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2010年10月

2010年10月31日 (日)

武道と飲み会

 昨夜は東京も台風のために悲惨な状況になりそうだったので、レインブーツをオリンピックで購入したが、雨風もやんで穏やかな夜の街だった。午後からのイベントもまずまずの入りで、終了後の夕方からスタッフと打ち上げを行なった。台風の進路を気にしながらのため、千葉県の人は早目に切り上げたりしていた。

 良い仕事は、一人の卓越した者がひっぱるというよりも、凡人であっても良い仲間意識があるチームが達成していけるだと最近はよく感じる。みんなでわいわい飲みながら、バカ話をしたり、仕事の話をしたり、結婚人生の話をしたり、ちょっと嫌味を言ったりしていると、その場の空気が活性化し、クリアになってくるような感覚をおぼえる。

 あっ! わかった! これは合気道の稽古のときに、自分の意識を背後や頭上に向けたり、ぼーっしたり怒り顔にしたりすると、身体の安定が崩れることを体験するが、意識を前向きや、笑顔になると不思議なことに身体は安定し、崩れない。飲み会でもその原理がはたらいていたのだ!

 飲み会で、参加者の一部でもつまんないから早く帰りたいなぁとか、むかつく話題だぜと意識を自分の内側に向け、語りかけている状態では、全体的に盛り上がらない。みんなが、共通の話題にで身体全体で耳を傾け、自然に反応して言葉が飛び交う場が、活性化している飲み会状態なのだ。これは、飲み会に限らず、会議でも、喫茶店での会話にも共通する。

 良いコミュニケーションの場とは、参加している各自が自分の心身を開いている状態であり、そのためには、相手に対する信頼や、つながっている感覚が前提となる。そして、順序が入り組むが、相手とつながるためには、こころを開くことが前提となる。

 参加者がこころを開ききっていない飲み会は、どんなに話題のネタで引っ張ってもすぐ息切れ状態になってしまうという宿命を負っている。頭で考えても盛り上げようとすること自体が、心を閉じてしまう行為なのだ。よく仕事関係とか、法事の場などではそういう傾向が強いのが思い当たる。

 だから、自分のこころを開いて、前向きに日々を過ごせるようにできれば、きっと人生は豊かになれるし、飲み会も愉しくなるということだ。

 合気道の稽古によって、仕事や家庭の大事な場面でも落ち着いて対応できるという効果があると思っていたが、実は飲み会を愉しくすることもとは!

 話題は変わります。

 ということで、昨夜は生ビール3杯、酎ハイ3杯、それと冷酒とかなり飲んでしまったが、10時に帰宅し、なんとなく寝るには早い気がして映画「ナチョ・リブレ」を観る。20060830003fl00003viewrsz150x 

メキシコ実在の修道士レスラーを題材にした、コメディ映画だ(嫁は最初ちょっと観てコリャダメだと別室にテレビを見に行ってしまう)。内容は、ドタバタで、昔のB級映画っぽい展開であったが、私は結構楽しめた。ファイトマネーを修道院の食費代にあてたり、孤児たちをバスで遠足に連れて行ってやりたいためにバトルロイヤルに出場するなど、お馬鹿主人公の中にある暖かい気持ちが良い。ちなみに修道女役の女性が誰かに似ていると思ったら、私の妻だった(酔いのせいではないと思うのだが....)。

 

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2010年10月30日 (土)

バカ映画礼讃と阿頼耶識

 今日は台風が近づいているのに、午後からお仕事のため出勤だ。イベントがあるのだが、ちゃんとお客さんは来てくれるだろうか。まあ屋内開催なので、ちよっとはホッとするのだけれど。

 昨夜は嫁と近所の居酒屋で飲食して、帰宅後熱燗を飲みながら(嫁はお酒弱いからコーヒー)映画鑑賞となる。

ショーン・オブ・ザ・デッド

 Photo  これほど、怖くなくて笑えるゾンビ映画は知らない。しかも、友情シーンもあつたりして、これはイギリスでなくては作れない映画だ。「ホットファズ」の監督作品ということで、観たけれど期待を裏切らなかった。ゾンビ嫌いの嫁も絶賛。

 昼間にすしランチを食べながら、今日の夜は一杯ひっかけながらゾンビムービーを観れるから、午後のお仕事こなそうと決意したのだった。

  ゾンビの余韻を残したまま、時計は午後11時を過ぎていた。そのまま「ジャッカスJackass_04_1_22.5」を観る。どうも小ネタばかりで、あのサメの中を泳いだり、防弾装備で実際に撃たれたりするあの過激さはどうしたのかと不安になる。内容もおなら、おしっこ、ウンチ(これもモロ)、つば、ゲロ・・・もうもう観ていて嫌になってしまう。 あー気持ちワルと歯を磨き、床についたときに、ウンチシーンが回想されて、こまったこまった(;ω;).......

