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2010年8月

2010年8月31日 (火)

日本人を救ったトルコという国

 「海の翼」(秋月達郎) を読む。Amazonの内容より

 イラン・イラク戦争開始から五年後の一九八五年(昭和六十)三月七日、イラク軍は突如、三月十九日以降にイラン領空を飛ぶ航空機の無差別攻撃を宣言。自国機の乗り入れのなかった日本は、イラン国内に取り残された在留日本人の救出対策に苦慮する。タイムリミットが迫るなか、日本人の苦境を知って、救援に動いた国があった…。このトルコ政府の英断の裏には、明治二十三年(一八九〇)九月、日本訪問から帰国中に紀州沖で台風にまきこまれたトルコ軍艦エルトゥールル号遭難の悲劇があった―。百年の時空を超えた“恩返し”を描いた感動の書き下ろし長篇大作。

 フィクションが混ざりつつも、基本は事実に基づいている。クライマックスでイラン滞留のトルコ人たちが、救出に来る自国機に人数の制限があるため、自分たちは陸路で行けるからと、自国機に日本人を乗せ、自分らはトラックで陸路を移動するシーンがあり、脚色かと疑ったが、どうやら事実らしい。

 朝日新聞は救出翌日の一面に、今回の救出の理由は明らかではないがとした上で、日本が対トルコ系財援助を強化していることと記事に書いた。その後、駐日トルコ大使の投稿が同紙「声」欄にのる。純粋に人道的見地から発した今回の措置を、貴紙に経済協力に結びつけた報道をされたことに深い悲しみを覚えたという内容であった。

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             http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/turkey/2010/index.html

外務省も  2010年トルコにおける日本年という取り組みを行っている。

 オスマン帝国の軍艦エルトゥールル号の日本訪問とその後の遭難という出来事を発端とする日本とトルコの友好の歴史は、来る2010年に120年という大きな節目を刻みます。   このエルトゥールル号事件と、イラン・イラク戦争時のトルコ航空機による邦人救出劇は、両国の友好を象徴する有名なエピソードとしてしばしば取り上げられます。二つの出来事に共通するのは、困難な状況の下にあって、何の名誉も見返りも求めることなく、ただ目前の人々を懸命に救おうとした、両国の先人たちの勇気と誠意でした。
 私たち両国民は、互いの国民のことを誇りに思える、そういう歴史を共有しているのです。

 「海の翼」の読後に、今日のニュースは小沢・官直接対決というのを大きく報じていた。党派の内輪の揉め事が国の一大事なのだろうか。今まさに生命をかけた歴史の伝承が途切れようとしているのだろうか

そうはさせたくないとつよくつよく願うのだ

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2010年8月30日 (月)

「キャピタリズム」 「ジュリー&ジュリア」

 日曜日は嫁が研修ということもあり、夜まで一人だ。午前中は子供時代に養護施設で育った友人が、これが施設の実態だ ! とおすすめの花村萬月「ゲルマニウムの夜」を読む。この小説はかなり重く苦しい世界でであり、これでもかという性描写にノックアウトされてしまう。読破した後、昼は乾麺のそばをゆでて食べつつ、次の読書へ。さすがに本にもちょっと飽きてきたので、マイケル・ムーアの「キャピタリズム」を観る。相変わらず面白いが、特に一流企業のP&Gのような会社が社員に生命保険をかけて、死んだら会社の利益になるというのはひどかったなぁ。アメリカはこのまま加熱し異常化した競争社会にブレーキをかけられないまま、凋落の道をたどるのだろうか? 日本人でよかったぁ

51z0pfhi7zl__sl500_aa300_ 夜は嫁の作ったお手製の餃子を食べた後に「ジュリー&ジュリア」を観る。メリル・ストリープとエイミー・アダムスは「ダウト」で競演したが、今回まったく違うキャラクターであり、さすがにうまい演技と感心する。これは料理の映画だが、いかに料理というものが生活を癒し、楽しくさせるものかが伝わってくる。

 コンビニ、マック、サイゼリアと富士そば、吉野家といった界隈の常連である僕としては、大いに反省させられる映画であり、一生懸命に宇野千代の料理本などを参考に料理をつくってくれる嫁にも感謝しなければならぬと、頭を垂れるのだった...

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2010年8月29日 (日)

「アンヴィル」の渋谷で小同窓会

                        T0007959_2 ヘビーメタルロックのアンヴィルというカナダのバンドは70年代に来日したことも
あり、それなりに有名だったらしい.しかし、人気は長続きせずにメンバーは弁当配
食業などのアルバイトをしながら生計をたてている。
今もバンド活動をしながら夢を諦めない50代の男たちの二年間を追ったのがこのド
キュメンタリー映画だ。バイトの休暇を利用した数週間のヨーロッパツアーも散々で
ギャラがなかった。姉から借金して自費製作したCDも売れない……

