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2010年11月

2010年11月29日 (月)

「運命じゃない人」多元的世界から職場をみる

Images_2 昨夜は「運命じゃない人」を観る。これもかなり評判の高かった映画で、たしかに面白い。一夜を複数の人間の立場から観た多元的な展開で、よく練られたシナリオだった。

 今日は、仕事で遅くなる。職場の上の立場の人間に対して、かなり嫌気がさす。きっと彼も自分に対しては言いたいことが色々あるだろう。

 10時に帰宅してから、嫁のつくってくれた串揚げとポテトグラタンを食べながら、お酒を飲みながら、職場で頭にきたことをぶちまける。あいつは狂っている、早く引退させなければと、狂ったような眼をして愚痴を言う自分.....。

 きっと、多元的世界の視点から観ると、彼も自分に対して、ぜんぜん準備していないとか、リーダーシップを発揮していないとか嫌味を言ってるんだろうなと推測する。

 相手が独自の世界と、時間推移をもっていることをどうも認識できないのが人間だ。

 自分の意識がつくった価値観、意味づけと、自己の時系列的な経験を世界の中心に置き、語ってしまうのが人間である。

 いろいろと職場に不平不満があったりするし、そういう思いの人が殆どだと思うけど、みんな悪い意味で自己中心的な世界に浸っているから、そう思えているはず。

 職場でスタッフたち数十名ヒアリングすると、各自の職場観があって、それぞれ同調したり、矛盾しあったりして、なかなか興味深い。それぞれの立場によって観ている職場が違うのだ。

 さて、昨夜、今日の仕事の大変さを想像して溜息まじりの自分は、無言でさっとベッドにもぐりこんだら、嫁からスビリチュアリストのわーにゃさんの言葉おぼえている?といわれ、ン.......と窮地状態となる。「黙っていてもわかるではなくて、相手にきちんと話さなくてはだめ」ということらしい。自己の阿頼耶識の世界に入りこんでしまっては、眼の前のひとの存在を忘れてしまう。自分のマイナス意識が、マイナスの事態をつくってしまうし、現在ここに出会っている人の大切さを忘れてしまうということか。

 今日は心が乱れ乱れの舞い状態のため、先ほどまで心身統一の講演DVDを熱燗のみながら観る。こころが身体を動かすという言葉が気になる。今日の自分の慌しさ、苛立ちは、外的要因ではなく、自分のこころにある批判されたくないという媚びる意識と、失敗したらどうしよう、自分は駄目だという否定的な意識と、それに対する反発や暴力意識が攪拌された結果である。そのこころが職場での言動に影響を与え、身体を疲れさせる。

 でも、こうして現世の矛盾に、いろいろと迷いながらも、どこかで面白いと思う自分もあって、実に面白い。その気持ちがあれば、きっと良い人生おくっていけるんだろうなあ( ̄ー ̄)ニヤリ と思う我あり。

 おやすみさい。、゜

 

 

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2010年11月28日 (日)

地味な幸せに気づく

 昨日は審査前なので久々の土曜日の合気道お稽古。2時間ぎっしりやって、最後は多人数掛けも行い、汗が凄い。今夏でもここまで汗だくになることはなかった。眼に塩辛い汗が入ってきて痛い。途中から黒いバンダナをタオル代わりにして、汗をぬぐうが、薄い生地はすぐに濡れきってしまう

 終了後はM永さんと、串揚げを主力とする居酒屋に入り、2時間半ほど反省会。帰宅後東京03のDVDを観て午前1時に就寝。今朝は目覚めても明日からの仕事大変だなぁと考え込みながらダラダラと寝てしまい、結局10時過ぎに起床。あーこんなだらしなくていいんだろうかと反省しつつ、嫁のつくってくれた生姜入りうどんを食べる。

 とっても良いお天気だ。日向ぼっこをしながら、読書をする。暖かくて、とても気持ちが良い。こういうことを幸せというのだろうか。もう師走なのに、お日様が出て暖かくて、こんなにゆっくりした時間を過ごしている。これはやはり幸せだよなとからだがぬくぬくと実感している。

 でも、途中から脳が横槍を入れてくる。陽の光もあと数時間だけだよ。そして夜になって、明日がくる。慌しい日々がはじまるんだぜ。そんなにゆっくりしてていいのか?  仕事の準備とか、自己啓発とかしなくていいのか? と不安を煽りだす。

 仕事が大変たがら、リタイアしたら楽だろうなとも想像したりする。でも、リタイアしたらしたで、脳が残された人生の時間は少なくなってきたのだからとか、倒れて介護されるようになったらどうするんだと、健康や、貯金、死後世界など事細かに不安を煽り続けてくるんだろうな。

 今夜のテレビニュースでは北朝鮮が挑発的に韓国を煽っている。菅内閣の不甲斐なさを煽っている。不安、不安、不安......。今のままでは多分、永遠に過度に煽られた不安が消えることはないだろうし、自分の心も迷い続けるだろう。