 

 昨夜のゾンビとウンチゲロ唾の世界から、目覚めた私は伊勢神宮の神棚の前で合気道の呼吸法を行い、正座で瞑目した。しかし、どうも途中からいろいろと雑念妄想がわいてきて、からだも曲がってきているような感覚になった。しかし、目をあけるとからだはきちんと正座している。

 合気道では、気を散らさず、眼前に気を向け続けることが大切といわれている。座禅では目を半眼に閉じるが、これも完全に目を閉じると妄念にとりつかれてしまうからである。

 自分の心はまともだと思っているが、仏教でいう阿頼耶識(あらやしき)は、意識の根源というもので、あらゆる自分の生きてきたあらゆる思念、体験が蓄積されており、それが心を動かしている。

 私たちが、10年間毎日5本のホラー映画ばかりを見せ続けられたら、10年後の自分の精神は不安定な状態だろうし、毎日5本のパロディ映画ばかりだったら、どこか軽薄な人間になっているような気がする。

 だから、人間は愉しいことも、いやなことも、驚くことも、悩むこと様々な世界を体験し、それをほどよく醸成されることが大切なのだ。それは、齢を重ねた中年以降も同じである。大人になってもその人の性格は、定型されたものではなく、蓄積された情報の結果ともいえる。本人は無意識に阿頼耶識(あらやしき)の影響を受け、自分らしい思考、言葉遣い、嗜好を演じるている結果である。  だから、本人がいくら禁煙やダイエットをしようと思っても、本人の阿頼耶識の影響力を受け、同じことを何度も繰り返してしまう。

 では、成功法則の本や、成功映画をたくさん観れば、成功できるかといえばそんな簡単にはいかない。無意識の世界には他者の成功ばなしを収集することが強化されるからだ。また、例えばビジネスで成功した実例をたくさん憶えたとしても、実際に活用できるビジネス知識の収得や、業界人とのつながりなどの現実的なツールを持っていなけば、成功することは夢物語になってしまう。夢ばかりではなく、現実的な取り組みが不可欠なのだ。

 これからも、ずっと現在の自分のままで生きていけばいいやと思っていても、年齢を重ねていけば、若者から社会人、夫や妻から父や母へ、部下から上司、上司から退職し隠遁生活、中年から老年へと様々に自分のポジションは変化し続けている。より良い人生を送るためには、立場状況によって柔軟に対応できる若い心を持ち続けることだ。

 阿頼耶識(あらやしき)が原動力となっているのならば、自分の無意識世界ともっと向き合おう。バラエティにとんだ事象を投げかけながら、その世界がどう反応しているのか、自分のこころが喜んでいるのか拒絶しようとしているのか。これからも様々に生じてくる人生の出来事にきちんと向き合っていくためには、無意識の世界に、滋養の種子を植え込み、育てていこう。

 おバカ映画を観ても、それを滋養の肥料としていける心であり続けたいと思う朝であった。

 

 

 

 

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2010年10月26日 (火)

風邪の邪気を払う

 ここんとこ風邪が世間でもはやっているらしい。職場の女の子が医者に行って咳がおさまらず2週間たっているという。風邪で休む人も多い。そういう自分も不摂生がたたり先週から調子がよくない。....といっても鼻と喉の風邪だけなんだけど。それでも、気持ちは少々元気がなくなってしまう。 どうも風邪というよりも、鼻アレルギーや、副鼻腔炎が原因で喉も調子わるくなっているような気がしたので、漢方で有名な建林松鶴堂の「鼻療」を10日分購入した。昨日2回服用しただけだったが、今朝はけっこう楽に呼吸ができてよかったなぁ。

 ....といいつつも、職場では相変わらず、様々な情報が行き交い、課題も色々と複雑に交差しており、どうも心身は落ち着きづらいのが現実だ。その中にあって、心身を安静に保つのは困難であり、からだの調子が悪いときはなおさらだ。さて、今日は合気道のお稽古の日。身体の調子はまだイマイチだった為、お稽古はお休みして、昨日借りてきたお馬鹿ゾンビ映画「ショーンオブデッド」でも観ようかと迷ったのも事実。

 でも、合気道に行けば調子よくなるという確信があり、敢えて己を人体実験にしてみようということで、寒くなった街を自転車をこぎながら、お稽古に向かう。道着に着替えてしまえば、調子の悪さを忘れ、稽古しながら汗をかき、恥をかき、身体が軽くなっているのを感じる。2時間の稽古が終われば爽快感そのものだ。技に出る己の未熟さの反省を噛み締めつつもだが...。

 稽古後、ローソン100によって、焼酎や炭酸水、ピザとかチーズを買って帰宅する。嫁も残業だったため、ほぼ同時に帰宅し、ニンニクの芽と蛸の炒め物をつくってくれたので、それらで遅めの夕食をとる。お酒が美味しい。オカズも美味しい。そして、こうしてブログを更新している。

 風邪の邪をとるのは、暖かさと嬉しさだ。

 51ifamceedl__sl500_aa300_そうそう備忘録として、昨日観たのは「路上のソリスト」。実話に基づいた人間ドラマ。感動で涙するといったものではないが、音楽って人間にとって何なんだろうと不思議になってしまった。

 熱燗飲んだので、今日はここまで。

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2010年10月24日 (日)