 そこで転機になるのが日本だった!彼が訪れた日本のお寺や町並みがとてもエキゾ
チックな映像だった。特にラストシーンに出てくる渋谷交差点が近未来的で空気が澄
んでいて新鮮な驚きがあった…………(以上の内容は形態電話を使って銀座線内で書いて
ました。5時間後のこれから同じ銀座線の中でまた書きます)そして今日は偶然にも
その渋谷で大学時代の同級生五人とかなり久しぶりに会った。うつ病で入院しアルコ
ール依存症で治療中の者.卒業後すぐに結婚して半年で離婚した者.旦那がいながら
イスラム教徒と恋に落ち駆け落ちした者等々…みんな人生いろいろだった。
僕も今年三月に再婚したので根掘り葉掘り聞かれた。 
会うのも27年ぶりの者もいたけど.学生の時の意識が蘇り違和感なく会話も弾んだ。
今日はワインをかなり飲んでしまいました。卒業してみんな50代に突入しましたが.
今の自分達を学生時代の位置から眺められるのは貴重です。
社会的にはなにこの人!と言われる恐れがある人生でも.学生時代の感覚なら面白お
かしく愉しい出来事に変わります。アンヴィルの全盛期に学生時代を過ごした僕たち。
今の大人としての会話ではなく.何も恐れず守ろうとしない裸の同級生たちとの会話
が楽しかったなぁ.…

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2010年8月21日 (土)

「インセプション」と「トイストーリー3」を錦糸町で観る

 今日は思ったほどは暑くなかったけど、自転車で錦糸町までこいでいったら当然ながら汗が出ます。さて、本日の土曜日は嫁と映画鑑賞デーです。

01723x1024  まず、一本目は「インセプション」。これは職場の二人が観にいって絶賛して、再度観たいという感想を双方が言っていた。なるほど、確かにこれは2時間半近くの上映時間でも中たるみせずに面白い。しかし現実世界と睡眠状態の多層世界、パラレルワールドで物語が進行するので、ややこしくなり。途中でえーとこれは第一階層で、次は第二で....とか反芻する破目になってしまった。確認の意味で再度観たい(シックス・センス同様に)という気持ちはわかる。

 しかし、次に観る予定の「トイストーリー3」も潜在意識に刷り込まれており、このような策略とか殺人の世界ではなくて、もっと明るく楽しい世界に浸りたいという感情が、この作品と自分自身の距離を保ってしまったのも事実である。

 考えてみれば、私たちも睡眠状態ではなくても、この3次元世界に生きているということは、自分の意識をこの世界に投影させているし、他者も投影しながら出会っている。たとえばガチガチのイスラム教徒と資本主義信奉者のイメージする地球は、かなり違ったものであろう。しかし、生きていくためには、その異質な部分をある程度認めていかなければならない。 この世界は、ある意味では各人の脳(意識・無意識)の集合体なのである。

 ディカプリオたちのように直接、相手の睡眠を利用して、意識階層に潜入して悪さをせずとも、普段の生活の中で私たちも相手の心理をかわしたり、つけこんだりしながら、されながら生きてんだなぁと思ってしまった。

Ci_osugi_100701_000  さて、二本目は「トイストーリー3」。最初は映画館で観ようと思わなかったけど、ついついあまりにも評判が高いのと、ビデオやTVで観た1.2作も大変よくできていたので、日本語吹き替えに抵抗がありつつ、3Dめがねをかけた。

 最初から、かなりきれいで壮大な映像に驚きつつ、本作を観る。内容はあらゆる要素が入っている映画であり、言うことなく大満足。おもちゃ(人形だけではなくあらゆる形態の玩具)にここまで感情移入できるとは、人間って大したものだなぁと感心する。

 夏休みの場内は、子供たちが多かったが、みんなおしゃべりせず観て、笑うべきところは笑い、驚くべきところは驚き、大変行儀の良い子だったので、誉めてあげますヽ(´▽`)/

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2010年8月19日 (木)

「ベストキッド」を渋谷で一人で観る中年男性

10050302_the_karate_kid_00s 今日は仕事が休みだった為、渋谷で「ベストキッド」を観る。嫁は仕事のため、僕一人で観るのだが、久しぶりの渋谷はやはり若い男女で熱気ムンムンだった。映画館は平日午後にしては、かなり客が入っていた。

 映画は評判の通り、リメイク版とはいいつつも、ジャッキー・チェンが枯れた役を見事に演じているし、ウィル・スミスの息子もがんばった。

 数日前に観た「瞳の奥の秘密」は、鑑賞後も色々と考えるところしあったのだが、この映画はまったく考えない。でも、終わってからの爽快感はこの映画の勝ち。 

 この手の映画は、ずっと昔からあったし、シナリオパターンも同じなのだけど、何でこんなに元気なるのだろう。

 たぶん、これは脳がこねくりまわすことなく、身体で観る映画だからなのでしょう。

 映画を観た後、夏休みが終わってからの久々の合気道も気合が入りました。私50歳です!

 

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2010年8月18日 (水)

河合隼雄「心の子育て」

 心理学者で文化庁長官もされた 故河合隼雄先生の「心の子育て」を読む。なかなか感じるところがあり、気になった箇所と失礼ながら感想を書いてみました。

心の子育て

「人間は自然に反することをする性質を自然にもっている。自然に還るいい方法が子育て。」

子どもは自然に生きているから、大人の思うとおりには動かない。だけど大人は頭で考え、子どもに接してしまう。養老孟司氏も同じようなことを言っていたが、都市化されるということは脳が支配する世界をつくることで、子どもはどこでも泣くし、排泄も自然法則に従っているため、大人は何とか自然ではなく、脳化された社会システムに順応させようとしている。もちろん、排泄する場所や公共マナーの躾は必要だが、あまりにも縛りつけようとすると、子どもの成長に大切な自然のリズムが壊れていくのではないか。子育ては、子どもを育成するために奉仕するだけではなく、大人自身が自然に還っていき、心身が健やかになっていくためのアプローチだ。

