の思考に執着して、おかしくなっていると書いてあった。例えば自分の家が盗聴されている可能性はあるけど、実際はまずありえないというのが普通?の意識だとしたら、絶対に盗聴されているという意識が固定して、周囲がどんなに説得しても変わらず、その人は自分独自の世界の住人になっていく。

 私たちは、いくらHEROESの世界に浸ったとしても、それが虚の世界だとわかっているのが、普通だと思っている。では、実だと思っているこの世界は本当に実なのだろうか。イスラム諸国で生まれ育った人と、北朝鮮、アメリカの人たちとは同じ世界を共有しているだろうか。私たちが現実と呼ぶのは、肉体五感が認識できる感覚と世界である。

 五感の中でも主要情報源である、視覚・聴覚が奪われてしまった場合に接する現実は五感で接する現実と大きく違うのではないか。

 さらに、私たちは五感の感覚の上に、自分の意識を投影する。同じ時代と地域、生活形態であっても、楽観的な家族と、厭世的で人間不信の家族では、同じ五感による世界に居住していても、生きている世界は違っている。

 私たちの現実と呼ぶ世界は、自分の五感によって得た情報と、それを解釈する意識によって構成されている世界である。だから、個々人によって、生きる世界には相違があるが、私たちはみんなが自分と同じ世界の生きていると思い込む。その幻想によって、日常生活の中で、「なんであなたはこんなことがわからないのか」と非難と糾弾を繰り返している。

 HEROESのことを書くつもりが、かなり違う方向に話がいってしまった。

 では、私たちはこの現実と捉える世界でどうしたらいいのか。自分と他者は違っているのが当たり前だと思えばかなり楽になる。しかし、それだけだと、ニヒリズムに陥る危険性もある。

 私たちは、誰かと一緒だと嬉しい存在である。一緒に食事をして、自分が美味しいと感じたら相手も美味しいねと言ってくれたら嬉しいのだ。飲みながら同じ話題で盛り上がり、笑うことが大好きだし、多少違う意見が出ても同じ時空をともに過ごしているという一体感があれば嬉しいのだ。

 私たちの嬉しさは、独りよがりのものよりも、他者との一体感があることの方がより大きいようだ。

 自分と他者は違っていて当然だけど、だからこそ一体感を感じたときの喜びが大きいと自覚して生きることが大切ではないか。もちろん、すべての人には不可能だけど、自分の周りから少しずつ、そのことをひろげていけばいいのだと思う。

 なんかHEROESから、こういう結論にいってしまったけど、それはそれでいいと納得しています。( ̄ー ̄)ニヤリ

 

 

、 

 

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2011年1月15日 (土)

花粉症対策 レンコンもち

003_2花粉症対策としてのレンコン料理についての反響があり、第二弾です。レシピよくわからないので、嫁に書いてもらいました。

今日はレンコンもちを作りました。蓮根は皮付きのまま下ろし金で下ろし、海老を細かくしたものを合わせて、フライパンで焼くだけです。少し水っぽく感じたので、片栗粉を混ぜました。(たけしのレシピとは違うかも?!)こんがり焼き色がつく程度に両面を焼いて、大根おろしとねぎを乗せて頂きます。海老の塩っけでそのままでも美味しいし、ポン酢しょうゆをかけてもおいしかったです!!

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2011年1月 6日 (木)

花粉症対策レンコン料理

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 一昨日、ビートたけしの番組で花粉症にいい食材として、レンコンが紹介されていた。番組ではレンコン餃子とか、レンコンのオリーブオイル焼きなとがレシピとして放映されており、今日は嫁がそれに挑戦した。レンコンに塩コショウをふり、オリーブオイルに浸して、オーブントースターで焼くだけでも、かなり美味しくおつまみとしても最高。餃子もサクサクして歯ごたえ十分。お酒がすすみビールや、チューハイ、日本酒などをおいしくいただけました。

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2011年1月 5日 (水)