小池龍之介さんから教えられる

 今日は何の予定もなく、風邪気味の身体を休めるのに丁度良い日だ。家で何冊かの読書したが、その中で小池龍之介さんの「煩悩フリーの働き方」を読んで考えた。小池さんを知ったのは、数日前、浜口京子さんがブログで誉めていたからで、じゃあ読んでみるかとなった。

 小池さんご自身は、1978年生まれでお若い僧侶だ。正直いって、いくら坊様だって若いのにえらそうにいってんじゃないんだぜ!というおじさんの反発心もなきにしもあらずなのだが、おっしゃっていることはなるほどと思う。このおじさん(私)は仏教関係の本はかなりの量を読んできた。なぜならおじさんは仏教系大学を出ているし、宗教関係の友人も多くいたからだ。

 その中でも、小池さんはご自身でお寺とカフェを合体させたり、参禅教室をやったり、若い発送と行動力で活躍なさっており、仏教のはなしでも、説かれるというよりも、自然にすぅーっと入ってくる感じだ。

 おじさんは、自分はまじめに生きていて、若い人たちの「自分のやっている仕事は本当にしたい仕事か?もっと自分の才能を生かして働ける環境が他にあるはずだ」という夢追人のような姿勢に疑問を抱いていた。

 しかし、自分の中にも「私の今はこんな風だけど、本当はもっとすごいんだぞ!」というプライドの煩悩か存在していることに気がついたのです。仕事上で嫌なタイプの人間に対して「この素晴らしいワタクシに対して敬意をこめて接しなければ許しませんよ!」という煩悩で、苦しむこともあるのでした。ここで小池先生(もうさんづけではない!)は

悪いのは相手の煩悩をつかまえて、自分の脳内でこねくりまわし、一気に火をつけて燃え上がらせてしまう自分自身の煩悩エネルギー、調教されていない乱暴な心のほうだと申せるのではないでしょうか。

 そうなんです!そうなんです!  おじさんは頭では相手が悪いのではなく、自分の煩悩が自身を苦しめていることはわかっているのですが、なかなか実感できません。

 自分自身に対する思い込みや、幻想が己の煩悩となり、自らを焦がしていく。もう自分、自分と騒がしく叫ぶのを落ち着けて、もう少し肩の力を抜いて、誰かのために尽くせるように生きようと思うおじさんなのです。

 ケッ そんなかんたんにいくもんかい という自我の声が聞こえてきますが、その自我の言うことをきいて今まで一回も幸せな気持ちになったことはありませんからね。そこはハッキリさせましょう。

 

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2010年10月23日 (土)

「貧乏入門」とスネークフライト

51dscqj6tl__sl500_aa300_  昨夜は知人の父上のお通夜だったが、参列者が多く寒い中30分も外で待っていた。風邪気味の身には少々つらかった。帰りにツタヤに寄ってから、回転寿司でお土産にしてもらい、帰宅しパッと入浴してから、ワインと回転寿司のディナー。その後、バカB級映画「スネークフライト」を観る。普段は、途中で寝てしまう嫁も面白かったらしく最後まで観ていたご様子。

今日読んだ さんの「貧乏入門」には、現代人はいやな現実を忘れようと刺激的な映画を観てしまうといったようなことが書いてあり、まさにこの映画はそのものだよなと実感いたします。でもこの映画に現実を忘れさせてくれようと期待するって、何か変じゃありませんか。そこまで頼りがいがある映画なのかなぁ....。

 「貧乏入門」は、巷に溢れる節約の美徳を説いたものや、アンチブルジョア貧乏礼賛といったものでもなく、本当に必要なものだけ買おうというものだ。その本当がに、みそがあるのだが、欲望が欲しがっているのか、本当に必要なものかで判断するのだ。人からよく見られたいからという欲望によって買おうしているのか、物質独占によって自我拡大をしたいのか、それらは必要なものではなく、欲望による飢餓である。

 小池さんは、月に支出は5万円ほどということだが、なるほど外食したり、飲みに行ったり、映画をみたり、洋服買ったりしなければ、可能な数字であろう。そして、本当に必要なものはケチらずに高価でもいいものを買うらしい。飲み会や教養娯楽費の出費が多く、その反面必要なものはローソン100で購入している自分はまさに、小池さんの質素な生活とは対極にいる。恥ずかしい....といいつつさっきもローソン100でワインや楊枝ピックを買ってきたんだけど。

 まあ、そんなわけで(どんな訳かい!)、自分のような人間にはバカ映画があっていたりするのであります。

 ここで話題を変えて......