 でも、その不安が、現在の小さな喜びや幸せを否定していいのだろうか。みんなが笑って愉しんで、不安など忘れ去ったディズニーランドみたいなユートピアがこの世に出現することはあり得ない。幸せとは多分、大金を得たとか、有名人になったとか、50歳だが30歳に見られたというようなことではなく、もっと地味な喜びと、その連続なのかもしれない。 

 完全に守られた幸せなどこの世にはない。不安の要素がなくなることもない。では、人間は不幸な存在なのか?  否、気持ちの良いお天気の昼に、おいしいコーヒーを啜る気持ち、ちいさな子どもがケタケタ笑う姿をみて微笑んでしまう気持ち、スポーツをして流れる汗を拭う時の爽快な気分.....それらが日々の幸せの基礎固めをしてくれている。

 合気道の稽古では、自分のこころの中の不安や、闘争心が自分の身体的動作をコチコチに固めてしまい、柔らかで力強い体技を妨害することが実感できる。技を極めるためには、幸せな気持ちを生活の中で維持できる能力が大切なのだとつくづく思う。

 

 

 

 

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2010年11月24日 (水)

飲むと観たくなる東京03

Pcca3281  今日は企画セクション時代の後輩が管理職になるので、そのお祝い会があった。下町フレンチでかなり飲んでしまいました。そして、その直前にtsutayaに寄り「ラブソングができるまで」のサントラと、つるのたけしの新作CD「つるばむ」を借りる。まさか、つるの氏のCDを借りることになるとは....彼のことはまったく眼中になく、むしろあいつは何だという感じだったが、「うまれる」という映画を通して、彼のことに興味が湧いてきた。映画の挿入曲「オメデトウ」は、なかなかファンキーでよろしい。しかし、新作のため1泊2日ということもあり、じっくり聴けないため、とりあえずPCに取り込んでおこう。...でもこの取り合わせを選択する50歳男性ってなかなかいないだろうなと、酔いつつ悦に入っております。

 お祝い会終了後に後輩が言うには、一緒に働いていたとき、激務の残業中に私はガラスに映った自分をみながら、突然ブレークダンスをしていたらしいです。そして、ダンス後に平然と仕事を再開した私の姿に、彼は感銘したとお世辞を言ってくれました。 自分ではまったく記憶がありませんが、TAKKUNならばやりかねないことだとは想像できます。40代はじめであったTAKKUNが、なぜそんなことをしていたのかは謎です。

 今日は10時頃に帰宅してから、東京03の「自分、自分、自分」という新作DVDを半分ほど観ました。以前は彼らのコントをシュールと解釈していましたが、訂正します。彼らはシュールではなく、この現実的な世界の軋轢や矛盾をストレートな笑いにしています。ほんとうに世に氾濫している半端な映画よりも、彼らの10分程度のコントの中に不条理な人間ドラマは息づいています。

 もっとコント観たいけど、飲みすぎなので、これにして失礼します。誤字脱字あったらごめんなさい...................。ほんとはもっと飲みたいんだですけど...........まだ寝たくないんです..........................................................おやすみさい(;ω;)

  

 

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2010年11月23日 (火)

家庭の密室化とブレークスルー

 今日の東京は昼まで雨模様のため、紅葉観にいく気分でもなく、思うがままという計画に変更する。昼間は久々にジムに行く。ジムでは元プロレスラーや、70歳を超えたボディビルダーの方たちがトレーニングなさっていたが、私はウェイトトレーニングはせず、合気道の受身や、ひとり技などを稽古。

 帰宅後、児童虐待を扱った漫画「新・凍りついた瞳」を一気に読んだ。実話をもとに構成された作品だが、子どもたちに対して身体暴力や、性的虐待、水も食事を与えないなどの酷い虐待をする大人たちに腹がたって仕方がなくなる。つい泣いてしまう。漫画を読んでいる自分でさえこんなに感情的になってしまうのだから、実際に虐待を受けた子どもたちのこころは、どうなっていくのだろう。

 ただ、読み進めるにつれて、その親たちも幼少期に心の傷を抱えていることがわかってくる。虐待の連鎖は存在しているようだ。だからといって、誰もが被害者だから仕方がないということにはならないし、してはいけないのだ。その連鎖を断ち切っていくことがぜったい必要であり、当事者たちはもちろんだが、根が深くやっかいな病理であり、それを社会全体でもとらえていかなければ解決できない。 

 最近、児童虐待が増加傾向にあるとしたら、その原因はいろいろ考えられるだろう。私はとくに核家族化といった家族構成だけではなく、家庭形態も大きく関与していると思う。以前のブログにも書いたが、サザエさん一家は一軒家に住んでおり、近隣の人々とも知り合いで、サザエさんがタラちゃんを虐待することはまず考えられない。