河合氏はこう述べる。「頭でっかちになってくると、子どもと付きあう時間は損みたいに思ってしまう。子育ての時間をかけることは犠牲を払うと考えるようになる。でも、子どもの時間に沿っていくことは、本当は大人が癒されていくこと」

「現代は子どもをコントロールできると思い過ぎている。相手は子どもで生きている存在。だからこちらの思い通りにならないのが生き物ということ」

頻発している児童虐待の原因は子どもが泣き止まない、言うことをきかないというのが多い。子どもは自然であり、時間をかけて躾けられていく。それを生後まもない子どもの自然な振る舞いを、激怒するのは間違っている。そりゃ疲れていているのに、夜鳴きがとまらない時は、感情的にもなるだろう。しかし、その感情を暴発させ、子どもに暴力を振るうのは犯罪だ。子どもを育てるなかで様々な葛藤を経験し、のりこえていくことが親なるということなのだ。

「今、難しいのは母親と子どもだけの閉じた関係が生じやすいこと。家の構造も、昔は縁側があって、障子があってというオープンな作り方だったから、近所とつきあわざるを得ないかっこうだった。欧米は閉じてしまうとよくないから、パーティーを開いたり、協会に行ってみんなと話をしたりした。日本は核家族化し、その分関わることが必要だったが、逆に家族だけで閉じてしまった」

「虐待に進んでしまう場合は、専門家に会った方がいい。相談に行くというよりも、こころから話ができるところと思ったらいい」

河合先生のいうとおり、現代の家族は閉じられている。サザエさんちや、ちびまるこちゃんちのような家庭は虐待はまず起こらないだろう。それは、家族構成とパーソナリテイーだけではなく、家のオープンな構造と、近所付き合いがあるということだ。

マンション居住が増えるのは仕方ないことだが、その分、誰かと一緒になれる機会をつくらなければならない。個々人の自由を謳歌するのは、せいぜい夫婦ぐらいまでで、子どもができたら連帯と責任が必要になってくる。

「本当は子育てというのは面白い。いま、情報が多すぎて、ここが危ないというのが多すぎる。昔の日本人は家のために生きていた。それで一生懸命、お互いを支えてきた。大家族で子どもの親は若夫婦として、家の労働力として家を支えるのが大半で、赤ちゃんはおじいちゃん、おばあちゃんとか、他の人が育ててくれていた。それが西洋と付き合い、急激に「個人主義」が入ってきた。若い母親が不安になって当たり前。」

 

現代では子育ては、社会全体で面倒をみるという風潮にある。確かにそれは必要なことだが、それは子育てを苦役として捉えていることだ。しかし、本来、子育ては人間の営みにとって尊く、大事なことであり、楽しいものだ。

子育ては、夫婦だけでは当然無理が生じる。昔は、家がそれを支えていた。家が崩壊した現代においては、その役割を社会(行政)が家の役割を担うことになってきている。だが、家の役割を社会が変わってしますというのは、本当に可能なのだろうか。

「間違えないでほしいのは、みんなが思うほど世の中は悪くなっていない。無理やり結婚させられることも、親の跡を継がせられる、結婚させられる、戦争それがわかっていないと嘆いてばかりになる。自由になったかわりに「たった一人で大人になる」という課題を背負っている。イニシエーションを近代社会は捨てた」

「物が豊かになった分だけ、こころを使わないといけないのに、物事を安易に物やお金で解決しようとして、こころを使うことを忘れる。だから子育てについても問題がいっぱい出てきている」

「世の中が豊かになり、便利になると人間関係は希薄になる。昔は食べていくのが精一杯で、知らず知らずこころを使っていた。親は何とかして買ってやろうと努力し、子どもは欲しいのをがまんする。だから、豊かな時代には、子どもに楽しみを与えるにも、それぞれ家でコントロールしなくてはいけない。工夫がいる。それがこころを使うということ」

「子育ては自己実現。こころも身体も人間全体を使わないとできない」

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2010年8月17日 (火)

クリオのエナジーリング購入 ! 50歳

 よくスポーツ選手がやっているあのゴムのネックレスとか、紐のブレスレットは何なのかねぇ。子供じゃあるまいし、あんなおまじないみたいなことをやって恥ずかしくないのかねぇ。そういえば合気道の○○さんもネックスレス、○○さんは足首にしていたよなあ。なんか他力本願的で武道のこころとは違うような気がする。.....

 と思っていた私だが、あることをきっかけに興味を持ちはじめて、実は先週スポーツ用品店でエルグという会社の商品を進められて、簡単な実験をしたところ効果があつたので購入し、最近膝が痛いという嫁にプレゼントした。まだ、はっきりとした効果は不明だが、なんとなくインターネットでこの手のものを検索していたら案の定賛否両論である。

 かつてはファイテンが高橋尚子をつかって、色々宣伝していたが今はどうなんだろう。その頃も僕は何でこんなゴムの安い製品に高い金を出す○○がいるのかとあきれていた。その呆れた男が、先週木曜日にまさにその手の製品を7000円払って購入したのである。しかも、実は本日火曜日にクリオのエナジーリングを購入してしまったのだ !