 今日は洗濯機が壊れた。今夏から洗濯時に水がたまらないときが何度かあったが、だましだまし使ってきた。しかし、本日はまったく動かず、嫁が手洗い、最後はバケツで踏み洗いという悲惨な状況であったため、午前中にヨドバシカメラで新品を購入、本日の夜7時に届けてくれた。助かったあ。

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嫁が今日は夜まで仕事のため、一人で「マイレージ・マイライフ」を観た。なかなか面白くて、途中ヨドバシの配送があって一時中断したけど、飽きることなく楽しめた。しかし、ハートウォーミングな映画かと思っていたが、結構シビアな現実が描かれていて、鑑賞後もラーメン屋に行き、レバニラ炒めを食べながら、色々考えてしまった。

 ジョージ・クルーニーのように出張を繰り返して、膨大なマイルを貯める生活も格好いいなと思ったのだが、それで本当に幸せなのか。それは、現実生活の空虚さ、マンネリ化からの逃避なのだろうか。あージョージがほっとけないなぁと考えこんでしまったのだ。この映画は、おバカ映画とは違って、大人の味わい深い映画でした。

  風邪もずいぶん良くなったが、これからまた忙しくなりそうなので、明日の日曜はゆっくりしてようっと。

 

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2010年10月21日 (木)

飲むと風邪が治ったように感じるのは薬物現象?

昨日の朝から鼻づまり(通年の鼻アレルギーではあるが)と、喉の痛みで、これは日ごろの不摂生がたたった結果がでたようで、少々辛い。就業後、薬局で改源とのどスプレーを買ってから、珍しく早めに帰宅して、早めに床に入る。といってもすぐには寝られないので、児童虐待漫画「凍りついた瞳」をダイソーで買った老眼鏡を初めてかけて読書する。けっして眠りに誘うような漫画ではなかったが、瞳を閉じているとウトウトしてきて、嫁が電気を消してくれていた。

 今朝も喉は痛かったが、熱は6度4分で平熱。そして出勤。午後の短時間の会議以外は自席にいたので、ついボーっとしてしまう。夜は、産休に入る職員の送別会ということで、焼肉屋で宴会。今日こそ酒は自制しなければと思いつつも、生ビールが美味しく、そのままマッコリに移行。アルミのやかんとコップでがんがん飲んでしまう。やかん3杯半で約5リットルぐらいか?それをSさんと二人で飲む。

飲んでいるうちに、風邪のことも忘れ、サプライズのTさんの結婚発表などをしながら、結構へべれけになってしまった。帰宅途中のローソン100で観葉植物が買っていってと訴えてきたので、購入して寝室に飾った。

 なんか色々と言いたいことがいっぱいあったように思うのだけど、なんとなく酔っ払いの戯言だけで申し訳ない。

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2010年10月20日 (水)

世界にひとつだけの花とエクスペンダブルズ

023 今日はベランダのハイビスカスの花が咲いた。今年3回目の開花だ。 

 松本人志のプロフェッショナルを観てから、ここんとこ職業観や人生観についていろいろ考えたり、膝をうったりすることが多い。昨日の芸者衆をはじめとして、きちんと仕事をしている人は鍛錬の賜物であるように思える。

 ハイビスカスを観ておもったのは、「世界にひとつだけの花」は、自分を大切にするという部分では良いと思うのだが、それは他者とは違ってという解釈であってはならない。例えば、自分がひまわりの花だとすると、北海道のひまわり畑の中で、自分は世界にたった一つのひまわりなんだと、ひとり悦に入っているひまわりちゃんって変じゃないですか。

 多分、自然な受け止め方はこんな風じゃないかと思うんだけど......「自分はひまわり種で畑の仲間と同じだけれど、サイズも色加減も自分とまったく同一の花はいない。自分は、これから札幌のフラワーショップで売られるけれど、そこで購入した人の部屋を思い切り、素敵な空間にしてみせてあげる! それができるのは世界の中で選ばれた自分だけなんだ!!」(なんか変な例えかしら....)

 ひまわり畑の中で、自分は特別だと言って比較されたくないし、どこにも売られたくないといって自己陶酔に陥ったひまわりちゃんは、誰にも喜ばれず、やがて枯れていく。世界にひとつだけというのは時空や身体といった外的環境や、出来上がった自己意識、性格から生じているのではなく、自分の家族や友人、周囲で出会う人、社会との関わりの中でどういう関わりをもっているのか、はたらきかけをしているのかということから導かれるものだろう。

 オンリーワンということは、他者からの隔離ではなく、むしろ他者に何を授けてるかということかも知れない。

Image急にですが、別の話題です 

 今日は日曜出勤の代休だったので、「エクスペンダブルズ」を観にいく。友人のM課長曰く、数週間前に試写会が当たって観たのだが、あくまでもその手の映画だったとのことであった。....まあ期待はしないまでもスタローンには青春の思い出づくりに色々お世話になってきたので、お礼かたがた上野の映画館にいってきた。

 ほんとはマリオンで観たいとおもったけど、上映時間の関係や、きっとマリオンで観終わった後の後悔の念を想像すると、場末っぽい上野がいいと判断したのだった。平日昼間に映画を観に来る人々はそれなりであって、かなり年齢層は高い。それゆえか咳がいたるところでこだまし、また後ろの席からは、変なあくびとか人生後ろ向きにならざるを得ないような溜息が聞こえてきた。この映画が爆発音ばかりの映画で助かった。これがシリアスな人間ドラマだったらどうなっていたことだろう。