 しかし、サザエさんとマスオさんとタラちゃんが、親族に縛られたくないと言って磯野家を飛び出し、駅近くのマンションの部屋に住み始めたらどうなるだろう。本家と交流があるうちはいいが、じょじょに疎遠になり、最後はサザエさんとタラちゃんが一日中閉ざされた部屋の中で過ごすことにでもなったら........。

 虐待はその殆どが密室で起こる。だからといって、開放型の日本家屋に住むことが困難になってきている現代人に、マンションはやめようといっても仕方のないことであり、密閉空間に居住することが不可避ならば、積極的に近隣なり、仲間と交流することが大切になってくる。

 町内会が高齢化、会員減少してきているのが実状だが、みんな特に若い人は加入して、お祭りや、防犯やりましょうというのも、どこか非現実的な気もする。別に組織に入らなくてもいいから、せめて子どもをもつ家庭と地域は、挨拶や会話からでも交流しましょう。そこから自然にはじめましょうということかもしれない。

 今夏は行方不明高齢者が話題になって、マスコミは連日報道し、自治体もその対応で大変だったが、それも地域コミュニティーの崩壊からはじまっている。行方不明者は昔から存在していることだが、それを大きな問題と捉え、本当に解決したいならば、国や行政任せでは限界がある。

 その鍵が、ご近所付き合いであり、何らかの仲間づきあい、親戚づきあいである。他者に干渉されたくない、或いは付き合い時に会って、気が乗らないならば断ち切っていい。そのような生き方が現代的であると誰もが割り切ってきたが、そろそろ綻びが目立ってきている。過去に逆行はできない。もう社会システムは過去をなぞる事は無理な状態にある。この病理的な壁をブレークスルーするためにはどうしたらいいのか?

 とにかく、誰かとつながることだ!  まずそこからがはじまりだ......

   突然、話題が極端に変わりますが............................ 

 51x0sod0qrl__sl500_ss100_夕方は、嫁と「ラブソングができるまで」を鑑賞。、ヒュー・グラントとか、ドリュー・バリモアとかが出るような、ラブコメっぽいのは今まで遠慮していたが、面白い。稀にみる面白さだ。80年代を意識したPVもそれっぽくて最高。

 最近は多くの映画が、僅かであっても殺人や暴力、精神疾患、グロさ、下ネタといった要素が入っているように感じるが(自分が選ぶ作品傾向?)、こういうハッピーになれるのがいいなぁ。最近、おじさんは頓に思うのだ。

 これから嫁かつくってくれた、おでんと茄子味噌で一杯やります。感謝!!

 

 

 

  

         

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2010年11月22日 (月)

テレビ選びはつらいよ

 12月からエコポイントが半額になるという。だから、急いで今日は就業後に、ヨドバシカメラとディスカウントストアを2回も往復した。10万円の42型wooのW録画か、14万円のアクオスブルーレイかと色々迷ってなかなか決められない。

 結局、研修に出ていた嫁と、倉本君とM崎さんがヨドバシに9時頃来て、これが画像がいいと三菱の17万円のブルーレイとハードディスク付42型を購入するはめになった。ヨジバシポイント20%つくから14万円台と思っていたけど、結局今回は使えず、次回に3万5千円ほど使えるということなのよね。

 wooが第一候補だったけど、DVD機能がないため断念した。現在使っているDVDプレーヤーは6年前に6000円で買ったものて、新しい大型テレビを購入してもそれを使い続けるのには抵抗があったからだ。結局ブルーレイ付を選んだ。

 12月中に配送予定となっていたが、若い女性店員がすまなそうに配送は来年1月以降になってしまったと侘びてきた。エコポイントも配送後申請となるため、政府予算がなくなったらもらえなくなるとのことだった。はなしがちがう!!と怒って取り消そうかとも思ったが、また機種選びで数時間費やすのはめんどうくさいので、三菱を購入する。

 9時半から串八珍にて、4人で下らぬことをおしゃべりしつつ、ほっとした時間を過ごす。明日は、勤労感謝の日。週はじめの休日は実にありがたい。

 N_62712drj20381rps備忘録として.....昨日観たのは「ラッキーナンバー7」。まあそれなりにドンデン返しがあって、それなりに面白い映画。Photo

数日前に観たのは「バタフライ。エフェクト」。主人公は多次元世界を生きる。 それはそれは不思議な世界。自分のひとつの選択がその後の自分だけではなく他者をも巻き込み、人生を変えてしまうという教訓的な映画だ。

 今日も酔ってしまったけど、明日は大切な勤労感謝の日。紅葉でもみにいきたいなぁ。

 

 

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2010年11月21日 (日)

中高年こそ必要な「世界にひとつだけの花」

 昨日は、随分前にお付き合いがあった朗読ボランティアの会の30周年記念会に招待いただいた。朗読歴1年目から30年以上までの朗読者が、童話から、小説、歌舞伎、御伽草子と、バラエティーに富んだ作品を読み上げる。プロではないが、暗くなった場内にスポットライトを浴びて、語りかける朗読者の緊張感が程よく伝わってくる。みんな真剣なのだ。真剣に何かを伝えようとしている。