ハジャール再び

 バシャールのイベントがあるというので、お仕事を片付けて駆けつけた。バシャールとは20年位前にブレークしたダリルというチャネラーが交信する宇宙人だ。20年前に初めてバシャールを知ったきっかけは廃刊となった「朝日ジャーナル」誌上に下村満子編集長とバシャールのインタビュー記事があって、なかなか愉快なことをいう宇宙人?がいるものだと感心し、バシャール本を購入して読んではまった。

 ブレーク後は、もう過去の人(宇宙人)となっていた感があるが、最近は須藤元気氏や本田健氏等との対談本が何冊も出版されるようになった。そのバシャールのイベントがあるという情報が入ったか、この年相応に行動すべきおじさんとしては、とても一人では行く気はしない。

 しかし、縁とは不思議なもので、2年程前に武道の仲間二人と飲んでいたら、なぜかバシャールの話になり、なんと三人全員(20代・30代・40代 性別・職業バラバラ)がその存在を知っており、関連本も読んでいた。こんなことってあるんだぁぁとお互いに驚いた。バシャールを知っている日本人も僅かであろうし、まして全然関係ない友人同士がバシャールの本まで読んでそれなりの評価をしていたのだ。これって、不思議じゃない?......というわけで、この二人に話しをしたら、イクイクとのってきたのでイベントにお出かけした。しかし、実際にバシャールの声が聞けると思ったら、録画放映のみであって、がっかりしてしまう。終了後、あいにく、一人が用事があったため、反省会は後日ということにした。

 帰宅して、入浴後、嫁と飲みながらテレビを観たりまったりしながら、これってしあわせなんだなぁとつくづく思った。なんか関係ない話になったけど、精神世界の危うさって、現実逃避的だったり、自己固執による拡大妄想とかマイナスイメージがいろいろと浮かんでくるけど、最近は小林正観さんや、斎藤一人さん、船井幸雄さんなどそれなりの方たちの人気も高く、世間でも認知されてきているようだ。熱燗といか燻製で一杯やりながら、ワクワクするってことを選ぶのが一番なんだよなぁと親しい人たちと語ったりするのがcoolだと思うんだけど。

 バシャールを宇宙人と本当に信じてきっているわけでもないけど、それはそれで結構面白くて、いいこと言っているんで、ある面では評価しています。結構ふところ深くバシャールをとらえています。

 私たちは、自分の波動にあった出来事を体験している。物事は中立であり、それを意味づけているのは自分の意識である。.......バシャールの本をまた読みなおしてみようっと。

 

 

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2011年1月 3日 (月)

要塞化する家族とビッグダデイ

 正月休みも今日で最後で、これから親戚が集まる母宅にいくところ。正月休みが結構充実していたのは、新しいテレビで自動録画できるのか嬉しくて、バンバン番組予約した。なかでも海外SFドラマ「HEROES」にはまってしまった。今回はシリーズ2の連続放映だったが、いくつものシリーズがあり、これはまずい。TSUTAYAに行くはめになりそうだ。

 今、嫁は昨日放映の「ビッグダディ」を観ながら、林檎ジャムをつくっている。ビッグダディが9時間番組とは凄いものだが、演出面があったとしても、家族の素晴らしさを伝える国民的番組として不動の位置となってきているようだ。多くの視聴者はビッグダディを娯楽として愉しむだけではなく、この家族を見て、日本の家庭はこうでなくてはならぬ、父親はよき家長となるべきであると頷き、現在の日本の家族を憂いているのではないか。

 しかし、もし、ビッグダディが、東京都墨田区居住のサラリーマンだったら、そして子どもたちが東京の学校に通っていて、母親がジャスコでパートをしていたら...。もちろん、大家族だからそれなりのドラマ性はあるだろうが、家族で全員起立して父親の基本方針演説を聞くという場面は現実には考えにくい。まして、夫婦と子どもの4人家族であったらどうだろう。

 ビッグダデイの波乱万丈さは、大家族、奄美大島居住、貧乏、自営業(今は雇用されているが)、夫婦間の行き違い、子どもたちが多くが低年齢などの要素が合わさり、壮大な家族エンターテインメントをつくりあげている。また、ビッグダデイの家庭は、親戚がいる故郷を脱出して、奄美大島へと移動しており、核家族である。核家族とはひと組の夫婦とその未婚の子供からなる家族を意味する。親戚一同からの殆ど援助もなく、核家族が貧乏生活をどう生き抜くかが、この番組の基調にある。