 クリオというメーカーは、韓国オリンピック委員会公式指定商品認定された会社なのであり、韓国選手たちもりっぱな成績をあげているという。それをもって詐欺だ、ブラシーボ効果だ、オカルトだと批判するのは簡単だが、クリオ製品を韓国重量挙げを世界屈指のチームに育て上げたヨム・ドンチョル元監督が絶賛しているのを見たりすると、好奇心の強さゆえに体感してみたく052なったのだ。

ナルシストと嫁に呆れられつつ、エナジーリングをつけた私(50)

スポーツショップで購入してバックに入れてもらい歩いていたら、無性に試してみたくなり、地下道で袋をあけて白いネックレスを取り出し、首にかけてみた。なんとなく、感じがよい。悩まされてきた恒常的な背中の緊張感もあるのだが、少し楽になった感じがする。自己暗示と笑わば笑え。結果がよければなんでもいいのだ。

 とりあえず、入浴、お稽古以外は肌身に離さずエナジーリングの効果を検証してみます。

 

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2010年8月15日 (日)

瞳の奥の秘密

T0008892p94x94  昨日の夜のテレビでは、おすきが昨日封切られたアルゼンチン映画「瞳の奥の秘密」は、今まで1万本以上観た映画のなかでもベスト50に入ると絶賛していた。実は昨日の昼にインターネットで座席予約していただけに、大いなる期待をもって本日日比谷シャンテ・シネまで足を運んだ。

 悲惨な暴行殺人事件と主人公と上司との葛藤など、前半の展開では物語に引込まれつつも、これはすごいけ傑作だという感想はもてないでいた。結局、後半で衝撃の結末といわれつつも大きな感動はなかったのが正直な感想だ。しかし、ハリウッド映画のような鑑賞後の心地良さはなかったが、観終わった後も何か考えさせられる映画だった。

 主人公の関わった悲惨な事件が、彼の人生とクロスし、最後は彼は恐怖を愛へと変化させていく。たぶん初めて観るアルゼンチン映画だったが、あちらの人たちの設定や個性が南米なんだということで面白かった。

 いずれにせよ、本作は評判が高すぎたため、最初から感動モードで鑑賞したため、純粋に物語に入り込めなかったのが、いい反省材料となった。あまり他者に左右されてはいけません。まぁ、それにも関わらず、不思議な余韻を残す秀作だった。

 映画鑑賞後に、特養に入っている親父の見舞いに行って、そのまま母(77歳)と合流し、一昨日の呑んだおばさん(83歳)とも合流し、はたまたかつての同僚K本さん(40歳)も合流し、嫁と僕の5人で5時から、居酒屋で飲み始める。

 相変わらずいつもと同じような話題が続き、8時にお開きにしようとしたら、母が二次会で馴染みの寿司屋に行くと言い出し、僕と嫁以外はタクシーで移動していった。困った顔のK本さんを見捨てたようで心苦しいのだが、もう呑めない食べられない状態で寿司屋行ってどうすんの!...ということでK本さん、あなたの若さならまだネギトロとかウニとか食べられるよ、遠慮しないでたくさん食べていいからね!!

母の生き方はアルゼンチン人のように情熱的なのかも知れないと思いつつ、K本さんを生贄にした一日でした。

 

 

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東京湾花火と「帰国」(倉本聰)

 今日(8月14日)はゆっくり家で過ごす休日だ。いくつかの本を同時並行で読むが、久々に小説「旅人の和」(秋山正幸)を完全読破する、最近、小説を読む機会は少ないが、これは本当にまじめな小説だ。戦前、戦後に恋愛、仕事に様々な問題を抱えながらも、武道の和の精神をもって乗り越えていく物語だ。最初は少々つらいなぁと思いつつ、よくある展開だと思いつつ、段々と物語にひきこまれていった。僕も合気道をやっているが、この主人公のように合気道の和をもって、生きることに結び付けたいものだ。

 今日の夜は嫁がおいしいグリーンカレーを作ってくれたので、久々に休肝日にしようと思ったが、突然ベランダにドーンと太鼓を叩く音がする。雷かなと思ったら、窓をのぞいた嫁が花火だ!と叫んだ。そうか、今日は東京湾花火大会だったのだ。以前、芝大門に住んでいた頃は、何回か観にいったのだが、今は下町住まいですっかり忘れてしまっていた。

 現在のマンションに今年の春に引越したので、ベランダから初めてみる花火である。ちなみにこのマンションは隅田川花火も観れるそうだが、今年はベトナム旅行とかち合ってしまし残念ながら観れなかった。

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 花火好きの嫁はさっそく缶チューハイを冷蔵庫から出してベランダで見始めた。僕もこのような特殊事態では休肝日を返上して、チューハイをいただく。二人で部屋に戻り、照明を消して、テーブルにおつまみを出して、7,8キロ離れた場所から花火の輪を味わう。

 何も知らない人(特に外国人)がみたら、突然東京が空爆されたと勘違いするのではないかというぐらいに、迫力のある光と音だった。

 その後、TBSで「帰国」という倉本聰原作のドラマを観る。戦死した軍人たちが現代の日本に一夜だけ帰ってくるという設定だったので、期待していたが、どうも個々の軍人たちのエピソードが不自然な感じがした。しかし、後半では色々と考えさせられる場面もあった。特に僕も前から感じていたことをこのドラマは明示してくれた。

 現代では人ひとりが殺されれば大事件となる、ではそれが10人、100人、1000人もっと多く、それが数十年前に出来事だったら、忘れ去られていいのか?