 一人ひとりの朗読者は主婦であり、会社員でありそれぞれ生業を抱えながら、朗読という孤独な作業に取り組み、発表会のためのプレッシャーと戦いながら、努力を重ねてきたことだろう。そして、舞台に立った瞬間に真剣に取り組んだそれが、伝わってくる、びんびんと伝わってきた。

 昨夜、合気道の審査があったが、約半年前に入会した私と同年代のSさんから、一番最初の級に合格して、今祝杯をあげていますとメールを頂く。それに関わった人でなければわからない奥深い世界があり、そこに入る勇気と、継続する気力と、分かち合える人々がいる大切さを思う。

 ややもすると、自分が直接属している世界のこと(仕事や家庭等)中心にいろいろと悩み考えがちだけど、違った視点から自分や世界を観ることって必要なんじゃないか。それはよく言われるアドバイスの古典的フレーズだが、実際はなかなか難しいものだ。

 例えば。朗読という分野にチャレンジすることによって、自分の活舌の悪さに落ち込み、家族から白い目で見られということから始まり、はじめて作品を読めた達成感や、自分の語りが成長していく喜びといったプロセスを通ることになる。そして、昨日のような機会を得て、表現者としての自分というものを発見し、極めていくことができる。それは、朗読者の身体にも反映されていて、60代以上の方々も多くいらしたが、みんなお若く、清楚なエネルギーが出ており、声にも張りがあった。

 合気道も同じように、最初は身体の硬さや、技が覚えられないという焦りから、お稽古するうちに少しずつ形ができていく愉しさや、力を抜いてリラックスすることが最も強いことを実感したり、昇級・段審査というプロセスを得ながら、調和した心身の状態を練り上げ、日常生活にも活かすことができてくる。

 一人ひとりの「世界にひとつだけの花」は、なんの努力もプロセスもなしに、自然児のように存在しているものではない。顔や声、指紋は生命体としての究極的な個性であろうが、それで満足する人はいない。自分らしい「何か」というのは、自分の挑戦したもの、全身で感動したもの、出会った人たちとのかかわり方、自分の体験の中でつくっていくものだ。

 そして、それは若者だけの特権ではない。むしろ、時間がなくなってきている中高年の方々こそ真剣に取り組まなければならないお仕事なのかもしれない。まだ、眠っている自分の可能性、少し修正した方がいいかもしれない歪んだ思考回路、自我から離れて誰かのために時間を使ってみること......。それがあなたをストレスから守り、健康的に生きていけるお守りになるばず。

 .............なんか教訓めいてしまいました。ごめんなさい。でも、けっこう当たっているような気もいたします。

 時間がなくて、習い事や、趣味活動ができなくても、発想の転換は生活の中にいっぱい転がっています。昨日の昼間に、地球は宇宙空間の中にある惑星って知ってはいるけど、普段の生活では実感なんかないよなぁと王様のブランチを観ながら思いました。そう思った私は立ち上がり、上半身を下げ、股から顔を出して、外を眺めてみました。

 2010_036地球の下に宇宙が拡がっているように見えませんか?

  つまりこの位置でいうと、地球の下部に私は足がくっついていて、高層ビルも下から上に生えている感じでしょう。

 いやー驚きました。ふたつ。ひとつは、宇宙の実感です。ふたつは中年男がこんなかっこうをして、宇宙だ惑星だと叫んでいることです。

 ※ちなみにこの写真は股の間から撮ったのではなく、カメラを逆さにして撮ったものです。まあ、普通に撮って画像修正してもよかったんだけど.....

 

 

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2010年11月16日 (火)

障害者をヒロインとした韓国映画の凄さ

嫁のつくってくれた南瓜のコロッケなとを食べた後、松竹梅を飲みながら韓国映画「オアシス」を観る。これは韓国映画の凄さを証明した映画だ。

D111232460  前科者の青年と脳性麻痺の女性が、お互いの愛をどこまでも純化させ貫く姿を痛ましくもピュアに描いた衝撃のラブ・ストーリー。監督・脚本は「ペパーミント・キャンディー」のイ・チャンドン。2002年ヴェネチア国際映画祭で監督賞と新人賞(ムン・ソリ)を受賞(goo 作品紹介より)

 女優ムン・ソリの重度脳性まひの女性を演じ方はも評判通り凄い。私も重度脳性麻痺の知り合いが何人かいるが、彼女の演技は健常者が演じられるギリギリのレベルではなかろうか。

 それにしても、韓国は未だに障害者差別が激しいことがこの映画では伝えている。もちろん、日本も表面的かも知れないが、ストレートに障害者を差別する風潮は減少しているように思える。韓国の健常者と障害者の壁が歴然と存在している状況の中で、この映画を製作した者たちの熱意と創造性に脱帽。