 肝心の映画は、特筆すべきところは、スタローンや、シュワちゃんや、ウィルス、ロークといった往年の俳優たちが出ているぐらいで、あまりにもよくあるパターンの展開だった。しかし、64歳のスタローンのアクションシーンを観て、よく頑張ったねと、誉めてあけたい作品だった。

 スタローンが30年以上も人気があるのは、アクションスターを脱皮しようとして失敗したり、脚本や監督をしてみたり、色々と試行錯誤の連続の結果なのかもしれない。出世作ロッキーだって、スタローン自身で数日でシナリオを書き、映画会社に売り込んで、自分を主役にしろと主張して勝ち取った作品だった。

 映画を観てから、コーヒーショップで読書してから、合気道のお稽古にいく。その後、男4人で居酒屋で飲んで、12時前に帰宅してこのブログを書いている。飲みながら、スタローンは薬物でボロボロという話題も出たが、確かにちょっと普通じゃない風貌と声質には違和感があるが、それでも彼が人のハート掴むのはなぜだろう。 

 もう眠くなってきたので、おやすみなさいませ。 

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2010年10月18日 (月)

江戸伝統芸能まつり

Honganji 今日は仕事を終えてからすぐに、浅草の東本願寺に向かう。そこで今日は江戸伝統芸能まつりが開催されるからだ。

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 一緒に行く友人たちと手分けして、酒や弁当、つまみを分担し購入して、夜の東本願寺に集合する。今日のおまつりは、「東京芸術大学」の卒業生によるオーケストラとコーラスや江戸消防記念会による第五區纏振り」と「江戸木遣り」、そして浅草芸者の舞と盛り沢山だ。

 10月の夜は風もそこそこに吹いて、かなり身体が冷たくなってくる。仕方なく、持っていた新聞紙をひざ掛けがわりにすると多少寒さも和らいだが、3時間半もの間を酒を飲んでいるとはいえ、じっと席に座っているのは少々つらかった。

 ただ、主催者側の江戸の芸を残そう広げようという想いは確実に伝わってきた。そして、芸者さんたちの踊りを観て、その身のこなしの軽さに驚いた。彼女たちが合気道をやったらかなり上達すると思える。踊りを合気道の技と見間違えるほど、中心力と力の抜き加減が絶品だった。

気になったのは、司会者が浅草芸者の歴史を紹介する中で、「おもてなしの心をもった○○」というフレーズをよく使っていたような気がするが、芸者衆の歴史の中にある哀しみや憐れみを思うと、現代的に芸者の存在をホスピタリティー溢れる接客業としてなぞるのは、かなり違和感があった。芸者衆の芸の真髄は「おもてなし」とか、「愉しさ」だけではなく、その裏にある情動の激しさ、女としての絶望と対になっていることにある。その芸は哀しみや、はかなさの土壌を、小粋な唄と踊りで掻き混ぜることによって、幾つもの層の溝ができて、深さをうみだしているのではないか。

 そして、現代の芸者たちは、過去の歴史とは違い、自己選択で芸者としての道を歩み始めた方が多いのだろう。だから、彼女たちの芸の中には諦めや哀しみの要素は少なくなってきているのだろう。その若い芸者衆と、クラブのホステスさんや、キャバクラ嬢の方々との違いははっきりしている。それは芸者の世界は、厳しい鍛錬と継続力が要求される世界であるからだ(ホステスさんたちの中でもいらっしゃるかもしれませんが)。接客に自分なりの個性を出していけばいいじゃん! というような甘い世界とは違い、踊りや唄、立ち振舞いなどを徹底的に鍛え上げ、習得しなければ芸者にはなれないのだ。

 彼女たちの芸を堪能するには、客側にもそれなりの見識と眼力が要求される。

 おまつり鑑賞後に、チープなラーメンチェーン店でチュウーハイとみそラーメンを平らげたあとに感じるのはそんなことだ。

 

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2010年10月17日 (日)

塩野七生の「日本人へ」を読んで松本人志を想う

 今日は合気道の稽古で、複数人が掴みかかってくるのを投げ続けるという特別講習に参加したが、いやー反省点多し。特に相手を力で投げ捨てようとしてしまい、受けの女性にはご迷惑をおかけした。もっと、力まず、落ち着いて投げられるように稽古しなきゃ。

 夕方に帰宅してお風呂に浸かりながら、塩野七生の「日本人へ リーダー編」を読む。この本は入浴用ではないなと(東海林さだおか、斎藤孝あたりがよかったかな)後悔しつつ、飛ばし読みをしていくと、「プロとアマの違いについて」というタイトルが目に入った。

 まさにこれは昨日のプロフェショナルの松本人志に書いたプロとは何かとつながる事項である。塩野氏はプロとアマの違いを絶対音階の有無で判断できるのではないかと書いている。

しかし、この絶対音階はいったんもてば維持できるという簡単なものではなく、脳や筋肉と同じようにしかも、常日頃の注意と判断があってこそ維持が可能になるそうだ。しかも、一旦鈍化してしまうと回復は実に困難という性質まで合わせ持つ。 絶対音階とはそれを磨くことと反省を怠らないことの二つを常に行なっていない限り、習得も維持もできないものなのかもしれない。