 終戦記念日は政治的・責任問題にマスコミはスポットライトをあてる。いみじくも本ドラマでもマスコミには愛国の精神などないと言っていたのは感心した。

 

 僕は先週、靖国神社に参拝した。日本の平和のために祈り、誓った。数年前に「硫黄島からの手紙」を有楽町で観たときに、今から60年程前には、現実の世界でこの東京がアメリカに空襲され、また戦地では多くの兵士が実際に撃たれ、破壊され、餓死していったのだ。リアルで日常的な恐怖と死の現実から、まだ60年しか経っていないのだと、夜のライトに燦燦と輝く銀座を歩きながら、呆然した憶えがある。

明日は終戦記念日だが、こうして東京湾花火を眺めながら、お酒が飲めることが本当に幸福なんだということをお前はまだ実感していないと、叱られたような気がした。

  

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2010年8月12日 (木)

望まれない子供たちに尽くした故Yさんへ

昨日の夕方は友人の葬儀にでかける。その友人は僕よりも8歳年上のソーシャルワーカーの女性で、約20年前に女性医師らと養子縁組の会を設立した。望まれない妊娠をした女性の相談や、養子に出す選択をした場合の具体的展開や養子をもらおうとする夫婦の選別・育成等々に尽力を尽くした。

 その団体では、子ども、生みの親と育てる親の関係を秘密裡にしないで、出会った人間同士として絆を結ばせる、通常の養子縁組とは違ったポリシーで展開されている。

  彼女は、若いときにアメリカでデザイナーとして活躍するが、病に見舞われ、帰国し、ある講演会を通して、望まれない妊娠をした親と子どものために人生をかけようと決意した。

 彼女とはある縁で出会い、仲良くなった。とても個性的な方であり、僕と双方で笑いあったり、けんかしたり、議論もした。

 直接会ったのは、もう

10年くらい前になる。三年前に電話で話しをしたのが、最後になった。その頃は、活動をしつつ、癌の再発で体調が悪そうで、今度お見舞いに行くよといったきり約束は果たしていなかった。

 彼女のように、人生の全てをある目的のために捧げられる人は稀有だが、その情熱は僕にとってすがすがしく思えた。

 人生は、生きた時間の長さよりも、質量がポイントなのかもしれない。旅行でたとえるならば、2泊3日でホテルに泊まって、ダラダラと酒飲んでテレビを見ているだけよりも、日帰りでも感動的な風景や、楽しい出会いに溢れた一日の方が遥かに充実したものとなる。ダラダラした中途半端な長時間のスペシャル番組を見ているよりも、

1時間半の素晴らしい映画の方が、こころが活性化するだろう。

 彼女の人生は映画のようだった。でも、誰もが彼女のように劇的な人生を歩める訳ではないが、映画でもスペクタクルもあれば、コメディもサスペンスもあるし、日常生活を淡々と描いた秀作もある。

 僕もいつかあの世で彼女と会えたときに、僕もこんなふうに生きたよと笑顔で語れるように人生を過ごしていきたいとつくづく思うのだ。

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2010年8月 8日 (日)

ホームパーティ&ミニウェディング

昨日は合気道の仲間を我が家に招待した。初めてお目見えする半年前に結婚したT君の奥様もいらっしゃるということで、式を挙げていない二人のために秘かにミニウェディングを企画する。

 都内市部からの二人と、越谷から一人、川崎からT夫妻と雷門で待ち合わせをして、浅草寺参拝する。普段、自転車で通勤途中の雷門を観光客の立場で振る舞うのが変な感じだ。そのまま浅草神社もお参りし、隅田公園でスカイツリーをバックに記念撮影。自分の生活エリアが観光スポットということに改めて驚く。

 我が家に4時過ぎに一同が歩いて到着。嫁の手作り料理を食べながら、色々な話題で盛り上がる。スピリチュアルカウンセラーのW女史から、我が夫婦やT夫妻のことをアドバイスいただいた後は、僕のにわか三軸修正法の実験コーナーだ。身体を右回りにすると身体が柔らかくなり、左周りだと硬直化することを、前屈後屈で実験し、驚嘆の声があがる。ただし、嫁に言わせると合気道系の人たちだから、ああいう反応が返ってきたのよと言われる。確かに一般人?では古武術による驚くべき身体動作を行っても、反応がイマイチだったもんね....

 終盤は、W女史を司祭?にして、秘密にしていたミニウェデングケーキが登場し、ケーキカットにうつる。そして、祝い品としておそろいのイギリスポロシャツが贈られた。

 結局7時終了予定が9時までになったが、楽しい時間を過ごせた。

 この歳になっても、新しい出会いがあり、友人たちに囲まれ、過ごせたことに感謝。

 

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2010年8月 7日 (土)

ベトナム旅行記~ハノイ・日本帰国編~

 昨夜は合気道稽古後、数人で呑んで帰宅したところ、嫁から一昨日のブログのベトナムホイアン編はひどかったと笑われた。確かにかなり酔っていたが、記憶が薄れる前に記録しておこうという義務感の強さから書いた文章であり、自信はない。嫁の勝ち誇ったような笑顔に悔しさを噛み締めつつ、このまま、ハノイ編に突入だ!

