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2009年11月

2009年11月24日 (火)

『蟻の街のマリア』 北原怜子の一生

Skmbt_c35309082009250 劇団MUSAの『蟻の街のマリア』をアサヒビール本社のホールで観劇する。

 北原怜子さんは、クリスチャンとして、戦後に言問橋のたもとにあった「蟻の街」という貧しい人たちが住む場所で奉仕活動を行い、20代の若さで亡くなった方だ。

私は20年くらい前に北原さんの御本を読んだことがある。かつての日本テレビの「知ってるつもり」でも放映していた記憶がある。 

 その彼女の生涯(といっても蟻の街に関わるようになってから)のお芝居である。劇団員の方々は若い人が大半であったが、一生懸命に戦後混乱期の下町の貧しい人々を演じており、好感が持てた。また、子役の小学生、幼稚園?の子どもたちが本当に愛くるしく、上手な芝居を演じていた。

 信仰と奉仕の欺瞞性と、純粋な愛のあり方など、かなり崇高なテーマの脚本だった。芝居を観ながら感じたのは、現代社会は昔のようなストレートな信仰的な生き方がしづらいということだ。

 蟻の街は消えたが、派遣村が生まれた。でも、そこでは北原さんは何ができたのだろうか。ホームレスの集落では何ができるのだろう。蟻の街のように教会を建てることも、子どもたちとのクリスマス会や、運動会などはできないだろうし、まして廃品回収して得たお金を貧しい人たちに寄付するという行為も想像できない。

 それでもきっと、北原さんのような純粋な信仰心、情熱をもちながら、現代に生きていくことはできると信じたい。この小さな若い劇団が、このテーマに全力でぶつかったことの意義は大きいと思う。

 

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2009年11月22日 (日)

「2012」&「THIS IS IT」&ワイン

Milky809img439x6001257172470zeau2b8 今日は三連休の初日で「2012」の公開日だ。ローランド・エメリッヒ監督は賛否がわかれるが、私はあの大味さが好きな方だ。マヤ暦が終わる2012年は、アセンションの年としてもその関係からは騒がれている大きな転換年である。

 映画の方は、CGの凄さに圧倒される。崩壊していく都市や、山岳地帯をクルマで突っ走るシーンは子ども騙しと思いつつも、やられたという感じがしないでもない。すさまじいスケールの破滅的シーンなのだ。「トランスフォーマー・リベンジ」も凄いと思ったが、今回のはロボットの世界ではなく、現実味を帯びているだけに、引き込まれてしまった。

 崩壊していくビルの下には、いくつも断層があり、地軸がある。地軸が溶解していけば、表面のビル郡は崩壊する。私たちが当然の如く思っているこの街並みは、地層が支えている。そして地層は生きているから、変化していくのが必然であり、恒久的な安定など有り得ない。このある意味トンデモ映画は、私たちの当たり前の社会や日常生活が、実は地軸、宇宙と関係していることを示唆してくれた。ただし、後半の展開には少々不満が残ったが、とにかく映画館で観るべき映画であった。

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「2012」の後は、そのままマリオンでマイケル・ジャクソンの「THIS IS IT」を続けて観る。3週目にもかかわらず、場内はほぼ満席。評判のとおり、マイケルのダンスの素晴らしさや、人間性が伝わってくる。私が感じたのは、マイケルの独創性や才能だけではなく、彼を取り巻くスタッフの仕事ぶりが彼を支えていることだ。

 華やかなパフォーマンスや、エンターテインメントは、いい加減では成り立たない。きちんとした計算やひたむきな準備が不可欠だということを教えられた。鑑賞後、私はお笑いが好きだが、センスだけのお笑い芸人は長続きしないと思った。マイケルに対して色々な見方はあるだろうが、彼のように、観客に喜びと愛と、メッセージを与えようとしている姿勢が大事ではないのか。