 松本人志も単にセンスの良さだけで、何の努力もしなければ、浮き沈みの激しい世界で埋没していっただろう。小島よしおや、ゲッツ、ムーディーといった一発屋の方々は、瞬間的な笑いで人気を得たが、それはついていたということだろう。

 絶対音階を大阪の貧しい生家と地域の中で育んだ松本は、笑いの可能性の探求を怠らないでいる。たけしも足立区の家族や浅草が原点としつつ、あらゆるジャンルに挑戦しながら自分の世界を掘り下げていっているし、爆笑問題も当初の知的なお笑いのスタンスから、バラエティーに侵出しつつ、多様なアカディズムとの接触を果たしながら、進化・深化していっている。長期的な成功をおさめている芸人たちの努力を知らずに、私たちはブラウン管をボーっと眺めているだけかもしれない。

51fotaodbhl__sl160_ さて、飲みながら黒澤明の「蜘蛛巣城」を観る。こんなに面白い映画が50年以上前に作られたとはびっくり。白黒だし、音声聞き取れないし、CGないけど、こんなにも幽玄でドキドキしてしまうとは脱帽だ。

、クライマクスで、三船敏郎演じる主人公が特撮ではなく、実際に矢を射掛けられるシーンが圧巻なのだが、ウィキペディアに面白いエピソードがのっている。

 撮影に関するエピソード

三船演ずる武時が次々と矢を射かけられるラストシーンは、特撮ではなく、実際に三十三間堂の通し矢の名手が三船めがけて矢を射た。実際撮影が終了した後、三船は黒澤に「俺を殺す気か!?」と怒鳴ったとのこと。その後も、自宅で酒を飲んでいるとそのシーンのことを思い出し、あまりにも危険な撮影をさせた黒澤に、だんだんと腹が立ってきたようで、酒に酔った勢いで散弾銃を持って黒澤の自宅に押しかけ、自宅前で「こら〜!出て来い!」と叫んだという。石坂浩二の話によると、このエピソードは東宝で伝説として語り継がれてい]

そんな三船は頻繁に「黒澤の野郎、あいつバズーカ砲でぶっ殺してやる!」ともらしていたという。

 黒澤映画も絶対音感的な魅力があるから、50年後でも面白いし、その原作のシェークスピアの「マクベス」も現代に通ずる音階をもっている普遍的財産なのだ。

 なんか古典を読みたくなってきました。

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松本人志の求道者的笑い

昨日は親戚の谷中の寺で法事があった。昼は浅草ビューホテルの最上階?の中華料理店でコース料理を頂く。東京スカイツリーと浅草寺や東京東部が一望できて素晴らしい眺めであった。その後、母から親戚の家に行こうといわれたが、ビール、シャンペン、焼酎とかなり飲んでしまったため、もうこれ以上は飲めないとお断りし、嫁がお供するはめとなる(ひどい夫だ..) 。

 夜は、さすがにノンアルコールで、手作り餃子とガーリックライスとデザートは白玉あんこ。それを食べつつNHK松本人志のブロフェッショナルを観る。実は人生とか笑いに対して自分自身を突き詰めているまっちゃんの表情が重苦しく、ダウンタウン番組はあまり観ないのだが、番組で観ると笑いの求道者としての彼の姿勢は相当なものだった。彼のコントの製作過程や演技をみると、彼の笑いにはだだアメリカのバカ映画のように面白く笑えばいいというだけではなく、事象を一捻りしたユダヤジョークのようなシュールさを感じる。

 彼があそこまで、笑いにこだわるがゆえに、長時間の会議を開いているとは知らなかった。どこかああいうおバカ番組は、放送作家と出演者が軽いのりでつくっていると思い込んでいたのだが、会議は笑いが出つつも、ほどよい緊張感が続き、頭脳活動が全快モードで突っ走っているようだ。世の中の会社の会議のように、笑いも殆ど出ないが、よいアイデアも出ないというだれた打ち合わせではない。それは、アイデアと結果の責任所在が分散している状況とは違い、松本人志は自分の看板に責任をもち、結果が自分に帰ってくることを認識しているから.....否、彼は世間の評価結果がどう帰ってこようと、自分自身の満足・納得感を優先しているように思える。

 彼のトーク番組でのアドリブの冴えは、普段から常に人間の不可思議さと、笑いによる浄化と破壊を思考して鍛えられた脳から生まれる産物だろう。

 最後の「プロフェショナルとは」の問いに、素人がかなわない、太刀打ちできないことをやる人?のようなコメントをしていた。前夜放送された彼のコント番組の再放送は11月だから忘れないようにしなくちゃ。

 その後韓国映画「大統領の理髪師」を観る。韓国の歴史に合わせて創られた涙と笑いの人間ドラマ。シナリオに多少の無理はありつつも、中だるみなく面白かった。息子役の笑顔が印象的。

 さて、12月の初めに大事な委員会があり報告するのだが、その日の夜がなんと合気道の審査となってしまった。審査の技は多く、これからきちんと憶え練りこまなくてはならない。11月はかなり、仕事も合気道も集中的にこなしていかなければなるまい。

 

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2010年10月13日 (水)

休肝日無しにしたら健康診断で.........