三日目はホイアンを発ち、ハノイにいく。ガイドから海岸で見る朝日が素晴らしいと聞いたので、5時半におきて、そのまま海岸に一人でむかった。ホテルの庭を通り、海が見えてきた瞬間絶句した.....。
2010_050 島影から昇る太陽とオレンジとブルーと紫のコントラストの空が、とても荘厳で幻想的な世界を作り出していた。この美しさは写真ではとても表現できない。時間を忘れて魅入ってしまっていたが、いつのまにか、現地人たちが、一人ひとり無言で、祈るようにして海辺を黙々と歩いていた。

 午前中にダナン空港を発ち、ハノイ空港に昼に到着。迎えの現地会社のクルマに乗ってホテルに向かう。着いたホテルは今朝まで滞在したホイアンの豪華リゾートが夢だったのだろうかと思えるほど、リーズナブルな小さいホテルであった。

 部屋に入り早速、セイフティボックスをいじくっていたら、開かなくなり、スタッフを呼んで開けてもらい、やり方を教わる(恥ずかしい....)。

 熱く蒸すハノイの街に出て、驚くのは信号が殆どなく、絶えなく突進してくるバイクとクルマをどうよけて歩くかということだ。道路を横切るにも躊躇してしばらく佇む。仕方なく、馴れた歩行者がいると一緒に渡るようにした。

 なんだか、騒然とした街のレストランに入ってシーフードカレーを頼んだら、これがココナッツミルクを使っていて絶品だった。もちろんベトナムビールを呑みながらだ。

 とにかく熱い、蒸す、空気悪い街を歩くのは大変だ。途中嫁のショッピングに付き合って値段高いと嫌味言ったり、教会に入ったり、ホアロー収容所で悲惨な歴史を見たりしながら過ごす。おみやげは値下げ交渉面倒くさいし、スーパーマーケットのような店はないかとぶらぶら歩いていたら、デパートのような大型店があり、そこに入り買い物をした。大量に安いお茶、お菓子を買ったため、ホテルまでタクシーということになった。ここらのタクシーはメーターを下げなかったり、料金をぼるような悪質運転手もいると聞いていたが、運よく?まじめそうな女性のタクシーに乗ることができた。

 夕食はホテルそばのレストランへ行く。ここ数日好物のチューハイが呑めずに、ストレス度数があがりつつあったため、類似品ということでジントニックを頼む。するとシュウェップスのトニックウォーターの缶とグラスがきた。なんでこのソフトドリンクが酒なんだと疑問に思いつつ飲むと、アルコール度数の高そうな味がした。何か酔ってきたような気がするが、それはあくまでも暗示であって、実際こんなトニックウォーターで酔う訳がないと否定しつつ、不思議に思って、改めてとジントニックとメニューを指差しし、再度オーダーする。しぱらくして、またトニック缶とグラスがきた。少しグラスにトニックを注いで、飲むとやはりアルコール度数がきつそうなので、ひょっとしてこちらの国のシュウェップスにはアルコールが入っているのかもしれないと結論づけた。すると、嫁からもってきたグラスに透明な液体が入っていたと指摘される................................  そうだったのか そうだよな ジンがあらかじめグラスに入っていたのに気づかず、トニツク缶を注ぎ、大騒ぎしていたんだな(.これについてはここまで...)

 翌日は、深夜便で成田に向かうため、ほぼ一日遊べるのだ。朝はかなり強い雨が降っており、ハノイの市内見物といった気分でもなく、世界遺産のハロン湾に向かう。

 ハロン湾はハノイからクルマで片道3時間の距離だ。ベトナム人ガイドと運転手と、トヨタの2010_066乗用車で、おしゃべりしたり、ウトウトしながら3時間を過ごす。天気は良い天気だ。

船は30人乗りくらいで、昼食をそこで食べる。船内はレストランのような感じのつくりだ。途中で、小船に乗った物売りが船に横付けして、窓越しに果物を売りつける。小学校低学年くらいの女の子が窓越しにバナナを売りに来て、そこでは日本人親子が食事をしていた。同年齢の日本人の女の子がご馳走を食べているのを見ながら、バナナを買ってくれとせがむ彼女の胸中はどうなのかと心配になった。当然ながら、誰も何も買わないので、あきらめて両親?のボートに戻っていったが、よくよく考えると両親のボートは手漕ぎではなくエンジン付だ。しかも、離れていく女の子をよく観察すると、船の席に戻った彼女は缶ジュースを開けて、笑顔で飲んでいるではないか!  その前に船に売りに来たおばさんのような女性も、窓越しにしつこかったが、いらないとはっきり断ると「I have a baby」と捨てせりふを残していった。確かに彼女の船の船頭にはあかちゃんがみえたが、それもエンジン付ボートだ。しかも夫?かわからないが運転手が一緒だ。今、振り返ってみると、物売りが貧しそうだと、多少戸惑ってしまう心があるけど、買わなかったことは間違いでないなと思った。

 2010_072                                                                    船は途中で、大きな鍾乳洞に入る。  

鍾乳洞の中はさまざまなカラーライトで演出されている。とにかく、涼しいのがありがたかったなぁ。

  3時間の船旅の最後はスコールに見舞われたが、それも楽しかった。

 帰りは、またトヨタのクルマで3時間。途中大きなみやげもの屋によるが、東南アジアのどこの国でもそうだが、買え買えとしつこいのは面倒くさいものだ。いくつか買ったが、25ドルを19ドルにまけさせたが、ドルがなく円で1900円払ったので、後から考えると1ドルは80円台になっており、損したぁ!と反省する。