 この映画は、昔の日本だったら「衝撃の問題作!」と確実になっていただろう。だが、この映画はそんなちんけな宣伝文句を相手にしないほど、純粋で明るく悲しい映画だ。

  映画を観て、私たちは人間の様々な側面を知り、模擬体験をする。多分、殆どの人は、前半のムン・ソリの演技に嫌悪感を抱くが、中盤から彼女に愛くるしさ、可愛さを憶え、後半は彼女と一体になって叫ぶはずである。

 主人公も精神面でハンディキャップがありそうで、彼女も重度の身体障害者だが、この映画に出てくる健常者の誰よりも自由なのはこの二人だったように思える。 

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2010年11月14日 (日)

銀座で「うまれる」を観た

 映画「うまれる」は出産のドキュメンタリーで、なんでわざわざそんなものをお金出して劇場に行くんだ、テレビでもやりそうだという印象をもった。しかし、マスコミ等での大絶賛とともに、こどもは親を選んで生まれてくる「胎内記憶」をベースにつくられたと知り、興味がわいた。胎内記憶については以前から、元福島大学教授の飯田史彦先生の講演や著作を通して知る機会があったが、この映画をつくるきっかけになった池川明医師(池川クリニック院長)も、飯田先生の医療ネットワークのメンバーとのことであった。何かご縁を感じたので、本日日曜日に岩盤浴に行きたいという嫁の希望を却下し、シネスイッチ銀座までいく。

 映画は人気あろう、劇場小さかろうとぴあリザーブシート予約(1席2000円)しようとしたが、当日予約は無理なので早めに劇場に行く。すると、午前の回だったが、ほとんど客は待っていなくて、上映時も3分の1もいなかった。夫婦50歳割引(二人2000円)で余裕もって観られてよかったが、もしも、ぴあで予約していたら倍の4000円かかっていたので、アブなかったぁ。でも、もう少し混んでいてもいいのに。

 Chirashiomote_2 映画のほうは、予告編が終わり、最初に配給か制作会社のオープニングCGかと思っていたらすでに本編だったので面食らった。内容は地味ながらも丁寧なつくりであり、嫁は泣き続け、私も数回泣いてしまった。

 少子化、子ども手当、育児支援、児童虐待......ここんとこ子どもをつくること、妊娠、出産があまりにも現実的すぎて、現象面中心のマスコミ報道や、世論が当たり前のようになっている。

 映画の中で、出産が間近なのに夫が多忙で立ち会えないかもしれないことを上司に相談したら、それによる見返りがあるのかと上司は発言したというシーンがあった。けっして出産は、成果主義で査定するようなものではない。

 わたしたち人間はその意味がわからないままに、生まれ歳をとり死んでいく。人間が勝手につくった世界観や、社会システム、価値観はその神秘さには到底太刀打ちできない。わたしたちは子どもが生まれるという神秘を自戒を含めてどれだけピュアに受け止めているのだろうか。単なる物理現象や、入学、就職、結婚といったライフイベントのひとつとして捉えているだけになっていないか。

 この映画が救いなのは、もはや限界にきて崩壊寸前の経済発展システムにしがみついている頭脳が固まった大人たちではなくて、若い世代の中からこどものいのちを純粋にうけとめようとしているカップルや、映画製作者たちが出てきていることだ。

 現在、ごともを社会で支えるということを旧・新政権はアピールしてきているが、それは経済給付やサービス整備が中心の小技的な展開であり、子育てが愉しく、虐待がなくなる世界をつくるためには、この映画に流れる通奏低音のようないのちのメッセージをあたまではなくからだそのもので聴くことから始まるのだと思う。成果主義的に子育てのあり方を論じても、こども自体が自然界の法則にのっており、土俵が違うのだ。いままでの教育行政が失敗、錯誤の繰り返しだったことは、自明の理であろう。

 まずは、こどもがうまれることの喜びと神秘さを、実感し分かち合える社会に近づけることが大事なことであり、NHKはニュース特集や討論番組などやめて、肚をくくって「うまれる」をひと月ほど連夜放送することを提案する。

 映画を終えてから、11月銀座オープンした北海道のチェーン「まつじん」で、3種ジンギスカンランチとスパークリングワインを1本空けて帰宅した。おいしかったけど昼間のお酒はけっこうききます。

 

 

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2010年11月13日 (土)

幸せになれる「50回目のファーストキッス」

 あー今日は久しぶりに家にずっといる休日だ。今週のハードな稽古のためか、身体全体がが痛かったり、こわばっていたりする。どうも身体動作に力みがあり無理していることを痛感する

 今日は読書とDVDであっという間に一日が過ぎてしまう。午前は船井幸雄さんの「退散せよ! 似非(エセ)コンサルタント」とヒクソン・グレイシー 「無敗の法則」を一気に読む。午後は 高部 正樹「傭兵の誇り」を途中まで読むが、傭兵の給料があまりにも低いので驚いた。戦闘で被弾すると身体が捩れ、潰れる描写など、ランボーの世界がリアルに思えてしまう。日本が平和でよかった。