 あー昨日も今日も残業で食事は午後9時半からだぁ...。今日は嫁と合流して居酒屋日本海で寿司をつまみに飲んできました。でも1時間もいなかった。

 さて、今日は健康診断結果の通知が配られた。もう数十年前からお酒を毎日のように飲んでいたけど、馬齢を重ねると多少は健康を意識し、休肝日を設けねばと不充分ながら取り組んだこともあった。しかし、今年に入ってからは飲まないのは月に1日あるかないかという感じであり、しかも家では軽くビール1本というタイプではなく、結構とことんまでだらだらと飲み続けるタイプゆえにたちが悪い。その証拠に、このブログ自体がかなり飲みながら書き込んでいることが、何回かごらん頂いてくださっているリピーターの方はご存知のはずである。

 さて、飲酒談義が長くなってしまったが、健康診断結果は、少々たが以前よりもよくなっていた。肝機能もずっと正常値範囲内だったが、今回が一番良い。

 職場のM女史は、診断結果をあまり過信すると、後で泣きをみますよと注意してくださったが、それも一理あると思う。でも、私が休肝日を意識しなくなったのは、断食療法の石原結実医師や、ホリスティック医学の帯津両一医師といった有名なドクターが毎日お酒を飲んでいることを知り、中途半端に我慢して飲まないより、愉しく飲むほうがストレスをためず、健康に良いと悟ったからだ。もちろん、身体が要求しない日はなるべく呑まないようにしたが、それも僅かな日数だった。 だから、今日もこうして帰宅してもマッコリを愉しんでいる。

 さて、ここ数日の備忘録メモ。内田樹先生の「武道的思考」を発売前だが機会があって体育の日に読破する。最近対談とか、新書とかが多い内田先生が、筑摩選書としてボリュームいっぱいに武道を語りながら、国家や歴史にまで言及する良書だった。

 DVDでイギリス映画「ホットファズ」鑑賞。まあ、飲みながら観るにはちょうどいいおバカ映画。嫁はかなり面白かったご様子。

 黒澤明の「隠し砦の三悪人」。初鑑賞だか、何でこれを今まで観なかったんだろうと思うくらい、懐かしくハラハラして面白い映画。

 

 

 

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2010年10月10日 (日)

中年の合宿相部屋で高校生化

 昨日、今日と合気道の合宿に参加する。普段と違って郊外で集中的に行う稽古はとても有意義なものだった。そして、愉しかったのは6人相部屋なのだが(上が57歳、下が32歳、平均40代半ばといったメンバー)、お酒のせいもあるが、12時に部屋に戻ってもちょっとしたことでも大笑いし、周囲の部屋の方々に迷惑をかけてしまった。まさに箸が転んでも大笑いをする女子学生レベルだっんだけど、これが本当におかしかった。翌朝も夜中に誰がトイレに何回行ったかなどくだらないことで大笑いする。

 中年になって、学生の頃の自分とは違う鎧をつけていたけど、合気道仲間というなんの競争や比較も、かけひきもない関係の中では、純粋(或いは幼稚)な部分が露出されたのだった。 おかげで、睡眠不足と二日酔いで今朝の稽古はきつかったけど、また若返った感じです。

 今日の午後に帰宅して洗濯したあと、嫁が実家から帰ってきて、今度は僕の実家に行って母と姪夫婦ともんじゃなどを食べる。そして酔って帰宅してから、昨日放映した「アド街ック天国」の本所吾妻橋特集をビデオで観る。よく行く稲垣やわくい亭、こんにゃくやさんなどが映っていてうれしくなる。できれば、ダイニングの4628が入っていたら最高なんだけど...........

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2010年10月 7日 (木)

日本的スペクタクル「感染列島」から学ぶこと

 今日で連日の委員会も一段落のはずだったんだけど、終了は7時近くになってしまい、合気道のお稽古には参加できなかった。結局、帰宅してから嫁と近所の中華料理屋にいって、ビールと焼肉・ホイコーロー定食を食べてから、DVDの「感染列島」を飲みなおしながら観る。

N_620tdv19094raps  「感染列島」昨年の一月に公開され、新型インフルエンザ・バンデミックとタイムリーな話題で評判になった映画だ。前半はスリリングな展開だが、後半はお決まりの主人公の恋愛がらみだたり、ご都合主義的な展開や、ゾンビ映画っぽいこけおどしがあったりで、何だ観客をバカにするな!と冷酒を飲みながら憤慨してしまった。

 ただ、こういう日本的パニック映画でも、医師や看護士たちの生命を惜しまない献身的な姿には感動する。多分、現実にこのようなバンデミックが生じたとしたら、多くの専門家たちが、わが身を挺して救命活動に従事すると確信する。

 ここんとこずっと日本人の精神性の低下や、西欧化による物質至上主義の問題が叫ばれ続けてきた。確かに、最近の日本人はどうもパッとしてないのは事実だけど、大震災のような極限状態では日本人の隠れていたDNAが活性化し、献身的な人物になっていく人が多いのだと期待する。極限状態の中で自分の権利を声高に叫ぶ低モラル人は少ないのだと期待する。

