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2010年3月

2010年3月30日 (火)

結婚式

Luseine

桜の開花宣言がされたのに真冬の寒さが戻った週末、原宿ルセーヌ館で結婚式を行った。レストランに併設されている教会で厳かにキリスト教の結婚式を執り行い、後にブラームスの小径いっぱいに参列者が並び、フラワーシャワーを投げかけられる。祝宴は、心のこもった主賓挨拶と、笑いと気合の乾杯でスタートして、友人たちからの運命鑑定や歌の披露で和やかな場が一体感に包まれた。

 終了直後、翌日と多くの参加していただいた方々から、参加して本当によかったという声をいただいた(手前味噌だが、お世辞ではないと思う)

 自分の結婚式を評するのも何だが、とても暖かくて透明感のある幸せな雰囲気の中で、感謝と希望の場になったと実感させていただいた。

 

 あっという間に時間が過ぎていったが、参列者の前に立ちながら、普段は仕事や生活の中で不満と孤立感に翻弄されがちな自分だが、本当の立ち位置はここにあるのだと胸に刻んだ。

   感謝と誓い、みんなとのつながり、心・感情を開放する大切さ……………

    みなさん、あたたかな気持ちをありがとうございました

 

※前日、竹下通りでは有名人がきているとの噂により、パニックとなり群集が雪崩をおこし、負傷者がでる騒ぎがあった。82歳の従姉妹(ジーンズ似合う)、と77歳の母などの竹下通り初体験の親族が無事に通過できるか不安だったが、おかげさまで大丈夫だった ふ-っ.. この親族たちは三次会までいき午前様になるのだった

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2010年3月 6日 (土)

現在に集中するのに必要なものは...楽しさ

昨日は大事な委員会があり、質疑応答も30分ほど続いた。その準備のために珍しく2日間はお酒を飲まなかった。ただ、合気道のお稽古はしたのだけど...それがよかった。委員会終了後の夕方からは今月末に予定しているパーテイーの打ち合わせを原宿のレストランで行い、そのまま9時から居酒屋で飲む。妙に酔いがまわるのがはやいと思ったら、殆ど一日飲み食いしていなかつたことに気づく

 委員会は当日は勿論、準備段階でも緊張していやな面があるが、なんの質疑もなく通り過ぎるのもなんか空しいような気もする。

 居酒屋で親しい友人たちと飲みながら、現在に集中するとはどういうことかという話題になった。ヨガで瞑想しようとしても雑念がでてしまうという当たり前の現象について、過去も未来に執着せず、現在と向かい合うというのは、よく言われていることだ。でも、そんな簡単にはいかないのが人間なのだ。酔っぱらった頭ですこしひらめいたことは、現在に集中するとは、瞑想とか思索することだけではなく、こうして仲間と飲みながら楽しさを感じていることだと思った。それは飲み会がすべて、現在を生きていることではない。中途半端な誰かの悪口やくだらない冗談ばかりは、現在に集中しているのではない。自分がワクワクしながら、充実感を味わっていることが大切なのね。

 今を楽しめる人間が、現在を生きることの達人なのだ。悲観していては、現在から遠のいていくばかりだ。ただし、その楽しさは、心から楽しさであり、上辺だけだったり、享楽的なことは現在と触れ合ってはいないのね。

 合気道のお稽古も、楽しくやるのが大切だけれど、その楽しさはよく飲み屋でみかける無理矢理冗談いって盛り上がろうとしている騒がしさとは違う、優しく厳しく明るい楽しさなんじゃないかと勝手に思うのね

 そうか! 委員会の質疑も、「この質問はまずい答えられないどうしようぅぅ...」というのは現在から逃げたいという意識であり、「なかなか手強い質問よのぉ..でも何とかお答えしましょう..」というのは現在に向かい合うことなんじゃないだろうか

 現在を楽しく生きるためには、自分の大切なものを選び取っていくことであり、余分なものを捨てることでもある

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2010年3月 1日 (月)

作家の酒

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作家の酒という本を読む。作家といっても現代の流行作家ではなく、昭和..いや大正時代の作家が中心である。作家という職業が、現在のようなアーティスト化したものではなく、どこか非社会性、人格破壊といったアバンギャルドな雰囲気をもった時代であり、酒が妙にオシャレではなく、独特の主張をしているようだ。

 私は「おとなの週末」のような飲み食い雑誌が好きで、自分では買わないが、よく借りて読んだりしている。この本の中にも作家が通った店が紹介されているが、けっしてグルメ紹介ではないのだ。もう、作家が自分の人生や生活をひとつの題材のようにしていて、そのひとつの素材が飲み屋なのだ。そこは商売のための空間として自立した場所ではなく、作家の身体のひとつの器官となっているようだ。   

 作家たちの自堕落な生活?と、それを温かく見守る周囲の家族や友人、編集者...。 酒がこんなにも人生に影響力をもっているんだと感動してしまった。ローソンで酒をジュースを買う如く、軽く扱っている自分を恥じてしまった。

 酒の本当の力を大切にしよう...なんかうまくいえないけど そう思う 

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浅草居酒屋で一人静かに飲む高見順 1953

かっこいいし、殺気さえ感じてしまいます

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吉行淳之介が浅草千束のおかまバーで飲んでます 1956

本当にいい顔をしています

これならば宮城まりこさんが惚れるのもわかります

私も彼と一緒に飲んでみたいという渇望のような感情が湧き出でます

 

  田中小実昌さんは、お亡くなりになるまで毎晩ビールとワイン、そしてジンの炭酸割りを4,5杯飲んでいたとのこと。娘さんがお父様に対する愛情いっぱいの文章を書かれていた。

  酒も、音楽も、文学も、恋愛も生死をかけるぐらいギラギラしていた時代へのオマージュとして、私もジンを飲みながら考えている ギラギラっていいなあと....  (その前に愛する人のつくる餃子を食べながら、ビールと梅酒、焼酎をのんでいたのだが)

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