 ベトナム最後の数時間は、現地人が多い店で安いフォーを食べた。ガイドが気をきかせて缶ビールを買ってきてくれたが、合い席の現地人親子が驚いた顔をして僕をみていた。考えてみれば日本の立ち食いそば屋のような店で、案内人がら缶ビールを買ってきて飲んでいる観光客は確かに異常だ。豪華ディナーの後は、ハノイ名物の水上人形劇を観る2010_091 。評判通り、なかなかコミカルで生演奏も良いし、楽しめた。

こうして、ベトナムの4日間は過ぎていった。

4日間で出会ったガイドは、3人の若いベトナム男性。それぞれ個性があって、面白かった。

 ホイアンのガイドは2年前日本に半年研修に来ていて、いろいろな観光地にも行ったらしいが、一番気に入ったのは「白川郷」だという。京都でも北海道、東京でもなく、ベトナムにも共通するような場所を選んだ彼の人柄に好感をもった。

 一人のガイドは、3年間日本で働いていたらしい。日本は良かった。もう一度日本に行きたいと言っていた。

 そして、イケ面あんちゃんも、野心や優しさやユーモアがあって面白かった。彼とは、ハノイの道路を横断するとき、最初は彼が手招きで誘導していたがそれでも危険なので、横並びになったが、突進してくる無数のバイクにびびる日本人は立ちすくんでいまうので、最後は彼と手をつないで渡った。僕は右手で彼と手をつなぎ、左手で嫁と手をつないで横断という微笑ましい連携プレーがハノイの街で展開された。

 この三年間の夏は、タイ・マレーシア・ベトナムと東南アジア諸国を訪れた。観光としてはそれぞれ十分楽しめたが、日本という国を客観的にとらえる良い機会でもあった。

 日本は多様性に満ちている。日本の季節や、それぞれの地域性、生活様式、産業形態などの多様性は世界でも突出しているのではないか。その国で暮らせる楽しさをもっと自覚できたら、生活がもっときらめいた輝きに満ちたものになるのだろう。

 成田空港に午前7時に着いた5日目の夜は、能と狂言を観にいった。水上人形劇とまったく違った世界にひたりながら、この歳になってやっとこの国の魅力がわかってきたような気がした。

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2010年8月 5日 (木)

ベトナム旅行記 ホイアン編

やばイッス!  今日は職場の同窓会のような飲み会があり、中生2杯、レモンサワー4杯までの記憶はありますが、ボーとしたまま帰宅し、マッコリのみはじめました。結構よってます。今日は忘れないうちにベトナム旅行の第二弾を書かなければなりません。目がまわりつつ何とかやってみましょう!

ホイアンは世界遺産で、ベトナムの古都です

ウィキペディア ホイアンベトナム語:Hội An, 漢字:會安)はベトナム中部クアンナム省ダナン南方30キロにある古い港町である。トゥボン川の河口に位置する。ヨーロッパ人にはファイフォ (Faifo) と呼ばれたこともある。中国人街を中心に2010_005古い建築が残り、1999年に「ホイアンの古い町並み」としてユネスコ世界遺産に登録されている。

朝は、部屋のインスタントコーヒーを飲みながら、ベランダでインターネットを愉しむというシチュエーションの写真を撮りました。

ホテルのシャトルバスにのって、ホイアンの世界遺産エリアに到着しました。世界遺産といいつつ、京都の佇まいよりも、浅草の喧騒に通じるような町並みでした。世界遺産としての建造物はありますが、殆どがお土産屋や食堂になっており、のんびり過ごす雰囲気ではありません。

2010_018前中は、嫁の買い物に付き合いながら、世界遺産を見学。左の写真はかつて16世紀に日本人が来訪していた時代の遺跡の日本橋だ。物売りのしつこさに辟易しつつ、昼には川沿いのレストランでシンガーポールスリングをオーダーし、一息入れようとしたところ、店の女の子が「大変すみませんが、バーテンがいないためそのカクテルできません」と謝ってきた。それはそれとして責めないのが日本人ですということで、ポピュラーなカクテルのマイタイをオーダーした。それでも10分くらい色々と研究した結果のマイタイが運ばれてきた。ちょっときつめのアルコール度数だったが、ここまでくる紆余曲折を浮かべながら味わった。

 それから昼飯はガイドブックに載っていた「ホワイトローズ」本店に、10数分かけて行った。ホワイトローズと餃子を頼んだが、日本では決して味わえない庶民的料理を堪能した。

2010_010 それから、ホテルにバスで帰ってからは、ベトナム最大のプールでのひと時だ。

海にも入ったが、にごっているだけで魚も見れないため、すぐにプールサイドに戻る。

夕方は値段が高いが、ホテルのレストランでベトナム料理をおいしく頂く。

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2010年8月 4日 (水)

ベトナム旅行記~日本出発編

(7月30日記)

 今日から早い夏休みで、たった五日間だけどベトナムに行く。新婚旅行ですかとみんなに聞かれるのだが、3月末にゴールデンウィークにレンタカーを借りて伊勢神宮にお参りをしてから、京都にいったので多分それが新婚旅行なのだろうと思う。