 映画のハシゴした後は、銀座ライオンで生ビールを飲んでから、松坂屋横のワイン・バーぶしょんに初めて行ったが、料理も美味しく、生ピアノ演奏があって良い時間を過ごした。

 今日は盛りだくさんの休日だったが、濃縮された一日だった。これからの人類の未来はわからないが、人との出会いのなかで、歌い、踊り(色んな意味で)、自分を表現して生きていくのだ。

 

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2009年11月 6日 (金)

仕事の大変さと仲間の大切さ

 先週、宮崎市に出張して、二次会のスナックでレモンサワーを店の若い女の子に注文したところ、どういうものか理解できなかったらしく、その後ママがきて再度きかれたので、焼酎に炭酸とレモンと説明した。そうしたら、レモンスライスが皿一杯と、焼酎と炭酸壜が運ばれてきた。12年前に北九州市に行ったときもレモンサワーを注文してもわからず、焼酎炭酸梅割りで落ち着いたことがあった。九州にはレモンサワーは認知されていないのでしょうか? .....といいつつも、地酒の芋焼酎を堪能し、宮崎牛のまろやかな感触にも驚いた一泊二日の旅だった。

 東京に帰ってからは、サワーをむさぼるように飲み、中華バイキングで腹いっぱい食べたりしたためか、お腹を壊してしまい、数日続いていた。昨日も合気道のお稽古後は、飲まないで吉野家牛丼で済ませたけど、今朝はやはり軟便だった。

 今日は5年前の研修であって以来、年2回ほど飲み会やっている仲間の会があった。下痢だし、仕事でもかなりストレスフルになった自分には、今日の飲み会はハードに思えたが、仲間の顔をみるなり安心して、かなり飲んでしまった。

 仕事も大事だけど、友達、仲間がどれほど大切なものか。 職場でストレスフルになるほどその大切さを実感できる。仕事ができることよりも、どれだけ人と出会い、大切に接せられるか。人ときちんと出会えなければ、その人間は仕事もきちんとできない。この社会は、或いは人類がつくってきた歴史は、仕事ができることよりも、人と人とのつながりで発展してきた。なせならば、どんな偉大な発明でも、誰かがそれをみとめなければ広まることはなく、短命で終わる宿命だからだ。

 偉大なる中村天風氏ははっきりと断言した。「まず、人から好かれる人間になれ」と。

馴れ合いではなく、心ょ開ける仲間との出会いによって、仕事を客観的にとらえ、またアイデアや、意欲が湧いて来る。

 さあ明日はレンタカーを借りて親戚と善光寺に行く。親戚と善光寺なんてどうもパッとしない感じだが、ある程度の歳を重ねてくると、その愉しさが滲み出てくるものなのだとわかった現在の自分が、恥ずかしいようで誇らしくもアルのだ。

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2009年11月 3日 (火)

母なる証明

20090612011fl00011viewrsz150x 新聞、テレビ。インターネットですこぶる評判の良い韓国映画「母なる証明」を銀座で観る。映画の日であったが、かなり高齢者の割合が高く、満員状態で階段に敷物をひいて座る高齢者もいるほどだった。

ストーリーは、知的ハンディがある息子が殺人事件の犯人としてつかまり、無実をはらそうとする母のドラマだ。その母の偏執ぶりが話題となっているようだが、後味は決してよくない。

ただし、この映画は冒頭の母親のダンスもどきのシーンから、各所に散りばめられたカメラアングルに引き込まれてしまう不思議な魅力があった。

本作のボン・ジュノ監督は前作の怪物映画「グエムル」で、類稀な作品づくりで印象深い存在であったが、今回も才能がひかっていた。

 でも、何度もいうが、鑑賞後の爽快感はない。この映画が突きつめるのは母親の愛なのか、母子という自我関係に執着する愚かさなのか、わからない。わかったのは、人間という存在の哀しさ、はかなさだったような気がする。ボン・ジュノ恐るべし監督。

 

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