 午後3時からは嫁と「51r4s1tbvwl__sl500_aa300_50回目のファーストキッス 」を観る。ドリュー・バリモアのラブコメはどうもおじさんには食いつけない種類なのだが、これは良かったなあ。最近は短期記憶喪失ものの映画もいくつかあるが、これはお涙頂戴というよりも、笑って、愉しくて、でもちょっと泣いたりしてしまうおすすめ映画。

 事故に遭い、今日の記憶が寝てしまうと消えるドリューの病気は、とても深刻な障害である。彼女の置かれた立場は絶望的とも言えるが、毎日同じことを繰り返してしまう彼女を被害者として憐れみをかけるだけではなにも変わらない。このおバカな映画は、悲しさや、絶望的な状況になってもあきらめないで、明るく受けとめ、前向なものの見方と行動が、それらを癒し、救っていけるはずだと、教えてくれている。

 夕食は嫁がつくった好物の餃子をたらふくご馳走になってから、人気の高い香港映画「インファナルアフェア」を遅ればせながら観る。ハリウッドで主演ディカプリオでリメイクされた話題作であったが、期待していたほどではなかったなあ。これも旬を逸して鑑賞したからなのかなぁ。あとから2作追加となった3部作であるが、ちよっと自分にはあわないかもしれない。あまりの評判の高さと各賞総なめの先入観がアダになってしまったからかも。

 あっという間のインプット中心の一日が終わります

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2010年11月12日 (金)

スタローン映画は法事のようなもの

昨日、今日と連続しての合気道のお稽古。審査が近いために猛特訓中なのだが、なんせなかなか身体が思うように動いていかないのも年齢のせいか? でも中年にしてはいい動きしてると思うんだけど.....。

 ここ数日は帰宅しての僅かな時間を利用して、「東京03」のDVDを観ている。たとえば昨夜のように10時半帰宅して、飲みながら遅い夕食をとったあとの11時頃からとか、2本くらいのコントを観ようと思っても、やめられなくなり、とうとう1時頃まで全部観てしまうということもある。東京03は浅草で生で何度か観た事があるが、舞台上でみると本当にシュールな小劇団のようなスリリングでドライブ感があって、魅せられたコントだった。

 そして、一昨日は、嫁と母と中華料理店に行って、帰宅して「ランボー最後の戦場」を観る。評判ではかなり衝撃的でグロい場面が続出とあったので、小心者の自分としては観るのをためらっていたのだが、観てみると大丈夫大丈夫。スプラッター嫌いの自分だが、むしろすごいずこいと場面に見入ってしまった。

Photo

 しかし、ランボーに感動とか、爽快感を期待してはならない。これは我われスタローンファンのお勤めのようなものであり、この世の不条理、人間の醜さ残酷さ、はかない有限の人生を、護摩行のように弾丸と弓矢で浄化させ、また法事のように定例的な儀式を行なうのである。 先月観た「エクスペンタブルズ」も法要のひとつである。

 スタローンによって、励まされ、体を鍛えよ、不屈の闘志を燃やせと教えられて育ったおじさんの世代には、スタローンは60歳を超えても、プロレスファンにとってのアントニオ猪木のような永遠のアイドルなのである。

 

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2010年11月 9日 (火)

「松竹梅白壁蔵」の試飲会 

046 今日の午後は、青山学院大学まで行って会議の打ち合わせをした後、夕方から「松竹梅 白壁蔵」の試飲会に参加する。試飲といっても、最初はビールが出て、中華料理が出て、純米酒が出て、それから吟醸酒が出てと盛りだくさんだった。お酒は美味しく会費は安かったけど、今夜の様子が製造元ホームページに紹介されるとのことだった。松竹梅の社員の方もいい感じで、つい応援したくなった。

 いろいろ書きたいことはあるのだけど、今夜もまた飲んでしまっていて、それも日本酒のためなんかかなり酔っていますので、ここまで.....おやすみなさい。

 

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2010年11月 8日 (月)

書籍代と宴会費

 今日は、昨日一昨日のツアコン及び運転疲れの為、久々に年休をとった。身体がだるかったので、ゆっくり休もうかとも思ったが、今日は午前に合気道のお稽古がある日なので、そちらに行ったほうがリフレッシュすると思い、大急ぎで洗濯する。ただし、寝坊したために時間がない中、洗顔したり、トイレ入ったり、ミルクティーを飲んだり、道着準備したりと大忙し。

 出発時刻10分前になって、洗濯終了ブザーが鳴る。洗濯物を干すのにけっこう時間がかかって10分はあっという間に過ぎた。先月購入した洗濯機は風呂の残り湯を汲み取れる装置付なので、残り湯の有効活用ともったいないからと、洗いすずき1を残り湯にして、すすぎ2を水道水とした。これならば、すすぎは水道水1回にしとけば時間節約になったのに、エコ・ロハスというよりもケチなだけかもしれない。

