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2009年4月13日 (月)

A・浜口氏と悟り

 昨日は久々の休肝日だったために、今夜は知る人ぞ知る下町居酒屋ランキング上位の本所「わくい亭」でほどほど飲み、食べ帰宅した。まだ午後10時前なのでワインをチビチビやりながらこのブログを書いている。

 今日の夕方は我が師と仰ぐアニマル浜口氏としばし話す。浜口氏の笑いビクスはテレビで有名だが、単なる笑いではなくそれには深い意味がある。しばし、笑うことの意味・効用から禅に通ずる話となる。はっきり言おう、浜口氏は世の宗教家、思想家よりも実学としての人間学を熟知した存在だ。

 私は、氏のとおしゃべりを通して、今日わかったことがある。シャワーを浴びながら思い出したのは、昨日読んだ本の中で、禅の悟りの歌として紹介されていた歌があった。「達磨さん、ちょいとこっち向け世の中は月雪花に酒に女だ」.....。

 面白い歌だと思ったが、なんで達磨さんに欲や楽しさをぶつけるのだろうという疑問が湧いた。しかし、シャワーの熱い湯の中でとても小さな悟りが生じた。

 対極にある修行と安楽。どちらかを否定するのは、執着があるということ。

 すべてを受け入れ、あるがままに、生を愉しむこと。それが悟りなのだろう。

 こう定義しようとしている自分自身が、もう執着の根を張ろうとしているのかもしれない。

 人生は苦でない、安楽でもない。また人生は苦である、安楽でもある。 

 すべてはこころひとつということ。

 活字中毒の私は酔っても本を読む。尊敬する梅原猛氏と稲盛和夫氏の「人類を救う哲学(PHP)」。両人のおっしゃっていることは納得できることばかりである。しかし、それを読んだ自分は、その内容を仕入れて評論的になってしまう傾向がある。

 実学として、身体を張った人間学を実践する浜口氏に敬意を表する。是非、氏の実学を的確に表現できる本が出版されることを願う。

 

 

 

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