一昨年はタイ、昨年はマレーシア、今年はベトナムと東南アジアづいているのは長期的な夏休みがなかなかとれず、五日くらいだとまあフライトに半日かけるぐらいの距離となってしまうからだ。

また理由は時間・距離だけではなく、韓国とかアメリカ、ヨーロッパ、オーストラリアなどはどうも日本と同じような感覚になってしまう気がするのだが、東南アジアの人々らあのギラギラした目と、暑さと湿気と貧しさが、昔の日本の夏休みを彷彿させるものがあり魅かれてしまうのだ。

出発は成田午後12時発で、外国行くにしては珍しくエコノミーが左右三席ずつの小さな飛行機だ。今、その機内でこうしてパソコンを打っているのは、映画は一斉上映で機内モニターが小さいうえに少し離れており、ジョントラボルタの「FROM PARIS.WITH LOVE」というアクション映画もこれからバカンスという状況で観たいと思わせない映画だったためだ。

旅にPC持参は初めてだが、なんとなく自分がインテリっぽくなったようで、機内でもえらそうにこうして作文しているのだ。

さて、そういいつつまもなくハノイ空港に着く。

ハノイ空港は熱気と湿気と多国籍の匂いでごった煮状態だった。入国手続きをしてから、ダバイ空港まで乗り換えをするのたが、国際線国内線が長蛇の列で、よくわからないまま列の最後尾に並ぶ。案内の女性も日本と違って怒りながら仕事をするタイプが多いようで、聞きなれないベトナム英語の発音に戸惑いつつ(どこの国の英語も苦手なのだが)、何とか飛行機のチケットをもらう。

 出発まで一時間以上あり、ムシムシして混雑した待合所にいる気もせず、階上にあるレストランに入り、シンガポールスリングを飲みながらベトナム料理を注文する。空港レストランたが、なかなかおいしく、値段も安かった。嫁と二人で飲み食いして、約10ドルだったが、           50㌦紙幣をウェイトレスに渡すと、キャッシャーから戻ってきてこんなに高額だとおつりがないと泣きつかれたので、嫁のダンで支払った。

 蛇足だが、無線LAnを使用したことがまったくなかったのだが、レストランで偉そうに?パソコンやっている客がいたので、試しにこのニフティキャンベーンでもらったモバイルPCを立ち上げたら、MSNの日本語ホームページが立ち上がり大感激してしまっ

(大泣)。 いやパソコンもってきてよかったなあ。

 九時過ぎにダナン空港に着いたのだが、着陸時に目や眉間に刺すような痛みが生じた。二年前から、数回このようなことがあり、何か大変な病気だったらどうしようとベトナムの地で沸々と不安が生じてきたのだった。

宿泊するのは世界遺産の古都ホイアンであり、その海辺沿いのスウィスベル・ゴールデンサンド・リゾート&スパという豪華っぽいホテルだ。ここは、インターネットルームがあり、無線LAN完備と紹介されていたので、ボーイに部屋でもインターネットできるか尋ねると、ロビーでできるという。試しに           pc立ち上げると、またもや日本語MSNが表示され大感激する(大泣)。早速、不安解消のため、着陸時の痛みについて調べると、JALのホームページにも飛行時の顔の痛みについてと載っており、鼻づまり、副鼻腔炎があると気圧の変化で生じやすいという。そのためには、ガムかんだりあくびしたり、耳抜きしたらいいと書いてあり、年中鼻づまりの自分の体質では当然なのかと少しホッとする。なんて、インターネットで便利なんだろう。

宿には午後10時半頃着いたのだが、おなかが減っていたので、11 時閉店のホテル内レストランに1050分に入る。最初は断られたが、空腹に満ちた日本人を見てお情けで食事をオーダーさせてくれた。初日はこうして終わっていった。明日はホイアンだ。

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幸せの隠れ場所 インビクタス マッハ弐

幸せの隠れ場所

現役アメフト選手の実話を基に、彼がハイスクール時代にホームレス寸前の暮らしをしているところを、女の同級生の母親(サンドラ・ブロック)に引き取られて、最後は彼の後見人になり、彼を家族としてサポートする感動的な物語だ。

サンドラ・ブロックはそれほど好きな女優ではなかったが、最初の方で彼女が夜の雨の中をみすぼらしい格好で歩く彼を呼び止めて、車に乗せるシーンからもうウルウルきてしまった。

CGど派手なハリウッド映画を最近はたんまり観てきたが、そうだよ、こういう映画が好きだったんだよ、これはアメリカ映画だからできるハートウォーミング話なんだなと心の中で叫んでしまった。

日本でも「ホームレス中学生」があるが、あれは最後に近所のコミュニティによって救われるのだが、アメリカの個(家庭)と日本の集団(ご近所)の違いがなかなか面白いと思う。

インビクタス

これはもう評価が高いのが当たり前の映画で、クリントイーストウッド監督、モーガンフリーマン主演で、マット・ディモンときたらもうこれはずるい!

もう、ネルソン・マンデラ大統領が偉大すぎてしまい、個人的には

「幸せの隠れ場所」に軍配を上げる。

「マッハ弐」これは、前二作と比較するとあまりにもマンガチックで最後が主人公が敵に捕まってしまい、あれれと思ったら続編に続くというので、がっかりしてしまった。

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