 今でも、日用品を買うときにこれは100均で売っているかどうかをまず最初に考えてしまう。....といっても何でも100均優先というわけではないが、例えばコンビ二で文房具や洗剤等を買うのには抵抗がある。しかし、飲み会では、かなり使ったりしているのでそれは自己矛盾だ。 

 2800円の本を買うのにかなり迷ってしまうのに、1万円の宴会は本ほど迷わないのはなぜ? 近距離でタクシー使うのを躊躇して、月に若干しか行けないジム会費に10000円払うのはなせ? ひょっとすると.......どうやら自分の意識はまだ高校生からのままで、自分の小遣いの範囲で色々と判断しているのかもしれない。万単位だと遠い領域だが、百円千円単位は身近な領域な領域だ。だから、少ない小遣いで苦労してきた自分としては、円単位が低く、比較しやすいもの、自分ですぐ判断できるものには、ついついケチっている傾向があるようだ。あー何と情けない男なのだろう(泣)。よしっ、もう小さな査定はやめようっと。

 leo嫁に今朝、お稽古に行くのに大慌てだったとメールしたら、なぜ君は先をいそぐのか....とお返事がきた。

 確かに今までを振り返ると、人生無駄にしないように、色々生きてきたような気がする。過激な部分もあった反面、恐ろしく怠惰な面もある。昔からオーディオの高音・低音は、lowやmiddleではなくhighに設定してきたのだ。ギターアンプもそうしていたため、10年位前に一緒にバンドやったタトゥーのボーカルから、そのうるさい音を何とかしてくれと哀願されたことがあった。昔から、俺って音質の好みが人生にも反映されているよなと感じていた。どうやら中庸というものが自分には足りないかもしれない。

 合気道の稽古では、力任せでもなく、腑抜けでもなく、落ち着いたこころの状態が一番強いということが体験できる。普段の生活の中でも勝手に焦って、そして疲れて怠惰になってという繰り返しが自分自身を弱くしているのがわかる。今朝は合気道に行く途中に焦りつつも、そんなことを考えていた。

 516vl8ormil__sl500_aa300_ 夕食後の午後9時過ぎから、「4ヶ月、3週と2日」を観る。チャウシェスク政権末期の女子大生が違法の中絶をすることになり、それに奔走するルームメイトを描いたルーマニア映画。カンヌ映画祭でパルムドールを受賞しただけあり、面白かったし、ハラハラもしたが、後味はよくない。友人想いのルームメイトには脱帽するが、あの友人によくあそこまで尽くせたのか不思議だ。

 

 私はあまり自分のブログを友人知人には紹介していないのだが、ブログをみた一部の方々から、映画をたくさん観ていますねと言われる。 それは別に義務感でも、焦りでもなく、ある程度の自由な時間があり、とりたててしたいことがない場合、テレビをボーっと観ているのが面白くないからだ。以前はかなり読書をしていたが、最近はお酒を飲んでいることが殆どなので読書は少々つらく、映画が一番適している。高校生のときは映画年間100本と決めて、かなり名画座通いをしたが、今はレンタルがあって大助かりです。

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2010年11月 7日 (日)

善光寺参拝&白馬宿泊

 ・ご注意・ 今日のブログはただ、だらだらと時系列に長野旅行を備忘録として書いたおとなの作文になってしまいました(毎回!?)。忙しい方は読まない方が無駄の回避となります。

 いやいやーここ二三日があっという間に過ぎてしもうた。一昨日は、友人たちと北千住のすし屋で飲んで遅くなってしまい、昨日からは母とその親戚と、友人と嫁と6人で善光寺参りに行ってきた。なんか二日酔い状態だったため、きちんと朝シャワーを浴びてから、トヨタレンタに行って、ヴェルファイアを借りる。9時に出発して,関越を通り午後2時に善光寺着。お参りして、そば食べて、おみやげ買ってから、白馬の宿に1時間半ほどかけて到着。じゃらんで予約した別館利用の格安プランだったが、お客さんもいなかったので本館の良いお部屋に換えてくださった。食事も豪華ではないけれど、いたるところに工夫がされていて美味しかったし、ワインもよかった。そして、温泉の湯がつるつるで聞いたら、何と日本で一番アルカリ度の強い温泉らしい。ただし、夜はそのまま二次会となったが、母の勢いがとまらず飲め飲めとうるさい。もうおなかが一杯だからいらないというと怒る。中年おじさんが、酒が強い母親からいじめを受けているのである。あー、とにかく疲れた一日であった。