 奄美大島では、台風などの災害があるとライフラインが危機的状態になり、地域の連帯が不可欠であり、孤立化した家庭は生きていけない。ビッグダデイという番組も、林下一家だけの奮闘ではなく、奄美大島の地域との共同が大切なファクターとなってもいる。

 生活するためには、誰かとの共生が必要であり、それが家族や親戚でも、或い地域でも、友人でもいい。仕事や通学のための基地としての家庭ではなく、一緒に生きるためには家族や誰かの存在が大切だと、この番組を見ていて思った。

 昨日、義父母宅に新年の挨拶にいったときに、マンションの話をした。セキュリティー完備のマンションが増えているが、それは外敵を想定した欧米的なリスクセキュリティーを模倣している。家庭外の敵から身を守る要塞に暮らすことは、犯罪多発地帯には必要なことだろう。しかし、家庭内虐待や孤独死が問題化しているが、外から遮断されているから発生する問題が多発してきており、また家庭内における問題が発生した場合には、外部の他者による接触が必要となる場合がある。

 ネットワークや、コミュニティの大切さが謳われるようになってきているが、要塞化した街でどのようにしていけばいいのだろうか。想像してほしい。もし、毎日のようにポストに入れられている広告のセキュリティ完備のマンションだけで構成される町があったらどうなるだろう。町並みは要塞化したビルが漠然と建っており、その階下にはコンビニとチェーンストアが並んでいる。そこに、住みたいだろうか。そこではどんな家庭生活が営まれるのだろう。

 はっきり言えば、一軒家や、商店、神社や公園、公共施設といった町の構成要素の上にのっかったカタチで最新型マンションは建てられ、その地域や町の良さを売り物にしている。

 もう、昔の木と紙の家に戻すことは不可能だけど、新しい家庭、家族を自然発生的に委ねるのではなく、主体的につくっていかなければならない地点に立っているのだと思う。

 かくいう自分も賃貸マンションの6階に住んでおり、眺めがよしよしと毎日のようにお酒を飲んでいるのだけど、将来は何処で、どんな家に住もうかと考えなきゃ。

 今年の抱負を書こうとしていたら、ビッグダデイやっていたので、家族のはなしになっちゃった。

 

 

 

 

 

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2011年1月 1日 (土)

元旦朝の不思議な雲

012_2 あけましておめでとうございます。元旦の朝の空は、太陽から雲が一筋の横線となって、とても不思議な感じでした。 とても良い年になりそうでワクワクします。

昨夜は親戚たちが集まり、嫁も昼から準備に大忙しだった。午後7時から大人8人+先月生まれた瑛太君の9人で大晦日の夜を過ごした。料理もローストビーフやチーズフォンデュー等々が出て、最後は年越しそばとデザートで締めた。初めて聞く昔の話が話題にのぼった。面白かったのは、昭和20年代前半に母が5歳違いの叔母を迎えに小学校にいったときに、生来派手な母はグリーンのコートを着ていったそうだ。当時は、そんなものを着る人は皆無で、学校帰りに道行く人がみんな母にびっくりして眺めていたらしい。現在もその性格は変わっていない。

 そういう懐かしい話を60年経った現在でも、お酒を飲みながらできる姉妹の元気さに敬意と感謝の念がわいてくる。

 昔から毎年、大晦日になるとその一年の反省をしようとか、いっぱいある悪い癖をなおして、ちゃんとしようとか思ったり、書いたりしたけど、自分の家に親戚を呼んで年越しをしようとしたのは初めてでだった。嫁が一生懸命につくった手料理と、豊富なお酒類を味わいながら、わいわい和やかに冗談いったり、新生児をあやしたり、懐かしいハナシをしたひとときに新鮮な喜びを感じた。

  今まで自分をどうにかして、こうなってとかいじくりまわしてきたけど、今年は自分自分と固執せずに、とりあえず自分のできることをして、みんなと仲良くやっていきたいと思う元旦の朝です。011                     元旦朝のスカイツリー

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