 しかし、だからといって極限状態が現実には起こってほしくないし、そうじゃなければ日本人の社会性が発露されないのも困りものだ。

 だから、聖書の「明日死ぬ者の如き生きよ」というイエスの言葉が、人間が生きるという営みをブレナイようにする魔法の呪文なのかもしれないと思った。

 「感染列島」では有名な「たとえ明日世界が滅びようと、今日りんごの木を植える」という名言を安易に繰り返し使っていたので興ざめしたが、自分や世界がいずれ滅びるという崩壊の必然を前提として、現在という時を目いっぱい使うことが大事なのだと、酔い覚ましのミルクティーを飲み終えて気づくのだった。

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2010年10月 6日 (水)

落ち着くためには、思い切り叫べ !

 夕食時(今日は手作りグラタン)に嫁とこのブログについての話題になり、どうもアル中の男が酔ってすき放題に書いているブログのようだという結論に至る。

 ただ、私はアル中ではありません。身体が要求しないときは飲みませんし、大事な用件があるとき控えますので、そこんとこヨロシク!!

 さて、今日は委員会の出番がなくて、ただ傍聴していましたが、これがまた結構疲れます。就業後に、A・浜口さんから「心を静める」ということについてお話を頂きました。大事な場面があるとつい、色々な雑念が湧いてきたり、不安になりますが、そういうときこそ思い切り大声を出したり、運動することによって、心が静まる時間が訪れるということです。確かに中途半端な状態で落ち着こうとしても無理ですし、ましてひとつの悟りに至ろうとするのは不可能です。

 人間は生きている限り完全はなく、思い切り出力することで、心の状態が落ち着いていくのかもしれません、

Sansiro 帰宅してから、香典返しに頂いたキャンプチェアが届き(不覚にもミニサイズだった!)、お酒を飲みながら、黒澤明の「姿三四郎」を観る。これが監督第一作とのことで、この2010年に観ると多少、興ざめする部分もあるが、終戦前につくられた作品だと割り切ってみれば、楽しめる映画だった。

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2010年10月 5日 (火)

準備周到のはずが初歩的ミスの委員会(泣)

 あー今日は疲れたぁ........

 昨日、今日と重要な委員会があって、その準備に先週から追われていたため、土日も仕事をしていた。週末の楽しみは大好きな「七人の侍」を前後編にわけて、土日で観たくらいだ。2

 かなり、根つめて準備したのだけれど、結果は蓋をあけてみるとまあなんとかこなした感じだった。しかし、委員からの質問に対して、それが資料のとこにあるのかわからず、焦り、答えなくていい内容をしゃべってしまった!! まあ、たいした内容ではないんだけどね....

 しかし、ここまで準備して、資料数ページの範囲がわからず、初歩的なミスを犯した自分が許せないのだ。分厚い本編をコピーして手を抜こうとしたのも事実で、それを本番に使ったのもいけなかったのか! あー何て自分はいい加減なんだろうと自責の念にかられてしまう。

 それは例えていうならば、素晴らしい温泉地があって、事前にその効用や歴史を調べておきながら、当日クルマを走らせる段階になって場所がわからないのと同じである(;ω;)。とにかく今日は飲ましてください(泣)

 結局、かたちだけ準備しても駄目で、自分の姿勢から点検せよということなのだろうと、合気道で焦って失敗している自分と重なり大いに反省する。委員の先生方のやさしさに感謝します(´,_ゝ`)

 久々にマジで準備していただけに、今回の初歩的ミスは大きかった。委員会が7時に終了し、部下から嫌味をいわれ、犬に吼えられ、道行く人から後ろ指をさされ、嫁とサイゼリアで食事し、帰宅してからも焼酎をのみながら自省してます。さきほど嫁から下着をちゃんと畳まずクシャクシャで整理箱に入れており注意されましたが、これをきっかけにきちんとしていこうと決意するのだった。

 余談 : 「七人の侍」の三船敏郎の菊千代の立場に立ってみれば、今日の反省などとるにたらないものたが、志村喬の勘兵衛からみたら、戦略も脇も甘すぎるのだろう。「七人の侍」って七人のキャラクターが多様で魅力で、彼らを合体させた人格の持ち主に是非お会いしたいものだと思う。

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2010年10月 2日 (土)

77歳と25歳の女二人で缶ビール14本飲んでいた!

今日も委員会とか、色々あって忙じがったあ。

 そういうときこそ合気の稽古に行って、バランスを整えるのだが、今日は稽古後に長女から着信アリだったのに気づく。メールすると、母宅にいるらしい。結局そのまま母宅に向かい、コンビにで酒を買って10時に着く。すでに母と長女で8時から飲み始めスーパードライ缶が10本ほどテーブルに並んでいた。(あーまずい、こうして打っているが、睡魔が襲ってきているう.....)。

 いろいろ書きたいことはあったはずだが、今日はここまで............

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