019  そして、今日は白馬の山を眺めつつ、安曇野ワイナリーに立ち寄り、みなさんはお土産をお買いになられた。そして、、ガソリンが減ってきてきていたが丁度よいタイミングのガソリンスタンドに出会えないまま、それじゃぁビーナスラインの美ヶ原美術館で給油しようと決断した。.....しかし、現地につくとガソリンスタンドは閉鎖されていた!! やばい!!ということで、美術館スタッフに一番近いガソリンスタンドをたずねると、霧が峰があるという。何とか、そこまでもちそうなので、美術館ビルにはトイレ休憩のみで、急いで霧が峰方面に向かい、ことなきを得た。いつもここではガソリンで苦労するトラウマがあるのだ。

あーこうして思い出して打っていると疲れがますます取れないよぉ。(熱燗呑みながらだからかしら)

 中央高速は渋滞で、勝沼直前から渋滞で八王子2時間以上、東京3時間以上となっているため、みんな1000円がおしいのだろうとたかをくくり、一般道に出た。そこそこ走れたが、上野原あたりから流れが悪くなったので、ナビで抜け道を探し、嫁のナビゲートで走る。細い道も暗い道も、最後は高速道路に沿っている丘の道を走り、高速のクルマが自分よりも遅いのでホッとしたりしました。

 相模湖から再度、高速にのって、浅草着は8時。ガソリン入れたり、いろいろ送ったりして、レンタカー屋は9時前に到着したが、自転車の鍵を自宅に忘れ、嫁に電話してもってきてもらう。ごめんなさい。

 帰宅後、シャワー浴びて、お土産に買った安曇野ワイナリーのオニオンガーリック味のクリームチーズスプレットをパンにつけて、ビールとまっこりで食べたら、美味しかった。

 あー、それから熱燗飲んだか、約700キロの運転の疲れで一気に酔いがまわってきたようです。

Photoっそれから先週観たDVD映画は「幻影師 アイゼンハイム」これは超おすすめ。ラストはあつと驚きます。ホントにだまされたぁPhoto_2。 それから、イタリア映画の「湖のほとりで」ヴェネチア国際映画祭批評家週間2部門を受賞したミステリードラマ。これはまあまあだったかなぁ。

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2010年11月 1日 (月)

頑張れ!教育プロレスよ

 今日はお袋の誕生日のため、浅草ビューホテル27階で中華料理(オーダーバイキングだけど)を嫁と3人で食べる。かなりいっぱいメニューに料理がのっていて、迷いつつどんどん注文する。食べながら、お袋は生ビールを僕はビールからワイン、ジンへと飲み続ける。けっこうおながいっばいだし、酔っ払ってしまった。お誕生プレゼントは嫁が土日に日本橋に通って選んだウサギのマフラーでなかなかよろしかった。

 帰宅してから、昨夜NHKでやっていた「教育プロレス」を録画したので、ビデオで観る(我が家は録画マシンはビデオしかない)。プロレスを通して、身体の痛みを伝え、いじめをなくすということらしい。

 30年ほど前にアントニオ猪木は著書の中で、学校の授業で一度新日本プロレスを観にきてほしい。そこでは、本当に全身全霊でファイトする選手たちの試合を観て、生徒たちに感動ゆ勇気が伝わるはずというようなことが書いてあったように記憶している。

 実はプロレスが私の人生の重要な部分で関わっているのだが、教育プロレスを観て思ったのは、一生懸命にファイトしている選手たちには好感がもてたし、代表の幸村ケンシロウ選手のそのひたむきさには頭が下がる。 どちかといえば、不健全で、暴力的で、悪の権化のようなイメージでみられがちだったプロレスを教育の分野にストレートにぶつけた行動力には驚いた。

 しかし、プロレスの魅力がその危険さにあり、そこから深読みして、人生と社会を裏読みするプロレスの味方が、プロレス界を支えてきた歴史もあった。実は、私は反社会的だったハンセン、ブロディーそしてブッチャー、新国際軍団といった方々にいろいろ人間というものを(勝手に)教わってきたのだった。そうして心がひねくれてしまっている自分には、教育プロレスでは悪役が試合後は実は良い人になったり、レフリーが試合中に自己実現したりするのは、正直言ってちょっと違和感があったのも事実。

 この団体には、文部科学省路線だけではなく、危険な切れ味が加味されてきたら、すごい団体になれるかも知れない。

 現在のプロレス界は袋小路に進んでいるように思えてしまうが、もう昭和の時代には戻れないし、それを目ざしても仕方がない。新しいプロレスの世界観の確立が必要であり、教育プロレスにはぜひとも進化してほしいと思うのだ。

 幸村ケンシロウ選手は47歳とお聞きしたが、普段が学習塾をなさっていらっしゃるとのこと。どうもかつてのレスラー像からすると、何?! と思いましたが、逆に世間の常識を覆すのもブロレスラーだとすれば、彼はまさにレスラーそのものだ。

 プロレスというジャンルが人のこころに影響与えられるということを今回のドキュメンタリーを観て再確認した。しばらくプロレスとは縁があまりないが、プロレス本読んでみようっと。

 

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